第3話 ストレンジ・デイズ
何かがおかしい。
いや、世の中が全体的に、まんべんなくおかしいことは判っていたけれども、それがまさか自分の生活にも侵入してくるとは……石戸は首を捻らずにおれなかった。
石戸の住まいは2LDKくらいの広さで、生活に必要な家財はいちおう揃っている。
すべてはあらゆる場所から拾ってきた廃品である……テレビも、冷蔵庫も、電子レンジも、テーブルも……ビニール貼りのソファやベッドも。どれもこれも、充分使える状態で捨てられていたものだ。そのお陰で、この廃墟の中においても“生活”というものに似せたママゴトを続けることができている。
多分、この部屋はこの廃墟となった施設……新世界フェスティバルゲートの管理事務所か何かだったのだろう。
そこに石戸が勝手に住み着き、廃品で賄われた家財を運び込んだ。
トイレは施設内のトイレすべてを自由に利用できたが、風呂は無かった。
併設されていた“世界の大温泉”スパワールドも同じように廃墟と化していた……このフィスティバルゲートと同じように。
そちらの方にも石戸のような不法占拠者が何十人か住み着いている。
度重なる労務者暴動で破壊しつくされたこの両施設を、わざわざ訪れる者はほとんど居なかった。
この施設にも何十人かの“宿無し”どもが住み着いているが……彼らと石戸が会話を交わすことはない。石戸はあの連中の仲間入りをするのが厭だった……風雨さえしのげればそれでよし、とばかりに、廊下にシートを敷いて寝転がるだけで、人間の文化的生活を放棄しているような連中……
彼らと、自分は違う。石戸は常々そう思っていた……だから自分の領域を廃品で埋め尽くし、“生活”を模したママゴトを続けているのだ。
しかし、その生活に「伴侶」が加わったのは一体どういう訳か。
目を覚ますと、まるで妖精のように……華奢で美しい、おそらく十代とおぼしき少女が、いつものように自分のパジャマのズボンに手を突っ込み、パンツのなかの陰茎を握って寝息を立てている。石戸はその少女……栞を起こさないように、そっと自分の陰茎に添えられた手に触れた。
暖かい手が、微かに脈づいていることが判る。
いつも、目を覚まし、自分の陰茎を握る栞の手の存在を感じたとき……それは夢の続きなのではないか、と石戸は思わざるを得ない。
こんな出来過ぎた話があるだろうか?
自分は、住所不定者である。仕事らしいものはしているものの、その生活は浮浪者と変わりない。
いくら廃品をかき集めた家具で、不法占拠した部屋を飾りたてていようとも。
それに、彼は今年で35になる。
それまで、性体験はまるでなかった。
異性はもちろん、同性とも、アンドロイドともと。
石戸は自分の見てくれに対して、まったく自信というものを欠いていた。
ブクブクと肥え太った身体、短い手足、分厚い唇の奧に包まれた出っ歯。どれだけ清潔を心がけても、拭うことのできない据えた野生動物のような体臭。人間の同性はおろか、アンドロイドにさえ敬遠されてしまいそうだ……無論、そんなことはあり得ないのだが。
栞を起こさないように、しっかりと自分の陰茎を握っていた彼女の手を優しく取り外そうとした……
と、栞が目を覚ました。寝ぼけ眼の栞と目が合った。
石戸が微笑む前に、いつも栞のほうが先に微笑んだ。
その微笑みには安堵と……石戸に対する特別な信頼と親愛を感じた……それは一般的に“愛情”というものだが、石戸はこれまでの人生でそんなものに触れたことが無かったので、それを上手く掴むことができなかった。
「……もう仕事、行くん?」
栞が聞く。少し、甘えたような、不安そうな声で。
「うん、今度遅刻したら、クビになってまうからな」
「……ええやんクビになっても。あんにはあたしが居るんやから」
そう言って栞は右手で石戸の陰茎を握りしめたまま、身体を反転させて身を起こそうとしていた彼に覆い被さった。しなやかで、流れるような動き……そして栞の瑠璃色の髪からの微かな芳香が、石戸をまたまどろみに誘った。
「……ちょっと……なあ、あかんって。僕、また遅刻してまうやん」
と石戸は半笑いで言う。
「……仕事の前に、スッキリしとかんと。仕事にも身が入らへんやろ」
そう言うなり栞はするすると石戸の下半身を覆っていたタオルケットの中に潜っていく。
毎朝の儀式だった。
石戸はいつも顔では苦笑いを浮かべながら……栞がしたいままに任せた。
むしろ、栞のように美しい少女が、そのようなことをはっきりと“したがっている”ことを意識すればするほど、石戸はどうしようもなく亢奮させられた。
「あれ~?……昨日、あんなに張り切っとったのに、今朝もすっごいやん……」
毛布の中で、栞が言った。
やっていることはいかがわしいことこの上なかったが、いつも栞はまるでママゴトに夢中になっている子どものように無邪気だった。
それが石戸を安心させると同時に、激しく欲情させた。
「おっ」
はむ、とタオルケットの中で栞が石戸の亀頭を口に含んだ。
「……んふ」
笑い声とも溜息ともつかない声を、タオルケットの中の栞が上げる。
配偶者も居ないし、セックスには無縁の石戸なので、彼の性器は連続装用型の超薄伸縮性プラスチック製避妊具を装着していない。よって石戸の亀頭は、そのまま栞の柔らかくも暖かい粘膜に包まれた。栞は丹念にその形を味わうように、舌を這わせる。それが上手いのか下手なのか、それまで性体験の無かった石戸にはよく判らないが、栞のもたらす快感はほんものであり……どこまでも甘美だった。
タオルケットに包まれた栞の頭が、激しく上下をはじめ、チュバッチュバッというこのうえなくいかがわしい音が静かな部屋に響いていく。
この音も……感覚も……確かに現実であって、夢などではない。
しかし、非現実的であることに変わりはない。
第一に、栞のような少女が、このようないかがわしい行為に没頭しているということ。第二に、そのサーヴィスを受けているのが、この自分であるということ。
そんな事を考えていると、石戸はあっという間に追いつめられていった。
「あ………ああ………あ……」思わず情けない声を上げてしまう。
「だめ」栞がタオルケットから顔を出す。「まだ、出したらあかんよ」
その手はしっかり石戸の陰茎の根元を握っている。
「ほんまにあかんって……僕、ほんまに遅刻してまうやん」
「仕事に行って、あたしを独りぼっちにすることは許したるわ。でも、出かける前に一発ヤッてくれな許したらへん」
一発ヤって……栞は悪戯っぽい笑いを浮かべながら、事もなくそう言った。
非現実的だ……いくらなんでも、非現実的過ぎる。
「よいしょ」
石戸の出っ張った腹の上に乗っかった栞が、綿でできた小さなグレーの下着を片手で脱いだ……今栞が身につけているのは、もともとは石戸のものだった、サイズが大きすぎるユニバーサル・スタジオ・ジャパンの10年ものTシャツだけ。
もう片方の手は、後ろに回されて、しっかりと石戸の漲る陰茎を握ったまま。
栞は何に対してもたいへん器用だった。
ことセックスに関しては特に。
「ほら、挿れるよ」栞がまた悪戯っ子の顔で石戸の顔を覗き込む「オッケー?」
「オ……オッケー」
ここで拒否できる人間など居るものか、と石戸は思った。
栞が自分で石戸の陰茎の先端を自分の入り口にあてがった。
そこは熱く息づいている。
極めて現実的だった……熱も、ぬめりも、伝わってくる脈も。
「んっ!」
栞が腰を沈めた。
「……うっ」
途端に果てそうになってしまったが、陰茎の根元を握る栞の指がそれを許さない。
「………んっ……あっ………あ…………あっ」
栞が全身を上下に激しく揺すりはじめる。
「……おっ……おお………」
寝そべったままで、栞が淫らに踊るのを石戸は見上げた。
栞の長い、薄い色の髪が上下運動の度にふわり、ふわりと揺れる。
Tシャツ一枚を着ただけの栞は、陶酔の表情で天井を見上げているが……時折視線を石戸に落とし、その度に上気した顔に笑みを浮かべる。
石戸も笑い返した。
やがて……栞の上下運動のスパンが短く、激しくなる。
「あっ……あっ……あっ……あっ……あっ……あっ……あっ……あっ」
猫の甘え声のような声で、栞が囀る。
そして、濡れた柔らかい肉が石戸をぎりぎりと締め上げる。
「ううう………っ」
石戸は苦しげに呻いた。
「………んんっ……っ…………………」
栞の上半身が、弓なりに反り返る。
石戸の陰茎が栞の指から解放される……ようやく石戸は、射精を許可させた。
栞の中に、立て続けに射精した。
それでも栞はさらに腰を回して、精液の残りを絞り出す。
「………あああああ」
石戸の目の前が真っ白になる……死んで、また生まれたような気分だ。
気が付くと、栞は石戸の胸の上に頬をつけていた。
「……好き」栞がつぶやく。「好きやで、あんた」
非・現実的だ……毎朝のことだが、石戸はそう思わずにおれなかった。
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