第9話 おかえり at 阿倍野再々再開発地区
鳴美はまだ帰ってこない。
真っ暗な部屋の中は静かで、時折阿倍野筋を走る路面電車の車輪のきしみだけが遠くから聞こえてくる。
出角は家に帰ってから、これまでに4度、手を洗った。
火傷するくらい熱い熱い湯と、凍えるくらい冷たい水で。
それでも昼間のブラスターの反動の感覚は消えず、発射後特有のあの独特の熱さは消えない。また、ブラスター発射後、かならず漂うイオンの香り。
そして、ブラスターの標準越しに見た、あの女アンドロイドの血塗れの微笑。
あの女アンドロイド……酒井の頭を跡形もなく吹っ飛ばし、標準から目を離してからの光景はもっと酷かった。
会議室の中央に、顎の下あたりから上のない酒井の死体が、その場にぺたんと座り込んでいる。部屋の一面に、酒井の脳漿と皮膚組織、毛髪、そして血が飛び散っていた。まるで電子レンジに玉子を入れて加熱したみたいな有様だ。
いや、これはほんものの人間の血や脳漿や皮膚じゃない……単にそれに見せかけた紛い物にすぎない。出角は何度も自分にそう言い聞かせた。
むかしは……といか去年の半ばくらいまでは、そんなことを自分に言い聞かせる必要などなかった。
それまでの自分は、言い聞かせるまでもなくそのことが判っていた。
つまりアンドロイドは単に人間の紛い物であって、決して人間ではないこと。
奴らは人間とまったく同じような血と肉と骨でできているが……それだからと言ってアンドロイドが人間であるわけではない。
奴らは我々人間のようにしゃべり、思考し、食事をし、排泄し、時には気の効いたことを言ったりもするが……それでもやはり奴らは人間ではない。
何故なら彼らの心は常に、空洞だからだ。
彼らが人の姿をしたがらんどうであることは、フォークト・ガンプフ検査で科学的・客観的に判別できる。
正体を見破れば彼らは皆すぐ、諦めて人間らしく振る舞うことをやめてしまう。
今日の酒井は……そのアンドロイド特有の典型的な反応を見せてくれた。
それは不気味で、虚無的で、荒涼としている。
彼らがそんな風であるからこそ、出角は蓄積された訓練の結果、身につけた反射的自動運動によって、あの冗談みたいにばかでかいドライヤ大ブラスターを目にも留まらぬ速さで抜き、ポイントし、ためらうことなく引き金を引き絞ることができる。
しかし……世界新記録を打ち出した昨年の半ばくらいから、出角の中で何かが変わり始めた。
それはほったらかしにしていた虫歯のように、微かに、しかし確実に出角の心の中で鈍痛を伴って大きくなっていたのだ。
何がその起機だったのかは自分でも理解できない。
それまでの出角は、自分に言い聞かすことなく、ブラスターによってバラバラになったアンドロイドたちの死体を目にしても……それが自分が仕留めたものであっても、他のバウンティ・ハンターが仕留めたものであっても……それが“アンドロイドの死体である”という事実は自動的に心の中で何の滞りもなく処理され、留まることはなかった。
あの『違和感』が出角を襲ったのは、昨年の今頃……梅雨のあたりだったろうか。
出角はその時点で28人のアンドロイドを処理していた。
元々、バウンティ・ハンターとしての自分の手腕には自信があった。
並みのバウンティハンターの平均以上の成績を収めていることは、それなりに自信に繋がっていた。
賞金もたんまり入った……その賞金で、出角は自分に以前から欲しかった家庭用電子天体望遠鏡(今は埃を被っているが)を買い、鳴美にはプラダのカバンを買った。
夫婦揃って、天満橋“ル・ポンド・シェル”で豪華な食事をした。
この調子でいけば、黒門で売っている模造動物なんかではなく、ほんものの犬か、もしくは羊などが飼えるようになるかもしれないな、と単純に考えていた………。
しかしある日突然、出角の心の中にあの『違和感』が芽生えた。
医師はそれを、一種の神経症かうつ病だと言う。
しかし違和感はただひたすらに成長を続けた……出角は自分に焦りを感じた。
一体なぜ、バウンティ・ハンターである自分が、自分の仕事であることのアンドロイドの処理に違和感を覚えねばならないのか……?
その疑念を振り切るためにも、出角は仕事に打ち込んだ。
アンドロイドを見つけだしては、殺して、殺して、殺しまくった。
6月段階ではまだ28人だった実績が、11月にも入れば75人にも膨れ上がっていた。
しかし『違和感』は消えず……それどころかますます大きくなっていた。
ついに、12月・クリスマスのあたりに、出角は84人目のアンドロイドを殺した。
いつの間にか……自分でも意識しないうちに、バウンティ・ハンターとしての世界新記録を打ち出していた。
しかしその頃にはすでに『違和感』は確実な『苦痛』として出角の神経をボロボロにしていた。
もうアンドロイドを殺すのはムリだ、と思った。
これが“世界最高のバウンティ・ハンター”の真実である。
陰茎を食いちぎられて血の海になった床の上で、ぎゃあぎゃあ喚いていた栗田の様子を見ても……出角は特になにも感じなかった。
ふと隣を見ると、デブの臭うメモ魔……高本が床に蹲ってげえげえ吐いていた。
ああ、この部屋を掃除する人は気の毒に……。
出角は、その程度の感慨しか抱けなかった。
まあ栗田は……死ぬようなことはないだろう。死んだところで一向に構わないが。
その代わり、出角の心には引き金を引き絞る一瞬前、ブラスターの標準越しに見た血塗れの酒井の顔が焼き付いていた。
そしてしばらくの間……それが自分を長々と苦しめるであろうことを予感した。
不意に部屋のドアが開き、妻の鳴美が帰ってきた。
「ただいまあ………えっ?……なんで真っ暗やの?」
「……おかえり……」
出角はリビングの床で体育座りをしたまま、低く呟いた。
「……どうしたの?」玄関口でカバンを持ったままの鳴美が、心配そうに暗闇の中の出角に目を凝らす「何かあったん?」
出角はいきなり立ち上がると、そのまま妻の胸元に突進した。
「ええっ……ちょ、ちょっと」いきなり胸に飛び込まれた鳴美はかなり戸惑っていた「ちょっと………なあ、どうしたん? あんた、大丈夫?」
「……おおおおおおおう………」
まるで赤子のように泣き声を上げたが、涙は出てこなかった。
そのまま出角は、鳴美の豊かな胸にぐりぐりと自分の頭を擦り付けた。
そうしながらも、右手でしっかりと乳房を掴み、荒々しく揉む。
「……ちょ……ちょっと、待って。待ってえな……なあ……」
鳴美を玄関ドアに押しつけて、首筋に吸い付く。
鳴美はカバンを玄関のたたきに落とした。
「……な、なあ、まだ靴も脱いでへんやん………なあ、ちょっと、ちょっと待って。なあ……どうどう、どうどう……」
「ここでしよう!」鳴美の首筋から顔を上げて鳴美の耳元で言った「今、すぐ!」
「……で、でも………そんな、なんか……なあ、一体どうしたん??……あっ!」
出角は鳴美の左太股を担ぎ上げると、右腕に抱えた。
そしてその状態で大きく開いた鳴美のスカートの中に、左手を突っ込む。
今日は数十年前の遺物といえる、コットンの下着だっだ。
出角は全ての雑念を振り払うように激しく下着の上から鳴美の秘書をなぞり、布地越しの柔らかい感触を楽しんだ。
「あっ!………ちょ、ちょっと………あんたっ!……そ、そんな………んっ!」
あまりの出角の勢いに気圧されたのか、それとも玄関先でこのようないかがわしい行為をするという事自体に興奮してきたのか……鳴美の抵抗は次第に柔く、儀礼的なものへと変わっていった。
出角はさらに激しく指を動かす。
その布地がゆっくりと湿気を帯びてくるの感じた。
ふと、あのモテギ電子の会議室で目にした、栗田の破廉恥な行為が蘇る。
正体を見破られた時の、酒井のあの投げやりな表情。
栗田にブラスターを突きつけられ、それでも酒井の人を小馬鹿にしたような、嘲笑うような表情は失われることが無かった。
記憶の中で、酒井がいかにもだるそうにスーツの上着を脱ぎ捨て、ブラウスのボタンを外していく。
そして現れた、あの攻撃的なまでに突き出した乳房。
それを覆っていたオレンジ色のプラスチック・ブラ。
酒井はそれさえも投げやりにぺろっとめくり、床に投げ捨てた。
改めて鳴美をドアに押しつけ、丈の短いサマーセーターの裾に手を掛ける。
瞬く間に鳴美のへそが覗いた。
「……ちょ、ちょっと……あかん、あかんって……あんっ!」
出角は一気にセーターの裾を鳴美の胸の上までまくり上げた。
鳴美の胸は豊かだ。
たくし上げられたセーターは見事に胸の上に引っかかった。
ブルーのプラスチック・ブラを、やや乱暴にべりっ、と剥がす。
「んっ!」
鳴美が眉間に皺を寄せてのけぞった。
痛みからではなく、明らかにエロ・モードに入っているときの反応だ。
出角が剥き出しになった乳房を凝視していることを知ると、鳴美は恨めしそうな横視線で睨んだ。
「……もう……こんなん……こんなとこで……恥ずかしいやんっ!」
その言葉が出角をさらに亢ぶらせた。
「あっ……!」
そのまま鳴美をくるっと反転させ、玄関ドアに手を突かせる。
そして腰を引っ張り、尻を突き出させた。
鳴美は土足のままで玄関に立ち、見事に背を弓なりにして尻を突き出している。
豊かな尻と、引き締まった腰が描くアーチは、非・現実的なほど美しかった。
「……な、なあ。ほんまにここですんの?………なあ、マジ?」
「大マジや」
出角はそう言うと、鳴美のスカートをグイッと捲り上げ、現れた薄いベージュの下着を足首まで引きずり降ろした。
鳴美はもはや完全に出角のこの突発的欲情につきあう覚悟を決めたようで、足首までパンツを降ろすと協力的にサンダルを履いたままの足を持ち上げ、その片脚を抜くのに協力した。
「はっ………んっ!」
突き出された鳴美の尻の間に手を滑り込ませる。
火傷しそうなくらいに、そこは熱くなっていた。
発射後のブラスターよりも………と、思い、出角はそのおぞましい考えを振り払うように、自分もズボンを降ろすと、一気に鳴美に突き入れた。
当然、連続装用の避妊具に覆われた生殖器官を。
「……………んっ」
鳴美は何かに耐えているようだった。
「……どうしたんやあ?……なんで声出さへんねん」出角は前のめりになって鳴美の背中に張り付きながら、耳元で囁く。そして、ゆっくりと動き始めた「ほれ、ほれ」
「……あっ…………くっ………んっ! くうっ!」
鳴美がドアに突いた手を口の前にやって指を噛む。
「声、出しいな……」出角はなおも囁いた「我慢せんでええねんで……」
「………あほ」鳴美が恨めしそうに出角を振り返った「……お隣さんに……聞こえるやんかっ……んっ!!!」
出角はさらに意地悪な気分になり、前に回した手で鳴美と自分が結合している部分を探り、鳴美の頂点を見つけた。
そこを、ゆっくりと指の腹で愛でるようにくすぐる。
「ああっ!………あ、あほ………そんな………ちょっと……お願いやし、やめて」
聞く耳は持たず、出角は鳴美を指で弄びながら、激しく突き続けた。
1時間後。
二人はベッドの上で、さらにもう一戦、交えたところだった。
出角はぼんやりと天井を見上ていた。
はじめは非難がましいことを口にした鳴美だったが、やがて出角の様子を見て、心配そうに声を掛けた。
「ひょっとして………仕事してきたん?」
「ああ、ちょっとな」出角は、気まずそうに答えた。
「休んでなあかんのとちゃうん?」鳴美は出角をまるで赤子のように抱きしめると、その薄い頭をやさしく撫でた「なんで仕事なんかしたん?……今のあんたには、お休みが必要なんやで?」
「…………」
出角は黙っていた。
少しだけ、泣きたい気分になった。
ここ何十年も泣いていないので、すっかり泣き方は忘れてしまったが………そもそも最後に泣いたのはいつだろう?
それすら記憶には残っていない。
「なあ、今度、沖縄へでも旅行に行かへんか」
するりと、出角の口から言葉が滑り出た。
「……沖縄かあ………」鳴美は少し明るい声で言った「ええね。あたしも高校の修学旅行で行ったきりやから……10年ぶりやなあ……そういうたら、首里城の前で記念撮影したん覚えてるわ」
出角は沖縄に行ったことがなかった。
なんで自分の口からそんな地名が出てきたのか判らない。
記念撮影か………と出角はひとりごちた。と、ある事を思い出した。
“うちらが仲良くみんなで記念撮影? おかしいんちゃう?あんた”
酒井は確かに、そう言っていた……そしてその時、検査機の針が……不自然な反応を見せたのだ。
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