第11話 「相手を誘い出してえいって攻める作戦です」

 雅也からゲームの享受を受けた日の晩、俺は布団に入ると、次に目を覚ました時にはソナルキアにいた。

 また長い一日が始まるわけだ。


 それにしても、この世界には日本中の人々が同時に見ている夢の中で、各々が行動をしている。

 そもそも俺たちは寝ている時間も違うのだから、“同時に見る”なんてことは可能なのだろうか?


 そこら辺の仕組みがどうなっているのかは気になるところである。

 しかし考えたって分からない。

 そのことについてはいつか舞さんを現実世界へ還す過程の中でわかる日が来るだろう。


 ――それに、今はすぐにでもやらなければいけないことがある。


 俺は引き出しを開け紙とペンを取り出し、とある作戦について書き始めた。


 そして書き終えると、すぐさま家を跳びだしある場所へと向かった。



* * * * * * * * * * * *



 やつの家はこの村の一番南――――非領土地域に最も近い場所にあった。

 

 俺がその家のドアを軽くノックするとすぐに一人の男が出てきた。

 ――この村の兵士長カイジだ。


「朝っぱらから何か用か?」

 彼は俺を見るなり不機嫌そうな顔をしたが、めげずに答える。

「ああ、話がある。すごく大事な話だ」

 

 カイジは俺の目を見ると「入れ」と言い部屋の中へ行った。


 カイジの家も俺の家と変わらず質素であった。

 兵士長と聞いて武器や鎧が沢山置いてあるのかと思ったがそうではなかった。

 そもそもそれらは全てこのタブレット内にしまうことができる。

 

「それで、大事な話とは一体なんだ」

 カイジと俺が向かい合うようにして座ると、彼はすぐに尋ねてきた。

 極力無駄な話は避けたいらしい。

 まあそれはこちらも同じだが。


「明日ヴェーエンの兵がこの村を襲いに来る。その数1000だ」

「……どこからその情報を?」

 彼は顔色一つ変えず聞き返した。

 流石に姫神舞から手紙で聞いたなど言えない。

 そして残念なことに俺には彼を納得させられるような嘘は思いつかなかった。


「昨晩手紙が届いたんだ。それがこの手紙だ」

 俺は舞さんからの手紙をカイジに渡す。


 俺はこの手紙に少々細工をした。

 下半分を綺麗に切ってきたのだ。

 

 もしかしたら怪しまれるかもしれないが、上手く切れた方だと自負している。

 ――だって《バスタード・ソード》で切ったんだもんな……。


「差出人は誰だ?」

 彼は手紙を読むなりそう告げた。

「『アンドロイド』って書いてあった。だが俺にもよくわからん」

「そうか」

 この名前が言っても安全だというのは昨日の柚咲やケビンの反応からして分かっていた。


「これが信じられるかどうかはさておき、対策をとっておくことに越したことはないいんじゃないか?」

 俺が言うとカイジは顎に手を当て考えるようなそぶりをした


「確かに対策をとることは悪いことじゃない。

 しかし、1000の兵を前にこの村の戦力では太刀打ちできない。

 この村の人口は520。

 そのうち戦えるのは半分しかいない。

 だが援軍を呼ぶにも時間が無い……」

「聞いてくれ、俺にいい考えがる」


 カイジが一人ぶつぶつと呟いていたのを遮る。

 

俺はニタニタと気持ち悪い笑みで彼を見ながら話した。



* * * * * * * * * * * *


 正午をまわった。

 俺とカイジは村で戦える者たちを、昨晩宴会を開いた場所に集めた。


「俺たちを集めて一体何の話があるってんだ?」

 先頭に立つケビンが言う。

 ざっと200人の人々が今、俺の前に立っている。


 彼らは皆、なぜ集められたかわからないといった顔をしていた。

 正直こんな大勢の人を前に話せる勇気はない。

 ということで大体の話はカイジに任せてある。


「昨晩、日向陽斗のもとに一通の手紙が届いた。

 差出人は不明だが、明日ヴェーエン兵1000人がこの村を襲ってくるといった内容だった」


 カイジは鋭く響く声で話し始める。

 1000人のヴェーエン兵と聞いた瞬間村人たちは一斉に慌てふためきだした。

「お、おい、そんな話信じられるかよ!」

「そうよこの村を襲うなんてそんな滅多にないじゃない!」

「でももし本当だったら……」

「1000人なんて敵うはずないだろう!」

 村人は全く統制も取れずただ思うことを口走っていた。

 騒ぎ出す村人を前に、カイジに任せてよかったと心から思う。


「――――静まれ!!!!!」

 カイジの大きな太い声が響き渡る。

 その声にあの村人たちが一斉に口を止めた。


「確かにこの手紙の信憑性は低い。

 だが本当だった場合、我々は全滅はおろか、国にとっても大きな痛手となってしまうだろう。

 それだけは絶対にあってはならない!

 信じる、信じないの問題でなく、我々は最悪の事態を想定し、それをどう回避するか。

 そのための努力をすべきじゃないか? 違うか!?」


 カイジの言葉に一同沈黙する。

 や、やっぱこいつって結構カリスマ性があるのだろうか……。

 少々ムカついてしまうが今は彼に助けられている。


「でもよ……そんな数の敵を前にいったいどうするってんだ?」

 ケビンが沈黙を切り裂き質問する。


「そのことに関しては……日向陽斗が説明する」


 するとここでカイジは俺へとバトンを渡した。

 マジか……全部言ってくれると思ったんだけどな……。

 いきなりのことにビビッてしまうが、黙っているわけにもいかないので皆の前へと向かう。


「え、えっと……先日は俺のために宴を開いてくれて……その……ありがとう!」

 まずは昨日のお礼を言った。

 しかし誰一人として反応しなかった。

「それで、作戦はあるのか? つか勝てるのか!?」

 目の前にいるケビンが煽ってくる。

 彼だけじゃない、みんなの表情が険しいものへと変わっていた。

 今はそれどころじゃないのだ。

 そんな彼らが少しでも希望を持てるよう、俺もカイジのように堂々としなければ……。

 俺は今までの自分を忘れ、気持ちを切り替えた。


「――この作戦をすれば必ず勝てる!! 今からそれについて説明する!!」

 できるだけ大きな声で叫んだ。

 必ずなんて正直なところ自信はないのだが、前に立つ者として村人の士気を上げたかった。

 彼らは口々に「どんな作戦だ?」「早く教えてくれ」と言っていた。


「今回敵は奇襲作戦をしてくる。

 つまりこちらの防衛線はないものと考えているのだ。

 まずはそれを利用し強固な防御陣形を作る!」

 

 口調もカイジを真似て指揮官らしく振舞う。

 俺が一言一言叫ぶたび、村人が耳に入れようとしっかりと聞いているのが感じられた。


「具体的に話すと、この村の南側、非領土地域との境界にウィザード達で氷の壁を敷いてもらう。

 長さは村の端から端までだ。

 そしてこの村の西側の畑や水田の奥の空間に、再びウィザードたちで氷の壁で迷路を作ってもらう」


 俺の言葉に村人たちはポカーンと口をあけている。

 しかし構わず続ける。

「目的は簡単だ。南側に敷く氷の壁は防御に使うだけでなく、西側に作る迷路への誘導を兼ねるのだ。敵は奇襲作戦、きっと夜中にやってくる。

 ただでさえ土地勘のないこの場所で、さらに日も沈んでいればきっとうまく誘導することが可能だ」


 氷魔法で壁を作ることは難しいことじゃないと聞いている。

 そもそも国民が使える魔法はその国のイメージとなった属性のみが普通らしい。

 ゆえに氷の国ラヴィーネの魔法使いは皆氷魔法を使えるわけだ。


「そして敵のほとんどが迷路に入ったところで、弓使いなどの遠距離攻撃が可能な者は一斉に迷路に向かって攻撃をする。 

 万が一迷路を飛び越えて村に入ってくる敵がいたら、その時は近接部隊が各個撃破していくという算段だ。

 ウィザードにかかる負担が大きいのが問題だが、カイジからはそれができうるだけの戦力はあると聞いている。

 何か質問がある者のはいるか?」


 作戦の説明に皆無言で頭を捻らせているようだった。

 そして、一人の女性が手を上げた。

「あの、氷の壁というのは破られたりしないのでしょうか? それに迷路なんて上手く作れる自信がありません」

 ウィザードらしき女性だった。

 今回彼女らは重役を担うかもしれないということでだいぶ緊張しているようだった。


「ラヴィーネの氷魔法はその耐久性が優れていると聞いている!

 これは国の威信をかけた戦いだ! 国のため最高の壁を作ってほしい!

 それから迷路については心配する必要ない。

 そもそも入り口はあっても出口を作る必要はないんだ。

 だから中の壁は適当に作っていけばいい」


 俺が言うと女性は何故か「あ、ありがとうございます!」と言い、引っ込んだ。

 次にケビンが手を上げた。


「なあ、上手く口車に乗せられている気もするんだが、本当にうまくいくのか?」

 直球な質問だった。

 だが勿論それの返答も用意してある。


「確かに敵は圧倒的な数であり、こちらは迷路だとかおかしな作戦で迎え撃つことに不安があることは分かる。

 しかし、今回俺たちは防衛戦をするわけだ。

 守る側には守る側の優位性がある。

 それを最大限に生かせる作戦を俺は考えたつもりだ!」


 もはや自分が自分でないような気の強い発言をしてしまう。

 でも目の前のケビンはどこか納得したような顔をしていた。

 そして振り返ると村人たちに向かって口を開いた。


「だそうだ! 野郎ども! この作戦に乗る奴は拳を掲げろ!!!」

「うおぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

 皆が一斉にその拳を空に向ける。

 自分でも信じられないほど村人の士気は上がっていた。

 彼らの目はやる気に満ち溢れていた。

「やっぱ記憶を失ってもハルトはハルトだな」

 ケビンが振り返りそう言った。


 記憶を失う前の日向陽斗……。

 彼は一体どんな人物だったのだろうか。

 俺は村人たちに作戦の準備に取り掛かるよう促しながら、そんなことを思っていた。


 すると今度はカイジが俺の元へと歩いてきた。

「……言っておくが、俺はまだ貴様を許したわけじゃない。

 今回は偶々利害が一致したから協力した……ただそれだけだ」

 

 彼は相変わらずの顔つきで告げる。

 正直、カイジにはまだ苦手意識がある。

 でもこいつの村人を守りたい気持ちが人一倍強いのは分かった。


「ああ、ありがとな」

 俺が素直に感謝すると、彼はバツが悪そうな顔をし背を向けた。


「もし本当に明日戦いが起こったとき貴様がどのような行動をとるか、俺は見極めたい」

 そう捨て台詞のように告げ去っていく彼の背中をただ見つめた。


 そして俺は村全体を見渡す。

 ――――作戦は決まった。

 後は準備をしていくだけ。


 舞さんを現実へ還すためにも、明日は絶対に負けられない。

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