第9話 「酒は飲んでも呑まれるな」
「姫神舞を現実世界へと帰す」
それは途方もない挑戦だ。
この世界を作った研究者たちは、5つの国の王や側近となり、それぞれの国を支配している。
そして住人たちは彼らに絶対の忠誠を誓っていた。
故に、姫神舞を現実世界に帰すにはそんな彼らとの敵対は避けられないのだろう。
具体的な方法についてはまだ分からない。
だから今はしっかりとこの世界を知り、いつ彼女から連絡が来てもいいように……。
――あれ、この世界の連絡手段ってなんだろう?
そのことをふと疑問に思った。
「なあ柚咲、このタブレットにはメールとか電話みたいな離れた場所にいる人と連絡取れる機能はないのか?」
目の前に座る茶髪の少女に尋ねた。
彼女は俺の質問を聞くなりポカーンとした顔をした。
「メール……電話……って何ですか? よくわかりませんがこのタブレットでは誰かと連絡なんて、そんな革新的なことはできませんよ」
彼女は平然と言ってのけた。
俺は背筋が凍る思いだった。
――俺は一体どうやったら再び舞さんと会えるんだ?
単調に進む馬車の中で俺は気が遠くなっていくのを感じた。
* * * * * * * * * * * *
アークレイリ村に着いた頃には陽は完全に沈んでいた。
松明の炎がゆらめきながら村を明るく照らしている。
「ハルトさんどうしたんですか? そんなにぼんやりしちゃって……」
馬車から降りると柚咲が心配そうに尋ねてきた。
「いや……大丈夫だ、すまん」
「無理もないですよね……目の前に国際指名手配犯がいたんですから。今日はゆっくり休んでください――と言いたいところですが、村でハルトさんの帰還を祝って宴が開かれるみたいなので、せっかくですし行きましょう!」
言って柚咲は俺の手を引き歩きだす。
彼女はとても優しい笑顔をしていた。
しかし、そんな彼女でも舞さんを見たときの表情は忘れられないほど殺気立っていた。
そのような憎しみすらこの国の王が意図的に植え付けたのだと思うと、いてもたってもいられなくなる。
でも、これからどうすれば……。
そのことばかり考えては頭の中をぐるぐる回る。
ずっと俯きながら歩を進めていた。
「お! 主役の登場じゃねえか!!」
男の声がした。
顔を上げると大勢の村人がそこにいた。
村の中心にある広場のようなところで、あちらこちらで輪を作り、酒を飲んだり食事したりしている。
「ハルトくんこっちにおいで、おいしいお肉があるよ!」
「いやハルトお前はこっちで飲み交わすぞ!」
ガヤガヤとあちこちから声をかけられる。
「さ、行きましょうハルトさん! 色々と整理がつかないと思いますが、今夜は気を楽にして楽しみましょう」
柚咲はニコッと微笑むと、再び俺の手を引き歩き出す。
正直気は乗らないが、せっかく村の人たちが開いてくれたのだ。
とりあえず今はこの宴に混ざることにしよう。
俺と柚咲はそうして1つの輪の中に入った。
* * * * * * * * * * * *
「食事は1日1回、夜に取るなんて常識だぜ! そんなことも忘れるなんてホントどうしちまったんだよ!」
「いや~どうしちまったんだろうな俺は」
「あっはっはははは!」と笑う。
俺は今ケビンという体格のいいおじさんと話している。
名前はあれだが一応日本人の顔立ちである。
この世界では各々ニックネームや愛称で自己紹介をしたり、お互いを呼ぶのが普通らしく、こう言った外国人みたいな名前で自己紹介してくる人も珍しくない。
因みに俺はそのまま『ハルト』だったらしい。
普通の名前で良かった……心底そう思う。
そして俺はずっと一緒にいた茶髪の少女に向かって声をかける。
「お~い“ゆさりん♪”。もう一杯おかわり!」
俺が彼女を愛称で呼ぶと柚咲は恥ずかしそうに顔を赤くする。
「も~! 柚咲でいいって言ったじゃないですか! 恥ずかしいですっ!」
俺は再びゲラゲラと高笑いする。
言動からして察せるが、だいぶ酔っている。
この世界での飲酒は15歳以上ならオッケーらしい。
夢の中なのにこんなに気分良くなれるだなんてホント不思議だ。
俺が、柚咲に注がれた酒をグビグビ飲んでいると、隣に一人の男が座ってきた。
そいつは端正な顔立ちに加え長身でいかにも『イケメン』という言葉が似合いそうなやつだった。
「随分と調子が良いみたいだな」
好戦的な口調で言ってきた。
なんだろう……この男、気に食わないなあ……イケメンだし。
「ていうかお前は誰?」
酔っていたこともあり、思っていたことをそのまま口にする。
だが男は顔色一つ変えずに答えた。
「そうか……そういえば記憶喪失だったな。
俺はカイジだ。ラヴィーネ国傭兵団の騎士でこの村の兵士長をやってる」
「ようへい? へーしちょう? 何だか分かんないが凄いな」
俺は能天気に言った。
「本当に何も覚えてないんだな……」
カイジという男は呆れるような顔をし、続ける。
「ここじゃ場が悪い、ちょっと来い」
彼は立ち上がると人目に付かなそうな森の方へと向かった。
――男に呼び出されてもなあ……。
全くと言っていいほど乗り気じゃないが、さすがに無視するわけにはいかない。
よろける身体をどうにか起こし後を追った。
* * * * * * * * * * * *
「飲め」
カイジの元へ着くと、彼はいきなり小さな瓶を投げ渡した。
俺はためらいながらもそれを口にする。
すると、だんだんと酔いが冷め気持ちが落ち着いてきた。
どうやらこれは酔い覚ましだったようだ。
「刀を出せ」
俺が
刀……剣のことだろうか?
俺はタブレットを操作し《バスタード・ソード》を装備した。
「違う、それじゃない」
だが彼の要望にはそぐわなかったようだ。
「違うと言われても……俺にはこれしか武器がないぞ」
平然と言うと、カイジは初めてその顔色を変えた。
「なっ……何を言っているんだ? いいから刀を出せ。貴様のオリジナルウェポンだ!」
「いやだから、無いんだって! 確認してみるか?」
俺はタブレットを彼に見せようとする。
「いや、いい……」
彼は落胆していた。
俺の刀が何だったというのだろうか……。
そこで、俺は知らなければならない大事なことがあることを思い出した。
舞さんを救うことばかり考えていたために後回しにしていたが。
「刀のない貴様に用はない」
そう言って立ち去ろうとするカイジを俺は引き留めた。
「なあ、その刀とやらも気になるんだが、そもそもの俺の過去について知ってることを教えてくれないか?」
カイジは柚咲や他の村人も知らない俺の過去を知っていそうだった。
それに公にできないものもあるかもしれない。
だから今この場で訊けることは訊いておきたい。
「――なるほど、聞いていないのか……」
カイジはどこか考えんでいるように見えたが直ぐに口を開いた。
「貴様は元ラヴィーネ王国傭兵団の騎士だ。そして俺の前のアークレイリ村の兵士長だった」
「元……? だった……?」
過去形だったのが気になった。
「ああ、貴様は今はこの王国の傭兵でも何でもない。その称号を剥奪されたからな。
―――――貴様は半年前この村を襲った災厄に何一つ働かず、挙句失踪したんだ」
カイジは憎しみのあるような低い声で話した。
「この村をヴェーエンの兵が襲ってきた時に、兵士長であるはずの貴様がいない。おかげでこの村はパニックに陥った。そして、なんとか村は守れたものの多くの犠牲者を出した」
「言いたくないが貴様は強かった。村人も貴様を頼りにしていた。なのに貴様は……」
俺はカイジの言っていることが信じられなかった。
臆病なこの俺が強かった?
俺はこの村を捨て逃げ出した?
「じゃ、じゃあ俺はこの村にとって裏切者のような存在なのか……?」
「……ああ、そうだ」
わけが分からなかった。
あんなにやさしく俺を迎えてくれて、宴まで開いてくれて。
そんな俺は実は裏切者?
「この半年間、柚咲がどれだけ辛い思いをしてきたか……貴様は知らないだろう?
彼女だけが貴様を擁護し、貴様に向かった村人の怒りを必死で宥めていた。
一人孤独に貴様を守り続けていたんだ。
そしてようやく帰ってきたと思いきや、記憶を失くし失踪の理由も分からない。
貴様はこの2日間そんな柚咲の気持ちを考えたことがあったか? あるわけないよな。
――たとえ村人全員が許しても俺は絶対に貴様を許しはしない」
カイジは低く冷徹で……でも怒りのこもった口調で言った。
そして俺の脇を殺気に満ちた目で通って行く。
俺はただ茫然と俯くことしかできなかった。
この世界でのかつての俺と今の俺は全く別人だ。
今になってそのことがよくわかった。
そして過去の自分が犯した過ちも全て、今の自分が償わなければならないのだ。
周りから見れば同じ日向陽斗なのだ。
俺はそのことをよく考えていなかった。
ただ舞さんを救うことばかり考えていた。
俺はこの先どうやって村の人たちと向き合っていけばいいんだ……。
「ハルトさん……」
立ち尽くしていると名前を呼ぶ声がした。
「柚咲……」
「もう、どうしちゃったんですか? 剣なんか出して」
俺は右手にずっと《バスタード・ソード》を携えていた。
そのことさえも忘れていたようだ。
「さ! そろそろ就寝の時刻ですし戻りましょう」
柚咲は俺を誘い歩き出そうとする。
それを無意識に引き留めた。
「あ、あのな柚咲……」
「はい、なんでしょう?」
彼女はケロッとした顔で返す。
――どうしてそんな顔ができるんだろう……。
俺は裏切り者なのに……都合よくそのことを忘れたと言って帰ってきたのに……。
「えと……その、カイジってやつから聞いたんだ……俺のしてきたことを……」
「…………そうですか、それがどうかしたんですか?」
彼女は一瞬たりとも表情を変えなかった。
「柚咲は怒ってないのか……?」
「……怒るわけないじゃないですか」
彼女はごく当たり前のことのように即答する。
「私はハルトさんが傭兵団に入る前から一緒にいたんですよ。
ハルトさんのことはよくわかっているつもりです。
だからハルトさんが裏切るなんて考えられない。
周りが何て言おうとも、私が一番ハルトさんを知っているんですから」
俺は呆けた面で彼女を見つめていた。
そこまでの信念で俺のことを想ってくれる人なんて、現実にはいなかったからだ。
「それに言ったじゃないですか『これから、たくさん思い出をつくりましょう』って。
過去のことはいつかわかる日が来ると思います。
その日まで正しいかどうかも分からない過去に縛られるよりも、前を向いて今できるとをやってほしいです。
だから私も気にしませんし、ハルトさんにもあまり気にしてほしくありません。
――――って私なんかがおこがましいですかね……」
言って彼女は恥ずかしそうに目をそらす。
……目から鱗が落ちる思いだった。
彼女は俺よりもずっと大人だった。
『今できることに全力で』
そのメッセージをしっかりと胸に刻み込んだ。
柚咲に俺はつらい思いをさせてきたのかも知れない。
その償いを、これからの行動でできるなら俺は彼女の望むようにするしかない。
「ありがとな、柚咲……って言うのも何回目だろうな」
「そうですね。聞き飽きましたよ」
柚咲は顔を上げると微笑んだ。
俺の気持ちも暖かくなっていく。
「なんだか照れくさいので早く戻りましょ!」
彼女は笑いながら俺の手を引いて歩き出した。
くよくよしていたって何も始まらない。
気づけばそう前向きに思えていた。
* * * * * * * * * * * *
俺と柚咲はその後、談笑しながら歩いていった。
そして、森を抜け村に戻ると一人の男が俺たちのことを待っていた。
「お! やっと帰ってきたか。ったく二人でコソコソ何やってたんだ?」
顔を見るなりそうからかってきたのは、先ほど酒を飲み交わしていたケビンという男だ。
「それで、何か用なのか? 待たせていたように見えるが」
こういうからかいは、雅也から日々やられ慣れているため、サラッと受け流し話を進める。
「チッ、ちょっとはハルトも恥ずかしそうにしろよな……まあ、いいや。
実はついさっきお前宛に手紙が届いたんだ。
それがなんとも変なやつでな。
差出人が――――『アンドロイド』って言うんだ。
心当たりは…………ありそうな顔だな、そいじゃ渡すわ」
『アンドロイド』という言葉を聞いた瞬間、俺は目を丸くしていた。
ケビンはその手紙を俺に渡すと「また明日な」と帰っていった。
「アンドロイド……一体誰なんでしょう?」
隣で柚咲が不思議そうに手紙を見ている。
ケビンもだったが柚咲もこの単語の意味は分からないようだ。
というよりこの世界の住人にはわからない単語なのだろう。
俺はその手紙をじっと見つめる。
間違いない……これは舞さんからの手紙だ。
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