第23話 脳の中のスポット

「な……何を……」

 鼻先に指を突きつけられて、出角が言う。

「しっ……ええから、黙ってて」

 内腿で出角をがっちりと捉えながら、怜子はぐっと指先を出角の鼻に押し当てた。


 予想もしないことが起こった。

 怜子の指先が、まったくの痛みを伴わず、出角の鼻先にめり込んできたのだ。

 

「ええっ?……お、お……」


 出角は反射的にブラスターの安全装置を外した。

 そして怜子の顔に、改めて銃口をポイントする。


「……な、な。何を……」

「……ケガはさせへんよ。そやからじっとしとき」


 怜子の手はますますめり込んでいく。

 気がつくと、その手はもはや手首辺りまでめり込んでいた。

 それでもやはり、痛みはない。


「お、お前は……」言いながら出角は、この状態で自分がちゃんと喋ることが出来ることに驚いていた。「……アンドロイドか?」 

「……さーねー………で、おっちゃんはアンドロイド?」

「……ち、違う……あっ!!」

 

 突然、怜子の指が、右耳側頭部の古傷のあたりに触れたのだ。


「あ、ごめん、痛かった?」

「聞いてるんや、お前はアンドロイドか?」出角はいつでも発射可能のブラスターを怜子の裸の胸に押し当てた。「いったい、俺の頭に何をしている?」

「おっちゃん、ベテランのバウンテ・ハンターやろ? こんなことできるアンドロイドに、これまで会うたことある?」


 ……もっともな話だった。

 じゃあ何か、これは酔いが見せているまぼろしの続きなのか?


 怜子の手が、ぐねぐねと頭の中で動く。

 まるで動物の臓物をいじくりまわしているような手つきだ。

 しかし、古傷に触れられたこと以外、痛みは何も感じない。

 それでも出角の身体の一部は、怜子の体に挿入されたままだった。


「……えーと………Gスポットはどこかな……?」

「じ、Gスポット?」

「うん“海馬”……すっごく気持ちええんよ」

「あっ!!」


 出角の全身が、ぶるん、と震えた。

 怜子の指先が、その部分に触れたのだ。


「な……何を……」

「気持ちよーく、してあげる。これまで感じたことがないくらい、気持ちよーくね」

 

 頭の中で、怜子の指がぐねぐねと動く。

 脳の中央下部あたりを、怜子が入念にマッサージをした。


「……ほら、もすぐやで……、もうすぐ………ほれ」

「ああああっっ?!」


 ずん、とその部分を突かれ、出角の頭の中は真っ白になった。

 気がつくと仰向けにベッドに倒れていた。


 意識はあった。ただ真っ白な世界が、目の前に、頭の中に広がっている。


「じゃあね、また」


 遠くから怜子の声がした。



 ……どれくらいそのままベッドの上に横たわっていただろうか。


 やがてうっすらと、景色が戻ってきた。

 鏡張りの天井に、連続装用用コンドームを装着しただけで、下半身全裸の自分の情けない姿が映っている。


 出角はベッドの上で半身を起こした。

 部屋の壁にしつらえられた鏡で自分の顔を見る。

 何も変わったことはない。

 怜子に指を突っ込まれた顔は元通りだった。


 部屋を見回す……怜子の姿はどこにもなかった。


 何だったんだ?


 キツネにつままれたような気分とは、まったくこのような事だ。

 いや、この地球上にもはやキツネは存在しないが……。


 すこしでも頭をすっきりさせようと、部屋にしつらえられた冷蔵庫からコカコラーを取り出す……手に取ってじっくり見ている。

 それは昔ながらのアルミの缶入りのコーラだった。

 こんなものを見るのは久し振りだ……現在アルミ缶入り飲料はすべて廃止され、すべての飲料は紙素材の容器に入っている。


 わけがわからない……とりあえず出角はそのアルミ製のプルトップを空けると、中身をぐい、とあおった。

 昔ながらの、コカ・コーラの味がする。


 出角がげっぷをした瞬間だった。


 いきなり二人の男がラブホテルのドアを蹴破って部屋に入ってきた。


 二人とも出角と同じドライヤー大のブラスターを構えている。

 片方は痩せたノッポで、もう一人は太ったノッポ。

 どちらも、バウンティ・ハンターのバッヂを提示していた。


「出角……やな? 大阪府警のバウンティー・ハンターや。おまえにアンドロイドの容疑が掛かっている。逮捕させてもらう」

 痩せたノッポが言った。


 出角はコカコーラの缶を手に、呆然としていた。これも夢の続きなのか?


「チクリの電話があったんでな。悪いが俺らと一緒に来てもらうで」

「……ちょっと……ちょっと待ちいな」……出角は言った「とりあえず、ズボンを履かせてもろうてええかね」

「ああ、ええけど、妙なマネしたら撃つからな」


 2丁のブラスターに見守られながら、出角はゆっくりとズボンを履いた。

 と、見ると、ベッドの上にも、ベッドサイドにもホルスターは無くなっていた。


「なあ、聞いてくれ……何かの間違いとちがうか? 俺は府警のバウンティ・ハンターや。地下の『アン対』所属の捜査官や……上司の杉本部長に問い合わせてくれたらすぐ判る。面倒やなかったら、今すぐ確かめてくれへんか」


「………」

 デブノッポと痩せノッポは、含み笑いをしながら顔を見合わせた。

「何や」と出角。

「いや……おかしな話やな、と思てな」と痩せノッポ「わしらも府警の『アン対』所属のバウンティ・ハンターや。そやけど、杉本部長なんか、聞いたこともない」

「それに……当然、出角くん、あんたの名前も知らんし、顔も見たことがない」

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