グリーンの想い出

第40話 次世代アンドロイドの新機能

「おまえは……」


栞の亡骸のうえに乗ったまま、出角は背後に立つ高本に言った。

高本のかたわらで白い羊は、おとなしく口をもぐもぐさせている。


「さすがですね。これで最後の一匹を仕留めました。今回の仕事のギャラは破格ですよ。ただのアンドロイド狩りじゃない……あなたには打ち明けていませんでしたが、今回の任務は非常にデリケートで重要なものでしたから」


おまえ、“どもり”はどないしたんや、と出角は思った。

ゆったりとしたダークスーツを着こなした高本は、すらすらと喋り、その態度はまるで別人のように堂々としている。


「ここは……ここはどこや?」

「どこ、って出角さん。新世界のマルハンとドンキの屋上ですよ。まあ5年前に廃業して、いまはかつてのフェスティバルゲートと同じように廃墟になったっきりですけどね。ご存知なかった? ご自宅は目と鼻の先の阿倍野なのに」


メエ……と羊が小さく鳴く。

高本がどこからかブラスターを取り出す。

そしてそれを出角のほうに放り投げた。

手元に転がってきたそのドライヤー大の銃は、まさしく出角が愛用していたものに違いない。


「いったい……なにがどうなっとるんや……?」

「わたしは警察庁から特命を受けて、この仕事に関わっていました。これは絶対的な極秘任務です……あなたが今回処理した四匹のアンドロイド。連中はファナソニックが秘密裏に開発していた、新世代のアンドロイドの試作品でした。企業というのは……まあ技術力を競いあう企業というのは、ときどき“できる”ことと、“やっていいこと”の区別がつかなくなる」


羊は相変わらず、もぐもぐと口を動かしている。


「新世代のアンドロイド?」


そういえば、さっき階段で出会った石川医師が、そんなことを言っていたような気がする。あくまでそのとき、“出角”は“石戸”として医師の言葉を耳にしたのだが。

 まるで、いきなり夢から起こされたような気分だ。


「そうです。彼らは脱走していたわけではない……モテギ電気で、栗田さんのナニを食いちぎった女アンドロイド……酒井好美を覚えてますか? 彼女は……というかあの個体は、あの『いしかわクリニック』の医師から、捏造された完璧な記憶を移植され、それを裏付ける写真や、ビデオや、アルバムなどの精巧な品々を、ファナソニックから提供されていました。あのまま放っておけば、彼女は“完全な人間”になれたでしょう……フォークト・ガンプフ検査はもちろん、骨髄液の遺伝子構造検査でも、彼女がアンドロイドであることは識別できません」


高本はそういうと、腰をかがめて羊の背中を撫でた。

羊はくすぐったそうにもせずに、あいからわず口をもぐもぐさせている。


「あなたが今殺した女も、あの馬亭と名乗っていた大男も……そしてあの千晴、という(ここで高本はクスリ、と意味ありげに笑った)いたいけな少女も……新世代アンドロイドです。この3体も同じように『いしかわクリニック』で記憶の人工透析を受けていた。たぶん半年も待たずに、われわれと同じように感情を持ち、われわれに紛れて、何食わぬ顔で生活をしていたでしょう……自身がアンドロイドであることさえ忘れて。捏造された過去の記憶とともに」


出角はゆっくりと栞の死体から腰を上げた。

そして、ブラスターを拾う……さきほどまで“石戸”として手にしていたウェブリーよりもそれはずっしりと重く、不格好で醜悪だった。


「ファナソニックは……なんのためにそんなことを?」


高本が小さく咳をした。

そして取り出した真っ白なハンカチで口元を拭い、言葉を続ける。


「さっきも申し上げたように、技術力を競う企業というものは“できる”ことのレベルと、その向上のスピードだけを競い合うものです。新世代アンドロイドを作り出したことに、理由などありません。消費者から、ニーズがあったわけでもない。ただ、“できる”から作っただけのことです……彼らが完全に社会に溶け込んで、自らのアイデンティティに疑問を持たずに暮らし始めたら、それで成功。あとは、そこまでレベルアップしたアンドロイドの消費者ニーズを、広告代理店のブレーンたちとともに、なんとかひねり出すだけです」


まだ腑に落ちない。いや、腑に落ちないことが、あまりにも多すぎる。

質問すべきことの優先順位をつけかねていた出角の様子を見て、高本がまた羊の頭を撫で、語り始めた。


「ところであの医師……石川ですけれども、明日にも逮捕されるでしょう。彼は、あくまで善意でやっていたようですが……人間に対する記憶の人工透析、これは違法な治療です……ああ、出角さん。あなたがずっとそれを受けてきたことは、公になりませんよ。なぜなら、あなたはそのおかげで昨年、世界最高記録のバウンティ・ハンターとして、最高の成果を成し遂げたんですから」

「…………」


 なぜそこまでしたのだろうか? この自分が?

 出角はそういう決断をしてきた自分の考えがわからなかった。


「ただ、あの医師はあなたの記憶をいじり、バウンティ・ハンターであるあなたの職務を妨害しようとした。これは立派な公務執行妨害です。彼も気の毒ですね……結局、彼の研究はすべて、ファナソニック社の新世代アンドロイド開発に応用されていたんです。彼を逮捕したあと、われわれの家宅捜索と証言によって……ファナソニック社を摘発したいところですけどね。いまのところ……そこまでできるかどうかは微妙なところです。ファナソニックが彼との関連を認めることはないでしょう……彼が脱走したアンドロイドに、善意で記憶を人工透析していた……ファナソニックは何も関知していない……それで幕引きでしょう」


 聞きたいことは山ほどある。ノート一冊分ほど。

 しかし、出角はようやくことばを見つけた。


「アンドロイドが人間のなかに溶け込んで……なにが悪い?」自分の声が掠れている。「ファナソニックが何をしようと、知るか。人間とまったく同じ、感情も記憶もある。そんなアンドロイドたちが俺らの生活に溶け込んだとして、何がいかんっちゅうねん?」


 高本は笑みを浮かべた。寛容を示す表情だ。

 そして、ふう、とため息をつく。


「それでは出角さん。あなたたちバウンティ・ハンターの仕事がなくなりますよ……いいんですか?」

「まだ仕事はなくならんのか? 人間とアンドロイド、まったく違いはなくなるんやろうが。なぜ俺らが狩る必要がある? 一体、何の問題があんねん?」


 メー……


 羊が遠慮がちに鳴く。

 

「問題、大ありですよ。出角さん。これからますます、バウンティ・ハンター……あなたのような腕利きのバウンティ・ハンターは忙しくなる。ファナソニックは開発を諦めないでしょう。“できる”ことは“やらなければ”ならない。人間とまるで区別できなアンドロイドが、社会に溢れて、隣人や同僚になって……」


 思わず、出角はブラスターを高本に向けていた。

 高本はぴくりともしなかった。

 代わりに傍らの羊が「メッ!」と短く声をあげる。


「だから、それがどう問題なんや、って聞いとるんや」


 高本は、ああ、忘れていた、とばかりに左右の手を肩の高さまで上げて、手のひらを出角に見せた。笑みを浮かべたまま。


「新世代アンドロイドにはね、これまでにない新しい機能が搭載されるんです」

「新しい機能……?」


 これもまた、階段で会った医師……石川が言っていたことだ。

 それが何なのかは、聞く耳を持たなかったが。


「新世代アンドロイドには、生殖機能があるんです。アンドロイド同士でも、人間相手でも……子どもを作ることができる。彼らは、独自に繁殖できるんですよ。アンドロイド同士が子どもを作り、人間との間に子どもを儲け、無限に、無限に増えて広がっていく……そうなるとどうなります?」


 出角は、その未来について一瞬だけ思いを巡らせた。


 この世界は、知力・体力も人間をはるかに凌ぎ、容姿もすばらしい、あたらしい人間たちが人生を謳歌する場所になるだろう。

 彼らは我々よりも精緻で優秀、かつバランスのとれた思考で、この社会の問題をすべて解決する。貧困も、戦争も、公害も、環境破壊も。

 彼らの住みやすいうように、彼らは世界を創り変える。

 スモッグに覆われた空は、彼らの世界に似合わない。

 街には緑があふれ、アンドロイドらしい夫婦がアンドロイドらしい子どもを連れて、日曜日はのびのびと芝生のうえを散策する。

 

 きっと、今よりずっと明るい未来が待っている。


 しかし、そこに出角を含めた我々の場所はあるのだろうか?

 かつて、「本来の人間」と呼ばれていた種族の。


 高本に向けていたブラスターの銃口を、力なく下げた。


「……どうなるんやろうな」

「どうなりますかねえ……」


 羊は落ち着きを取り戻し、また口をもぐもぐさせはじえめた。

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