第二十二話 謀略(Strategic deceptions)

「殺人を犯した人物は他におるちゅうことか」訓覇が確認するように言った。

「そうです」

 訓覇は先ほどの調子からして、それは誰や、などと解答を急かして来るかとも思ったが、さすがにそれはなかった。

「まずこの事件を複雑にしていることとして、『メグ』さんと訓覇先生も含めると六名の方が被害に遭っていますが、これらの事件を同一の人物で行っていないということです」

「ウ、ウソでしょ!?」皆驚いているが、川幡までもが自分の声を隠していることを忘れて、大いに驚いている。想像の斜め上を行っていたのかもしれない。

 知鶴は説明を続けた。

「この一連の事件に共通してアリバイがないのは彩峰さんただ一人。それ以外は、犯行時刻と思われる時間に皆、何かしらのアリバイがあるんです。アリバイトリックを使っているとも考えましたが、その心理を逆手にとって一連の事件を複数人で担当しているということも考えられます」

「いや、それはないと思うよ。発想は面白いけど、無理があると思う。だって、ほら、犯行現場には果実が置かれただろう。あれは同一犯である何よりの証拠だよ」と、『ヒデタカ』が即座に反論する。彼の意見は真っ当なものだ。

「そうですね。この事件の象徴とも言える、犯行現場付近に用意された殺人事件のオマージュと次なる殺害予告。全員が『ミックスベリー』のメンバーでベリー類のハンドルネームを持っているということを上手く利用した、この事件ならではの最大の特徴です。私は、犯人は何でそんなことをしているのだろうかとずっと疑問でした。犯人にとっては、外部犯に仕立て上げた方がずっと楽だと思うんですが、実際にはそれとは逆のことをしています。でも複数犯の可能性について考えたときに、実はそれこそが目的じゃないかと思いました」

「待って。それは憶測だよ。この事件を複数の犯人で担当していたなんて、やっぱり考えにくい」『ヒデタカ』はどうしても納得がいかないようだ。

「でも、そう考えると実にすっきりと謎が解決されるんです。単独犯に見せかけるために果実を置いたと考えるとね」

「では、オーナーが誰かと共謀したのか」

「いや、それも違います」知鶴はきっぱりと否定した。

「どういうこと? さっぱり意味が分からなくなってきた」『ヒデタカ』はそう言いながら頭を掻いている。

「オーナーは、自分ひとりの判断で死神を演じようとしたんだと私は思っています。オーナーは単独犯です。共犯にしては犯行がちぐはぐしています」

「……」他のメンバー達は納得のいかない様子で知鶴を見ている。当の菓子オーナーは肯定も否定もせずに、黙ったままだ。

「オーナーは、今回の事件について、おそらくいち早く犯人が誰かということも分かったんだと思うんです。その根拠についてはあとで説明します。そこで、オーナーは真犯人を擁護するため事件を攪乱かくらんしようと考えました。最初の方で、外に不審者を見かけたと嘘の証言を発したのもそのためですよね。真犯人は内部犯に見立て、オーナーは外部犯に見立てた時点で、齟齬そごが起こっています。だからオーナーと真犯人は共謀したわけではないのです。しかし真犯人が彩峰さんを犯人に見立てようとしていることに気付いたオーナーは機転を利かせ死神を演じた。そして犯人が彩峰さんであるように工作するのを助けようとしたんです。これは真犯人にとっては想定外の出来事であり、死神が登場したことに大いに驚いたに違いありません。死神と真犯人が一緒の空間にいるという状況を作り出し、それを皆に確認させる。それが菓子オーナーの狙いであったのです──。いや、『タイベリー』さん?」

「!! 何でそれを……」オーナーは動揺を隠せないでいる。

 一方の知鶴はあまりにもあっさりとオーナーが認めたことに驚きつつも、あくまで平静を装った。

「オーナーが『タイベリー』さんですって?」『ミホ』は驚いている。

「『菓子澄夫』という名前は偽名ですよね」

 オーナーは返答しない。

「一度私の前でキーホルダーを落としたでしょう? その手作りっぽいキーホルダーの文字が、あなたの名前に合致しなかったからです。で、本名は何て言うんですか?」

「……そ、それについてはお答えできません」

 ちなみにこの答えは、犯人との関係を示唆させるものである。本人はまだ犯人を明かされたくないといういちの望みに賭けているのか、これについては、オーナーは黙秘した。

「オーナーが単独犯って言ってたけど、オーナーは自分の判断で、真犯人とは別に被害者六人のうちの誰かを襲ったのかい?」

「いいえ、オーナーはあくまで死神を演じて事件を攪乱しただけです。枡谷さんに始まり彩峰さんに終わった六つの事件の犯人ではありません。枡谷さんのときは、菓子オーナーは忙しそうに厨房で宴会の準備をしたり、参加者たちを退屈させないように話し相手をしたりしていました。参加者達が全員集合してからはずっとペンション内にいたオーナーには彼を突き落とすのは不可能です」

「じゃあ一体誰が……」

「でも、オーナーは枡谷さんが殺害されたときには真犯人の正体を分かっていた、いやひょっとしたら事件前からその人物が事件を起こすかもしれないことを悟っていました」

「どういうことだ?」

「それを示唆する出来事として、初日、ペンションにはじめて来たときに、私も含めて多くのメンバーは川上犬のシンに吠えられたと思います。それはシンが初対面の日は誰ふり構わず吠えるが、二日目以降あるいは二度目以降に会った人物には吠えないという特徴があるからです。しかし、オーナーを除いて初日に吠えられなかった人物が二人いました。一人は、幹事で実際に下見に来ていたという枡谷さん。そして実はもう一人、ここに下見に来ていたために吠えられなかった人物がいました。その人物こそが、今回の巧妙で綿密な殺人計画を立案した真犯人なのです。参加者が到着するたびに丁寧にエントランスで出迎え、そして吠え立てるシンを叱りつけていたオーナーがそれに気付かないわけがない」

「……」オーナーは何も答えない。

「枡谷さんが一度外出してから、犯人は彼を追いかけて谷底へ突き落としたり、玄関に果実を置いたりしているわけですが、参加者が全員集まってからはシンが吠える声はしませんでした。それが第一の根拠。そして、もう一点その人物が真犯人だと疑わせた根拠があります」

「何なんだよ! もったいぶってねえで、教えろよ! 真犯人が誰かってことをよ?」『クラタ』が罵倒するかのように言った。しかし知鶴はおのれの姿勢を崩さない。彼の暴言を遮断するように言葉を続けた。

「この事件は非常に計画的に見えますが、最後に不可解な出来事が起こりました。それが第五の事件。相馬さんが殺された事件です。これは、訓覇さんの部屋に発見された次なる殺害予告としてマルベリー、すなわち桑の実が置かれていました。しかし実際に殺されたのは相馬さんであり、相馬さんのハンドルネームは『グーズベリー』でした。つまり、犯人は相馬さんを『マルベリー』だと勘違いしたまま任務を終了したと思い込んで、最後の彩峰さん殺しを自殺に見立てて締めくくっているのです。もし、犯人がそのことに気付いていたら、何が何でも『マルベリー』を探し出して殺害するはずです。しかし、それをしなかった。いや、できなかったんです。なぜならその事実を知らないのだから……」

「御託はいいからさっさと言えよ!」再び『クラタ』が煽る。

「私が言いたいのは、相馬さんの死体が発見されたときに、もっと言えば学生証を見て彼が『マルベリー』ではないと分かったときに、現場にいなかったメンバーです。いたのは第一発見者の『ミホ』さんをはじめ、『ヒデタカ』さん、『ワカバヤシ』さん、『カワバタ』さん、『クラタ』さん、訓覇先生、オーナー、そして私『タチカワ』。つまりこの中でいなかったのは……」

 知鶴は一度深呼吸して間を置いた。犯人を告げる言葉の重みを感じ取りながら、その人物の名を言った。

「『シルバーベリー』こと『メグ』さん、本名、しろめぐさん。あなたってことになります! あなたが四人を殺害し、吊り橋を破壊した真犯人ですね」

「えぇー!??」川幡は非常に驚いている。それも無理もない。彼女は銀鏡は犯人ではないと言っていたからだ。もちろん他の人物も同様に驚いていた。彼女が犯人だとまったく思っていなかっただろう。知鶴自身、直前まで分からなかった。オーナーを除いては。

「……」銀鏡は眉をしかめながら床を見つめて押し黙っている。

「相馬さんの殺害を終えた銀鏡さんは、そのあと、最後の締めくくりとして彩峰さんを殺害しに向かった。そして殺したあとは、皆に気付かれないように窓から脱出したのです。しかし、おそらくオーナーは銀鏡さんが彩峰さんを自殺に見立てて殺害したのを目撃したのでしょう。ところが、彩峰さんの前に発見された死体となった相馬さんが『マルベリー』ではないと知って、銀鏡さんが本来の目的を未遂のまま事件を終わらせてしまうことを危惧したのです。なので、皆でロビーに固まっていようという話になったときに、オーナーは彩峰さんの窓の鍵は施錠されていた、と嘘の証言したのです。しかも大胆にも、他のメンバーの目の前で堂々とそれをやってのけた。そのときオーナーと一緒にいたのは『ミホ』さんと『ワカバヤシ』さんのはずですが、確かオーナーが彩峰さんの部屋の窓を外から開けようとしたが施錠されていて開かなかったのを、二人が見ていたんですよね? それは、実は開かないように見せていただけではないでしょうか? ところが私も含めて皆、オーナーのことは信用していましたから、嘘なんてつくはずがないと思い、その証言を信じました。ただ一人を除いて。それが主犯人の銀鏡さんです。銀鏡さんはそのとき既に、彩峰さんを殺害し終えており、部屋を施錠し窓から出たので、信じられなかったのです。だからあのとき銀鏡さんだけ『ウソ!?』と、驚いていましたよね? そのことからもオーナーの攪乱作戦は銀鏡さんの意志とは無関係だったという裏付けになります。一方で、オーナーの偽りの証言によって、彩峰さんは警戒心のあまり鍵のかけられた部屋の中で一人閉じ籠っている、と思われました。そしてオーナーは行動に出ます。オーナーと彩峰さんを除く私たち八人がロビーで監視し合っているときに、非常口から彩峰さんの部屋へと向かう足跡を付けました。あとは死神に扮して、鎌を持ってある人物を襲った。銀鏡さんが襲うことの出来なかった真なる標的をね! そいつこそが『マルベリー』こと『クラタ』さん、いや、丸森まるもりそうさん! 『メグ』さんが本当に殺害したかったのは、あんただよ!」知鶴は怒りをぶつけるかのように『クラタ』こと丸森桑麻に言い放った。

「おい、何を言ってんだ!? あんたは! 俺の本名は『クラタ』だ!」という丸森の顔はっている。

「じゃあ、免許証か何か見せてくれる?」

「……いまは持ってねえよ。でも俺は『クラタ』だよ!」

わる足掻あがきはよしなさい!」

「ふっふっふ……」横から不敵な笑い声が聞こえた。これが銀鏡の声だと理解するのに一瞬の時間を要した。「ふっははははは! 犬に吠えられなかったから犯人? 犯人が勘違いしたまま事件が終わったから、その部屋にいなかった私が犯人になるわけ? さっきから聞いてると、すごい想像力だわ。たったそれだけで犯人だなんて、無茶苦茶よ。私は一度殺されかけてるのよ。しかも覚えてるかどうか分からないけど、死神は私にも鎌を振るったのよ。死の瀬戸際に立たされていた被害者を捕まえて、大した理由もないのに犯人だなんて、イジメ以外の何物でもないわ!」

「死神があなたを襲ったのは、ただのパフォーマンス。さっきも言った通り、死神を演じていたオーナーは、あなたを犯人だと思わせたくないから、あなたを襲ったのです。『マルベリー』に対しては殺意があったけど、あなたに対しては殺意はなかった。あなたを助けるためにあなたを襲ったんです。結局、『ヒデタカ』さんの決死の抵抗で、どちらも傷を負わせるには至らなかったけど……」

「よくもそんなことが思い付くね。まるで小説を読んでるみたい。でも私は浴槽で襲われてるのよ」銀鏡はせせら笑っている。

「確かに。あなたには、訓覇先生が襲われたと考えられる時間にアリバイがある。そしてあなた自身が溺れ死にそうになっている。つまり第三、第四の事件において鉄壁のアリバイがあります」知鶴の銀鏡への態度は、明らかに丸森へのそれとは違っていた。それは事件に隠された背景を察しているから、知らず知らずのうちにそうなっているのかもしれない。

「そうよ。よく分かってるじゃない」と銀鏡は言うが、顔は若干の引き攣りを見せている。

「ですが、こうは考えられないでしょうか。あなたは襲われたのではなくて、襲わせたのなら……?」

「ん? どーゆーことや?」訓覇が尋ねる。

「つまりあなたはあるハンドルネームに成り済まし、あるメンバーを操作して、自分を襲わせたんです。敢えて死なない程度に」

「何やそれ!?」

「そんなことができるのか?」訓覇と『ヒデタカ』が順に驚きの声を上げた。

「皆さん、チャット中、気になりませんでした? ある人物と『ヒマラヤンブラックベリー』というハンドルネームの人物とが、主従関係にあったということ」

「え、あ、まさか?」と、訓覇。

「ヒ、『ヒマラヤンブラックベリー』の正体って!?」と『ヒデタカ』。この二人は再三再四驚いて声を出している。

「主従関係と言っては語弊があるかもしれませんが、うまくマインドコントロールして、その人物が『ヒマラヤンブラックベリー』にしょうけいあるいは崇敬すうけいの念を抱かせていたのです」

「あっ! あの人か?」『ヒデタカ』には思い当たるハンドルネームがあるらしい。

 知鶴は静かに告げた。

「銀鏡さんを襲ったのは、ハンドルネーム『カウベリー』こと『ミホ』さん。あなたですね?」

「……」『ミホ』は沈黙を保っている。

「『ミホ』さんが『カウベリー』さんで、しかも銀鏡さんを襲った犯人ですって?」驚きの声を上げたのは『ワカバヤシ』だ。

 『ワカバヤシ』の正体はおそらく『ジューンベリー』だ。知鶴の中で、最後までハンドルネームが確定しなかった人物は『ヒデタカ』と『ワカバヤシ』であったが、チャット上での『ゴールデンベリー』の語調は『ワカバヤシ』っぽくない。だからたぶん『ヒデタカ』が『ゴールデンベリー』。いわゆる消去法だ。そして『ジューンベリー』と『カウベリー』はチャット上で良好な関係を築いていたと記憶している。だから信じられないのだろう。

「でもここで注意したいのは、『ミホ』さんは自分に犯行の指示を出させていた『ヒマラヤンブラックベリー』の正体が誰かを知らなかった可能性が高いということです。『ミホ』さんは正体不明の犯人に加担していた。それがこの事件の実に巧妙な背景なのです。犯人の銀鏡さんはこの一連の事件で自分が瀕死の重傷を負うことで、容疑者から外れようとしました。そこで銀鏡さんは『シルバーベリー』とは別にハンドルネームを作りました。それが犯行を教唆するためのハンドルネーム、『ヒマラヤンブラックベリー』です。銀鏡さんは『カウベリー』さんがチャット上で肩身狭そうにしていることに着目し、『ヒマラヤンブラックベリー』と名乗って接近しました。そして非常に親密な関係を築き上げた。もちろん『シルバーベリー』と『ヒマラヤンブラックベリー』が同一人物だということは明かしません。『ミホ』さんを操るにしても、『ヒマラヤンブラックベリー』の正体が銀鏡さんだっていうことが分かってしまっていたら、『ミホ』さんの性格からして銀鏡さんを未遂でも襲うことができなかったでしょう。また、何かの拍子で精神的に追いつめられた『ミホ』さんが、うっかり主犯人のハンドルネームを吐露してしまうかもしれない。だからたとえ『ヒマラヤンブラックベリー』が犯人であることが分かっても、それが銀鏡さんであることを分からないようにしていたのです。そして、『カウベリー』こと『ミホ』さんに、銀鏡さんを襲わせた。これは憶測ですが、銀鏡さんは何かしら『ミホ』さんに険悪な態度でもって接することによって、自らを襲わせることに成功したのです。でも本当に死んでしまったら『ミホ』さんは殺人犯になってしまうし、何より自分が死んでしまったら元も子もない。だから、あくまで未遂に終わるように『ヒマラヤンブラックベリー』に成り済ました銀鏡さんは『ミホ』さんに指示を出したのです。『「メグ」のワインに睡眠薬を入れて眠らせた。身体を縛って浴槽に沈めてお湯を張れ、そして現場にシルバーベリーとハックルベリーの果実を置け』とでも言って。まぁ実際には睡眠薬はウソで、眠ったフリだけだったと思いますが。さらにはちょうどいい時間に溺れかけるように流量を細かく指示して。ここで自動湯張り機能を使ってしまうと、銀鏡さんの身体も中に入っていることから、短時間で満タンになってしまいます。だから蛇口から少しずつお湯を出させました。これは銀鏡さんが下見のときに何度も検証したものと思われます。銀鏡さんはスリムだし眠って抵抗されない状態なら、華奢きゃしゃな『ミホ』さんでも犯行は可能でしょう。そして指定された時間が来たら、『ミホ』さんに第一発見者になるように指示したのです。また、銀鏡さんの部屋のドアが施錠されていなかったことにも納得がいきます。ちゃんと遅れることなく救命させるためです」

「確かに、あのとき『ミホ』さんが『メグ』さんの叫び声に気付いたかね」と『ヒデタカ』は思い出したように言った。

「そうであれば、銀鏡さんが襲われた方法について説明がつくんです。同じ溺死を謀るなら、普通眠っている銀鏡さんの頭を力づくで浴槽に沈める方が自然だし確実だと思うんです。でも、浴槽にお湯を張って殺すという回りくどく不確実な方法で襲っています。実際に未遂に終わった。それまでは何でそんなことをしたのか疑問だったんですが、発想を転換して、殺人ことこそが目的だったんじゃないかって思ったんです」

 一同は黙って知鶴の推理に聞き入っている。知鶴は続けた。

「あと、相馬さんが殺された事件で、相馬さんの部屋の扉を開けたのも『ミホ』さんでした。つまり、これは『ヒマラヤンブラックベリー』名義で銀鏡さんから『ミホ』さんへ仕向けられたんだと考えれば自然です。時間を細かく指定して『ミホ』さんに遺体の第一発見者にさせる。実際に銀鏡さんは、相馬さん殺害の直後に彩峰さん殺害に向かっているわけですが、死体発見の順序が、相馬さんが先である方が自然なので、そのように指示したのです。また『ミホ』さんの性格上、あの凄惨な殺害現場を見たら悲鳴を上げないわけがない。悲鳴を皆に聞かせることよって、銀鏡さんと彩峰さんの部屋のそばから、ちょっとでも人払いさせるのも目的にあったのかもしれません。そうすれば、彩峰さんを自殺に見せかけて殺害するときに暴れたり抵抗したりする物音も、相馬さんの殺害現場に注目が集まっていれば、気付かれないと踏んだのかもしれません。また、誰かが何かの拍子で銀鏡さんの部屋を覗いて、不在だってことが分かってしまったら大変です。皆の中ではその時間はまだ銀鏡さんは気を失ってベッドに横たわっているという認識でしたから。大胆にも相馬さんの死体発見と同じ時間に彩峰さんを殺害をするという手法で、それをやってのけたのです。しかし、オーナーだけはそれに気付いていたようで、銀鏡さんの意図を理解し黙認した上で、死神を演じたんだと考えれば辻褄つじつまが合います」

「な、なるほど」『ヒデタカ』は納得した。

「さらに、もう一つポイントというか引っ掛かっていたことがありまして、なぜ銀鏡さんは自分の呼称を『シロミ』ではなくて『メグ』と呼ばせていたのでしょうか? 第一、第二の事件から、犯人は少なくとも、被害者のハンドルネームがあらかじめ分かっていなければ犯行を行えない、といった見解が出ましたね。そのとおりです。犯人は果実を用いて殺人予告をしているのですから。その見解を示したのは他でもない銀鏡さんで、呼び方は本名のうちのハンドルネームを悟られない部分にしましょう、と提案したのも銀鏡さんでした。でも、銀鏡さんは自分で提案しておいたにもかかわらず、不可解なことに『メグ』と呼ばせました。ハンドルネームを隠したいのなら『シロミ』の方が私としては適切だと思うんです。『シロミ』から『銀』と『鏡』に変換できる人はあまりいないはず。むしろ『メグ』なら、『メグミ』の『グミ』から『シルバーベリー』を連想しやすいと個人的には思うんです。では、なぜ敢えて悟られやすい『メグ』という呼称を呼ばせていたのか。もし全員が『シロミ』という呼び方から『シルバーベリー』を連想できなかったならば、誰も銀鏡さんを襲えなくなるからです。誰が『シルバーベリー』なのか、本人以外分からないのですから。そうなると自作自演がバレてしまうかもしれない。つまり悟られやすい呼ばせ方なら、『シルバーベリー』が『茱萸グミ』という別称があることを知っている人間ならば容易に連想でき、銀鏡さんを襲撃できるのです」

「そ、そんな複雑な背景があったんか……」訓覇はただただ驚きを見せていた。

「で、でも、私は叫び声にたまたま気付いただけです。『メグ』さんを襲うのなら、ほ、他の人だって可能性があるでしょうに……」『ミホ』は反論したが、明らかに動揺していた。

「あなたが銀鏡さんを襲った犯人だと思った理由は二つあります」知鶴は人差し指と中指を立てることによって手で『2』を表現して、続きを語る。

「まず、後藤さんの部屋で、次なる犯行予告として『シルバーベリー』が置かれていたとき、大いに驚いて後退あとずさりしましたね。そのときはひょっとして『ミホ』さんが『シルバーベリー』なのかなと思いましたが、実際は違いました。あれは自分が襲われるから後退りしたのではなく、自分が犯行の片棒を担ぐ番が来てしまったからおののいていたんですよね?」

 『ミホ』は何も答えない。

「もう一つというのは?」何も言わない『ミホ』に代わって『ヒデタカ』が問うた。

「二つ目は、襲われた銀鏡さんの部屋に入るときです。鍵がかかっているかという私の問いに『ミホ』さんはドアノブに手をかける前に言いました。『かかってないみたいです』とあたかもそれを知っていたかのように。二日目の夕食中に『ミホ』さんは銀鏡さんが自室に戻ったあと一度席を立っています。ひょっとして彼女が襲った張本人ではないかと、私は思ったんです」

「よく、そんなこと覚えてんな」そのとき現場にいなかった訓覇も、知鶴の観察力と記憶力に感心している。しかし、銀鏡は反論した。

「なるほど。百歩譲って私が自分を襲わせるように仕向けることができたとして、その次の訓覇さんの襲撃事件はどう説明するわけ? 私はあのときとても襲える状況ではなかったと思うわ。まさか『ミホ』さんが訓覇さんを襲ったのかな?」

「いいえ、訓覇先生の事件はあなたがやったんです」

「はぁ? どうやって? できるわけないでしょ?」銀鏡は美しい顔を歪ませてすごむ。

「簡単なことです。この事件の現場に果実が置かれて表現されていたのは、先ほど単独犯に見せかけるためと言いましたが、もう一つ大事な目的がありました。それは襲撃の順番を私たちにインプットすることです」

「ど、どういうことだ?」返答に詰まっている銀鏡に代わって『ヒデタカ』が訊く。

「つまり、果実だけを見るとストロベリー、ラズベリー、シルバーベリー、ハックルベリーの順番で、その通りに被害者が発見されましたが、実際に襲われた順番はそうじゃない。三番目と四番目が逆だったんですよ」

「えっ?」

「つまり銀鏡さんは、訓覇先生を襲った、もしくは襲われたような現場を作っておいてから、『ミホ』さんに自分を襲わせたのです。でも果実の順番に従うと、銀鏡さんが襲われたあとに訓覇先生が襲われたことになるので、銀鏡さんは否が応でもアリバイが完成します」

「本当か。そういう意図があったんか」『ヒデタカ』は感心するように反応した。

「さらには、銀鏡さんの部屋の扉は鍵がかかっていなかったのに、訓覇先生の部屋の扉は鍵がかかっていた。これは誰かが誤って銀鏡さんが襲われた現場を発見する前に、訓覇先生の部屋を開けてしまわないためです。先に訓覇先生の現場が見つかってしまうと、このアリバイトリックがバレてしまう。実際に銀鏡さんが訓覇先生を襲われたように仕組んだのは、千鳥足の訓覇先生を介抱しながら部屋まで送り届けたとき。たぶん訓覇先生のワインには本当に睡眠薬が混入されていたと思います。部屋に送り届けて寝かせたあと、襲われたような現場を作り上げておき、中から扉を施錠して、窓から脱出する。そして非常口から廊下に戻り、食堂に何食わぬ顔で戻ったのです」

「……」銀鏡は黙ったまま眉間に皺を寄せて、知鶴を睨み付けている。

「そこで一つポイントなのは、訓覇先生の襲撃事件は、当初の計画には入っていなかったかもしれないということです」

「何でそんなことが言えるんだい?」再び『ヒデタカ』が尋ねた。

「いや、これは完全に憶測です。根拠としては、まず今回現場に置かれていたハックルベリーの果実は、ブルーベリーを黒くした物だったことです。ここまで綿密な計画を立てた犯人が、襲う予定の人物の果実を用意していないのは考えにくいのです」

「ということは……」

「そう、訓覇先生は枡谷さんの死体が発見されたときに、自分が『ハックルベリー』であると名乗ってしまいました。ハンドルネームが割れてしまったのなら、犯人にとっては襲撃の対象にできるわけです。急遽犯人はそれを利用しました。たぶん、先ほど言った襲撃の順序トリックは、訓覇先生ではなくて後藤さんか『マルベリー』の殺害で使おうと思ったのでしょう。でも枡谷さん殺害後、訓覇先生は自分のハンドルネームを明かしたので、玄関の果実をこっそりシルバーベリーからラズベリーにすり替えたのです。あのとき銀鏡さんは我先われさきに玄関に戻ったので、たぶんもともと玄関の靴箱の上にはラズベリーではなくてシルバーベリーが置かれていたのでしょう。ラズベリーはこのファームで作られており、ロビーにもお客さん提供用に置かれていましたから、それが可能だったんです。ものすごく機転の利いた行動です」

 銀鏡は黙って知鶴の方を睨むように見据えているが、気にせず知鶴は続ける。

「訓覇先生を利用することによって得られる犯人にとってのメリットは二つあります。ポイントは訓覇先生をな方法で襲撃すること。この事件で被害者のうち銀鏡さん本人だけが生存したのなら、ひょっとしたら自分に疑いの目が向けられるかもしれない。ならば、この際もっと自作自演しやすい被害者を作ってしまおう。それなら自分の自作自演は目立たなくなる、と考えたんでしょう。そこで白羽の矢が訓覇先生に立ちました。もう一つは、訓覇先生は医者という立場から、犯行順序トリックを死亡推定時刻から暴いてしまうかもしれない可能性を懸念したからです。銀鏡さんと後藤さんで順序を入れ替えると、訓覇先生が法医学に長けている場合にそれを読まれてしまうかもしれない。そこで、大胆にも訓覇先生を襲うことによって、犯人は心配事を解消したのです」

「まじか。これが本当なら『メグ』さんってめちゃめちゃ頭ええな」訓覇が言う。犯人をたたえるなんてお門違いもはなはだしい。実際銀鏡の機転は素晴らしいが、ここは褒めるならそれを暴いた私だろう、と知鶴は訂正を求めたかったが、口には出さなかった。

「ちょっと、待って! 大事なこと忘れてない?」銀鏡が再び反論を開始する。「なかなか面白い推理ね。確かにいまあなたが言ったトリックなら、私にも犯行が可能かもしれないけど、後藤さんも相馬さんも彩峰さんも、かなり警戒心を持って部屋に閉じ籠っていたはずよ。鍵だってかけていたはずなのに、どうやって鍵を開けさせたの?」

「これについても憶測なので何とも言えません。ただ窓をノックしたら開けてくれた可能性もある。でもあなたはこの計画の綿密さから、このオフ会が始まる前から、そして始まってからもそれぞれの人物のキャラクターを細かく分析していたに違いない。疑り深い性格、楽天的な性格、心配性な性格、強がりな性格、警戒心の強い性格など十人十色ですから。だからノックしたらすんなり開けてくれそうな人もいれば、呼びかけてこちらが名乗っても開けてくれそうにない人もいる。相馬さんはどちらかと言うとおっとりした性格のようだから、窓をノックしてあなただと分かったら開けてくれたかもしれない。彩峰さんは強気ですが警戒心はどちらかと言えば強い方だと思います。ひょっとしたら彩峰さんが想いを寄せていた『ストロベリー』さんを引き合いに出したかもしれません。実は『ストロベリー』さんは違う人で生存していた、などと嘘をついて。その気になれば証拠の残らない客室電話を使って参加者どうし話すことだって可能だし、チャット画面から特定の標的ターゲットだけにメッセージを送って犯行後にメッセージを消去することだって可能です」知鶴はそう言って、一旦深呼吸する。

「後藤さんは? 彼だって次のターゲットにされるかもしれないと思ってビクビクしてたはずよ。それに、後藤さんみたいな大きくて体格のいい人を殺すなんて、私には絶対に手に負えないわ!」銀鏡は青筋を立てながら反駁する。

 ついに来たな、と知鶴は思った。この事件の最大の巧妙なトリック。普通に考えて、大柄で筋肉質そうな彼を、細身の銀鏡が一人で絞殺できるとは到底思えない。いや、ここにいる女性参加者は全員一人では難しいだろう。男性でも一人では難しいのではないか。また鍵のかかっていたであろう部屋で、警戒心を働かせている人物に部屋を開けさせる方法は完全に推測でしかない。

「確かに難しいですね。ひとつ訊きますが、銀鏡さんは後藤さんに接触したのは、彩峰さんの悲鳴を聞いてからですか? 生前の後藤さんに接触していませんか?」

「当たり前じゃない! そんなの!」さも当然のような顔で銀鏡は答える。

「では、今からあなたのを暴いてみせます。今回の事件でいちばん凝っているポイントではないでしょうか? 銀鏡さんがどうやって後藤さんを殺したかを」

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