第12話 「それぞれの思惑」
戦いの準備は着々と進められた。
とくにウィザードの人たちは自分の魔力が尽きる限界まで氷の壁を作ってくれた。
おかげで想定よりもずっと立派な壁が出来上がった。
他の兵士たちには遠距離攻撃に使う武器の準備をしてもらっている。
弓矢だけでは心細いという意見もあり、簡単な手榴弾や砲弾などを作らせた。
また、戦いに参加できない村人たちにはこの村から10キロほど北にある隣村に待機してもらうことにした。
これで、無駄な犠牲者を減らすことができる。
「なあハルト。あんときは勢いで盛り上げちまったが、実際どのくらい成功すると思ってんだ?」
ケビンが尋ねてきた。
こいつも俺と同じく近距離攻撃の戦士なので今回の戦いではあまり活躍しないかもしれない。
「正直なところ5分5分だ。
相手がどれだけ慢心しているのかと、対応力がどれだけあるのか、それ次第だと思う」
「なるほどな。俺は未だに明日本当に襲ってくるなんて信じられねえんだがな。
だから、『良い予行練習でした』って終わってくれないかとすら思ってる。
どうしてそんなにあの手紙を信じられるんだ?」
ケビンは不思議そうに聞いてきた。
確かに俺はあの手紙が舞さんからの物だとわかっているからこそ信じられるが、ほかの人にとっては半信半疑なのかもしれない。
「もしハッタリだったとして、あんな手紙を送るメリットは考え付かないだろ?」
とりあえずはこう説明しとくしかない。
「確かにな……。それもそうだな!
それから、どうして西側の空間に迷路を作るんだ?
ただ壁で囲んだ空間にしとけば遠距離攻撃もしやすいだろ?」
「迷路の目的は相手の方向感覚を狂わせることなんだ。
こっちも真上からしか攻撃できなくなるが、おかげで相手にはどこから攻撃が飛んできたのかわからなくなる。
俺たちは数では圧倒的不利だが見つからなければ問題ないだろう?」
この迷路の最大の利点は村の位置をわからなくさせることだ。
この案を思いついたのはカイジからラヴィーネの魔法と奇襲作戦の戦い方を聞いてからである。
奇襲作戦は必ず日没後にやる。
それがこの世界での常識らしい。
ちなみにこの世界では人々が目覚めるころには日が昇り始めているので、朝に行うということもないらしい。
そしてここアークレイリ村ではほとんど戦争が起こったことがない。
半年前に……俺が失踪した時に一度だけヴェーエン兵が奇襲してきたが、あのときは相手の数も少なく辛くも駆逐できたらしい。
だから今回奇襲に来る敵はこの村をよく知らないはずだ。
ゆえに村への入り口がどこにあるかなんてわからないので、迷路の入り口をそれだと誤信し、村に入ったと思って迷路の中を練り歩くだろうと考えられる。
少々都合のいい解釈な気もする。
けれど、勝つシナリオを考えることすら難しいのだ。
そんな中5分5分と言い切れるだけの作戦を考えたのだから、後は自信を持ってやるしかない……。
ケビンもだいぶ納得したようで帰っていった。
時刻はAM0:50をまわった。
そろそろ就寝しなければならない時間だが、まだ一つやることがある。
俺は広場でその時を待つ。
――やがて、広場のちょうど中心あたりに突如数人の人影が出現した。
「……急に呼び出して申し訳ない」
俺はその人影に向かって声をかける。
返事はすぐにきた。
「いいですよ。ハルトさんやカイジさんの頼みなら断れません。
それに故郷の危機なら尚更です」
俺は彼らに近づき、その姿を眺めた。
全員が氷のような青白い鎧を身にまとっている。
彼らはこの村出身の傭兵団員で日々首都ヨルズで鍛錬を積んでいる者たちだ。
俺が朝早く手紙を書き、彼らはこの世界で唯一使える故郷へのテレポートでやってきたわけだ。
正直なところ村にいる者たちだけでは戦力不足であった。
そもそもの戦闘数がこの村にいる限り少なかったのだ。
そのためわずか10人ではあるが実戦経験豊富な戦士たちが駆けつけてくれたのはとても大きい。
俺が彼ら一人一人の様子を見ていると、真ん中にいる唯一の女性戦士が口を開いた。
「今回は遠距離攻撃がメインなので私が指揮をとると聞いています。
詳しい内容については明日打ち合わせましょう」
「ああ、よろしく頼む」
彼女の名前はアスカらしい。
長い赤髪を綺麗に結んだ、とても凛々しい女性だ。
そう思ったのもつかの間、彼女は少しだけ表情を崩した。
「……またこうしてハルトさんと一緒に戦えるなんて光栄です。どうして傭兵団を辞めちゃったんですか?」
「それは……そのうち話すよ。……今日はもう時間だ。戻ろうか」
彼らは俺が記憶を失くしていることを知らない。
もっと言うと俺がこの村を裏切ったことも知らない。
ただ傭兵を辞めたということだけしか聞いていないらしい。
だからこうして俺のことを慕うような口調をしているのだ。
――本当に以前の俺は一体どんな奴だったんだ……。
明らかに自分よりも強そうな戦士たちに慕われている。
カイジからは「毅然と振るまえ」と言われているが、演じるのも恐ろしいほどだ。
アスカは「戦いが終わったら聞かせてください」と言って帰っていった。
他の兵士たちも各々の実家へと帰っていく。
俺は彼らを見送ると、ふぅ~と息を吐いた。
本当に今日は疲れた。
慣れない立場を演じるのは大変なことだと実感した。
「役者さんはすげぇよ……」
そんなことを口にしながら重い足取りで帰路についた。
* * * * * * * * * * * *
―ヴェーエン兵側―
「よし、今日はここで就寝をとる」
先頭を歩いていた男は立ち止まるとそう言った。
彼の指示を聞くなり、後ろを歩いていた多数の兵士たちが慌ててテントを立てだす。
その様子を眺める男のもとに、一人の兵士が歩いてくる。
「いよいよ明日ですなぁ、ぐふふ。まさか何もない田舎村を攻めてくるなんて全く考えてないでしょうよ」
寄ってきた男はニタニタと話していた。
「……その下品な笑い方は止めろ。……にしてもこの俺をあんな田舎に派遣するとは国王は何を考えてんだ。あんな村10番隊に任せれば良かっただろ」
「ぐふふ、その台詞は何回も聞きましたなぁ。明日は思う存分暴れまわればいいじゃないですか、ぐふふ」
気持ち悪い笑い方に、先頭の男はやれやれと背を向ける。
だがその目には、闘志がギラギラと燃え
「さっさとあの村を潰してすぐに北上すっからな。……2番隊が来る前にラヴィーネを殲滅してやる」
男はただじっと北を見つめていた。
* * * * * * * * * * * *
「お兄ちゃん! さっさと起きなさーいっ!」
いきなり布団をはぎ取られ覚醒する。
「もっと優しく起こしてくれよ……」
「もぉー、何回も起こしたのに起きなかったお兄ちゃんが悪いんだよ!」
むーっと千夏は頬を膨らます。
だがそれも一瞬のことで、その頬は直ぐに萎んだ。
「お兄ちゃん……本当に大丈夫……?」
どこか切なそうな目をして問いかけてきた。
いきなりそんな顔をされると困ってしまう。
「なんでもないよ。何かごめんな」
俺は軽く笑いながら頭をかく。
千夏はそんな俺を
「あのさ、もしなんか辛いことがあったら全然話してくれていいんだよ。
千夏じゃ力不足かもしれないけど、せっかくの兄妹なんだし」
言って千夏は俺に向かってほほ笑む。
その顔を見て、俺はすぐにでもソナルキアのことを言いたかった。
皆が誰かに作られた夢を見ていることも、
ほとんどの人がそれに気づかないことも、
俺はなぜか両世界を行き来していることも、
姫神舞という人間がその世界に閉じ込められていることも……。
すべて誰かに話せるなら話したかった。
――でも今はまだ言えない。
あの世界にはわからないことが多すぎる。
舞さんとだってまだ少ししか話せていない。
そんな状態で話すことなんてできない。
……もし仮に次の戦争で俺が死んでしまったら。
舞さんいわく、二度とソナルキアには戻れないらしい。
そうなったら俺はどうなってしまうのだろうか?
舞さんを救うことも叶わず、ただ『アンドロイド』であり続ける彼女を見る日々を過ごす。
抑えようのない悲しみに襲われるかもしれない。
だから、もし……俺が舞さんを助け出す前に死んでしまったら……。
そのときこそは千夏にすべて話そう。
話して、少しでも自分を落ち着かせよう。
だからこそ今はまだそのときじゃない。
まだ始まったばかりである。
今晩の戦争を乗り越えたとしても、きっと辛い試練は何度も訪れる。
それで俺が本当にダメになったとき、その時に話せばいいのだ。
だから俺は千夏に向けて言う。
「ありがとう。――でも、まだ頑張るから。
千夏には頑張れなくなった時にお世話なるよ」
そして千夏の頭をポンポンとなでた。
彼女はどこか納得したような、とても穏やかな目をして聞いていた。
「そっか、……じゃあ、まずは頑張ってね、お兄ちゃん」
言い終えると同時に千夏は立ち上がり、部屋を出て行った。
――俺は現実でもこうして支えられている。
当たり前なようで、忘れていることも多いかもしれない。
今はただ“感謝”という言葉を胸に焼き付けた。
そして思う。
舞さんはこうした日常から2年も遠ざかっているのだと。
だから必ず彼女を還したい。
改めてそう強く思った。
ユメのセカイ ー彼は毎晩少女(たち)のため戦うー 川内 進斗 @nanashigure
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