第10話 「ゲーマーの手も借りたい」

 差出人アンドロイドからの手紙が届いた。

 惑うことなき姫神舞からの手紙である。


 俺は最初驚きで言葉が出なかった。

 なぜなら舞さんと離れ離れになってしまった今、彼女とどうやって連絡を取ればいいのか分からなかったからだ。

 手紙……という発想は頭になかった。



 この世界での手紙は相手の実家のある村や街に送るのが普通らしい。

 舞さんは逃亡者フュージティブであるため、彼女へと送ることはできない……というか指名手配犯に手紙が届くわけないか。

 だから舞さんからの一方的な連絡のみ現状可能だった。


 さすがにこの手紙の内容は柚咲に見られるわけにはいかないので、俺は彼女と別れ家の中でそれを開けることにした。


 手紙の開け方は特殊だ。

 手紙に付いてあるバーコードのような模様を送られた者のタブレットにかざすことで開く仕組みであり、本人以外がその手紙を開けることはできないようになっている。


 そのような作業をし、俺はゆっくりとその手紙を開封した。

 中身は意外な文章だった。


『こんな形でごめんなさい。

 すぐに伝えなきゃいけないことがあって手紙を書いたの。

 現在約1000人のヴェーエン兵が南ルート、つまりあなたの村付近を狙って進行してきているわ。

 多分明後日にはあなたの村を襲撃すると思う。

 これはヴェーエンの奇襲作戦でラヴィ―ネの軍は全く気付いていないわ。

 私はあなたに生き残ってほしくて手紙を書いたの。

 いい? この世界での死は現実への影響はないものの普通の死と価値は同じよ。

 死ぬと二度とこの世界には戻ってこられないの。

 だからどうにかして生き残ってちょうだい。

 話はそれだけ―――アンドロイドと呼ばれる少女より』 



 正直、全くをもってこんな手紙が来るとは思わなかった。

 

 俺はこれからどうすべきか考えた。

 1000人の兵なんてこの村の人口より多い。

 しかも奇襲だ。

 襲われてからではほとんどの村人が死んでしまう。


 舞さんには生き延びろと言われた。

 彼女にとっても現実世界との懸け橋である俺の存在は必要なのかもしれない。

 そんな俺が一番生き延びる確率が高い方法は、明日こっそりとこの村から逃げ出すことだ。

 舞さんの要求に応じるだけならそれがベストだ。



 ……でもそんなことは絶対にできない。

 俺は既に一度この村の人々を裏切ったのだ。

 二度もそんなことしていいはずがない。


 

 では迎え撃つしかないのだろうか?

 1000の兵を前にどうやって?


 考えてもいい方法は思いつかなかった。


 そしてふとタブレットを見るとAM0:55と書いてあった。

 今はとりあえず寝るしかない。


 俺はそんな頭の中がモヤモヤした状態のまま布団の中へと入っていった。



* * * * * * * * * * * *


「……ぃちゃん……お兄ちゃん起きて」

 目を開けると目の前に千夏の顔があった。

 これを見るだけで現実に戻ったのだと実感する。

「……おはよう、千夏」

「ン、おはよう。――――ってなんかお兄ちゃん疲れた顔してるね」

「そ、そうか? いつもの時間に寝たんだけどな……」

 千夏は俺の顔を気にするように眺めていた。

 確かに千夏の言う通りだ。

 夢の中で俺は丸一日過ごしてきたのだ。

 いくら身体は動かしていないとはいえ精神的な疲労感はかなりきている。

 ――――これからしんどい生活が続くな……。

 先を考えると不安になってくる。


「まあ、あんまり無理はしないでね。それじゃあ先に行ってるよ」

 千夏はとことこと部屋を出ていった。



 俺は普通の人よりも2倍長い時間を生きるのかもしれない。

 だが、これを逆に考えれば、普通の人よりも長く考える時間があるということだ。

 舞さんからの手紙……あれを受けてどういった行動をとるか。

 今日この現実世界での時間で考えよう


 俺は前向きにそう思い、身体を起こした。



* * * * * * * * * * * *


 朝のいつもの電車。

 今日も千夏と並んで座り俺は参考書を開いている。


 勿論集中などできていない。

 1000人の兵にあの村の戦力でどう戦うか。

 そればかりを考えていた。


 途中で雅也が乗ってきた。

 彼も何故か疲れ切った顔をし、いかにも眠たそうだった。


「朝から調子悪そうだな」

 俺が声をかけると彼はあくびをしながら答えた。

「あ~ゲームの方でちょっと忙しくてなあ~。寝不足なんだよ」

 

 こいつ高3にもなって深夜までゲームしてるとかホント何やってんだ。

 最初はそうイライラしてたんだが、ふと思うことがあった。

 

 ――そういえば、あの世界はゲームに似ている。


「な、なあ雅也、それってどんなゲームなんだ?」

「お、陽斗も興味あるのか!?」

 俺が尋ねると彼はそこか嬉しそうに語りだす。


「グランツ・オンラインって言ってな。色んなプレイヤーと協力してモンスターを倒したりするRPGなんだけど、ギルドっていうチームみたいなものもあって、昨日はそのギルド対抗イベント、通称『攻城戦』ってのがあったんだよ」


「へ、へぇ~凄いな……その攻城戦ってのはどんなイベントなんだ?」

 俺が珍しく彼の話に興味を示しているからなのか、彼はとても楽しそうに喋っていた。


「週に1回開かれるんだけどな、まあ強いギルドが城を持っているわけだ。そしてその城に攻め込んで、守っているギルドの兵を倒し、城を攻め落とすって感じのイベントだ。城を攻め落とせば1週間その城を自由に使えるしすげえ楽しいんだよ」


 彼は本当に楽しそうだった。

 だが俺はその時、全く別の事を思っていた。

 ――これはあっちの世界で使えるかもしれない……。


「雅也、その攻城戦とか色々……後で教えてくれないか?」

「め、珍しいなあ。まあいいぜ!」

 彼は快く応じてくれた。

 

 現実世界でのこの時間……それが俺の強みなら生かすしかない……。


* * * * * * * * * * * *

 

 放課後、俺は雅也から『グランツ・オンライン』というゲームを見せてもらった。


「なあ、雅也は攻城戦で城を守る側になったことはあるのか?」

「あ~最近は無いけど、以前に何回かやったことはあるぞ」

「そうか! その時のコツとかってあるのか?」


 俺はさっさと本題に入った。

 この攻城戦というものは、舞さんの手紙にあったヴェーエンの奇襲に通ずるものがある。

 攻城戦が城を守るのならば、俺らは村を守るといったところだ。


 つまり、守りのコツや作戦を聞き、ソナルキアで応用したかったのだ。


「コツとかはまああるが……なんでそんなこと聞くんだ?」

「いや、まあ何となく……守る側の方が不利な気がするからさ、沢山のギルドが攻めてくるんだろう?」

 流石に本当のことは言えない。

 俺は上手くごまかしたつもりだったが、これが良い引き出しとなった。


「確かに攻め込む人数を考えたら攻める側が有利だけど、案外そうでもないぜ?」

「どうしてだ?」

「だってよ、守る方は城の地形とかを攻城戦の準備期間で色々変えるわけだ。

 そうすると、敵が攻め込んでくるルートを事前に操作可能になる。

 となれば後は適材適所の配置をすれば数が少なくても戦えるって感じだ」


 これには流石に驚いた。

 守る側には守る側の優位性がある。

 ゲーマーの知識も捨てたもんじゃないと素直に思った。


「なるほどな……参考になったよ。ちょっと他のも見せてもらっていいか?」

「おっけい」

 俺は雅也からゲームを借り、色々と見てみる。


「なあ、このステータスのAGIとかってのは何だ?」

 ふと、ソナルキアのタブレットでみたものを思い出した。


「ああ~AGIってのはアジリティーの略で敏捷性とか素早さを表してるんだぜ。

 他にもVITは体力や防御力、INTは魔法力、STRは物理攻撃力、DEXは詠唱速度やスキルディレイ、CRTはクリティカル率に関係があるんだ」

 

 雅也は丁寧に解説した。

 これらの言葉にそんな意味が隠れているだなんて知らなかった。

 

 そして思い出す。

 俺は確かAGIが一番高かった。

 つまりスピード型の戦士だったということだろうか。


 今考えてみると、初めてソナルキアで覚醒した日、ラヴィーネの兵から逃げることができたのも、舞さんを抱えドラゴンから逃げることができたのも、このAGIの高さが所以だったんじゃないか?


 逃げ足が速いってのはあんまりカッコいいことじゃないが……。


「AGIが高いとなんか凄かったりするのか?」

 一応雅也にも訊いてみる。

「あ~AGIね~。とりあえず攻撃速度が速いよな。あと回避力も高い。だから敵に突っ込んで攻撃を避けつつ、ひたすら殴りまくるってことができるな。殴るってのはダメージを与えるって意味だぞ」

「なるほど……」


 言われて俺はドラゴンとの戦闘を思い出していた。 

 あの時俺はドラゴンの攻撃を簡単に避けていた。

 あれも実は俺のアジリティーの高さによるステータス補正とやらだったのか。


 今になって初めて戦闘についての様々なことが浮き彫りになる。

 その後も俺はこのゲームについて色々なことを雅也に質問した。

 


 後にも先にもこれほど雅也の話がためになった日は無いだろう。

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