第3話 「理不尽な夢」
俺が剣を抜き戦闘状態に入ったことに、敵であるドラゴンは気づいていなかった。
きっと、ターゲティングしているのが舞さんだけなのだろう。
その舞さんは相当ダメージを食らっているのか、立ち上がることすらできず、丸腰であった。
そんな彼女に向かってドラゴンは大きな左手を振り上げた。
「させるかぁぁぁぁぁ!!!!」
今日一番のダッシュで舞さんのもとへ向かう。
身体がとても軽い。右手の片手剣の重さも全く感じていなかった。
「うおおおおぉぉぉ!!」
勢いよく振り払われ舞さんに直撃するはずだったドラゴンの左手を、渾身の突進斬りで受け止める。
ドラゴンの皮膚は固く、切断することはできなかった。
だが、その勢いを止めることはできたようで、軽い衝撃波の後、一瞬の静寂が空間内を包み込んだ。
ドラゴンは左手を引くと、その黄色い目で俺を睨みつけた。
明らかにターゲティングが俺に移ったのを感じた。
俺はドラゴンから目を離すことができなかったため、舞さんが今がどんな顔をしているのか確認することができなかった。
きっと驚いているんだろうなと想像する。
ただ、絶望していたであろう気持ちの中に、少しでも希望の光が見えていればいいなと願う。
希望の光だなんておこがましいか。
とにかく、このデカいモンスターを倒さなくてはならない。
ドラゴンの皮膚は丈夫な鱗で覆われている。
そこに斬りかかったところでこの剣では無意味なのは明白だ。
狙うなら皮膚の薄い部分、且つ致命傷を与えられる場所だ。
そして俺はやつの喉元を見た。
やはりここしかない。でも……。
「高すぎる……」
俺が呟くと同時に、ドラゴンはその右腕を振り上げた。
「おおっとと……」
全体的にデカい分、小回りが利きにくいため奴の攻撃を避けるのは意外と簡単だ。
せめて、あの首を剣の届く距離まで下げてくれたらいいんだけどな。
四本足で立っているとはいえ喉元までの高さは5m以上ある。
夢の中でもさすがにあそこまでは跳べない。
ドラゴンはその後も右手、左手と交互に振り下ろしてきた。
その攻撃を難なく避けながら、ドラゴンの喉元が下がるのを伺っていた。
くっそ、こんなチマチマした攻撃を繰り返すんじゃなくて、もっと他の……
「危ないっ!!!!」
不意に後ろの舞さんの叫ぶ声が聞こえた。
その直後。
「ぐふぁっ!」
横から何かが直撃した。
そのあまりの威力に簡単に吹き飛ばされてしまう。
そして壁に強く打ち付けられた。
激しい痛みに身体が動かない。
夢の中なのに痛みはこんなにリアルなのか……。
俺は何とか顔を上げ状況を把握しようとする。
なるほどな、あの長い尻尾で打たれたのか 。
ドラゴンの様子を見て、自分が如何にして攻撃されたか理解した。
そりゃ、手だけが攻撃じゃないよな。
避けられると侮っていた自分を悔やむ。
それにしても身体が動かない。
だがドラゴンは一歩一歩俺に近づいてくる。
「ここまでか……」
俺は敗北を悟った。
別段恐怖はあまりない。
代わりに悔しさが込みあがる。
救世主を気取って現れたくせにすぐやられる。
本当に格好悪いな……。
現実もだが夢もそう甘くはない……か。
でも、気持ちだけでも得たものは大きい気がする。
目の前までやってきたドラゴンはその右腕を高々と振り上げた。
俺は目を閉じ、ただじっとその時を待った。
しかし、その時は中々訪れなかった。
恐る恐る目を開けると、目の前のドラゴンは腕を振り上げたまま硬直していた。
「いったい何が……」
俺は「もしや」と思い舞さんのいた方向へ目を向ける。
果たして彼女はボロボロになりながらも、大きな杖をドラゴンに向け、何かしらの魔法を放っていた。
「舞さん……」
続いて、彼女はその杖を俺の方へ向ける。
直後、俺の身体から白い光が発せられた。
これは回復魔法というものだろうか。
鉛のように重かった身体がみるみる軽くなり、先程までの痛みを思い出せないほど身体が回復していた。
「舞さんっ、ありが……」
彼女にお礼を言おうとした口が止まる。
舞さんは俺に魔法をかけ終えると地面に倒れ伏してしまった。
この魔法は彼女が最後の力を振り絞ってかけてくれたものだったのだ。
「舞さん!!!」
彼女が倒れると同時に、ドラゴンを拘束していた魔法も切れ、その腕が振り下ろされる。
だが、完全な状態にまで回復した俺は、その攻撃をかわし、一目散に彼女のもとへ走った。
杖を握ったまま、うつ伏せで倒れている彼女を起こし安否を確かめる。
声をかけても、揺すっても彼女の目は開かなかったが、呼吸はしている。
いわゆる魔力切れというやつだろうか。
何にせよ彼女が生きているのなら、必ず助けなければならない。
繋いでもらった命を無駄にはできない。
俺は彼女を腕に抱え、先程通った洞窟に向かい走り出した。
最初からこの選択をとるべきだった。
あんなデカいドラゴンに俺一人で勝てる可能性など微塵もなかったのだ。
あの洞窟の道幅は2m程しかない。
故に、あの中に入ればドラゴンはもう追ってこれない。
そう信じて俺は全力で走る。
それにしても舞さんはとても軽い。
無我夢中になっているせいかもしれないが、彼女の存在が儚いものに感じられた。
洞窟までの距離は推定50m。
後ろを振り返るが、ドラゴンとの距離は結構ある。
これは逃げ切れる!
そう直感したのがフラグだったのだろうか。
もう一度振り返ると、ドラゴンが何か妙な動きをしているように見えた。
顔を引き、口を大きく開けこちらをしっかりと睨んでいる。
あれ? これってまさか……。
悪い予感がし、さらに力を込めて走った。
後ろのドラゴンの口がみるみる赤くなっていく。
そして……火を吹いた。
「ブレスかよぉぉ!!!!」
予感は的中し、俺は猛然と迫る炎の波を背中で感じながら走った。
* * * * * * * * * * * * *
結論を言うと、俺達は何とか助かった。
洞窟に入った後もスピードを緩めず走り続けたお陰で、ギリギリのところで炎に飲み込まれずに済んだ。
それから、ドラゴンが追撃してこないか心配だったが案の定それは無かった。
もし、洞窟の穴に向かってブレスをされたりしたら、ひとたまりもなかった。
そして現在、洞窟のちょうど真ん中あたりで休んでいる。
舞さんはまだ目を覚ましていない。
彼女を地面に寝かせるのはいけない気がしたので、己の膝の上に寝かせていた。
俺がこうやって膝枕っぽいことをしていることの方が良くないとツッコマれそうだが。
まあ、でも夢だしいいか。というノリでいた。
洞窟の中は暗く、周りが見えないため、先程の懐中電灯を点灯させている。
それでも舞さんの顔まではよく見えない。
……なんだか彼女の顔を見たくなってきた。
実際、現実では半径5m以内に近づいたことすらない。
だから、これほど近くで彼女を見ることなど到底有り得ないのだ。
しかし、よく考えるとこれは俺の夢である。
俺の中の彼女のイメージだから実際の彼女と同じとは限らない。
でも……ちょっとだけ……。
俺は後ろめたい気持ちになりつつも、懐中電灯の灯りを彼女の顔にそっと向けた。
「やっぱ……めちゃくちゃ綺麗だな……」
雪のように白くきめ細やかな肌。
小さく花のような桜色の唇。
長い睫に閉じられた目と形の整った眉。
そして、日本人とは思えないプラチナゴールドに輝く髪。
そんな彼女を見ていると、胸のドキドキがどんどん激しくなってしまう。
「頼むからまだ覚めないでくれよ……」
今のは自身の夢に対して言ったつもりだ。
しかし、またしてもフラグを立ててしまったのか。
俺が欲に負け、彼女のその白い頬に触れようと手を伸ばしたところで、彼女がモゾモゾと動き出した。
「ん……こ、ここは……う、うわぁぁっ!!」
そして目を開け、俺を見るたび跳び起きた。
いきなりのことに、俺も驚いてしまった。
もしや、触ろうとしたから……。
「リ、リュミエール……」
彼女が震えるような声で呟く。
すると、まるでランプのような光の球が出現し、周囲の空間が照らされた。
そこでようやく俺は彼女の姿をしっかりと確認できた。
壁に身を摺り寄せてブルブルと震えている。
だが、俺と目が合うとその震えも収まり、安心したかのように大きくため息をついた。
「……あなただったのね。その懐中電灯に照らされているのを見て、化け物かと思ったわ」
「ば、化け物って……そりゃ酷い……なあ……」
でも確かに、俺も小さい頃は、夏の夜に懐中電灯を顔に当てて千夏をよく怖がらせていたなあ。
「ご、ごめんね。恩知らずなことして。あなたに助けられたのよね……本当にありがとう」
彼女は深々と頭を下げた。
「そんな、礼なんていいですよ……それよりも、なんでドラゴン何かに襲われていたんですか……?」
普通に話しているつもりだったが、どうしても敬語になってしまう。
正直、とても緊張している。
「それは……色々あって……それよりもなんであなたがこんな所にいるのかが知りたいわ」
あまり聞いちゃいけないことだったのだろうか。
凄く気になるけど我慢しよう。
逆に俺への質問については、何も隠すことはない。
ここにたどり着いた経緯についてありのまま話した。
「不思議な人……」
俺の話を聞き終えた彼女が最初に発した言葉だ。
その後、彼女は何か考え事をするよう下を向き、洞窟内は沈黙に包まれた。
中々口を開かず、少し気まずいような気分になったが、俺も緊張から何も言えず、静寂は続いた。
やがて「やっぱりダメだよね……」とボソッと呟き、彼女は顔を上げた。
「ごめんね、何でもないの。そういえばもう時間じゃない? 帰らないと」
「帰るって……どこに?」
率直な疑問を投げ返すと、彼女はまたまた驚いた顔をした。
「あなたって本当に不思議な人ね。帰るったら家に決まってるでしょ? ちょっとタブ見せてもらうわね」
言って、彼女は俺の左腕のタブレットを触りだした。
「これがあなたの実家のある村ね。アークレイリ村……結構な田舎生まれなのね。とりあえず、時間だから転送するわね」
「え? ちょっと待って!」
だが彼女はタブレットを触る手を止めなかった。
そして、彼女が操作を完了するとともに、俺の視界が白くぼやけ始めた。
「本当はもっと色々話したかったけど、こればかりはしょうがないわよね……」
そんな言葉が最後に聞こえ、俺の視界は完全に真っ白になった。
* * * * * * * * * * * * * *
夢とは時に理不尽である。
場所が急に変わったり、トンチンカンな発言をされたり。
憧れの舞さんとのひとときは虚しくも終わりを告げた。
「ていうか、ここはどこだよ」
周りに見えるのは数件の小さな木造建築。
太陽が沈み暗くなった空間を松明(たいまつ)の炎が照らしていた。
一言でいうと『村』である。それもかなり過疎っている。
そういえば俺の夢はいつ覚めるんだろう。
流石にこれほど思考が覚醒した状態で長く夢をみるのは初めてだ。
寧ろ恐ろしさすら感じてしまう。
そんなことを考えながら、その場に立ち尽くしていると、一人の少女が家の影から現れた。
長い茶髪で同い年くらいの彼女は、俺の存在に気付くとその目を大きく見開いた。
「ハルトさん……? ハルトさんなの?? はるとさんっ!!」
「えっ?」
次に見知らぬ少女は、こちらに駆け寄って来たかと思うと、いきなり抱きついてきた。
「ちょ、ちょっと!」
「半年もどこで何してたんですかぁ!」
彼女は泣きながら叫んでいた。
これは流石に困った。
こんなアブノーマルな状況の対処方など持ち合わせていない。
故にただオドオドと動けないでいた。
すると、彼女の泣き叫ぶ声が聞こえたのか、ぞろぞろと村の住人らしき人々が集まりだした。
どうしよう。完全に俺がこの子を泣かせてるってことだよなあ。
どう弁解すればいいか思考を巡らせていると、一人の男が前に出てきた。
「ハルトくんだね?」
「そう……ですけど」
「君が無事で本当に良かった。半年間ずっと行方不明になっていたからねえ」
「は、はあ……」
行方不明……か。いまいちよく分からないが、もう夢のことを分かろうとするのは疲れた。
それよりも、この抱きついている子をどうにかしてほしい。
この綺麗な髪からとてもいい匂いがして、頭がおかしくなってしまいそうだ。
「聞きたいことはいっぱいあるけど、今日はもう時間だ。また明日ゆっくり聞くことにするよ」
男はそう言って別れを告げるとそそくさとどこかへ帰って行った。
周りの人々もつられるように帰っていく。
そして、また茶髪のこの子と二人きりになった。
行方不明だった人が帰ってきたというのに結構あっさりしてるんだな。
そう言えば舞さんも確か『時間』がどうとか言っていたな。
「な、なあ。さっき男の人が言ってた『時間』って何のことだ?」
聞くと、ようやく彼女は顔を上げ話し出した。
「『時間』ったら『時間』ですよ。お休みする時間。……も、もしかして記憶喪失?」
「いや……そうだな、記憶喪失なのかもしれない」
正直俺はこの子が誰なのかすら分からない。
だから記憶喪失と言い切ってしまったほうが、色々と楽だなと思った。
「失礼だけど君のことを聞いてもいいかな?」
何も考えずただ思っていたことを口にした。
しかし、そんな俺の一言がクリティカルヒットしたのか、抱き着く彼女はみるみる顔を赤くし、やがて俺から離れた。
「わああ!! 感動の再会で思わず抱きついたのに……こんな辱め、耐えられません……」
彼女はその顔を手で覆いしゃがみこむ。
「ご、ごめんな」
「ハルトさん酷いです! あんまりです! ……私は二ツ
凄く悲しそうな顔で彼女は言った。
それを見て初めて逆の立場だったら、と考え出した。
ずっと仲良くしていた幼馴染が突然行方不明になり、帰ってきたかと思うと自分のことを忘れていた。
二人が積み重ねてきた時間が無かったものになる。
少々お転婆(てんば)な妹っぽい感じがして気にしていなかったが、とても傷ついているのかもしれない。
結局は夢なのかもしれないけど、俺は彼女に対し申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「とりあえず、本当に時間が無いので、お家に帰りましょう。ついてきてください」
柚咲は涙をぬぐうような仕草をし歩き出す。
俺は彼女の後ろを自責の念に駆られながらついて行った。
そして、ほかの家と同じような小さな木造建築の前に着くと、柚咲はドアを開け中へと入っていった。
「ここがハルトさんのベッドです」
6畳ほどの部屋の端にある、小さなベッドの前で彼女は言った。
物はほとんどなく質素な部屋である。
それから彼女は「おやすみなさい」と言い、出て行こうとした。
「あ、あのさ」
そんな彼女のことを俺は無意識のうちに止めていた。
「ホントごめんな……心配かけたり色々と……」
柚咲は数秒、間を置いてから振り返った。
何か言いたそうで、そのたび口が動きかけている。
そして彼女は俺と目を合わせると、ゆっくりと話しだした。
「もう、大丈夫ですよ……明日から、また沢山思い出を作っていきましょう」
それはとても優しい笑顔だった。
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