第11話 存在の信じがたい軽さ

 “……もう、部長、何撮ってんですかあ……?”

 

 テレビ画面の中で、ブラジャーを外した生前の……少なくとも出角が昨日頭を吹っ飛ばすよりは以前の酒井が、大きな胸を腕で抱えるようにしてはにかんでいる。

 腕に押さえつけられた丸い胸の脂肪は溢れ出さんばかりで、それは撮影者にとっても、それを今見ている出角にとっても、充分に扇情的だった。


 酒井の部屋にあった記録内蔵型テレビ……今はなき、シャープの年代物だった……を再生すると、この映像が始まったのだ。


 出角は、酒井が生きていた頃に使っていたのであろうシングルベッドにもたれながら、ぼんやりと画面の中の成り行きを見ていた。

 高本は部屋中をひっくり返している。

“とにかく妙なものを探せ”という出角の指示通りに。


 “……ちょっと、撮らないで下さいよお………ほんと、マジ止めてください”


 画面に向かって酒井が手を突き出す。

 その手を画面の裏側から出てきた浅黒い手が制した。

 想像を張り巡らせるまでもなく、その撮影者の手はあの人事部長の手だった。

 そして、撮影場所は……いま、出角と高本がいるこのワンルームだ。

 なるほど、この部屋は二人の愛の巣だったというわけか。

 それならばこの部屋の生活感にも、納得がいく説明がつく。

 しかし……出角の思考は泳ぎ続けていた。

 たしかに、酒井がこの部屋で人事部長とこのような痴態を度々繰り広げていたのであれば……酒井がこの部屋を普通の女性の部屋らしく、それらしくデコレートしたことは充分あり得る。そんな前例はいくらでもあった。


 しかし前例があるだけに、出角はこの部屋に違和感を覚えずにおれなかった。


 アンドロイドは総じて頭がいい。

 そこいらの人間よりも。

 少なくとも酒井は、出角の言われたとおりにこの部屋中を散らかして“妙なもの”を必死で探している高本などよりは……もしくは、酒井の裸身を喜々としてデジタルカメラに収めることに人生の喜びを見いだしていた人事部長よりも……ずっと聡明だったに違いない。

 だからこの部屋をいかにも24歳の独身女性の部屋に見えるように飾り立て、人事部長の目を欺くことなど訳など訳なかっただろう。

 それにしても……

 この部屋はこれまで見てきたアンドロイド達の部屋、それもあくまで訪れる人間の目を欺く為だけに人間らしさを装った部屋とこの部屋は、決定的に何かが違う。


 それが具体的に何なのかはわからないが……いうなればこの部屋には、強すぎる“人間の生活”の香りがするのだ。

 これまで見てきたアンドロイド達の部屋とは確実に違う、人間生活の痕跡が。

 

 時分が高本に何を探させているのか、出角は時分でもわからなかった。

 しかし、この部屋からは何かが出てきそうだ……それは出角が長年培ってきた直感が言っている。

 

 “止めてくださいよお……あっ……ちょっと……”

 カメラの視点ががくん、と揺れ、次ぎにカメラが酒井を捉えたとき、酒井は豊かな胸をさらけ出したまま、シングルベッドに仰向けになっていた。

 撮影者である人事部長は、その上に馬乗りになって見下ろすように酒井を撮影しているらしい。いま、出角がもたれているシングルベッドの上で。

 “えっ………あっ……そんな……ダメ、ダメですってばあ……”

 カメラの奧から伸びてきた左手が、器用に酒井のジーンズの前ジッパーを開いた。

 ブルーの通気性プラスチックショーツが覗く。

 次に手は、酒井の右の乳房をしっかりと掴み、ゆっくりと捏ねあげ始めた。

 酒井は見せかけの羞恥と、性的好奇心を演出しながら、部長に乳を揉まれるに任している。

 “………あっ……んっ………”

 酒井の乳首がぐんぐんクローズアップになる。人事部長の指で弄くり回される酒井の乳頭は、みるみる固くなっていった。

 

「……あ、あの、出角さん、こ………こんなん出てきましたけど」

 不意に高本が声を掛ける。

 振り向くと、酒井は小さなプラスチックカードを手に持っていた。

 それを受け取り、目を走らせる。

 

 病院の診察券だった……「精神・神経科:いしかわクリニック」。

 アンドロイドが精神科に通院……?

 こんな前例はない。大いに気に掛かる。

 住所は門真市元町▲-●-×

 ……アンドロイドの大手メーカー、ファナソニック本社の近所である。


 「これ、どこで見つけたん?」

 「ざ……雑誌の……間に、挟まってました」

 高本は汗まみれで出角の横に棒立ちになり、テレビ画面に魅入っていた。

 

 人事部長は恐らく唾液で湿らせたのであろう指で酒井のの乳頭を責め続けていた。

 “あっ……ん………んっっ…………ちょっ……ちょっと……何ズームしてるんですかあ…?”

 カメラがパンして、羞恥と快楽の両方を味わっている(ふりをしている)酒井の顔がアップになる。

 

「……悪いけど……もっと探して」

「……は、はい」

 高本は名残惜しそうに画面を見送りながら、小さなシステムキッチンの方でごそごそやり始めた。

 

 カメラが、ベッドの上で息づく酒井の裸身を上から下へと舐めていく。

“もう、ほんと、撮るのやめてください……”酒井が右腕で顔を隠す。

“……恥ずかしい?”

 人事部長の声だった。

“………あたり前じゃないですか……”

 そう言いながらも、酒井は艶めかしく芳醇な身体をうねらせている。

 

 この診察券ひとつにしても……充分奇妙だ。

 さらに、この部屋には他にも奇妙なところが沢山ある。

 たとえばプレーヤーの周りに雑然と置かれた数枚のCD。

 国内のポップ・グループのものだったが、酒井はこれらを聴いていたのか?

 2045年現在でも、CDは健在だ。ほとんど買うものはいないが。

 それにしても、酒井はこれを購入し、プレーヤーで聴いていた?

 誰も居ない、人事部長の居ない、この部屋で?

 

 ……また、シングルベッドの下には一冊の文庫本があった。

 出角の知らない作家の本だったが、ぱらぱらとページを捲ったところ、恋愛小説の類らしい。本には3分の2ほどのところに、しおりが挟んであった。

 ということは、酒井はこの本を読んでいたことになる。

 衣装ケースにも、仕事用と思われるスーツ以外にも、カジュアルなブラウスやワンピースなども目立つ。

 テレビ画面の中では、酒井はそのワードローブのひとつである股上の浅いジーンズを、ゆっくりと降ろされていた。白い太股がみるみる露わになる。

 

 このDVDにしたって……何故、酒井はこれを自分で所有していたんだろう?

 

 アンドロイドには過去に対する執着はない。


 アンドロイドには過去がない。


 彼らは人工的に24歳なら24歳、50歳なら50歳という生物学上の年齢を与えられて、突然この世に造り出される。

 そして、彼らはそれ以上に歳を取らない。

 アンドロイドも確かに老化するが、そのスピードは人間よりもはるかにゆっくりだ。それは休止状態によって新陳代謝を調整することのできる、彼らの特殊能力に起因している。

 確かに人間社会において生活することにより、彼らの人工的に造り出された脳には無限に記憶が記憶されていく。

 しかし、それは彼らにとって、一切の叙情的・感傷的意味を持ち得ない。

 彼らは過去の記憶を振り返り、それを美化したり卑下したりすることはない。

 その点はコンピュータと何ら変わらない……その点において、アンドロイドは人間よりもずっと聡明である。


 人間にとって過去の記憶は自分という存在を主人公にした物語であるが、アンドロイドにとって過去は単なる記憶でしかない。

 

 “あっ…………やっ………”

 

 人事部長の右手が(カメラを左手に持ち替えたのだろう)酒井の脚の間をわずかに覆っていた薄いブルーのプラスティックショーツを、ぺりっ、とはぎ取った。

 酒井の股間の薄い茂みが露わになった。 

 “と……撮るのやめてください……ほんと、マジ、恥ずかしいです……”

 人事部長の指がきつく閉じられた酒井の太股の付け根に侵入した。

 “んっ”

 そのまま人事部長は、ぐねぐねと指を動かし始める。

 “……あっ………んっ…………だから………撮ったらダメやって………”

 “気持ちいい?”

 人事部長の声。

 “……あほ……”酒井が恨めしげに、画面を横目で睨む。ぞっとするくらいに、劣情をそそる表情だった。“……変態……”

  

 気がつくと高本が、滴のしたたるA3サイズの不透明防水ビニール袋を手に、画面に魅入っていた。

  

「……えっと高本くん、それ、何?」

「……と……トイレの………ちょ、貯水タンクに……か、隠してありました」

「貯水タンク?えらいシブいとこ探したなあ」出角はまた少し高本を見直した。こいつは案外使えるかも知れない「ちょっと、貸して」


  出角はポケットから取り出したラテックス製の手袋を填めると、慎重に防水ビニール袋のジッパー部分を開けた。

  

  胸がドキン、と大きく鼓動を打つのを感じた。

 中に入っていたのは、一冊の古いアルバムだった。

  出角は恐る恐る……アルバムのページを捲った。


  1ページ目に貼りつけられていたのは、1歳くらいの赤いシャツを着た赤ん坊だった。ドラえもん型のおきあがりこぼしとの2ショットだ。

 写真の端には、撮影の日付が入っている。

 

 ……2022.7.8……


  出角はさらにページをめくった。

  砂場で遊ぶ幼稚園くらいの幼児。

 さっきの写真から2年くらいが経過しているらしい。

 日付は“2024,4,15”とある。

 

 出角は自分の手が震えていることに気づいた。


 ページを捲る度に、女児はすこしずつ成長していき、写真の端の日付はどんどん歳を重ねていく。

 女児は小学校に入学し、ランドセルを背負い、夏にはスクール水着を着て、やがて第二次性徴を迎えていく。

 そしてその顔は……昨日自分がブラスターで吹っ飛ばした、あの酒井の面影にどんどん近づいていく。

 アルバムのなかで、少女は中学校に入り、高校生になった。

  

  “2038.11.8”の日付が入っているのは、どうやら修学旅行での記念撮影だった。

 広島原爆ドームらしい場所で、数人の制服姿の少女たちの中央に、髪をボブカットにした酒井・17歳の姿がある。

 酒井の顔はそれほど変わっていない……今、目の前のビデオの画面の中で、快楽に陶酔した表情を晒している酒井の顔と比べても。

 ほんの少し、今よりはほっそりとした、素朴な笑顔がそこにあった。

 

  “うちらが仲良くみんなで記念撮影?おかしいんちゃう?あんた”

 

 酒井は確かにそう言っていた……。

 

「お、おい……高本くん。酒井の司法解剖はどこに回した?」

「え、ええと……た、たしか……上本町の……お、大阪赤十字病院に……」

「悪いけど担当の監察医に連絡して、聞いてくれ。酒井の骨髄液の分析結果が出たかどうか……まだやったら、大至急分析に回すよう言うてくれ。ええか、大至急やぞ」

 

 “………あっ………あっ………あっ………あっ………あっ………あっ”

 

 リズムをつけて指を動かす人事部長に合わせ、画面の中で酒井がリズミカルに喘いでいる。

 

 何て事だ……出角は思った。

 世界最高記録保持者のバウンティ・ハンターであるこのおれは……

 

 ついにほんものの人間を殺っちまったのか………?

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