第25話 実在しない過去と実在し得ない現在

「おい、どこへ行くんや」出角は上空に舞い上がって進路を取りはじめたエア・パトカーの後部座席で言った「方向が違うやろ………?」


 窓の下には京橋の夜景が広がっているが……車は南の方向に進みはじめた。


「……また何かわけのわからん事言うとるで」助手席のデブノッポが運転席の痩せノッポに言う「どないなっとるんや、こいつは」

「どこへ行けっちゅうんや。君の家か?……タクシーちゃうねんぞ」

 と痩せノッポ。

「方向が違う、っちゅうとるんや。府警本部に行くんやろうが? これやったらまるっきり方向が逆やないか」

 

 言いながら出角は窓の外を見下ろし……まるで迷子になったような気分を感じた。

 それとも悪い夢の中にでもいるのか。

 それともまだあのひどい酔いが醒めていないのか?


 「一直線に府警本部に向かっとるよ、この車は」

 「おまえら、ほんまにバウンティ・ハンターか? まさかおまえら……アンコやないやろうな?」


 出角は普段なら決して口にしないような、アンドロイドに対する差別的表現を口にしていた。


 ……と、同時に、結局自分にも他のバウンティ・ハンターと同じものが根付いていたことに気づき、吐き気を覚える。

 

 所詮、おれも他のバウンティ・ハンターとなんら変わらない……追い詰めた女アンドロイドを「アンコ」と呼びながらレイプするような最低の連中と。


 しかし、このデブノッポと痩せノッポは、出角のことをバウンティ・ハンターではないという……そして、自分たちこそがバウンティ・ハンターであると。


 一体何がどうなってる?


 爆笑する痩せノッポとデブノッポにまるで置いてけぼりになりながら、出角の思考はぐるぐると回っていた。


「聞いたか、俺らがアンコやてよ」とデブノッポ。

「で、あいつがバウンティ・ハンター? ……いや、こりゃ最高やわ」

「出角君、今度暇があったらな」デブノッポが振り向く。「君の言う、その“フォー”なんやらっちゅうテスト、俺らにかけてみてくれよ。ひょっとすると……いや、ひょっとするとやで。俺らかてアンコかもしれへんからな。君みたいに、自分では気づいてないだけで」

「そうや、わしらかて……アンコかも知れへん。自分をバウンティ・ハンターやと思い込んでるだけでな」


 そしてまた大爆笑。出角もつられて笑った。

 笑ったが、なんで自分まで笑っているのかわからなかった。


 出角は南へ、南へと飛行していくエア・パトカーの窓から大阪の町を見下ろした……そして、またいきなり流感にでも罹ったかのような悪寒と、えも言われぬ違和感を感じる。


 見た目には……眼下に広がる大阪の街になんら変わりはない。

 子供の頃から慣れ親しんだ大阪の町。

 そして、警察に入り、エア・パトカーを駆るようになってからは、それこそ毎晩のように見下ろしてきた夜景のはずだった。


 大阪市内の夜は、どこに行ってもほとんどと言っていいほど暗い場所はない。


 あきれるほどに乱立した街頭と、派手なネオン(名古屋よりはマシだが)のおかげで、大阪の夜には暗い場所は存在しない。

 夜、走行するエア・パトカーから見下ろせば、それこそ街は衛星写真のように、昼間よりもくっきりとその姿を映し出す。


 今、出角が見下ろすその風景も同じように……気の狂った前衛芸術のようにけばけばしく光り輝いてはいるが……それを見下ろせば見下ろすほど、出角は違和感を感じずにはおれなかった。


「そや、出角君、暇つぶしに聞かせてもらうけど、君の頭の中では府警本部はいったいどこにあるんや?」痩せノッポが言う「聞かせてくれよ。笑わせてもらうから」

 出角は、ごくりと唾を飲み込んで答えた。

 慎重に、動揺が表れないように注意しながら。

「追手門やろ? 何もおれの頭の中だけに限ったことやないけどな」

「追手門?」デブノッポが助手席から振り向く「………はあ、そりゃ、驚いた」

「いや、すごいなあ……一体君の記憶はどないなっとるんや?」と痩せノッポ。

「どういう事や?」

「いやあ……追手門か………ひさびさに聞く名前やと思てなあ……」

「……ひさびさ?」出角が身を乗り出す「……ど、どういう事や?」

「……むかしは、確かに追手門に府警本部があったんや。まだわしらが警察に入る前の話やけどな……どうやら君の頭の中では、その情報は更新されてないらしいな」デブノッポが答える「っちゅう事は……君は20年前の25年大暴動のことなんかも、ぜんぜん知らんわけか?」

「え?……25年大暴動?」


 大阪市内では、2020年以降から西成地区に端をなす大暴動が頻発していることは、出角も認識している。暴動が頻発するたびに、多くの労働者が大阪府警機動隊によって殺されている。ほぼ、虐殺と言っていいほどに。

 あくまで、出角の知る範囲では。



「その……大暴動で、どないなったんや? 府警本部は」

 出角は自分の口調がほとんど叫ぶような調子に変わっていることに気づいた。

「府警本部も何も、あのへんに密集しとる官庁関係の建物は、全部滅茶苦茶よ」とデブノッポ。「暴徒の皆さんも、ようやく気づいたんやろうなあ……西成や天王寺で暴れても、何の意味もないって。ようやく一番悪いのは誰で、何をどうすべきかっちゅう事に気づいたんとちゃうかな」

「えらい騒ぎになったなあ……あん時は。自衛隊まで出張ってきて……一体あれで、何人死んだんやったっけ?」

「……200人近かったんちゃうか。新聞にはそない書いてあったけどな」


 痩せノッポはそれだけ言うと、黙って南に進路をとり続けた。


 『25年大暴動』……?

 

 出角はくらくらする頭で、なんとか理性を取り戻そうと悪戦苦闘していた。


 ちょっと待て……今は2045年。そのことに関しては、間違いないらしい。


 そして自分が今乗せられているのは、いつも自分が乗り回しているパトカーと同じ府警のエア・パトカーだ。

 外装も内装も、これほどまでに精巧なにせ物は見たことがない。

 そして運転席と助手席の自称“バウンティ・ハンター”は……恐ろしいまでに荒唐無稽で、作り話としてはよくできた話を共有している……とにかく、この車内では違った認識を持っているのはこの自分だけだ。


 ということは、多数決で考えるのであれば……間違っているのは出角であるという事になる。

 多数決で考えるのであれば……自分はアンドロイドで、前の二人がバウンティ・ハンターだということになる……いや待てよ、それはあまりにも……。


「ほら、もうそろそろ着くで。わしらの府警本部に」

 デブノッポが後半部分に過剰な含み笑いをこめて出角に告げる。

 出角は窓の外を見た……車は、JR天王寺の上空あたりを飛んでいた。

「……天王寺?」

「そや。天王寺は素敵なとこやぞ。日本のタイムズ・スクエアやさかいな」

 と、痩せノッポが言いながら笑う。

「……君の頭の中にはその情報がないらしいから、教えといたるわ。大阪の官公庁は全部、天王寺やら阿倍野再々開発地区に移ったんや……あの大暴動の後でな」


 ……阿倍野再々開発地区?……出角の頭の中では阿倍野再々再開発地区だが……ちょっと待てよ……そこにはおれの自宅マンションがある。

 妻の鳴美とともに暮らす……あの我が家が。


「そしたら……府警本部はどこになったんや?……大阪市立美術館か?」

「それは税務局」

 と痩せノッポ。

「新世界フェスティバルゲート知っとるか? ……21世紀の頭に、大阪市がぶっ立てたばかでかいガラクタ。あそこの跡地に移った……なんであの頃はわけのわからんもんばっかり作られたんやろうなあ……?」とデブノッポが笑う。

「大阪ドームとかな」と痩せノッポ。「今は住宅展示場になっとるけどな」


 また二人が大爆笑する。


「おいおい、笑うてる場合か」出角は言った。「新世界フェスティバルゲートやと? あそこは2010年代に取り壊されて、サラ地になって、その後にでっかいマルハンとドン・キホーテができたやろが」

「マルハンとドン・キホーテ?」デブノッポ。

「それは、えらい景気のええ話やな!」と痩せノッポ。


 また二人で大爆笑だ。


「なにがおかしいねん。わしはガキの頃、あの近所に住んでた。何年も廃墟みたいなフェスティバルゲートがほったらかしにされてるんが、不思議でしゃあなかったんや。でも、ようやくサラ地になって……その後にマルハンとドンキができて……」


 デブノッポと痩せノッポは、ただ笑うだけでもう出角の話を聞いていない。


 と、前方に、二人の言う『府警本部』が見えてきた。

 

 そんな馬鹿な、と出角は思った。

 マルハンとドン・キホーテがあるはずの場所に、それがあった。

 「おおさかふけい」と、ひらがなのブルーのネオンが輝いている。


 それにしても……何かがヘンだ。

 何か重要なものがこの風景には不足している。

 出角は一瞬考えてから、その印象の空虚の正体を掴んだ。


「お、おい……アレは?」出角は完全に叫んでいた「つ、通天閣はどこや?」


 デブノッポと痩せノッポが顔を見合わせ、一瞬間を置いてから大爆笑する。


「……つ……通天閣か……こりゃ最高や」と痩せノッポ。

「で、出角君、通天閣が見たかったら、タイムマシンが居るぞ。まだ発明されてないけどな」デブノッポが痙攣するように笑う。

「ど、どういうことなんや?」

「取り壊されたよ」痩せノッポが言う「暴動の後……2030年に」

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