第35話 ババン・バ・バン・バン・バン

 石戸はまず、大笑いする栞の顔に狙いをつけた。

 銃口からは、まだ硝煙が立ち上っている。


「あ、次はうち?」

 栞がきょとんとした顔をする。

「どっちが……先に死にたい? お前か? それとも……お前か?」

 石戸は銃口を馬亭の、彫りが深い顔に向けた。

 馬亭は、にやにや笑いを浮かべながら、ぐきり、と首を鳴らす。

「ま、どっちか、っちゅうたら恨まれとるんはおれのほうやろうなあ……」


 はあ、とため息を吐く馬亭。

 そして、ベッドのシーツの上を手で探ると、タバコのパックをどこからか見つけ出した。


「動くな……」

「まあまあ、石戸くん……そんなに急かんと……逃げも隠れもせえへんから」

 馬亭がタバコを一本取り出す。栞が横から百円ライターの火を差し出した。

 馬蹄はタバコの煙を深く吸い込むと、ゆうゆうと鼻から煙を吐き出している。

 

 銃口からまだやや漏れていた硝煙と、タバコの煙が混ざり合う。


「なかなかの腕前やないか。石戸くん。バウンティ・ハンターも真っ青やな」

 と馬亭。そしてタバコを、栞に回した。

 鋼鉄のようにたくましい肉体と、濡れた巨大な陰茎をあらわにしながら。

 栞も深々と煙を吸い込む。

 細やかな乳房も臍も、薄い陰毛もあらわにしながら。

「せやな……あの、うちらを追ってる奴……たしか、去年84人殺したんやて? ……世界記録保持者らしいな」

 栞は、頬を膨らませて、ふぅーーっと煙を石戸に吹きかけた。


「お前ら……三人ともアンドロイドなんか?」


 いまや、聞くまでもないことだった。

 目に映る二人……一人は死んだ……はどこからどうみても人間には見えない。まだあどけない少女の姿をした仲間が撃たれ、自分たちも続けて撃たれようとしているのに、ヘラヘラ笑いながら逃げようとも、隠れようとも、戦おうともしない。噂に聞いていたとおりだ……これが、アンドロイドと人間の違いなのだ。


 噂に聞いていた……?


 いったい、どこでそんな噂を聞いたのだろうか、と石戸は思った。


 いや、どこでもそんな噂は聞いていないはずだ。


「ある医者がおった」と、出し抜けに馬蹄が口をきく。

「医者?」

「うん。お医者さんや。その人はむかし、アンドロイド大手のファナソニック技術者として働いとった……知っとるやろ? 石戸くん。ファナソニック社?」

「それが……それがどないしたんや」


 銃口を馬亭の顔に向けたまま、石戸は声を絞り出した。


「とにかくまあ、アンドロイドと人間のちがいは、感情があるか、まるっきりないか、っちゅうビミョーなとこだけ、ちゅうこっちゃ。世間では骨髄液の遺伝子構造に違いがあるとかなんとか言われとるけど、そりゃウソや。ほんまのちがいは、感情があるかないか……それだけのことや」

「でも、それもええかげんな話やったとしたら?」

 

 と、栞。タバコの煙の向こうから、挑戦的に石戸を見上げている。


「そんな話……どうでもええ……」

「うちらにとったら、どうでもええ話やないねん……まあ、急ぐことはないやろ。べつにこれからなんか予定があるわけやなし」

「死ぬんや!」石戸は声を張り上げていた。「お前らは、これから死ぬんや!」


「まあまあ石戸くん。ちょっとわしらの話につきあってくれへんか。どうせ殺されるんやったら、この話を誰かに聞いて欲しいんや……とにかくその医者はファナソニックにおる間、人間とアンドロイドのちがいを、とっぱらうための研究に取り組んどった……まあ熱心で誠実なお人やったからな。ちょっとばかりは義侠心っちゅうもんがあったんやろ……感情のあるなしで、人とアンドロイドが隔てられて、アンドロイドは自由を奪われ、奴隷として扱われ、逃げ出すとバウンティ・ハンターに殺される……それを理不尽や、と考えとったらしい」

 

 そうって石戸がにたり、と口の端だけで笑う。

 肉のない頬が引きつる。まるで骸骨が笑っているようだ。


「まあようわからんけどな。ギキョウシン? ……とかなんかようわからんけど」と栞。「会社のほうも、とにかくアンドロイドをできるだけ人間に近づける、っちゅうのが至上命令やったから……」


 馬亭が短くなったたばこを人差し指と親指で摘んで吸い込む。


「そこで、その元技術者は考えた……アンドロイドに感情や共感性がないのはなぜか? ……理由は、アンドロイドには過去がないからや、と」


 ……石戸はいらいらして話が終わるのを待った。

 いや、なぜ話が終わるのを待たなければならないのだろう?


「そこでその技術者は、アンドロイドにニセの記憶を人工透析みたいに移植する、ちゅう方法を考えた。物心ついてから、現在の歳にいたるまでの……長い長い、誰か他人の記憶を。そうすると、どないなったと思う?」


 と馬亭が首をかしげて石戸の顔を覗き込む。


「知るか! はよ結論を言え!」

「人間と、アンドロイドの違いは、完全になくなった」栞が話を引き継いだ。「感情やら共感は、人間の経験や記憶からひねり出されるものなんよ。ほんま、そう。それだけの違い」

 馬亭が栞の髪をやさしく撫でる。

 その動きは、石戸をますますいらいらさせた。

「つまり、おれと、君……石戸くん」と馬亭。「それに、栞とおれ、おれと栞と君……みんな結局は、記憶の名残りで人間のかたちを保ってる、っちゅうこっちゃよ……わしらはみんな、兄弟みたいなもんや……そやから……」


 バン。

 馬亭が言い終わるまえに、石戸は引き金を引き絞った。


 硝煙の煙の向こうに、馬亭の姿が見えた。

 引き締まった腹に、まだ血が吹き出していない大穴が空いていた。


「……は、話の途中やないか。石戸くん……ごほっ」


 石戸の口から、赤黒い血が流れ出す。

 栞がちらりと、石戸を睨んだ。


「ほーんまに……あんたはセックスでも…tねいつもせっかちなんやから」


 バン。バン。バン。ダブルアクションの引き金は重かったが、さらに撃つ。


「うおっ……いたっ……ちょっと、石戸くん。こりゃ、たまらん。君、これはいくらなんでも……おうっ……た、タイム、タイムって……はうっ!」


 ボツ、ボツと馬亭の腹に合計4つの穴が開いた。

 馬亭はくすぐったそうに跳ね回りながら、両手で「タイム」のサインを出し続ける……やがて、ごぼっ……ごぼぼっ…という詰まった排水口のような音を立てて口から大量の血液を吐き出す。


 そして、にやにや笑いを浮かべながら……ゆっくりとベッドの下へと崩れ落ちる。

 栞は、ぼんやりとその様を眺めていた。


 硝煙の煙の向こうに、栞の顔があった。

 恐れも、怯えもない。

 ひたすら、石戸を嘲る笑みがあるだけ。


「さあ……次はうちの番?」


 栞が笑いながら言う。

 石戸はごとりと重いピストルを床に落とすと……そのまま力なく床に膝をついた。

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