第41話 また、電気羊の夢でも見るか

「……で、その羊はなんなんや?」


 さっきから気になっていたことのひとつだった。

 出角はブラスターをベルトのホルスターに戻して言った。

 ホルスターも、当然のように腰にあり、銃の帰りを待っていたようだ。


「この羊は、今回の任務を成功させた出角さんへのボーナスです。もちろん電気で動くようなチャチなおもちゃや、アンドロイドのように人工的に作り出さたまがいものではありません……今ではとても基調な、ほんものの羊ですよ。」

「いらん」

 出角はぴしゃりと言った。

「え?」


 ぽかん、と口を開く高本。

 一瞬だけ、どもりの汗かきを装っていた、以前の高本に戻ったようだ。


「いらん。ウチのマンションでは……そんな大きいのんは飼えへん」

「で、でも出角さん。ほんものの羊ですよ? 生きている、健康な羊ですよ? これは、庶民にとっては高嶺の花中の花、夢にも見られないような夢そのものですよ? それを差し上げると言っているんですけど、本気ですか?」


  ほんとうに、高本は狼狽えている。これまではすべて、自分の予想範囲内の反応しか見せなかった出角の反応に、とまどっている。

 そりゃそうだ……と出角は思った。

 こいつもおれも、人間なのだから。


「羊はいらんからなあ……なんやったら、チェンジしていい?」

「チェンジ?」

「羊はいらんから……そやな、柴犬。柴犬でええわ」


 あんぐりと口を開く高本。

 しかし、あわてたように冷笑を取り戻す。


「出角さん……それは望みすぎです。ご存知だと思いますが、犬は羊よりずっと機長ですよ。いまや……あの、その……皇室のお子様たちだって……電気犬で我慢されてる時代なんですから……」

「いや、模造でええ。黒門市場で売ってるようなやつ……あれでええから」


 高本はもうそれ以上、口をきかなかった。


出角は、立ち尽くしたままの高本の脇をすり抜けて、階下に続く階段を降りた。

 確かに、誰もいない廃墟だ。マルハンの大型パチンコ店と巨大なドンキホーテは、知らないうちに廃業していたらしい。

空っぽで、薄汚れて、朽ち果てた廃墟の風景は、なぜか出角の心を和ませた。

 埃っぽい空気に、商品がからっぽの店舗。打つものもいないパチンコ台の列。

 カビ臭い空気。歩くたびに足元にからみつく新聞紙やコンビニ袋。

 

 自然に溢れた環境で少年時代を過ごした人間なら……今やそんな人間は皆無に等しいが……木々の緑や草の香り、踏みしめる土の感触に懐かしさを覚えるだろう。

 しかし、この廃墟の風景、空気、香りが出角の記憶を刺激した。

 記憶? それにしても、記憶?


そのまま出角は通りに出ると、道を流していたタクシーを捕まえた。

後部座席に乗り込む。


「どちらに行かれます?」

がりがりに痩せた、白髪の無表情な初老の運転手が答えた。

彼もやはりアンドロイドなのだろうか? ……いや、どうでもいい」

「30年前へ」

「え?」

「いや、阿倍野再々々々開発地区まで」

「わかりました」

運転手は車を出した。






数日後、出角のマンションに小さな豆柴が届けられた。


「かっわいい! めちゃくちゃかわいい! あんた! 高かったんちゃう?」


鳴美がその豊かな胸の谷間に抱き上げた子犬を埋める。

頬ずりする鳴美の鼻を、唇をまがいものの豆柴が舐めた。

ほんものの子犬がそうするように。ほんものの。


「いや、これは今回の仕事のボーナスやから……タダやよ」


正式なギャラは昨日振り込まれていた。

相当な額だった。数年間は暮らせそうな額だ。

バウンティ・ハンターならほかにいくらでも代わりはいる……まあ、いずれファナソニックか、もしくはその後続メーカーが新世代型アンドロイドを開発するようなことがあれば……また高本かほかの誰かがやってきて、出角を呼び出しにくるだろう……しかし、それまではゆっくりしていられる。


まるではじめてペットを買い与えられた少女のように子犬とじゃれまわる鳴美。

 事実、鳴美は生まれて初めてペットと触れ合うのだろう。 

 そんなふうに、無邪気にフロアを転げまわる鳴美をみていると……出角のなかで奇妙な気分が湧き上がってきた。

 ひさびさのような、そうでもないような。まあどちらでもいい。


「なあ……」

そういって、出角は鳴美の胸の谷間に沈み込んでいた子犬を抱き上げ、脇に置く。

フロアに仰向けになった鳴美が、はっとして出角を見上げる。

「えっ……そんな。お昼から? それに……うち、夜勤明けやし……」

とはいえ、鳴美の目はすでに、熱っぽく潤んでいた。

「ええがなええがな……夜勤明けはエッチな気分になんねんやろ?」


スケベな親父そのものの下卑た口調で、出角は鳴美のデニムとシャツを脱がし始めた。自身もシャツを脱ぎ、ズボンを下ろす。


「あかん、あかんて……ほら、ワンちゃんが見てるやん……」


確かに、ちょこんと床に座った模造豆柴が、真っ黒な目で二人の挙動を見守っている。実におとなしい犬だ。そうプログラミングされているのだろうが。


「ええがな……こんな可愛い犬ちゃんに見られながら、うちの奥さんはどんなふうに淫らに悶えてくれるんやろうなあ……?」

「あほ……すけべ……あんっ、やっ!」


プラスチック製のブラもショーツも剥ぎ取り、昼の光がさんさんと差し込むフロアで全裸に剥きあげた鳴美を見下ろす。


豊満な体が自然光に照らされ、その陰影をくっきりと浮かび上がらせていた。

あまりに出角が黙ったまま見下ろしているので、鳴美は恥ずかしそうに両腕でたわわな乳房を庇った。そして腰を捻り、鼠蹊部を隠す。


「もう……恥ずかしいやん……うちの変態おまわりさん」


乳房は両腕ではとても庇いきれず、その弾力を強調している。

ひねった腰は、腰から尻への極端なカーブを日光に晒していた。


「もう……た、たまらんわ……」


出角はズボンとパンツを下ろすと、滾るペニスを覆っていた連続装用タイプの避妊具をも剥ぎ取った。


「え、あんた……そ、そんな、それなしで……まずいって……ああうんっ!」


出角は鳴美の両脚を抱え上げ、一気に挿入する。

鳴美は充分に潤っていた。

 そして、ぎゅう、生の粘膜で出角の生の肉を食いしめる。

 鳴美が豊かな上半身を反らせて、両脚を出角の腰に巻きつけてくきた。

 いきなり、軽い絶頂を迎えたらしい。


「あ、あかん……す、すごいっ……で、でもワンちゃんが見てるし……」

「見とるでえ……かわいいワンちゃんが、エッチな奥さんを見とるでえ……」

「あ、あほっ……あ、う、あううううっ!」


出角が本格的に腰を使い始めた。

模造豆柴は床に座ったまま、激しく求め合う夫婦をおとなしく眺めていた。



その数ヶ月後、出角夫妻は子宝に恵まれた。

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