第16話 アンドロイドが感情を持てない理由

「刑事さん、21世紀も半ばですけども、やっぱり医者には……特に私らみたいな精神科医には、“守秘義務”っちゅうのがあるんですわ」


 赤ら顔で禿頭の小柄な医師……門真市在中の「精神・神経科:いしかわクリニック」院長である石川医師は、愛想のいい微笑みを浮かべながら出角に言った。


 出角は顔を合わせたその瞬間から、その愛想のいい笑顔が気にくわなかった。

 理由はとくに思い当たらないが……何故かその笑顔から受ける不快さは、ずっと自分の中でくすぶり、眠っていた感情であるかのように思える。


「刑事やありません。バウンティ・ハンターです」

「ああ、そうでしたな、えらいすんません」そう言って医師はまた笑顔を浮かべる。「ええっと、どない違うんでしたっけ?」

「バ、バウンティ・ハンターは………ア……アンドロイドではない人間を、逮捕・射殺することはで……できません。ぎ……逆に、……け、警察官一般には……ア、アンドロイドを逮捕・処分するケっけッ……権限はありません」

 100点満点の答を返したのは、出角の真横に腰掛けた高本だった。


 この応接室のソファは狭すぎる……と出角は思った。

 高本の心なし湿った熱い体が押しつけられて、気持ち悪い。

 高本の答を聞いて、石川医師はまたあの笑みを浮かべる。

 つくづく胸くその悪い笑顔だ、と出角は思わずにいられなかった。


「酒井さんが、ウットコの患者やったのは事実です。それは認めますけども、そやからこそ酒井さんのご相談内容に関しては、お話することはできんのです」医師の口調は穏やかこの上なかったが、そこには断固としてこちらの要求をはねつけようとする意思が感じられた。「そればっかりは、なんぼなんでも破るわけにはいかんのです。おたくらバウンティ・ハンター……? でしたっけ? が人間を捕まえたり殺したりできんのと、同じことですわ」

「患者がもう、この世には居ない、としてもの話ですか」と出角。

「ええ」医師の表情は動かない。

「たとえ患者が、人間やなかったとしてもですか?」出角は気づかぬうちに自分が低い声を出していることに気づいた。「たとえば、アンドロイドやったとしても?」

「ええ、もちろん」医師の声のトーンは変わらない。「ところで、酒井さんがアンドロイドやった、ということに関しては疑問の余地はないんですか?」

「……ええ……」痛いところを突かれた。抜け目ない医師が、それを見逃すはずがない。「少なくとも、わたくしどもの使用している“フォー検”……フォークト・ガンプフ検査法では、そう診断されました。骨髄液の遺伝子構造に関しては、手順どおりに今再鑑定中ですけどね。ほぼ、間違いはないでしょう」


 医師の瞼が、ピクピクッピクピクッと反応するのが見えた。

 相手の話しぶりや表情からその弱点を読みとることに関しては、出角もバウンティ・ハンターとしての経験上、大いに自負するところだった。

 が、相手は精神科の臨床医である。

 ひょっとすると向こうが一枚上手であるかも知れない。

 いや、その可能性は充分あるだろう。

 出角は焦りを感じていた。

 他者との会話の中で、緊張感を味わうのは久しぶりのことであるように思える。

 

「フォークト・ガンプフ検査ですかあ……ああ、アレね」医師はそう言って黒目を左上に向け、空を見ている。「やはり出角さん、あんたもあの検査で、アンドロイドと人間を明確に区別できる、と、お考えなんですか」

「ええ。もちろん」出来るだけ感情を表に出さぬよう心掛けながら、慎重に言葉を選ぶ。「わたしらにしてみると、骨髄液の検査なんか、はっきり言うてどうでもいいくらいですわ……正味な話。アンドロイドは年々改良されて、どんどん人間に近づいてます。そのうちに骨髄液の遺伝子構造からも、人間とは差別化できひん型が出てくるでしょう。そうなると我々バウンティ・ハンターが頼れるんは、唯一“フォー検”だけになるでしょうな」


「ほう、そうですか」医師はまるで頭の悪い子どもとオセロをしているかのように、落ち着き払っている。「……まあ、僕は門外漢やから、なんとも言えまへんけども、そこまで完全やと言い切りはんのは……聞いてて気持ちよろしいな。ほな、ちょっと、個人的な興味ですけども、聞かせてもろうてよろしいか?」

「ええ」

 こっちには切り札がある。

 出角はそれを改めて心の中で確認しながら、辛抱強く頷いた。

「フォークト・ガンプフ検査は、感情反応の高低を測定して、人間として基準値に達しない感情レベルの者を、アンドロイドと見なすっちゅう内容ですわな?」

「ええ」

「……感情反応が薄い……というかほとんど無い者が、アンドロイドとして見なされる。そして、感情反応が基準値以上に達している者が、人間と認定される……一部の統合失調症の患者を除いて」

「ええ、そうです」

「出角さん、なんでアンドロイドは、感情を持つことができないんやと思います? 生物学的には、骨髄液の遺伝子構造の微妙な違いでしか識別できないような、完璧に近いくらい人間に限りなく近い彼らアンドロイドが、どうして人間と同じような感情を持つことができないんか? 彼らの知能は人間並みというか……人間以上であるのに、です」


 それだけ言うと、医師は少し前に乗り出してこれまでずっと細めていた目を見開き、出角の目を覗き込んだ。

 出角は一瞬身を引いた。

 何か、身の危険のようなものを感じた。

 気を取り直して、咳払いをしながら、意識してゆっくりと口を開いた。

 

「……それは、アンドロイドに過去がないからです。感情とは、過去の経験によって培われるものです。特に、乳幼児期、少年期、思春期にね。彼らにはそれがない。つまり、彼らはそうした記憶なしに、突然この世に送り出されてくる。そうした彼らの出自は、彼らがアンドロイドである以上、いくら彼らの完成度がより人間に近い完全なものになろうと、変わることはありません。彼らがアンドロイドとして、突然この世に送り出されてくる限り、の話ですけどね」

「……なるほど」医師はまた目を細める。「非常に判りやすいご説ですな」

「そうですか、どうも」出角はそこで一塊り唾を飲み込み、言葉を続けた「さっき先生、ご自分のことを“門外漢”だなんておっしゃいましたけど、それはご謙遜ですかね? といいますか、とぼけてらっしゃるんですか?」


「………はい?」医師の眉がピクリと動いた「おっしゃる意味がわかりませんが」


「先生は、2035年から38年まで、アンドロイドメーカー大手のファナソニック社にアドバイザーとして関わっていらっしゃいましたよね。もちろん公にはそんな記録はありませんが、それくらいのことはわたしら無能な公僕にも調べられるんですわ。それどころか……その前は、大阪大学の医学部心理工学研究科で、フォークト・ガンプフ検査の開発にも関わっておられた。これに関しては公の記録が残っています。それに、いまは開業されてますが……この病院があるのはファナソニック本社の目と鼻の先です。そこでですわ、先生。」出角は一気にまくしたてると、医師の目を見た。目は笑ったままだが、その薄く開いた目から、医師は出角の表情の変化ひとつ見逃すことなく、観察を続けている。「先生、今の先生とファナソニック社には、何らかの関係があると思えるのは、僕の考えすぎですかね?」


 医師は目を細めたまま、黙り込んだ。

 出角は知っていた……これは石川医師なりの、会話テクニックなのだ。


 わざと会話に空白を作り、あえて黙り込む。ずっと黙りこんでいると、相手はどんどんその場はいたたまれなくなる。

 精神科医や、弁護士がよく使うテクニックだ。

 人間というものは、沈黙に弱い。

 出角はそのことを知っていたし、医師はその効果を十二分に知り尽くしている。

 出角は根負けするつもりはなかった。

 出角の横で、セカセカとメモを取っていた高本が、その気まずさに遅蒔きながら気づいたらしく、居心地悪そうに狭いソファで身をよじる。

 

 20分………もしくは30分、そうしていただろうか。

 

 根負けしたのは医師の方だった。


「どうやらなんか、出角さんは僕に対して誤解したはるらしいですな……ま、いいでしょう。誤解されたままお帰り頂くのもアレですので、わたしが今取り組んでいることに関してお話しましょう。」

 そう言うと石川医師はソファから立ち上がり、スラックスの皺を伸ばした。

 出角に続き、高本も腰を挙げようとする。

「あ、すみませんが、ここは出角さんだけ、ということでお願いできませんかね。申し訳ないですが……」

「……あ……え……」

 高本はソファの上で中腰になって戸惑っている。

「……高本くん、待っててもらえるか」

 出角が声を掛けると、高本は何か言いたそうに口を開いたが、思い直して改めてソファに腰を下ろした。

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