第7話 バウンティ・ハンターが嫌われる理由

 酒井は……いや、その女アンドロイドはまったく取り乱すこともなく、パイプ椅子に腰掛けて脚をぶらぶらさせながら、枝毛を気にしていた。

 そこから3メートルほど離れた場所に……まるで立ったまま死んでしまったかのように人事部長が立ちつくしている。


 人事部長は酒井がアンドロイドであることを知っていたのか?

 それはよくわからない。しかし、こういうケースは珍しくなかった。

 女アンドロイドを追いつめてみると、決まってそれを保護していた人間の男に出会う。そして、そうした悲しく寂しい男どもはみんな、揃いも揃って女アンドロイドに性的にたぶらかされているのだ。

 男女比4:1という絶望的環境にあるこの地球上では……それはやむを得ないことなのかも知れない。女の形をしたものが自分に性的なアプローチをしてきたその時、一体誰がその誘惑を退けることがでるだろうか?


 出角は暗澹たる思いで人事部長を見ていた。


 一瞬でも酒井がアンドロイドなのではないだろうかという疑念を、彼が抱かなかった筈はあるまい。こんな中堅企業の人事部長を務めていた男である……そこまで彼が間抜けであったとは考えにくい。しかし……それにしても……出角はやりきれない思いで、首を横に振った。


 高本は熱心にメモをとり続けていた。

 いま、アンドロイドだということが判明した酒井よりも、こいつのほうがまるで出来損ないで融通の効かない機械のようだ。


「……人事部長、あんた、もう、よろしいで」栗田が言った「あとはウットコの仕事ですさかい」

「……し」人事部長は掠れた声を出した「……しかし………」

「心配しなはんな。あんたも、このメスアンコが、アンコやとは気づかんかったんでしょ? あんさんほどのお人が、それを知ってて採用しはる筈はない……まあ夜の採用面接で、このメスアンコがどんな自己アピールしたんか知りませんけどね」

「知りたい?」酒井が……女アンドロイドが言った。嘲るような口調で「……おっさん、あたしがどんなこと部長さんにしてあげたんか、知りたいんやろ? すけべえ」

「やかましい!」

 栗田が吐き捨てる。

「…………」

 人事部長は鎮痛な表情で視線を落とした。


 彼は酒井がアンドロイドであることに気づいていたのかも知れないが、アンドロイドの本質がいかに空虚で白々したものか、今それを思い知ったのだろう。

 酒井はもはや、どんな仮面もつけていない。

 もうあと数分か数十分かの命と知りながらも、まるで学校の先生に説教されながらもまったく反省の色を見せない女子高生のように、脚をぶらぶらさせて枝毛を見ている。それがアンドロイドの真の姿だ。

 他者への共感はすべてが巧妙な演技。自分の命への執着もない。

 寂しい哀れな中年男がこの女の形をした紛い物に見いだしていた微かな慰みや喜びは、ガラガラと音を立てて崩れ去っていく。


 「もう、行きなはれ。あとはウットコが始末しますよってに」そう言うと栗田は腰のホルスターからあのドライヤー大の官給品を取り出した。「ほら、早う」

 人事部長は、一度酒井の方を見たが……酒井は人事部長には全く興味を向けなかった。そしてとぼとぼと、歩く死者のような足取りで会議室を後にした。

「さて、ええと……酒井……好美ちゃんよ」ブラスターの風呂の排水溝ほどもある銃口を酒井に向けて、栗田が言う「あんたの仲間、あとメスが2匹に、オス一匹。居場所を吐いてもらおか」

「知らん」酒井は爪の先を気にしながら、顔も上げずに応えた。「大阪に着いてからは、知わんわ。4人それぞれ別行動やったしな」


 アンドロイドがそう言う限りは、本当にそうである場合が多かった。

 アンドロイド同志が仲間を庇い合うことなど、まずあり得ない。

 それどころか、自分を助ける努力すら、あっさり怠ってしまう。

 今、酒井が見せている無関心な態度の裏には何もない。


「写真とか、そんなんないんか」

 駄目もとで出角は聞いてみた。

「うちらが仲良くみんなで記念撮影?おかしいんちゃう?あんた」

 酒井はがうすら笑いを浮かべた。

 少しずり落ちていたメガネを小指で上げ、出角を見る。

 アンドロイド特有の、冷たく、無機質で、どこか奇妙な笑顔だった。

 背筋に寒いものを感じながら……出角は目の前フォークト・ガンプフ検査装置の計器に目を留めた。

 不自然な反応があったのだ。

 ……何だ?これは。出角は妙な不快感に包まれる。

「……ところでお前のホンマの名前は何や。あとの奴の名前も言え。」

 栗田が尋問を続けた。

「そんなん聞いてどうするん? うちらに名前なんかないわ。知ってるやろ?」

 感情のない目で栗田を見上げ、口元に冷笑を浮かべる酒井。

「それぞれは、何用に作られたアンコなんや? それぞれの所属分野を言わんかい」

「男は肉体労働。雲を突くような大男やで。あと、女のうちの一人はゲイノー。踊りが仕事。あともうひとりの女と、あたしは、コレ」そう言って酒井は手を筒の形にして何かを扱く仕草をした「……わかっとるやろ? アンタも」


 高本はまだ熱心にメモを取り続けている。

「……男は肉体労働で、かた方の女は水関係、お前と同類のもう一方は風俗関係に行った可能性がある、っちゅうことか……ところでなんで抜き専のオマエが、こんなカタギな商売に就いたんや?」

「うち、英語できるしな。外人さん相手の商売しとったから。ああ、あとお客さんが比較的、サラリーマン多かったもんやから、会社の感じはだいたい判ったんよ」


 また少し、計器が揺れるのを出角は確認した。

「やっぱり、ファナソニック社と接触するつもりやったんか?」出し抜けに出角が聞く「なんでおまえら、ファナソニックと接触したがる? どんな用があるんや?」

「……別に」酒井はぶすっとして応えた「さあ、もうええやろ。殺るんやったらさっさと殺りいな」

 

 栗田が鼻で息をしているのがわかった。

 熱心にメモを取る高本のペンの音に混ざって、ふしゅー……ふしゅー…と栗田の鼻息が聞こえて来る。

 

 栗田が何を考えているのかは明かだった。

「出角さん、もうよろしいでっしゃろ。これ以上突っついても何も出まへんわ。それよりこいつは、わたしが殺らせてもらいます。わたしの取り分でっせ」

「……せやな」

 栗田が言うのにも一理ある。

 アンドロイドが何らかの秘密を持つことなどあり得ない。まして自分がもはや殺される以外の何の展望もない、このような状況下では。

 それにしても……出角はその他のバウンティ・ハンターなら必ず見過ごしてしまうであろう、微細な酒井の反応に引っかかっていた。

「……高本くん、ほな、この仕事の『楽しみ』の部分を教えたるわ」

「はい?」

 熱心にノートを取っていた高本が顔を上げる。

「……なあ、こらメスアンコ。お前、脚撃たれて死ぬんと、頭撃たれて死ぬんとどっちがええ?」

「……どっちでも」

 酒井はまた枝毛を気にしながら答えた。

「頭撃たれても、脚撃たれても、どっちも最終的には死ぬけど、頭を撃たれたら、楽に死ねる。脚撃たれたら、2時間苦しんで死ぬ。どっちがええ?」

「ラクな方」

 酒井はまた冷たい目で、ブラスターを手に立ち上がった栗田を見上げた。

「……ほな、乳見せえ」

「あんた、本気か」明らかに戸惑ってる高本に気づき、出角が栗田に言った。「ちゅうか……正気か」

「これも仕事のうちですがな出角はん……なあ高本くん。どんな仕事にも、楽しみは必要やろ?」

「……えっ………あっ………は、はい」

 高本はようやくメモを取るペンを止めた。

 

 酒井はこれ見よがしに溜息をつくと、椅子から立ち上がった。

 そして黒いスーツの上着を素直に脱ぎ始める。

 まるで面倒くさそうに風呂にでも入るような、そんな脱ぎ方だった。

 そして躊躇なく白いブラウスの前ボタンをせっせと外す……薄いオレンジ色の吸着式プラスチック・ブラがはだけた胸元から覗いた。

 栗田は、ふしゅー……ふしゅー……と鼻息を上げながらテーブルを迂回して酒井に近づいていった。

 ブラウスを脱いでしまうと、酒井はぺりっと音を立ててブラを剥がし、ポイと足下に捨てた。

 支えから解放されても瑞々しく斜め45度天井を向く、乳首が剥き出しになる。

 それを隠そうともせず、酒井はだらりと両手を足らしたまま、眼鏡越しに栗田を見上げた。どちらかと言えば地味であどけない顔立ちの酒井が、平然と豊かな乳房を晒して冷笑を浮かべている様は、どうしようもなく異様だった。

 

 しかしまあ、おぞましい……と出角は思った。

 こんな風に世間の噂どおりのことをしていれば、バウンティ・ハンターの評判が良くなるはずがない、と出角は思った。


「……えらい元気のいいおっぱいやないかいや……」

 鼻息まじりに栗田が言う

「そう? おおきに……揉んでみる?」

 声には全く怒りも羞恥もない。

 そして栗田を見上げるその目には、侮蔑というほど熱いものはまるでなく、ただひたすら荒涼とした蔑みだけがあった。

「………わしは、お前らアンコの、その冷たい目が好きなんや」

 栗田が恥ずかしげもなく言う。

 後ろに二人のギャラリーが控えているのにも関わらず、栗田は背をかがめて棒立ちのままの酒井の乳房に顔を埋めた。

 そしてブラスターを持っていないほうの左手で、乳房の下をすくい上げる。

 ……栗田の手が激しく酒井の乳房を捏ね回すのが見えた。

それに伴って、乳頭にむしゃぶりつく湿った音も聞こえてくる。


 思わず出角は目を背けた。

 高本は明らかに動揺しながらも亢奮し、栗田のご乱心ぶりを凝視している。

 ああ、これが日本警察最底辺の仕事の見本ですわ、と出角は心の中で言った。


「どうや……気持ちええか?」栗田が酒井の旨をなぶりながら言う。

「別に」酒井が今に欠伸でも漏らしそうな声で答える。

「死ぬとわかっててて直前に乳揉まれるんは、どんな気分や」

「ああーん、超キモチイイ」投げやりにそう言うと、酒井はほんとうに欠伸をした「あんたは? ……楽しい?」

「……何がや?」栗田が乳房から顔を上げて、今度は酒井の首筋に吸い付く。

「人生………人間の人生」酒井はそう言うと、少しくすぐったそうに顔をしかめた。「楽しい?」


 出角の手元の計器には、未だ酒井のありとあらゆる情動反応がモニターされているが、そこには何の乱れもない。


「ほら」栗田は酒井の両肩を押さえつけると、その場に跪かせた。「しゃぶれ」

「そのへんにしとけや」出角が後ろから声を掛ける。

 栗田がそれで止まる訳が無かった。

 高本はよほどこの白黒ショーが気に入ったらしく、かぶりつきでそれを鑑賞していた。メモはどうした?


 酒井はちら、とまた冷たい目で栗田を見上げると、ぶっきらぼうな仕草で栗田のズボンのジッパーを下げ……いきり立つ栗田の肉茎をその細い指で取り出す。

 出角は吐き気を覚えた。

 2時間ほど前に食べたうどんが、食堂をせり上がってくる……しかし酒井はわずかに冷笑を浮かべただけで、メガネを自分で外すと床に投げ出し、目を閉じて……

 一気に深く銜え込んだ。

「はうっ」

 栗田が感嘆の声を漏らす。

 酒井はその童顔に似つかわしくない熟練の風格で、栗田の性器を弄んだ。

 酒井の頭がなめらかに前後・左右に動き、栗田の性器を濡れ光らせ、高ぶらせていく様には、まるで老練な工芸職人の手わざ見られるような熟達が感じられた。

 まあ、それも当然である。

 酒井がこの世に産まれてきたのは……いや、少し語弊があるが“生を受けた”理由は……あのような性的奉仕を行うためである。

 その為に産まれてきたアンドロイドの一体がいま、自分の生涯の幕を、性的な奉仕行為で飾ろうとしている。


 哀れに思えないでもなかった。


 いつの間にか出角は、酒井に感情移入していることに気づいた……バウンティ・ハンターとしてはあるまじき事だが……この状況を前にした時、それは酒井に性的奉仕をさせながら陶酔の表情を浮かべている栗田に感情移入することよりも、ずっと易しいように思えた。

「おっさん、気持ちいい?」

 酒井が栗田のペニスから口を離し、手で扱きながら聞く。抑揚のない声だった。

「…………殺すのが惜しくならんか、てか。」

 栗田が上擦った声で言う。

「なあ、“さよなら”を言いいさ」

 酒井は栗田の亀頭に指を絡ませながら言った。

「は? …………誰に言うんや? …………お前にか?」

「ううん」酒井は首を振ると、唇に亀頭の先を押しつけて言った「自分のチンコに」

 

 言うやいなや、酒井は再び栗田の性器を喉奧深く銜え込むと、ごりっという音とともに噛みきった。

 

 鮮血が飛び散り、酒井の顔が血に染まるのを見て……はじめて栗田は自分の身に何が起こったのか気づいたのだろう。

 そこではじめて、部屋中のガラスが割れてしまいそうなくらいの高音の悲鳴を上げ始めた。その手からブラスターが滑り落ち、どすん、と音を立てて床に落ちる。

 あまりの意外な展開に、出角は呆気にとられていた。

 しかし酒井の手が栗田のブラスターに伸びるのを見て、身体が先に動いた。

 気が付くと標準の向こうに、酒井の血にまみれた冷笑があった。

 

「こいつの顔は撃つな! く、口の中におれの……」


 血塗れの股間を抑えてうずくまる栗田が何やら叫んだが、耳に入らなかったふりをした。引き金を引き絞ると、標準の向こうの酒井の顔は無くなっていた。

 

「あああああっっ!」栗田がさらに一オクターブ高い悲鳴を上げる「貴様、なんちゅう事を! おれのチンコが! チンコがあああああああ!」

 

 欠損した身体の部位を遺伝子工学によって再生させる治療は、多少、値は貼るものの、すでに日常的に執り行われている。

 だから栗田の性器もいずれは……半年か1年後には再生するだろう。


 無論、切断された部位を元通りくっつける方がずっと安上がりではあるのだが。

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