第8話 「嫌われる彼女」



 姫神舞は逃亡者フュージティブだった。

 

 柚咲ゆさはなおも殺意に満ちた目で、彼女を睨んでいる。

 

 どうすれば……どうすればいい……


 俺は必死で考えを巡らす。

 ……どうすればこの状況を変えられる?


 




 ――――しかし、その答えがでることはなかった。



「――閃光レクレール!」

 舞さんが呪文を唱えた。


 俺は衝動的に彼女の方へ振り返る。


 するといつの間に武装していたのか、彼女の手には大きな杖が握られていて、その杖の先が突如光を放った。


「ぐっ……」

 そのあまりの輝きに、俺は目を開けてはいられなかった…………。




* * * * * * * * * * * *

 


 しばらくして、俺の視力は回復した。

 

 だが、そこにはもう姫神舞の姿は無かった。


「……逃げられてしまいましたか」

 柚咲が悔しそうにつぶやく。


 俺はただ茫然と舞さんがいた場所を見つめていた。


 

 ――あの光に目をやられていたとき、耳元で確かに聞こえた。


「村に戻って」

 と……。


 俺は舞さんを救うと誓った。

 だから彼女がこの場から逃げた際、俺が彼女を探し出すかもしれないと危惧したのかもしれない。

 確かにその言葉が無かったら俺はすぐに彼女の後を追おうとしたかもしれない。


 


 段々と冷静に考えられるようになってきた。


 

 舞さんは逃亡者フュージティブであり、彼女の力になるということは、この世界のほとんどの人を敵に回すということなのだ。

 もちろん柚咲も……。

 それはとても危険なことなのだと思う。


 だが、彼女を救うという決意には変わりはない。

 

 だから今は考えることが必要だ。

 やみくもに行動するのではなく、もっとこの世界の事を知って、どうすれば舞さんを救うことができるのか、そのことを考える時間が必要だ。



 俺は柚咲の顔を見る。

 彼女は既に長槍をしまっていて、その表情はだいぶ落ち着いているようだった。


「柚咲に聞きたいことがある」


 俺が言うと、彼女は間髪入れずに口を開いた。


「私もハルトさんとお話したいことがあります」



* * * * * * * * * * * *



 俺達は終始無言で馬車を停めた場所に戻った。

 時刻はPM2:50。

 御者ぎょしゃのおじさんは既に戻っていて、メンテナンスをしているようだった。


「お帰り、お二人さん。いい買い物はできたかい?」

「あ……はい」

「お……そうか……まあ乗った乗った!」

 柚咲が暗い返事をしたので、おじさんも何か察したらしかった。


 俺と柚咲が静かに馬車に乗ったのを確認し、おじさんは朝と同じ掛け声を言った。



「それじゃ、出発するぜぇ!!」



* * * * * * * * * * * *



「……ハルトさんは何であの女……クイーンと一緒にいたんですか?」


 馬車が動き出し暫くして、柚咲が切り出した。


「えっと……たまたま道を聞かれたんだ」

「何故路地裏に? 私は武器屋から出ないでと言いましたよね?」

 

 柚咲は疑っているようだった。

 だが舞さんとの関係がバレるのは良くない。

 俺は用意していた嘘を続けた。


「ちょっとした好奇心だったんだ。他の店も見たくなって彷徨(さまよ)っていたらあの路地裏に……俺も迷ってしまったんだ。だから、彼女に道を聞かれても答えられなくてな……そんなとき柚咲が来たんだ」


 少し強引な理由だったろうか?

 柚咲はしばし考え込んだ。


「まあ、いいでしょう。ハルトさんのことを信じます。……クイーンとの間に何もないのであればこれ以上訊くことはありません」


 俺は胸の中でホッと一息つく。

 

 だが、まだ気は抜けない。

 今度は彼女に怪しまれないように情報収集をしなければならない。



「次は俺が訊いていいか? その『クイーン』とか『四皇』ってのは一体何だ?」

 まずはこの世界で姫神舞がどういう立場にいるのかを知りたかった。


「正直四皇の話をするのは気が引けますが、わかりました」


 彼女は本当に嫌そうな顔をしていたがそれでも続けてくれた。


逃亡者フュージティブがどのような人達かは知ってますよね?

 それで、先日彼らがレーゲン国を半壊させたというのも話したと思いますが、それをやったのが四皇と呼ばれる4人の逃亡者フュージティブだったのです」


「え? その事件ってもっと大人数で起こしたんじゃないのか?」

 


 俺は思わず聞き返してしまった。

 ただ単に驚いたからだ。


「はい。たった4人です。

 彼らはとてもバランスのいいパーティーだったそうです。

 盾役の前衛、遠距離物理火力、魔法火力、そしてヒーラー。どれも能力が突出していて、その実力は各国戦闘部隊の隊長たちに匹敵するとさえ言われています」


「なるほど……たった4人で……あ、その隊長達ってのもそれはそれで強いのか?

 すまん分からないんだ」

 俺は新しく話にでてきたものに関して、しっかり訊いておこうとした。


「強いなんてもんじゃありませんよ!! 

 隊長は勿論戦争でも活躍しますが、他にも非領土地域のモンスターを駆逐し自国の領土を広げる際にも活躍していて、単騎で巨大なモンスターを倒す姿はそれはもうカッコよくて……まさに国民の英雄と言った感じです。

 そんな隊長と逃亡者フュージティブ風情ふぜいが同等と言われるのは納得できませんが」


 彼女はかなり熱く語っていた。

 そんな様子からその隊長というものの国民の信頼の高さがうかがえる。


「なるほどな……その隊長とかは元貴族とかそんなんではないのか?」

「……あ、はい。基本的に戦闘部隊には実力がないと入れませんから」

「そうか……」

 俺が何故このような質問をしたかと言うと、先程姫神舞が言っていた、

 「王やその側近はこの世界を作った研究チームのメンバーだ」ということが気になったからだ。

 もし、その隊長とやらもこの世界を作った腐った研究者なのだとしたら辛かったが、そうじゃない可能性の方が高そうなので安心した。

 

 

「それで、話は戻るんだが、四皇は顔とか色々バレたりしてるのか? さっき柚咲は俺といる女性を見てすぐ四皇だと分かっただろ?」


「いえ、彼らは身バレしないよう常に覆面を被っているらしく、詳細は殆ど分かってません。

唯一ヒーラーである彼女だけが顔も判明していて、その名をクイーンとして世界中に知られています。ですのでクイーンは今、この大陸最大の凶悪犯ということで全国家を通して指名手配されてます」


「そ……そうなのか……そいつは恐ろしい話だな……。ていうかなんで柚咲はそんな危ない人相手に向かっていこうとしたんだ?」


 柚咲は舞さんを見るなりすぐ長槍を構えていた。

 一般人であるなら指名手配犯に立ち向かおうなんて普通は思わないだろう。


「あ……そういえば言ってませんでしたね。

 こうみえて私結構戦えるんですよ! それに相手は四皇といえどヒーラーです。

 だから何とかなるんじゃないかなと思ったんですよね……」


 柚咲はテヘヘとニヤける。

 その顔はもう、いつものような優しいものへと戻っていたが、言ってることがかみ合ってない。

 


「それに……懸賞金も出ていたので。

 クイーンを捕まえると国から3億ジルもらえるんですよ!

 それで、彼女を捕まえたかったというのもあります」


 相変わらずおどけた表情で彼女は言った。

 ジルというのは今の日本円と同じくらいの価値なので、3億円の賞金がかけられていると考えると分かりやすい。

 









 ――――まだまだ聞きたいこともあるが、この時点で既に『姫神舞』という存在がこの世界にとってどういうものか大体把握できた。


 

 正直予想以上だ……。

 予想以上に彼女はこの世界と敵対していた。


 そんな彼女の味方をすることが、どれだけこの世界にとって悪なのか。

 それを考えると恐ろしくてたまらなかった。


 だが、姫神舞は現実世界でも嫌われている……。

 周りから『アンドロイド』と言われ避けられている。 

 彼女は何も悪くないのに……。

 

 

 両世界どちらでもちゃんと生きられないなんて、そんな不幸ないだろう?

 そんな彼女の不遇を考えると、思わずにはいられない、


 ――やっぱり俺は姫神舞を救いたい。



 彼女に向かって言ったあの決意を俺はより一層強くした。

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