第5話 「馬車の中は意外と快適です」


 柚咲ゆさに連れられ村の端までやってきた。

 この時間は人々は外に出てこないそうで、誰一人としてすれ違わなかった。

 左腕のタブレットにはAM5:12と書いてある。

 そりゃあ、まだ早すぎるよな。

 というかどんだけ本物のタブレットと似てるんだよ! と思ってしまった。


「あれが第2都市ラウガーまで運んでくれる馬車です。

 ――――おはようございます!」

 柚咲は馬車を指差した後、その騎手に向かって挨拶をした。

「おはよう、今日はよろしくな。――そっちのお兄さんもラウガーまでかい?」

 体格のいいおじさんだ。声もめちゃくちゃ渋い。

「彼女と一緒です。こんな朝早くから申し訳ありません」

「なーに、気にしなくていいぞ。これが仕事ってもんだからな、ガハハ」

 威勢のある笑い声をあげ、おじさんは馬にまたがった。

 俺と柚咲も後ろの4人乗りくらいの荷台に乗る。


「それじゃ、出発するぜぇ!!」

 おじさんの声が早朝の静かな村に響いた。



「では何から話しましょうか」

 馬車が動き出し少しして、柚咲が口を開いた。

「うーん、じゃあこの世界のことについて、でいいか?」

 割と大きなことを聞いた。

 『ここは夢です』なんて言われたら、困ってしまうが。

 

 昨日の夢から感じていたが、この世界はだいぶ現実とかけ離れている。

 

 いくら夢といっても、普通は現実の日常を舞台にしたものが多いんじゃないか?

 それがこんな、魔法が使えたり、ドラゴンがいたり、クソ田舎だったり、馬車で移動したり……。

 本当に我が夢ながら可笑しすぎて笑ってしまう。


 だが、柚咲はこの質問を真剣に考えてくれたみたいで、顎に手を当て「うーん、うーん」と唸っている。

「なかなか説明するのも難しいですが……この世界というか私たちがいるこの大陸の事をみんな『ソナルキア』って呼んでいます」

 

『ソナルキア』……どっかで聞いたような…………そういえばタブレットに書いていたあれだ。

 ―――《You are in Sonalkia》

 思えばあれを見てこの世界が夢だと気付いたようなものだ。

「大陸は一つしかないのか?」

「分かりません。ソナルキア以外の大陸なんて聞いたことないので……」

「そうか……じゃあ、次に情勢について教えてくれないか? さっき第2都市とか言ってたってことは国とかもあるんだろう?」

「情勢ですか……」


 また彼女は考え込むような仕草をする。

 あまり気を張って考えられると、なんだかこっちが申し訳ないような気になってしまう。

 そういった細かい仕草とか行動までも映し出されていて、本当に不思議な夢だと思ってしまう。


「ソナルキアには5つの国があると言われています。

 大陸の西から順にブレンネン、レーゲン、フェルゼン、ヴェーエン、ラヴィーネと言います。

 この5国は互いに大陸を統一しようと覇権を争い、幾度となく戦争を起こしてきました。

 私たちのいるアークレイリ村はラヴィーネ国の南の外れにある小さな村で、あまり戦争には関係無いですが、これから行くラヴィーネ第2都市ラウガーは非領土地域に最も近い都市で兵士たちの拠点にもなっています」

「なるほどな……。その非領土地域ってのは?」

「あ、はい、それはどの国の領土でもない地域でして、そこは国の管理が行き届いてないがゆえに凶悪なモンスターが生息していたりする場所です。

 加えて戦争も大抵は非領土地域で行われています」


 凶悪なモンスターと聞いて真っ先にあのドラゴンを思いだした。

 あの遺跡もその非領土地域だったんだろうか。


「それで、その国ごとの覇権争いというのはどんな状況なんだ?」

「そうですね……今まではどの国も拮抗しているといった感じでしたが……つい最近レーゲン国が半壊してしまうほど大損害を受けてしまい、そこだけがかなり遅れていますね」

 そして彼女はより深刻な表情をし、続けた。


「その半壊の原因が今、ソナルキア中で問題になっているんです」

「どっかの国がやったんじゃないのか?」

 普通に考えられる意見を述べた。

 だがやはり彼女は「そう思いますよね」と言い返した。


「逃亡者(フュージティブ)というどこの国にも属さない人々がやったんです。

 ただでさえ、国を裏切るというのは重い罪なのに、その上、国を滅ぼしにかかるなんて……最低です……」


 柚咲はまるで自分の国が滅ぼされたかのように、血相を変えていった。

 ずっと優しい表情をしていた彼女の突然の変化に怖気づいてしまう。


「そんなに国を裏切ることはいけないことなのか?」

「いけないも何もあり得ないことなんです!」

 柚咲は即答した。

「私たちは生まれた時から自らの国に忠誠を誓っているのです。

 私も国の外れに住むからこそ戦えませんが、都市に収穫した農産物を届けたり、薬をつくったりと、国のためにできる限りの支援をしています。だから……そんな忠誠を裏切るようなフュージティブは許せません」

 

 彼女は本気で憎んでいるようだった。

 ここまで国に絶対忠誠をしているのは現実では中々聞かないよなぁ……。


 だんだんと俺も冷静に考えられるようになり、そしてふと思い出すことがあった。

 

 そういえば、フュージティブという言葉を前に聞いたことがある。

 舞さんと出会う洞窟に入る前だ。

 5人の屈強な兵士たちが俺をフュージティブだと言い、問答無用で襲ってきた。

 柚咲の話を聞いてやっとあの時襲われた理由が分かった。


 何だか憎いものの話をさせてしまったようで申し訳なくなった。

 この世界の情勢についてはこのくらいにしておこう。

 

 俺は次に最も気になっていたこの世界での戦闘について訊いた。

 柚咲も今度はいつものように落ち着いて話してくれた。

「戦闘は剣を抜いたり、銃を構えたりなど武装することで始まります。武器についての記憶もないですよね?」

「あ、ああ。すまない」

「大丈夫です。武器や装備にはカラーカーストと呼ばれるランクのようなものがあります。

 様々な武器や装備がありますが、どれも共通して大きめの『D』という文字が書かれていて、その文字の色でランクをわけています。

 具体的には、基本三原色の“赤”“青”“黄”が一番下のランク。

 その上に“紫”“緑”“橙”。さらにその上に低い順から“銅”“銀”“金”と続いて、一番上に“白”があります。

 当たり前のことですがカラーカーストの高い武器は戦士をより強くします。

 ハルトさんのタブレットも見せてもらえますか?」


 丁寧に説明してくれた柚咲にタブレットを見せる。

 彼女は手際よく操作すると装備欄を開き俺に見せた。

「これがハルトさんの武器ですね。『バスタードソード』……カラーカーストは『銅』ですね。銅以上は結構レアなんですよ」

 なるほど。この横のDのマークの色がいわゆるカラーカーストというのだったのか。

「ところで武器や装備はどうやって手に入れるんだ?」

「入手方法ですか……それは3つありまして、一つは都市の武具屋で購入する。それから、モンスターを倒したり人を殺したり……」

「人を殺す!?」

 思わず聞き返してしまった。

 だが聞き返したところで、この世界は戦争が日常茶飯事なのだから、あまり特殊じゃないのかとも思った。

「え、ええ……人を殺すとその人が持っている武器などが手に入ります」

「手に入るってのは死体から奪い取るとか……?」

「いえ、自動的にタブレットの装備欄に追加されますが……何かおかしいですか?」

 柚咲はキョトンとした顔で言った。

 

 それがこの世界の常識なのだろうか……。

 当たり前のことを聞き返しても、柚咲を困らせそうなので話を進めた。


「じゃあ3つ目は?」

「3つ目は生まれたときから備わっているものです。『オリジナルウェポン』と言うのですが大抵カラーカーストも高く、本人との相性も良い武器が多いのでそれを使っている人は多いです。あと『オリジナルウェポン』だけは人を殺しても奪うことはできません」

 言って彼女は俺のタブレットをまた操作しだした。


「えっと、ハルトさんのオリジナルウェポンは…………あれ? ありませんね……」

「え? ないなんてことあるのか?」

 

 柚咲はとても不思議そうな顔をしながらも、賢明に探しているようだった。

「武器がなくなるなんて、滅多に聞きませんよ……それもオリジナルウェポンをなんて……。稀に装備した武器をタブレットに戻さずにどこかに捨てるということならあるかもですが……」


 これには柚咲もお手上げといった様子だった。

 勿論、柚咲が分からないことを俺が分かるわけがない。

「まあ、そのオリジナルウェポンってのが無くてもどうにかなるだろ。

 あーそうだ、ずっと当たり前のように話してて聞くのを忘れていたんだが……このタブレットってそもそも何なんだ?」


 本来であれば一番初めに聞きたかった程、謎の多いこのタブレット。

 ベルトのようなものもないのに何故か左腕に固定されていて外れることはない。

 それによく見ると、目の前にいる柚咲や、昨日会った舞さんも同じように左腕にタブレットが備え付けられていた。


 だが、その質問に柚咲はポカーンと口を開けて固まってしまう。

「あ……いや、すいません。正直このタブレットのことについては考えたこともなかったので……」

「考えたこともない?」

「はい……生まれた時から付いていますから。体の一部みたいなものですね」


 これにはさすがに驚いた。

 まさかタブレットの存在もこの世界では常識だったとは……。

 これでは聞いても仕方がないか。

 

 常識のない人間というのはつくづく不憫だと実感する。


「そっか……色々聞いてすまなかったな。でもお陰で知識が増えてだいぶ心強くなったよ。――ありがとう」

 素直に礼をいうと、柚咲は「当たり前です」と小さく言い、外の風景に目を向けた。


 『当たり前』……これが当たり前じゃない者にとってはとても辛いのだと初めて分かった。

 この世界では当たり前でも、現実とは全く異なるものが沢山ある。

 それに慣れるということは想像以上に厳しいように感じた。


 この教訓は是非とも現実世界で生かしたいものだ。

 例えば留学とかで全く違う環境に行くときなど。

 それに、周りに今の俺のような全く馴染めていない人がいたら、手を差し伸べてあげたいとも思った。

 柚咲のように。


 この夢は本当に不思議だ。

 妙にリアルなのに現実とは全く異なる経験ができる。

 そんな経験を無駄にせず生かしたい。

 

 真面目にそんなことを考えていた。



 その後は柚咲と他愛もない話をして過ごした。

 

 そうして馬車に乗って随分と時間が経ったある時。

 柚咲が言った、「第2都市が見えましたよ」と。


 俺は馬車の窓から顔を出し確認する。



 ――――そこにはかつて見たことのある都市が存在していた。

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