第5話 大阪府警脱走アンドロイド対策室

 追手門にある大阪府警450階建て庁舎の地下7階に、「大阪府警脱走アンドロイド対策室」(略称“アン対”)はあった。


 各都道府県警内部におけるバウンティ・ハンターたちの地位は、庁舎における彼らの本部が敷かれているフロアの階数に比例する。

 ちなみに大阪府警本部庁舎においては、地下7階は最も下階に位置した。

 出角と高本は、その他警察関係者からの冷笑と侮蔑の入り交じった視線をふんだんに受けながら、まるで地獄のように深いアン対本部へと降りていった。


「おまえ、アン対へ行きたいんか!!!」

 ヘマをしでかした警察官は上司からそう怒鳴られるのが府警本部の習わしだ。

 もちろん都内警視庁でもミスを犯した警官は皆、

「キミにはアン対が向いてるんじゃないの」

 と上司から傷口に塩を塗り込まれることになる。

 よって世界新記録保持者であるバウンティ・ハンターの出角もまた、只でさえ笑いの少ない警察本部の中では物笑いの対象にしか過ぎなかった。

 

 入り組んだフロア内に隠されるように佇む「大阪府警脱走アンドロイド対策室」のドアを開けると、出角の直属の上司である杉本警部がデスクにふんぞり返り、正面に座したベテランのバウンティ・ハンター・栗田と談笑していた。


「おお!!! 出角!! 元気かあああ??」愛らしいパンダの身体にずる賢いマンドリルの顔を乗っけたような見てくれの杉本がダミ声を張り上げる「……どや、調子は!! 顔色も随分ええやないか!!」

「ぼちぼちですわ」

 出角はおざなりに返事をして栗田をちらりと見た。

「お休みのとこ大変でんな」

 警官やバウンティ・ハンターというよりは、抜け目無い船場商人のような見てくれの栗田が、いつもどおりに嫌みを漲らせてへへへ、と笑う。

 出角は栗田を無視した。

「……で、なんですの? わたしに用って。言うときますけど、わたし休暇中でっせ。労働者の権利であるところの、溜まりに溜まった年次有給休暇を消化しとる最中なんですけどね」

「……さすが年に84も片づけはるお方は言うことが違うわ」栗田が譫言のように呟く。「僕なんか盆も正月もなしに駆けずり廻ってるっちゅうのに、出角はんの足下にも及びませんわ。こうやってお顔拝ませてもろただけでも、有り難い思わな」


 出角はまたも栗田のもの言いを無視した。


「まあ、そこらに掛けえな。あ、そうそう、その、君を連れてきてくれはった人、高本くんな」杉本が顎で高本を指す「彼こそ、お顔を拝ましてもらうだけでも有り難いお方なんや。高本くんは、警察庁から起こし頂いたエリート中のエリートや。ほんまはこんな地下7階とは縁のないお方や」


 出角は栗田の横のソファに腰掛けながら、直立不動の高本を見た。

 どこからどう見ても、ただの暑苦しいデブにしか見えない。

「警察庁?なんでまた?」出角はわざと大袈裟に言った「……自分、どんなヘマやらかしたんや? 警視総監のアンドロイドでも寝取ったとか?」


 ギャハハ、と杉本が笑い、栗田もそれに追従してゲヘヘ、と笑う。

 出角は笑わなかったが、高本はあいまいな愛想笑いを浮かべている。


「出角くん、失礼なこと言うたらあかん。高本くんはいずれ日本警察をしょって立つお方なんや。そやから警察のてっぺんから靴の底までをまんべんなく舐めて、味を知っとかなあかん、っちゅう偉いさんの計らいやがな」

 ギャハハ、と杉本が笑い、栗田もそれに追従してゲヘヘ、と笑う。

 出角は笑わなかったが、高本はあいまいな愛想笑いを浮かべている。

「それはどうでもよろしいけど、要件はなんですの?」

 出角は痺れを切らして言った。

「ああ、それでや。高本くんに見てもらうのにちょうどええヤマができたんで、ここは府警アン対でも一番の切れ者ですご腕の、出角はんにお出まし頂かな、っちゅうことになった訳や。……まあ、その栗田でもベテランはベテランやけど、出角はんには叶わん。なんちゅうても、素行が悪過ぎるわ。府警としてもここは、警察庁に恥は晒せん、っちゅうことで、休暇中やけど世界新記録保持者の出角はんにお出まし頂いたというわけや」

「警部、そりゃあんまりとちゃいまっか」栗田がヘラヘラ笑いを浮かべたまま言う「殺すだけやったら、わしも出角はんほどやないけど、なんぼでも高本くんにお見せしてさしあげけつかりますがな」

「お前はうどん屋のナベとおんなじでゆーばっかりや」

 ギャハハ、と杉本が笑い、栗田もそれに追従してゲヘヘ、と笑う。

 出角は笑わなかったが、高本はあいまいな愛想笑いを浮かべている。

 

 ひとしきり笑い終えたあと、杉本が出角を見て、舌なめずりをした。

 

「出角、東北の方から、アンコが4匹、大阪へ逃げて来た。オスが1匹に、メスが3匹や。お前と栗田で、そいつらを追うて欲しい。ほんで、高本くんにそれをお見せするっちゅうハナシや」


 ……アンコ、か。と、出角は思った。不快な響きだった。

 杉本は、昔だったら在日韓国人・朝鮮人をチョンコと呼ぶタイプの男である。まあ2045年の現在、在日韓国人・朝鮮人をチョンコと呼ぶ輩が死滅したわけではないが。


 胸クソの悪いバウンティ・ハンター。

 世間が思い描く通りのバウンティ・ハンターの長にこれ以上ないほど相応しい男、それが杉本だ。もともとは捜査一課にいたとかなんとか。

 こんな地獄の一丁目まで転落してきたのも頷ける気がした。この男はまるで、他者に対する尊敬や思いやりといった感情に欠けていた。

 出角自身は生粋のバウンティ・ハンターなので、殺人事件の捜査などに関わったことはない。しかし、それに対する適性を杉本が全く欠いていることは充分に理解できた。この男に、殺害された被害者の無念や苦痛など、理解できる筈がない。

 いくら仕事とはいえ、それができない人間に殺人事件の捜査などはできない。


 杉本の腰巾着である栗田は出角と同じ、生粋のバウンティ・ハンターである。

 この男はこの男で、世間が思い描くバウンティ・ハンターのイメージどおりの人生を生きている男だった。

 栗田はアンドロイドを殺害(実際は処分なのだが栗田自身も“殺す”と言っているのだから差し支えはないだろう)ことに……わけても女のアンドロイドを手に掛けることに対して、職業意識以上の喜びを見いだしている性的倒錯者だ。

 当然、出角よりは腕は劣るが、年間30人以上のアンドロイドを殺しているので……その実績は平均的なバウンティ・ハンターの倍以上であると言えた。まあ、好きでやっているのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。

 

「なかなか頭のキレるアンコどもでな」杉本が続けた「逃げる前に、自分らの個人データを厚生省のデータベースから不正アクセスで削除しよった。つまり、連中の外観その他はわからん。最近のアンコはなかなか難物でな。例の“フォー検”でもなかなか判別は難しい……ちゅうわけで、今おる人手だけではなかなか手に負えん。そこで、世界一のバウンティ・ハンターであるとこの出角はんの出番っちゅうわけや」

「………」出角の胃が煮え出してくる「そやから、わたしは休暇中なんです」

「……出角、頭に乗ったらあかんぞ。有給休暇の服務規程にもしっかり明記されとんねんからな。現場責任者が必要と判断した場合は、たとい有給休暇中でも、職員は出勤する義務がある。それはいくらお前でも、同じや。自分だけが特別や思たら、大きな間違いやぞ」


 いつの間にか杉本の顔から笑みは消えていた。

 栗田はニヤニヤと笑っている。

 

 アホンダラが。出角は心の中で毒づいた。

 

「こちらに断る権利はないっちゅうハナシですな」

  出角は溜息まじりに言った。

「そうや。さっそく今から仕事に掛かって貰う」

「今から?」

 さすがにこれには出角も戸惑う。

「……そや、今からOBPのモテギ電子本社から、匿名でチクリの電話があってなあ……どうも中途採用で入ってきた女が、アンコ臭いっちゅうハナシや。その女の入社時期も、ちょうどアンコどもの脱走と重なるし……それにモテギ電子はファナソニック傘下やから……お前も知っとるやろうけど、最近どういう訳か、脱走してファナソニックに接触したがるアンコが増えとるさかいに、いくら匿名のチクリやからいうて、無視することはできん。先方担当者には了承を取ったあるし、さっそく栗田と高本くんとで、検査してきてほしい」

「チクリ……ですか」

 

 アン対本部に寄せられる、隣人や同僚がどうも脱走アンドロイド臭い、という匿名の密告電話は跡を絶たなかった。

 理由は常に抽象的なものだ……

「どことなく奇妙な感じがする」とか「感情が乏しい」とか「人間的暖かみに欠ける」とか……そうした密告電話に基づき、出角たちバウンティ・ハンターが動くわけだが、その中でも検査の結果、クロと出る確立は100分の1程度だった。


 ほとんどの密告が、アンドロイドに対する世間の一般的な偏見に基づいたもので……ただ単に小心な小市民である密告者が、自分の身のまわりに居る“疎ましい人間”を貶めるためにいやがらせとして『チクリ』を行うケースがほとんどだった。

 

 アンドロイド嫌疑を掛けられるのは……横暴な会社の上司であったり、言うことを聞かない扱い難い部下であったり、恋敵であったり、男性社員にばかり受けのいい“部署のマドンナ”であったり、最近一戸建てを建てた、もしくは子どもを有名私立小学校に入学させたご近所さんであったり、単に仕事のできる同僚であったり、娘の彼氏であったり息子の嫁だったりもする。


 不思議なことに、アンドロイド嫌疑を密告された本人は、一体誰が、何のために自分にそんな汚名を着せようとしたのかまったく理解できないことが多い。

 

 フォークト・ガンプフ検査のお陰で、いかに担当バウンティ・ハンターが間抜けであろうと、人間がアンドロイドと判断されて殺されてしまうようなことはまず起こり得ないが、一度、アンドロイドの嫌疑を掛けられた人間はその後の人生をやり場のない怒りと深い人間不信のもとで過ごすことになる。


 ……つまり自分の身の回りに居る人間のうちの誰かが確かに、自分がアンドロイドと誤診されて消されることを望んだのだから。それも仕方がない。

 

 出角は気が進まないままに杉本からバウンティ・ハンターのバッチと官給品のブラスターを受け取った。


 2042年に警察用として開発・支給されたその“携帯用”ブラスターは、昔の美容師が使っていたドライヤーくらいの大きさがあり、とても服の下に隠し持てる代物ではなかった。


 石垣島の水牛も一発で倒すというその威力のほどは出角も認めるところだったが、それほどの威力は一般的に警察官の職務には不要であり、もっぱらこのドライヤー大の正式拳銃によって脇の下や腰を不格好に出っ張らして歩いているのは、バウンティ・ハンターくらいのものだった。


 よってバウンティ・ハンターは警察関係者たちの間で「コブつき」と呼ばれモノ笑いの種になっている。

 



 出角、栗田、高本の3人はエア・パトカーでモテギ電子本社のある京橋大阪ビジネスパークへ向かった。車の中で、出角は終始無言だった。

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