第28話 存在しないはずの宮殿の最下層では

 両脇をデブノッポとチビノッポの“バウンティ・ハンター”たちに挟まれるようにしながら、出角は“新世界フェスティバルゲートに2021年か、もしくはそれ以降に移転されたらしい”大阪府警本部の廊下を歩いた。


 エア・パトカーが着陸する寸前まで、出角は何度も何度も目を擦って……その屋上に輝く『おおさかふけい』のひらがなのネオンサインを何度も読み直した。


 こんなことがある筈がない。


 しかし何度読み直しても……そのネオンが示すところのその建物の存在が覆されることはなかった……3歳の子供にも理解できるように、そのネオンは建物が大阪府警察本部の所有物であることを主張している。


「さあて、“娯楽の殿堂”へご到着や」とデブノッポ。

「まさに“新世界へようこそ”やな」とヤセノッポ

 

 出角は車から降り、屋上駐車場より彼らの言う“新世界”の風景を見渡した。


……確かにどこを見ても通天閣はない。

 はるか向こうに南海なんば駅の前に、確か2015年前後に立てられた高所得者向けの超高層マンションが煌びやかな佇まいでそびえ立っている。


 その影に隠れて、大阪ミナミの老舗高層ホテル……『チャイナ・ホテル』は見えない。21世紀初頭には確かあのホテルは『スイスホテル』という名前だったけ……?


 とにかく見覚えのあるものはちゃんとそこにあり、見覚えの無いものもそこらに見受けられた。あるはずなのに、そこに無いものに関しては今のところ認識することはできない……忽然と消えた通天閣を別にすれば、の話だが。


生まれ育った大阪の夜景を、いままでの自分がどれくらい知っていたのだろう?

 

 確かに頭の中に大阪の街は存在していた。


 40年近く暮らし、今もそこに暮らす出角にしてみれば……その風景は郊外の田舎で一生を過ごす人々にとっての山々や、川や、役所や牛小屋の位置のように、決して変わることの無い普遍的なものであったはずだ。


 しかし今、出角の目には通天閣が見えない。


「……まあなあ、出角くんよ。そんなに気を落とすなよ。大阪は都会なんや……わしかて、この近くに、週に3度は通うてためし屋があったんや」とデブノッポ。「……それが、先週行ってみたら、どないなってたと思う?……何とまあ、スタバになっとるやないか。ほんまわし、自分の頭がおかしなったんちゃうか、思たで……いやほんま正味な話」

「ああ、あの店“いわき”やろ」とヤセノッポ「出し巻きととん汁が、ほんまに旨かったなあ、あの店。あそこの親父も、奥さんも……そういうたら、小学生2~3年くらいの男の子もおったよなあ……あの店には。いったいどないしとんねんやろ?ちゃんと生きてんねんやろうか? 店とともに、どっかに煙みたいに消えてもたみたいや」

「ホンマ……アホかっちゅうねん。スタバなんか、ミナミやキタ歩いたら、100メートル間隔であるやないか。でも、あの店はあそこにしかあらへんかったし、わしらにしてみるとあの店はあの場所にあらんとあかんかったんや。そりゃな、スタバが出来て、便利ようなった人も居るやろうよ……でも、わしらはどないなんねん? 無くなったあの“いわき”が、大好きやったわしらは」


「…………」


 出角はその“いわき”という店のことは知らない。

 それは数時間前にも存在していたのか、数時間前に突然現れたのか皆目見当もつかない。


 二人に連れられて、“府警本部”屋上に設えられたエレベーター・ホールに足を踏み入れる。

 警護担当の制服警官が二人に向かって投げやりな敬礼をした。

 見ない顔だった……いや、出角の知っている“大手前の”府警本部屋上エレベーターホールに立たされている制服警官はどんな奴だったろうか?

 出角は必死にその顔を思い出そうとした。

 しかし浮かんでくるのは輪郭も朧な印象画のような像だけだ……ひょっとすると、自分の知っている府警本部の屋上にも、あの制服警官は立っていたのかも知れない。


 エレベータのボタンを、デブノッポが押す。

 思わず出角はけいれんのような空笑いを漏らした。


「やっぱりアレか? この“府警本部”でも“アンドロイド対策室”は一番地下にあるわけか?」

「君の言う“大手前”の府警本部ではそうなんか?」とヤセノッポ。

「お互い大変やな。ケーサツ仕事のドブ浚いは」とデブノッポが明らかに言う。「残念ながら、出角君。こちら“新世界”府警本部では“アン対”は一番地下の階からひとつ出世した」

「そうそう、最下層の二番目の階にな」

 

 ……ほかにも驚くべきことはそれこそ数え切れないくらいあったが……

 デブノッポの言葉に、出角は純粋で新鮮な驚きを感じた。


 エレベータに乗る。

 音も無くエレベータが下降しはじめる……乗っている出角やデブ・ヤセ両ノッポにそれを体感することはないが、その速度は21世紀初頭の遊園地が売り物にしていた絶叫マシンなど及びもつかないという。


 これは“大手前”の府警本部でも同じだったから、ここでもそれが違うなどということはないだろう。


 地獄へまっさかさま。まさにそんな感じだ。


「ところで……ほな、一番下の階にはどんなボンクラが詰めとるんや?」と出角。「“アン対”からリストラされるような人間を養えるほど、“こっち”の府警も余裕ないやろうが」

「まあそりゃそうや」とヤセノッポ「そのへんの事情は君の警察でも僕らの警察でも同じらしいな」

「まあわしらはリストラされたら、それこそ野垂れ死にするか……まあ賞金貯めてる奴は適当なアン公でも仕入れて、スナックか立ち飲みでもはじめるかのどっちかやけどな……まあ最近は、飲食業界も苦しいっちゅう話やけど……ああ、この話はもうしたな」デブノッポが言葉を続ける。

「まあわしらの下の階に居るんはリストラ組っちゅうわけやないなあ……まあ下には下が居るんは有難いことやけどな」

 ヤセノッポがため息まじりに言った。

「地獄と一緒で、下に行けば行くほどひどくなってくるもんや……どこもかしこも」

「で……」出角は二人のつくづく意味の無い言葉の応酬を遮る。「……一番下に居るんは……どういう奴らなんや?」

「なんやようわからんけど……なんやったっけ?『アンドロイド行動科学心理反応分析………うんぬんかんぬん課』や」

「……わしらにはよう判らんけどな。アンドロイドの心理分析かなんかを調べとるらしい……あ、そうそう、君の知らんかったこの“ボナ検”な。あの女の子と羊が出てくるあの映像も、その『アンドロイド行動なんたら課』が作ったんや。ええと……大阪大学との合同研究でな。全国の県警に先駆けて……“我らが”大阪府警本部にな」


 そういってデブノッポが嫌味の汁を口の両端から垂らすようにして笑う。


 エレベータが地下7階……つまり最下層からひとつ上の階……に到着して、静かにドアが開く。


 地下7階の殺風景な廊下の風景は出角にとっても馴染み深い“大手前”の大阪府警本部とさして違いはなかった。


 静まりかえったリノリウムの床を、デブ・ヤセ両ノッポに挟まれて歩いていると……途中のドアのひとつより、幅の広い人影が現れた。


「……た……」思わず出かかった言葉を、出角は飲み込む。


 暑苦しく脂ぎった丸顔、それ以上にテカテカと光り輝くゴキブリの羽を思わせる髪。脇の下と脚の付け根のあたりのスーツの布地には、この空調の効いた建物の中でさえ汗が滲み出している。そしてばかでかいブラスターで膨れ上がった左のわき腹……ここまでの特徴を持ち合わせた男を見間違う筈がない。こちらへ歩いてくる男……それは高本だった。


「おう」とヤセノッポが高本に声を掛ける。

「……どうも……」ヤセノッポに目を合わせることなく、高本が呟く。

「相変わらず暑苦しいなあ、あんた」とデブノッポ。暑苦しさでは彼もいい勝負だったが。「……遅うまでおつかれさん」


 逃げるようにして高本はデブノッポの脇を通り過ぎていった。

 出角に対しては一瞥もくれなかった。


 出角はもはや、高本の後姿を振り返ることすらしなかった。

 あれは高本だ。間違いない。……何度確認したところで、それは同じことだ。


 

やがて廊下の一番奥にある(……これも“大手前”の府警本部と同じだ)『大阪府警アンドロイド対策室』のドアの前で、一行は立ち止まった。


「マナーにうるさいからな、わしらのボスは」そういいながらデブノッポがドアをノックした。「……失礼します」

「どうぞー」


 中から声がした……女の声だった。


 デブノッポがドアを開ける。


 正面にしつらえられたデスクがあまりにも巨大に見えたのは、その向こうで回転椅子に座っているその人物が、あまりにも小さすぎたからだ。


 その人物はデスクの後に映し出されたこれまた巨大な(それはほんとうに大きかった)スクリーンで、漫才を見ていた。


 画面に映し出されているのは……出角にとっても馴染み深い、“大木こだま・ひびき”の二人。


「……アン公……いや、アンドロイド容疑で、一人引っ張ってきました」とヤセノッポ。「部長、ケッサクでっせ……このオッサンが言うには……どうもこのオッサンもバウンティ・ハンターらしいんですわ」

「ええ、それも“大手前”の府警本部管轄のね」とデブノッポが笑う。


 出角は愛想笑いを浮かべる隙もなく……くるりと椅子ごとこちらに振り向いた人物の顔を見て言葉を失った。


 「ごくろうさん」と、その小柄な女が言う。


 その女は……ばかでかいデスクの上で、薄笑いを浮かべていた。

 いかにも底意地の悪そうな顔でふんぞり返っているいるその地味なスーツの女は……ほんの小一時間ほど前、あの京橋のホテルのベッドにいた、あの女だった。


 出角の鼻に指を突っ込んで……この世界の全てを書き換えてしまった、あの女……確か、“怜子”と名乗ったあの女だった。


 

「あ、君らは下がってええよ……それからアンドロイドの君、そこに掛けて」


 怜子がソファを指差す。デブとヤセの両ノッポが退出する。


 彼女の背後の画面で、“こだま・ひびき”が言った。


 “夢みたいな話やな”

 “夢やがな”

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