第7話 「決意と生まれるジレンマ」
「誰かに作られた夢……」
俺は舞さんの言葉をただリピートしていた。
正直彼女が何を言っているのか理解できない。
「いきなり、こんなこと言われたってなかなか信じられないわよね……」
明らかに動揺している俺に対して彼女は続けた。
「でも、あなたもこの夢が普通の夢じゃないってのは何となくわかっているのよね?」
「あ……はい」
確かにこれは普通の夢ではない。
だが俺は今まで“夢だからこそ”このようなあり得ないことも起こるものだと思い込んでいた。
「この夢は日本のある研究チームが何らかの実験のために作りだした人工夢なの。
その仕組みについてここからちょっと固い話になるけど、聞いてもらえるかしら? あなたにはちゃんと知ってもらいたいの……」
「はい……分かりました」
俺は未だ、本当に作られた夢だと実感できずにいる。
しかし、彼女はひどく深刻そうな顔をしていた。
だからこれから続く彼女の話を頑張って理解しようと決めた。
「ありがとう。それじゃあ話すわね。
その研究チームが人工夢を作り出したのは今から約2年前。彼らは、脳の“海馬”と呼ばれる部位に外部から直接刺激を与えるVD波というのを開発し、人々に見せたい夢を見せることに成功したわ。
さらに、AM波という別の波で海馬を刺激することで実際の意識を夢に飛び込ませることにも成功した。
これはつまりVD波で作り出した世界に寝ている間行くことができるということ。
これら一連のシステムは彼らが所有している人工衛星に搭載されていて毎晩日本中の人々に向けて作動されているわ。
――これがこの夢の実態よ」
舞さんはできるだけわかりやすいようにと、ゆっくり話してくれているようだった。
おかげで、この夢が生み出された仕組みについては大体把握できた。
しかし、気になることもある。
「なるほど……。あの、記憶はどうなってるんですか? 俺は昨日までのこの世界での記憶はないですし、舞さんも現実世界の記憶はないんですよね?」
俺が訊くと、舞さんはより深刻な面持ちになった。
「そこが一番の問題なの。
彼らは何かしらの技術で夢と現実二つの世界の記憶を互いに引き継げないようにしたわ。
その方が彼らにとって色々と都合がいいから。
――だからこの世界と現実は互いに独立した世界になっているの。
同じなのはそこに登場するキャラクターだけ……」
「じゃ、じゃあなんで俺にはあっちの世界の記憶があるんですか?
それに舞さんだって何でそんなことを知っているんですか!?」
俺は熱く訊き返してしまった。
それを舞さんは宥めるかのように、優しい瞳で返す。
「あなたと私は特殊なんだと思うわ……それから、敬語じゃなくていいわよ。現実では同じ学年なんでしょう?」
「あ……はい……ごめん」
ずっと敬語だったのを舞さんも気にしていたようだ。
敬語を使わないのはすぐには慣れないが、努力しようと思う。
「それで、あなたが現実とここソナルキアの両方の記憶が引き継がれるようになった経緯は分からないわ。
ただ、私も昔あなたのように両世界の記憶を持っていた時期があったわ。といっても昔の話だけど……」
そうしてどこか寂しそうに彼女は俯いた。
「な、なあ……俺にも舞さんのこれまでの出来事を教えてれないか?」
過去の舞さんが今の俺と同じだったというのなら、その後彼女がどうなったかはすごく気になる。
彼女は少し考えるような仕草をしたが、再び顔を上げると静かに話し出した。
「そうね……あなたには私が今どのような状態にあるのかを、知ってもらいたいわね。現実の私を知っているあなたには…………長くなるけどいいかしら?」
「勿論」
俺は多分この世界にきて一番真剣に話を聞こうとしていた。
そして、ここから彼女の壮絶な過去の回想が始まった。
「私もあなたと同じように現実世界では普通に暮らしていたわ。
けど高校に入学する前に、異様な夢を見続けたの。そう、この世界のことね」
「私はここラヴィーネ国にいた。
最初は訳も分からず過ごしていたけど、ある日私は一人の男と出会った」
「その男が私に告げたの「ここは人工的に作られた夢の中だ」と。
勿論最初は半信半疑だったけど、私は彼と行動を共にすることにした」
「そしてある日これが人工夢だと確信する出来事が起こったわ。
それは私がラヴィーネ国の王城に侵入したとき」
「私はそこで国王やその側近が現実世界の話をしているのを聞いてしまった。
そして話を聞いているうちに、彼らがこの世界を作った研究チームのメンバーだということが分かったわ」
「……許せないことに彼らは5つの国それぞれの王や側近となり、どの国が大陸を統一するか、まるでゲームのようにして遊んでいたわ」
「……私は激しく憤った。こんな奴らに作られた世界で、こんな奴らに忠誠を誓って、こんな奴らにコマのように使われて……」
「そして、私は自分を抑えられなくなって、彼らに刃を向けてしまったわ……」
「私は怒りに身を任せ戦った……でも誰一人殺せず敗れてしまったわ。
気づいた時には牢屋の中にいた。私は彼らに捕まってしまったの」
「そうして私は恐ろしい事実を知ったわ。…………現実世界に戻ることができなくなったの」
「この世界には『時間』と呼ばれる絶対に守らなければならない盟約があるのは知っているでしょう? あの『時間』を過ぎるとこの世界の時間そのものが停止するの。
そうして人々はこの世界で眠ることにより現実世界への意識の移動を行うわけ」
「でも私が牢屋に閉じ込められて、『時間』の前に就寝し、次に目覚めたときには再びこの世界だったの」
「その後牢屋からは逃げ出したけど、結局あの日以来、私は現実世界へと帰れてないわ。
そして今に至るの。
――どう? これが私の辿ってきた歴史。笑っちゃうでしょ」
ゆっくりと過去を語った舞さんは、話し終えるとニコッと笑顔で俺を見た。
それは美しく煌びやかで……そしてとても悲しそうな笑顔だった。
胸の中に色々な感情が湧き上がる。
姫神舞という人間は高校に入学する直前にこの世界に取り残されてしまったのだ。
だから俺が知っている姫神舞は本当の彼女ではないのだ。
じゃあ、アンドロイドのように生きている姫神舞の方は一体なんなんだ?
そのことについては舞さんだってわからない。
分からないからこそ彼女はとても恐ろしい思いをしているのだと思う。
自分の意識は現実には戻らず、家族とも大切な友人にも会えない。
そして追い打ちをかけるように、姫神舞という人物の代わりを、別の何かが演じてるかもしれないのだ。
それは凄く怖いはずだ。
怖くて悲しくて苦しいはずだ。しんどいはずだ。
……それなのに彼女は今、笑っている。
頬を引きつらせ、目には光るものを浮かべながらも、笑っているのだ……。
「そんなんじゃない……」
「えっ」
「そんなんじゃないんだ! 俺が見たかった笑顔は!!」
舞さんは俺が何のことを言っているのか分からないといった顔をしていた。
「今ここで、俺の目の前にいるのが本当の姫神舞で、あっちの世界にいるのは本当の君じゃないんだろ!?」
「え、いや、そうだけど……私は……」
「どうすれば? どうすれば君の意識は現実に戻るんだ?」
「え、あ、その……ちょっと落ち着いて……」
俺はひどく興奮していた。
だが、そうなるのも当たり前だった。
彼女が……今ここにいる姫神舞の意識が現実へと戻らない限り、俺は彼女の“本当の笑顔”を見ることはできないんだ。
本当の姫神舞は、アンドロイドなんかじゃない。
ちゃんと喜怒哀楽表現ができる普通の女の子なんだ。
その事実を知って、俺はもう黙ってなんていられなかった。
まだまだ分からないことは沢山あるし、どうすればいいのかも全く想像できない。
でも俺は今、一つの誓いを立てた。
「俺が……俺が必ず君を現実に帰す!!!
君をこんな目に合わせた連中をぶっ倒して、
そして心の底から笑顔にさせてみせる!!!
だから……だから君の力にならせてくれ!!!」
あらん限りの決意を込めて俺は言った。
「な、何を急に……」
舞さんもかなり動揺しているようだった。
無理もないか、俺でさえもだんだんと冷静になり、会話を思い返すと恥ずかしさが湧き上がってくる。
「――――でも、ありがとう。あなたのような人に出会えて私は幸せだわ……」
彼女は目を細め掠れるような声で言った。
その目は潤んでいるようにも見られた。
しばらく二人の間には沈黙が生まれた。
俺も熱くなりすぎたのかもしれない。
彼女の話を聞き色々な思いが生まれ、それが爆発したようなものだ。
だが両世界の彼女を知り、このような気持ちになるのは当たり前のことだと思う。
「じゃ、じゃあまずは何を……」
俺が口火を切り舞さんに質問しようとして、途中で止まった。
正確には横からかけられた別の声により遮られたのだ。
「ハルトさん! 探しましたよ!! 勝手にいなくならないでって言ったじゃないですか!!」
柚咲がこの路地裏へと駆け寄ってきた。
いきなり現れた少女に俺は少々混乱してしまった。
たった今、姫神舞に向けて熱く語ったばかりなのだ。
タイミングの悪いこと極まりなしといった感じだが彼女に罪はない。
「あ……悪い柚咲! 本当にごめんな。 ――そうだ、聞いてほしいことがあるんだ!」
俺は柚咲に姫神舞の事を話そうとした。
あの心優しい柚咲ならきっと協力してくれるはず。
そんな考えから俺は柚咲に希望の視線を向けていた。
しかし、その希望は一瞬のうちに潰えてしまった。
「ハ、ハルトさん……そ、そこの……女性は……」
柚咲は目を見開き、震える声で喋った。
そして次に柚咲がとった行動に、俺はただただ驚かずにはいられなかった。
「――――クイーンです!!! クイーンがいます!!!! 四皇(よんこう)のクイーンです!!!!」
柚咲はそんな小さな体の一体どこから出ているんだというくらい大きな声で叫んだ。
そして叫び終えるなり彼女はタブレットを操作すると、細長い槍を召喚した。
「ついに姿を現しましたね……絶対にあなたを捕まえます」
柚咲は槍を構えると、いつもの彼女からは想像もできないような攻撃的な目で舞さんを睨む。
ど、どうなってるんだ一体……???
俺は柚咲の言動が全く理解できなかった。
だが彼女は容赦なく「いきます」と言い、舞さんに向かって突っ込んでいった。
「お、おい! やめろって!!!」
俺は舞さんを庇うように2人の間に立ち、柚咲の行動を止める。
「どいてくださいハルトさん! この女は……この女はあの忌々しき
柚咲は血走った眼でそう叫んだ。
このとき俺は初めて『舞さんを救う』ということが『この世界そのものに抗う』と同じ意味なのだと気付いた。
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