第6話 「再会の彼女」

 ラヴィーネ国第2都市ラウガー。

 建物のほとんどが青白く壮麗である。

 人口は100万人程らしく日本だと仙台市くらいの規模だ。


 そして、この都市は……前に一度見たことがある。


 昨日、ここが夢の中だと気づいた後、俺はこの都市を目指して走っていた。

 結局兵士たちと出会ってしまったために辿り着くことはなかったが。



 何にせよ、これがあの都市であるなら、昨日目覚めたあの川や、ドラゴンのいた洞窟がこの近くにあるはずだ。



 それにしても昨日は舞さんがタブレットを操作した後、俺は一瞬のうちにアークレイリ村へと飛ばされた。

 100キロ以上もの距離を瞬間移動したのである。

 あの仕組みは一体何なのだろうか?


 気になった俺は早速柚咲に質問をした。

「なあ、この世界でテレポートみたいなのって可能なのか? 例えばラウガーからアークレイリ村まで瞬間移動したり」


「普通はできないですが。『時間』の10分前になると、どこからでも自分の生まれ故郷に帰ることができるのです。『時間』には必ず私たちは寝ないといけないので……」


 ここでまた『時間』という単語が出てきた。


「なあ、その『時間』ってのは結局何なんだ? もっと詳しく教えてくれないか?」

「詳しくと言われましても……私たちはAM1:00にはどのような状況であれ、ベッドの上で寝ないといけないのです。これは盟約のようなものでして、お祖母ちゃんからは破ると魔物に襲われるぞと教わりました」

「盟約のようなもの……か」

 その盟約とやらを守るためにテレポートが存在する。彼女はそう言っていた。


 昨日舞さんが、焦るように俺を飛ばしたのも……村の人達があっさりと家に帰っていったのも、全てはその『時間』という盟約のためだったようだ。


 この世界では当たり前でも、俺にとっては当たり前じゃないことは沢山ある。

 最初はそのようなことにただアタフタしていたが、これだけ触れてしまうと冷静に理解しようとすることができる。

 経験は大事なのだと実感した。


 第2都市ラウガーは防弾ガラスのような透明なものに囲まれているため、出入りには入国審査ならぬ入都市審査のようなものが必要だった。

 馬車がラウガーの入口で止まると、受付の男がやってきた。

 騎手であるおじさんがまず自分のタブレットを男に見せる。

 

 次に、男は中にいる俺たちの確認をしにきたので、柚咲と同じようにしてタブレットを見せる。


「よし、3人ともオッケーだ。通っていいぞ」

 男がそう言うと再び馬車が動き出す。


「なあ、こんな感じでどこの都市にも審査されないと入れないのか?」

「いいえ。全部ではありませんが、大きな都市にはたいていこのような検問があります。他国のスパイが入ってくる可能性もありますので」

「戦争の真っ只中なんだもんな……」

 物騒な世界だと思う。

 

 入り口を過ぎると馬車は近くの大きな体育館のような場所に入っていった。

 そこでも騎手のおじさんは受付を済ませ、一つの大きな部屋へと入った。


「着きました。降りましょう」

 柚咲はそういうとぴょんと馬車から降りた。

 どうやら馬車はここに停め、あとは徒歩での移動らしい。

 俺も続いて馬車から降り、柚咲と一緒におじさんへお礼を言った。

「帰りはPM3:00にここでな」

 おじさんはそう言うと先にこの部屋から出て行った。


「私たちも行きましょう」

 俺はもちろん柚咲についていくことしかできないので彼女の横をただ歩く。


 外から見てわかっていたがやはり綺麗な都市である。

 このラウガーの建物全般が水晶のように青白いのは、このラヴィーネという国が『氷の国』ということに因んでいるかららしい。

 ブレンネンは炎、レーゲンは光、フェルゼンは土、ヴェーエンは風がイメージの国だそうだ。


 聞いた感じなんとなくレーゲン国の都市も綺麗そうな感じもしたが、そういえばこの国は逃亡者フュージティブにやられて半壊状態だったのを思いだした。

 だから今はあまり神秘的な感じではないのかもしれない。


 俺たちはラウガーのメインストリートとも言われる広い道を歩いていた。

 その道沿いには様々な店があり賑わっている。

 武器屋、鍛冶屋、雑貨屋、果物屋……色々ある。


 柚咲はその中で合成屋というのに寄った。

「合成屋って何を売ってるんだ?」

「ここではお薬を売っていて、薬草などを持っていくと調合してくれたりもします。今日は風邪薬を買いに来ました。そろそろ村で流行る時期なので」

 どうやら彼女は村人すべての買い物をしているらしい。

 確かに、これだけ都市から離れた場所にあると家族単位で買い物に行くのは不効率なのかもしれない。


「なあ、ちょっと隣の武器屋行ってみていいか?」

 正直薬のことは見ていてもよくわからない。

 だから興味のある武器屋を見てみたくなった。

「いいですけど、そこからいなくならないでくださいねっ!」

「了解、了解!」

 言って、俺は軽快なリズムで武器屋へと向かった。


「おおっ! これはすげえ!」

 店の中は壁一面に様々な種類の剣や槍、杖がかけられている。

 また、間にあるテーブルにも小太刀や弓、盾などが置かれており好奇心をそそられた。


 俺はとりあえず近くにあった剣をとった。

「ロングソード……確かに長いけどバスタードソードよりは軽いな……」

 そんな感想を抱く。

 剣の下にはその価格やステータスなどが書かれていた。


「鍛冶師アラン作。カラーカースト青、価格3800ジル……」

 ジルというのはこの世界での通貨だと柚咲は言っていた。

 しかし実際に貨幣が存在するのではなく支払いはすべてタブレット越しに行われるらしい。

 俺はこれをおサイフケータイみたいな機能だと理解した。


 その後も色々な武器を見て回ったが、ふと武器屋の隅に2階へと続く階段を見つけた。

 下から覗いただけだが何やら異様な空間がそこにあるように感じられた。

ゴクリ。と唾をのみ、俺はその階段を上った。


 2階は下よりも少し薄暗い部屋だった。

「や……ばいな……」

 そこにあったのは明らかに1階のよりもカラーカーストの高い武器だった。

 最低でも銅以上の武器たちである……。

 俺はその迫力に少々押されてしまった。


 それでもどんな武器があるのか気になり、中を周った。

 そして2階の一番奥のスペースに圧倒的な存在感を放って立てかけられてある一つの杖を見つけた。

 

 その杖のカラーカーストは白だった。

 つまり最上級の武器である。


 俺はその杖を取ろうと手を伸ばした。

「「あっ……」」

 しかし、ちょうど横からもう一人の誰かが手を伸ばしていたため、互いに譲るように手を引いた。

 その横にいた人物は赤いローブを着ていてフードで顔を隠していた。

 しかし、その細く綺麗な手から女性であることはなんとなくわかる。


「すみません、先にどう……」

 言いかけた俺の口が止まった。

 

 この赤いローブを俺は見たことがある。

「もしかして……姫神舞ひめかみまいさん……?」

 俺は恐る恐る訊いた。

 名前を言った途端彼女はビクンっ! と反応し、しばし沈黙したがやがてそのフードを外した。


「なんで……なんで私の名前を知っているの……?」

 震えるような、か細い声だった。


「なんでって言われても、昨日会いましたよね……?」

「確かに会ったけど、私は名乗ってないわ」

 言われてみて確かに彼女は自分の名前を俺に告げてなかったと思い出す。


「……現実で一緒の学校に通ってるので名前くらいは知ってました」

 結局、正直に話した。

 だが、途端彼女の顔は豹変した。

 そして……、

「今なんて言ったの……?」

 もう一度聞き返してきた。

 

 あまり夢の中で現実の話はしたくはないし、やはりタブーだったのだろうか?

 しかし、言ってしまった以上仕方がないので、同じことを繰り返す。


「現実で舞さんのことを知っているので……」

「!!」

 彼女はしっかりと聞くと、突然膝から崩れ落ちた。

 そしてその目から涙が溢れてくる。


 お、おい? やっぱりここが現実じゃないみたいな話をしちゃいけなかったのか!?

 彼女は震えながら涙をこぼしている。


「えっと……す、すみません!」

 俺は訳も分からず謝った。

「いいの……あなたは何も悪くないから」

 彼女は涙を拭い立ち上がった。

「だけど、あなたとは色々話がしたいわ、すごく大事なことなの」

 言って彼女はフードを被ると俺の手を引き出口へと歩いて行った。

「え? ちょ、ちょっと」

「人気のないところに移動するわ」

 いきなり舞さんに手を握られたことに思わずドキッとしてしまった。

 されるがままに俺は舞さんと歩いていく。


 

 そのため柚咲と交わしていた約束を俺はすっかり忘れていた。


* * * * * * * * * * * *


 メインストリートからはだいぶ外れた路地裏のような場所で舞さんは止まった。

 確かにここなら人は誰もやって来ない。


「あ、あの……こんなところで何のお話を……」

 俺はかなり緊張していた。

 いきなり意中の女の子から大事な話があると手を引かれ、人気のない場所へとやってきたのだ。

 ドキドキせずにはいられない。


 そんな俺の男心をさらに駆り立てるように、彼女は目の前まで顔を近づけてきた。

 そして言った。


「あなた、本当に現実世界の記憶があるの?」

「……へっ?」


 俺の頭は真っ白になった。

 いきなり舞さんは現実の事を聞いてきたのだ。


「ねえ、答えて!!」

 俺が動揺し黙っていると彼女が叫んだ。

 目の前で言われるので凄く怖い。


「あ、はい……あります」

 俺が言うと彼女は少し離れ腕を組み続けた。

「いつからあるの?」

「昨日からです……」

「それまでの記憶は? この世界での」

「それはありません……」


 まるで尋問のようだった。

 俺はブルブルと震えてしまう。


「そう……大体のことは把握できたわ。今度はあっちの世界の私について教えてもらえるかしら?」

 正直彼女は何が聞きたいのかさっぱり分からなかった。

 ただ俺はあるがままの現実の姫神舞について話した。

 

 俺が話し終えたとき、舞さんはとても悲しそうな顔をしていた。


「いきなり……色々聞いてしまってごめんなさいね……。次は私があなたにこの世界のことについて真実を伝えるわ」


 彼女は何か決心したかのように俺の目を鋭く見つめた。

 

 この世界のことは柚咲から大体聞いたのだが、他に何かあるのだろうか。

 あくまで俺はこの世界のことについては半信半疑でいる。

 それは勿論この世界は夢だからである。

 そして俺はこの世界で起こるあらゆる事象に対して夢だからと考え、受け流していた。



 ――そう、この時までは。



 舞さんは静かに告げた。

「この世界は夢であって普通の夢じゃないの。とある研究者が作りだした『ソナルキア・システム』によって強制的に見せられている夢なの。あなたは今“誰かに作られた”夢の世界にいるの」

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