第4話 「出会ったタイミングには意味がある」
目を開けると、見慣れた白い天井がそこにはあった。
小鳥の
ただ一つだけ違うことは。
――――俺はあの夢の内容をほとんど覚えている。
最初のオークとの戦闘、ドラゴンから舞さんを救出したこと、そして田舎の村で柚咲という少女と会話したこと。
それらの全てが記憶としてちゃんと残っている。
気づくと寝間着は汗でびっしょりと濡れていた。
今までこんなにも鮮明に夢のことを覚えていたことはない。
舞さんのことも勿論気になるが、それ以上に最後に会った柚咲のことを考えてしまった。
彼女はどうして俺の夢に出てきたのだろう。
一度も会ったことないのに。
――もう2度と彼女の顔を見ることはないのではないか。
そう考えた途端、胸の中から寂しさが込みあがってきた。
だから、俺は机に向かって座ると、メモ帳に彼女の顔を覚えている限り描きだした。
夢は目覚めたときには覚えていても、時間が経つにつれほとんど記憶から消えてしまうからな。
長くきれいな茶髪。
それを後ろで1本に結んでいて、服装は白く薄い浴衣のようなものだった。
絵は得意ではないけど、そういった特徴が分かるように描いていく。
夢の中で会話しただけだが……やっぱり忘れたくない。
「二ツ
「おわあぁぁぁぁ! 勝手に入ってくるなよ!」
俺が真剣に描いているところを妹に思いっきり見られてしまった。
すごく恥ずかしくなり、慌ててメモ帳を隠す。
「今日も起こしに来てあげたのにそう言われると傷つくなぁ。
いや~でもお兄ちゃんって結構絵上手いんだね。頑張れば漫画家なれるよ!」
言って妹はあざとくサムズアップを決める。
「別に漫画描いてるわけでも、そもそもキャラじゃないし……」
「――じゃあ何を描いてたの?」
「……そう聞かれてもなあ」
流石に本当の事は恥ずかしくて言えず、黙ってしまった。
「……まあ、いいや。そろそろご飯できるみたいだから先行ってるね」
「お、おう」
元々あまり興味が無かったのか、それとも千夏の優しさなのか、深く聞くことはなく部屋を出ていった。
「朝から調子狂うよな……」
メモ帳を見つめながら、ボソッと呟いた。
* * * * * * * * * * * * *
いつもの列車に乗り、受験生らしく数学の問題集を開く。
だがやはり集中などできなかった。
シャーペンを握ったまま手は動かず、昨日の夢の事を考えてしまう。
「お兄ちゃんどうしたの? ボーっとして」
よっぽどだったのか千夏にまで声をかけられる。
「すまん、なんでもないんだ……」
このままじゃダメだ。所詮夢なんだ。
気になって勉強できないなんてことあってはいけないんだ。
――分かっているのに考えることをやめられない。
「なあ、千夏は夢に全く知らない人が出てきたことはあるか?」
結局、妹に助けを求めるように訊いてしまった。
千夏は最初「こいつ何言ってんだ?」みたいな顔をしていたが、何かを察したのか真面目に考えだした。
「ん~まあ、よくわかんない変なおじさんに襲われる夢ならよく見るけど、知らないのに関係の深そうな人がでてきたことはいないかなあ~」
「そうか……そうだよな……」
「え、ちょっとはツッコんでよ……」
「あ……悪い……」
最初何をツッコんだらいいか分からず、千夏の言葉をリプレイしてからやっと気づいた。
「も~人に質問しといてそれは無いと思うよ。もっとシャキッとする!」
妹に喝を入れられてしまった。
ていうかちょっと声が大きくて恥ずかしい。
おかげさまで情けないこと極まりなしといった気分だ。
「そういえば前読んだ雑誌に書いてあったの、『出会ったタイミングには意味がある』って。勿論良い意味ってことね。だから例え夢でも、きっと何か良いこと起こるぞって前向きに思っていればいいんじゃないかな?」
千夏は優しく微笑み言った。
『出会ったタイミングには意味がある』か……。
その言葉は俺の胸に強く響いた。
意味はあるけど、それが分かるのは先のことで、今はただ前だけ向いて進めばいい。
暗にそう言っている言葉だと俺は理解した。
「ありがとな、千夏」
「ん」
千夏は素っ気なく言っていたが、その横顔は少し赤く見えた。
きっとらしくないことを言って恥ずかしくなっているのだろう。
何だか可愛いなと我が妹ながら思ってしまった。
ところで今日はあのうるさい雅也は電車に乗ってきていない。
乗り遅れでもしたのだろうか?
理由はどうあれ、せっかく雅也のいない静かな朝だ。
ちゃんと勉強しないと勿体ない。
雅也には悪いがそんなことを思い数学の問題集と向き合うことにした。
勉強を始めてだいぶ時間が経った。
ずっと目の前のノートと問題集を見つめていたので。頭も目も疲れてしまった。
そろそろ電車での勉強は終わりにするかと、ノートをしまおうとして……俺は絶句した。
――――隣に
途端、俺の心臓がバックバクと唸りだす。
え? なんで? え?
突然の状況に挙動不審になる。
……そうか、いつも雅也が座っている席が今日は空いていたからか。
そこに偶然舞さんが座った。
あり得ない事ではなかった。
でも昨日の今日でこれはキツイ。
無論、勝手に俺が夢の中で舞さんと会っていただけだが。
しかし、意識してしまう。
俺は思い切って横目でチラッと舞さんを見た。
車窓から照らされる朝日に、そのプラチナゴールドの髪が光り神々しさを放っている。
肌の白さ、髪の艶、目鼻立ちどれをとっても美しい……そして夢で見た舞さんと全く同じであった。
ただ一つ違ったことは、その目に光がこもってないことくらいだ。
ジッと前の景色を見つめ、動かない。
本当に『アンドロイド』じゃないか? と疑うほど無表情だった。
彼女は……彼女は表情がある方がずっと美しいのに……。
勝手ではあるがそんな事を思う。
電車が終点に着くと舞さんはさっさと降りて行った。
結局隣に座っただけで何の進展もなかったが、あることに気付いた。。
――――俺は舞さんの笑った顔が見たかったんだ。
そんな思いを胸に列車を降りた。
* * * * * * * * * * * *
目を開けると支柱のむき出しになった、見慣れない天井がそこにあった。
いつもと変わらない学校生活を終え、帰宅した後、いつも通り勉強し、そして寝た。
その後、こうした見知らぬ場所にいる。
またしても
とりあえず体を起こしあたりを見回す。
そして気づいた。
――――この部屋は昨日夢で見たものだ。
6畳ほどの質素な部屋。
昨日の夢の最後、俺は柚咲に連れられてこの部屋に来て……。
「――もしかしたら柚咲にまた会えるかもしれない」
そう思ってからの行動は早かった。
俺はベッドから飛び降りると、慌てるようにして家を出た。
外は太陽が昇り始め少し明るくなっている。
昨日は暗かったためよく景色を見れなかったが、きっとこんな村だったと思う。
やはり、俺は昨日と同じ夢を見ているようだ。
俺はとにかく村中を走り回った。
誰もいない静かな畑を。
誰もいない静かな水田の横を。
村は思ったよりも広かった。
20分ほど走って、再び自分の家の前についた。
ぐるっと1周村を駆け回ったらしい。
しかし、柚咲に会うことはなかった。
――まあ、そんなうまいこと夢が繋がるわけないよな。
俺は半ば諦め、再び家に戻り休もうとした。
そのとき、「ガチャ」と隣の家のドアが開いた。
そして中から…………長い茶髪の少女が出てきた。
「柚咲……」
俺は無意識にそう呟いていた。
――――また彼女に会うことができた。
その事実に目頭が熱くなるのを感じる。
「あっ、おはようございますハルトさん! ――ってハルトさん! なんて格好で外にいるんですかぁ!!」
感動したのも束の間、彼女は大声を上げた。
言われて初めて自分の格好というものを確認してみた。
白いノースリーブのシャツに青いボクサーパンツ……。
完全に下着姿で俺は外に出ていたのだ。
目頭ではなく今度は両頬が熱くなるのを感じる。
たぶん俺の顔は今ものすごく真っ赤で、白いシャツといいコントラストになってるんじゃないかな。
「あははは……失礼……」
小さな声でそう言い、俺は自分の家の中へ入った。
感動の再会だというのに、ただただ恥ずかしかった。
――やっぱ夢って酷いよ……。
* * * * * * * * * * * *
部屋に戻った後、俺は衣服を探した。
だが、自分の部屋の中にそれらしきタンスなどはない。
他の部屋も探してみたりしたが、やっぱりなかった。
え? もしかしてずっと下着姿なわけ?
それってどんな罰ゲームだよ!
自分にツッコミを入れていた。
そこでようやく気付いた。
自分の左腕に備え付けられてあるタブレットの存在に。
そういえば、これで衣装チェンジしていたなと、昨日の記憶を思い出した。
タブレットの装備欄を開いてみると、案の定『体装備』が未装備になっていた。
俺はいろいろある装備の中から一番無難なものを選ぶ。
『アシックスの黒いジャージ』は現実と同じように着心地がよく動きやすかった。
――――ってアシックスのジャージって装備はおかしいだろ!
また自分の夢にツッコミながらも、そのまま外へ出て行った。
柚咲は俺が着替え終えるのを待っていてくれたようだった。
「あの……今日は朝イチで買い物に行かなきゃならないのですが、よろしければ一緒に来てくれませんか? 昨日帰ってきたばかりなのに申し訳ないですが……」
彼女は俺を見るなりそう言った。
「昨日帰ってきた」というのは行方不明からということだろうか?
タブレットの件でも分かっていたが、やはり昨日の夢と今日の夢は完全に繋がっている。
「わかった。でもどこに行くんだ?」
この村は酷い田舎なようで周辺に都市らしきものは確認できなかった。
それに朝イチでというのも気になる。
「第2都市ラウガーというところに行きます。片道100kmくらいあるので往復だと丸一日かかるんです。あっ、移動は運び屋さんの馬車で行くので、歩くわけじゃありませんよ!」
「移動は了解した。えと、第2都市だっけ? ってことは第1都市ってのもあるのか? ごめん記憶がなくて全然わからないんだ……」
「そうですよね……そのことを含めて馬車の中で色々お話ししたいと思っていました。ほら、昨日言ったじゃないですか『また一緒に思い出を作っていきましょう』って。だからハルトさんの記憶のサポートも私がしますから!」
柚咲は可愛らしく笑って言った。
その笑顔に安らぎのようなものを感じてしまう。
――――現実にも柚咲のように優しく尽くしてくれる女性がいたらな……。
ふとそんなことを思っている自分がいた。
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