第二十一話 真相(The truth)

 知鶴は、何かに後押しされるように、気付けば口を開いていた。使命感といっては烏滸おこがましいかもしれない。でもこれ以上彩峰を犯人のままにしてはいけない。彩峰を犯人に見立ててほくそ笑んでいる真犯人がいるのだ。そんなことは絶対に許せない。

「犯人は別にいるって?」『ヒデタカ』が怪訝な表情で問う。

 唐突な知鶴の発言に他の者はきょとんとしている。名探偵でも刑事でもない知鶴がそう言ったってまるで説得力などないのだ。それでも知鶴は毅然とした態度で答えた。

「はい、彩峰さんは殺されたんです。しかもこの中のうちの一人に」

「何バカなこと言ってんだよ! どう考えたって犯人はこの女しか考えられねぇだろうが!」『クラタ』が食って掛かるような乱暴な口調で、知鶴の考えを否定した。

「順番に説明します」『クラタ』の発言を遮るように知鶴は答えた。

 正直、この男の顔はおろか声も聞きたくなかったが、知鶴は動揺を見せなかった。この男にはあとで生き地獄を味わわせてやるのだから。

「彩峰さんが自殺じゃないって、一体どういうことなんですか?」『ワカバヤシ』も衝撃を抑えられなかったような表情だ。まるで我慢できなかった様子で問いかけた。

「簡単なことです。この彩峰さんの死体が、自殺では説明がつかないのです」

「自殺では説明がつかない?」今度は『ヒデタカ』が問う。

「まず、ご覧になって下さい。彩峰さんの首にぐるりと首吊りの縄の痕がくっきり付いています。おかしいとは思いませんか?」

「ど、どういうことでしょうか?」『ミホ』も話の行く末を案じるかのように訊いてきた。

「だって、ほら、首吊り自殺なら自分の体重のかかる首の前方のみに縄の痕が付くはずです」知鶴は彩峰の死体の頸部を指差して説明した。

「言われれば、確かに……」『ヒデタカ』は頷く。

「さらには、この首の引っ掻き傷のようなもの。首吊り自殺でこんな傷はできませんよね?」一同に問いかけるように知鶴は言うも、皆押し黙っている。

「ですよね? 訓覇先生?」念を押すように訓覇に同意を求めた。訓覇はいきなり自分に意見を求められ、若干慌てる。

「え、あ、そうそう。そうです。これは吉川線うて、首吊り自殺か絞殺による他殺かを見極める指標です。だから『タチカワ』さんが言うた通り、これが自殺なら不自然なんです。死後硬直が始まりかけてるのも、ちょっと早すぎる気しますし」

「あ、あなた医者でしょ? 警察の人みたいに詳しいわね?」銀鏡が疑り深い表情で訊く。

「いやいや、医者で死後変化に詳しいとまずいんかいな? しかも俺、病理医やし、病理解剖とかやってるからそんくらい知ってるし」まさか疑念を向けられるとは思っていなかったようで、訓覇は頭を掻きながら答える。

「あ、そう」銀鏡は素っ気なく納得する。

「ちぇっ」訓覇は不貞ふてくされた。

 彼にとっては心外だったに違いない。医療従事者の端くれとはいえ、皆の前ではそう名乗っていない女性の知鶴の意見は黙って聞いておきながら、医師と名乗っている人間の発言には疑いの目を向けられたのだから。

 菓子オーナーが今度は尋ねる。「では、外部犯という可能性もあると思います。でも『タチカワ』さんはこの中にいると言いました。外部犯ではないという根拠って何ですか?」

 ここに来て川幡を除く全員が発言していた。

「第一の根拠についてですが、この一連の事件は現場に殺害現場を模した被害者の果実が置かれ、その横に次の犠牲者を示す果実が置かれていました。以上より、オフ会に無関係のまったくのきずりの赤の他人の犯行ではないということは、分かって頂けると思います」

「そりゃそうだ」と言ったのは『ヒデタカ』だ。

「つまり、ここで皆がお考えになるのは、今日ここに来なかった、『タイベリー』、もしくは『ヒマラヤンブラックベリー』のどちらかが、ペンションの外のどこかに潜んでいて犯行を行っている、と」

「そう。それならアリバイなんて関係ないからね」

「でも、私の見解はこうです。『タイベリー』も『ヒマラヤンブラックベリー』も隠れてなんかいない。なぜならこのメンバーの中に『タイベリー』も『ヒマラヤンブラックベリー』も紛れているからです!」

「な、何だって!?」『ヒデタカ』は大いに驚いた。

「ウソ!?」沈黙を守っていた川幡まで、ついに驚きの声が出てしまっている。

「どゆこと? 『タチカワ』さん」訓覇もこれには納得がいかないようだ。

「まぁ、これについては、訓覇先生、あとで説明しますから」

「……そ、そうか」

 もちろん皆、納得のいかない表情をしているが、知鶴はそれを置いておいて、話を続ける。

「外部犯ではないとする根拠の二つ目は、後藤さんの殺人のときです」

「後藤さん……」オーナーは反復するように呟く。

「覚えていらっしゃいますか? 後藤さんの殺害現場。彩峰さんの発言によると、後藤さんの扉は鍵がかかっていなかった。しかし私は隣の部屋なので、後藤さんが自分の部屋に戻るときしっかり施錠したのは確認しました。そして窓は開いていました。窓の外にはぬかるんだ地面に足跡が残っていました。足跡は窓から外へと向かうものが一列だけありました。そして窓のアルミサッシや床は濡れてはいたが泥などは付いていなくて綺麗でした」

「つまりどういうことですか?」と訊いたのは『ミホ』である。

「つまり後藤さんの部屋には、犯人は窓からではなく普通に中の扉から入ったということです。外部犯だとしたらおかしいと思いませんか。外部犯の心理からすれば、たとえ非常口があったとはいえ、中にメンバーがうろついているかもしれないのに、敢えて中から入るでしょうか? 仮に窓が施錠されていたとしても窓ガラスを破壊するか何かして入るのが自然だと思います。中の扉の鍵がかけられていないと分かっていれば中から入りますが、実際には施錠はされていた。もし犯人が、窓のカーテンの隙間からそれを確認できたら、なおさらわざわざ扉から入ろうとは思いませんよね」

「……た、確かに」『ミホ』は弱々しく答えた。

「つまり、犯人は内部犯であり、何らかの方法を使って警戒していたはずの後藤さんに部屋を開けさせたのです」

「どうやって開けさせたん?」ここでまた訓覇が訊いてくる。

「あ、先生? 焦らないで下さい。順番に話しますから」

「またかい!」

 訓覇はもどかしい表情をする。訓覇はこういう役回りだろうか。医師で賢いはずだし見た目も悪くないのに、どこか道化師的である。

「以上から、内部犯なのです。もうお分かりですよね? ついさっき、死神の扮装ふんそうをして現れたのが誰か。私を含めたここにいる参加者メンバー八人でも死んでしまった彩峰さんでも、ましてや外部犯でもなければ、消去法で一人しかいません……」

 知鶴は一度深呼吸した。そして静かに確認を取るように答えを言った。

「菓子オーナーが死神を演じてたのですよね? 残念ながらあなたしか考えられません……」

「ウソ?」またもや川幡が驚きの声を上げる。

「オーナーが!?」『ヒデタカ』の声はとても大きかった。

 当人の菓子オーナーはうつむいたまま、静かに答えた。


「……はい。私が死神を演じました」


 現場には十秒ほどの沈黙の時間が流れた。驚きで声すらも出せなかったのだろうか。その沈黙を破ったのは、『ヒデタカ』だった。

「ご、ごめんよ、『タチカワ』さん。いくら消去法といっても納得いかないよ。オーナーだったなんて。だって、死神を追いかけてたとき非常口がバタンと閉まる音したよね? 一緒に追いかけてたから聞いたよね? しかもそのときオーナーもどこかの客室から出てきたよね?」彼はオーナーであることを否定したがっているようだ。

「これは、大した理屈ではありません。上手くいけば、今回みたいに死神が非常口から逃げるように仕向けられるんです」

「どういうこと?」

「オーナーは、あらかじめ少しだけ非常口の扉を開けておいたのです。あとちょっとで閉まるぎりぎりのところで。死神に扮したオーナーは空き部屋に逃げ込みます。逃げ込む前に、死神の鎌を非常口に繋がる廊下に落としておきます。空き部屋の扉を開けるときはそっと開けて中に入り部屋を閉め、急いでコスチュームを脱ぎます。このペンションには客室とキッチンの間には半自動の引き戸があります。これが閉まった頃合いを見て、勢いよく部屋の扉を開けます。客室の扉は内開き、非常口の扉は外開きなので、閉鎖空間での空気の移動に引っ張られ、非常口の扉がバタンと閉まるわけです」

「そんなにうまくいくかなぁ?」『ヒデタカ』はまだ納得していない。

「実際のところうまくいったのは偶然だと思います。でも非常口に繋がる廊下に鎌を落としたことによって、そちらに逃げたことをほのめかすことができるわけです。さらにオーナーは、彩峰さんの部屋にあらかじめ準備しておいた死神の装束のダミーを置いておいた。死神の装束は、黒い大きな布と白い厚紙か何かで作った仮面さえあればそれらしく見えますからね。そして、客室の非常口から外に出て彩峰さんの部屋の窓へと繋がるように足跡をつけたのです。でもこの足跡は、不自然なくらいくっきりしていた。いま地面は乾いているのに。死神を彩峰さんに見せかけるために慎重に足跡を付けすぎた。その証拠に足跡の間隔は小刻みです。いくら彩峰さんだったとしても、逃げているのならもっと足跡の間隔は大きくなると思うし、もっと不鮮明で乱れた足跡になると思うんです」

 それを知鶴が言うと、他のメンバーは彩峰の部屋の窓から外を見る。

「確かに……。言われてみればそうやな」訓覇が関西弁で納得する。

「そうなんですか? オーナー?」『ヒデタカ』はオーナーに問うた。

「はい。『タチカワ』さまのおっしゃる通りです」菓子オーナーは静かに頷きながら答えた。

「じゃあ、枡谷さん、後藤さん、相馬さんを殺したのも、『メグ』さんや訓覇先生を襲ったのも……、オーナーなの??」『ワカバヤシ』まで信じられない様子で尋ねている。

 オーナーは身を震わせながら声を小さくして答えた。その声はえつにも似ていた。

「は、はい。私です……。私がすべての──」

 違う。即座にそう思って知鶴は慌てた。

「オーナー。ウソはダメですよ」すかさず知鶴は訂正しにかかった。菓子オーナーが殺人犯では辻褄が合わないのだ。

「どういうことだ?」今度は『クラタ』が質問してきた。

「どういうことも何も、オーナーは罪を着ようとしているんです。オーナーは死神を演じただけで、殺人はしていません」知鶴は説明した。

 『クラタ』は若干気圧けおされたように押し黙っている。知鶴は続けた。

「この事件は、様々は人物の思惑が交錯して成立した、かなり複雑な犯罪です。それをいまから順序立てて説明していきます」

 知鶴は改めて前を見据えて凛とした態度で真相を語り始めた。

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