第34話 バン・バン

「えっ?」


 千晴が戸惑ったような声を出す。


 石戸は不意に、持ち上げていた千晴の腰から手を離した。

 ごろり、とぬめりを帯びた床に、千晴の幼い肉体が転がる。

 そしてパンツとズボンを上げ、ベルトを締めた。


「ん?」

「お?」


 ベッドの上で、栞と馬亭がほぼ同時に声をあげた。

 石戸の行動が、意外だったようだ。

 栞のポカンとした顔。馬亭の顔からも冷笑が消え、口を開けている。

 いい気分だった。


 おれは今から、こいつらの予想やら想像を遥かに越えたことをしようとしているんだ。どうせ、お前らはおれには何もできないと思っているのだろう。おれの考えることすること、すべて笑い飛ばせると思っているのだろう。


 これまでの人生で、周りの人間がみんなおれに対してそうしてきたように。


 石戸は全裸の栞と馬亭が陣取っているベッドの横をすり抜けて、キッチンに向かう。その足取りは、自分でも褒めたくなるくらいしっかりしていた。


「い、石戸さん……おしおきしてくれないなんて……ひどいです」


 背後から千晴の声がした。

 石戸はそれを完全に無視した。


 そして迷いなくキッチンに立つと、流しの上の棚を開く。


 あった。


 拾い集めてきたステンレス製のボウルやザル、手鍋、土鍋などがごちゃごちゃと詰め込まれているなかに、それはどっしりと存在感を放っていた。


 石戸は手を伸ばし、その物体を引きずり出す。

 想像していたとおり、それはずっしりと重かった。

 いや、想像していたとおり? ……なぜだろう。

 この銃の重さを、懐かしく感じるのは。

 石戸はどこかで、この銃を手にしたことがあるような気がした。

 

 

「わあ、あれ。拳銃とちゃうか」と背後から栞の声。「へえ、石戸さん、そんなん持ってたんや……意外やわあ」

「えらい旧式やな」馬亭の声。「四天王寺さんの骨董市でもなかなか手に入らへんで」


 石度を蔑むような二人の口調は変わらない。

 石戸は二人に背を向けたまま、両手のひらに.455口径のウェブリーを乗せ、その重さを確かめた。

 確かに、この銃に触れたことがある。

 いつだったか、どんなふうにこれを手に入れたのか、さっぱり覚えていない。


 しかし、だ。


 自分は確かに、この銃がキッチンの戸棚に締まってあることを知っていた。

 夢でも何でもない。

 この銃の重さ、大きさ、油の匂い、鋼鉄の冷たさ……すべて夢ではない。


「石戸さん……それ、あたしのおしりに突っ込んじゃってもいいですよ……」


 銃を右手に持ち替え、振り向いた。

 ベッドの上で嘲り笑いを浮かべたままの栞と馬亭。

 その向こうに、はいつくばった千晴が見えた。

 尻をこちらに向けている。

 そこにあるべき穴が、すべて曝け出され、捧げられていた。


「突っ込んだまま、引き金を引いてもいいですよ……あたし、もう歌えないから」


 肩口から千晴が石戸を省みて、潤んだ目で誘う。

 石戸はしっかりと拳銃を両手で握ると、照門と照星ごしに千晴のせつなそうな顔をしっかりと見た。

 がちり、と撃鉄を起こす。


 部屋はしんと静まり返っている。


 千晴の目が、さっと変わった。

 潤んでいた目が、急に乾く。火照っていた頬も、すっと青白い肌にもどる。

 しかしポーズは変わらない。石戸に尻を向けたまま、さらに尻を高く上げる。

 肩口から石戸を見る千晴の表情に、うっすらと軽蔑の色が浮かんでいる。


「なんや……」千晴が言う。「やっぱりあんたは、ヘタレやな」


 ぞっとするような冷たい声だった。

 しかし石戸の心は、千晴の声よりも熱を失っていた。

 引き金を振り絞る。


 反動で激しく拳銃が跳ね、銃口やシリンダーから吹き出した火花が一瞬目の前の風景を奪った。

 

 強い火薬の香りと、硝煙の霧が晴れる。

 千晴の頭はきれいに吹き飛んでいた。


 はじけ飛んだ毛髪や血しぶきや脳症が、奥の壁まで飛び散っている。

 頭を失った千晴の幼い身体は、まだ四つん這いの姿勢であけすけに性器や肛門を石戸にさらしたまま。

 

 銃声が凄まじかったので、石戸の聴覚は一瞬だけ奪われた。


 頭をなくした少女の肢体が、かくん、と揺れ、萎れるように床に横臥する。


 手のひらに痺れるような反動のあと。

 ベッドのうえで、栞と馬亭が笑いながらなにかを言っていた。


「え……?」石戸は言った。「なんて?」


 やがて聴覚が戻ってくる。

 栞と馬亭が、拍手していた。

 二人の拍手の音がだんだん耳に入ってくる。


「お見事!」

 馬亭が叫んでいる。笑いながら。

「おおあたりい!」

 栞が手をたたきながら言った。

 

 やはり笑いながら。

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