第二十話 閃光(Flashy inspiration)

「死んでんな」変わり果てた彩峰の姿を見て確認するかのごとく訓覇は言った。

「じ、自殺かい? 先生」『ヒデタカ』はそのように問うたが、返事は返ってこなかった。

 ショックはあったが、不思議と悲鳴は上がらなかった。

 恐ろしいことに、一同は短時間に三名もの様々な手法であやめられた死体を見、気付かぬうちに慣れを生じさせていた。さらには首吊りという自殺を髣髴ほうふつとさせる死体を確認し、心のどこかで、眼前の死者が真犯人であり、もうこれで連続殺人事件は終わって欲しいという希望的観測も含まれているのかもしれなかった。

「取りあえず、下ろしてあげませんか。いくら自殺だといってもこのままでは気の毒ですから」そう言ったのは銀鏡だ。『クラタ』を除く一同は、賛同したかのような素振りを見せ、男性陣を中心にその死体をゆっくり床に下ろした。けいの全周にくっきり残った索状痕が痛々しい。後藤のときのそれとは異なりそれは鮮明であった。

「これ、彩峰さんのスマートフォンですか……?」

 弱々しい声で『ミホ』がテーブルの上のスマートフォンを指差す。銀鏡はそれを手に取り、画面をタップした。

「こ、これは……」銀鏡が呟いた。それと同時に他のメンバーもその画面を覗き込んだ。

 画面には『私がやりました。ご迷惑をおかけしてすみません。死をもって償います。アヤネ』と短く書かれていた。

「こ、これ、遺書ですか?」と『ワカバヤシ』が誰かに問うように言った。遺書と言うにはいささか短すぎるような気がしたが、文字を打つ時間があまりなかったのかもしれない。

 しかし、知鶴はどうしても違和感を感じざるを得なかった。

 なぜ彩峰が真犯人なのか。なぜ自殺するのか。なぜ彼女はわざわざ死神のコスチュームに変装するのか。

 そのすべてについて、合点のいく説明を見出せずにいる。納得が何ひとついかないのだ。確かに内部犯と考えたときに、彼女は正直すべての事件において唯一アリバイのない人間といえる。普通に考えれば彼女以外が犯人ではあり得ないわけで、彼女が自らの犯した罪にさいなまれ自殺というケジメの付け方を選んだと言えば実に真っ当な結論である。警察だって異論を唱えないだろう。

 しかしそれを取り巻く幾多ものファクターが、彼女を犯人とすることに待ったをかけている。

 第一に、彼女が犯人ならどうやって後藤の部屋を知り得たのか。これについては前述の通り、部屋割りのときに彩峰だけがいなかったことから生じる疑問点だ。

 第二に、彼女はわざわざ自分だけがアリバイのない時間を作ってしまったのか。これについては、途中まで『クラタ』と彩峰の二名にアリバイがないと思っていたが、相馬殺害のときに、皮肉にも知鶴が『クラタ』にレイプされていた事実が、『クラタ』のアリバイを立証してしまっている。結果的に、内部犯なら彩峰一人がアリバイのない唯一の人物となるのだが、何のアリバイ工作もトリックも用意せずに犯行に及んだというのはかつにも程があるだろう。

 第三に、彼女が犯人なら何故にわざわざ死神のコスチュームに扮したのだろうか。そこでターゲットにしていた『クラタ』と銀鏡を殺しきれず、逃げたと思いきや自殺。この短時間で自殺目的に首を吊ることは、あらかじめそのためにロープを吊るして用意しておかないと不可能である。つまり彩峰が犯人なら、最初から死ぬつもりで死神のコスチュームで現れたということになるが、それならば何のためにわざわざ死神のコスチュームに着替えたのか。最初から死ぬつもりなら、着替えずに彩峰のままで登場すれば良い。

 そして何よりも、生前の彩峰が知鶴の部屋に来たときの態度や発言がひっかかる。どう考えても、犯人の言動には見えなかったし、被害者達としんじゅうするような思惑は窺えなかった。

 おまけに、先程のスマートフォンに書かれた短い遺書について、彩峰なら『私』ではなくて『アタシ』を一人称として使用するかもしれない。

 以上より彼女は犯人ではなく、巧妙な手口にて真犯人に誘導され、殺害された上に冤罪を被った。知鶴はそう解釈するしかなかった。

「自殺にしてはちょっと変やな」訓覇は彩峰の身体をさいに観察しながら小さく独り言のように呟いた。知鶴にはそれが聞こえたが、他の者には聞こえただろうか。

 同感だ。知鶴は動機的な側面から、そして訓覇はおそらく法医学的な側面から、彩峰の死を検証している。

 そのとおりだ。彩峰の死が自殺ではないとしたら──。

 知鶴の中ではその仮定こそがこの事件の真相へと導いているような気がしてならなかった。

 こっそり、訓覇に知鶴は耳打ちした。

「あの──」

「えっ!?」そんなに驚くことがあるかという訓覇のおお袈裟げさなリアクションだったが、知鶴は気にしない。耳打ちで確認を急ぐ。

「自殺じゃないですよね?」

 訓覇はこくりと頷いた。そしてジェスチャーで、首の索状痕を指差した。でもあくまで声を出さないのは、ひとまず彩峰が犯人で自殺したと皆にそう思わせれば、これ以上の被害者は出ないかと思ったからだろう。もし彩峰が犯人でないとしたら、いたずらに皆を警戒させることになるし、真相を見抜いた訓覇と知鶴の命が狙われるかもしれないからだ。

 訓覇は知鶴の耳元でささやいた。

「これは他殺や。こんな傷が付くのは自殺ではちょっと考えられやん」

 訓覇の見やった彩峰の頸部には索状痕の他に、それに直交するような短い傷が複数あった。古くなさそうな傷だ。知鶴はそれを見て合点がいった。間違いない。これは自殺ではない。誰かによって仕組まれたのだ。

 つまり、真犯人はのだ。

 では、どのようにして。彩峰は鍵をかけて自室にこもっていた。どうやって鍵を開けさせたのか。いつ誰が彩峰を殺害したのか。死神となって現れたあのパフォーマンスの真意は何なのか。さらに最大の謎、どうやって真犯人はアリバイを手に入れたのか。六つの事件に共通してアリバイのない人間が彩峰以外にいないのだ。

 知鶴は事件に関して、重要な大前提を覆さないといけないような気がしていた。つまり、犯人であり得ない人間も真犯人である可能性まで戻らないといけないのだ。


 そのとき、ポケットの中で知鶴のスマートフォンがブルブルと振動するのを感知した。

 それは、夜中の一時を回っているにもかかわらず、メールの受信を知らせるバイブレーションだった。驚いたことに院長からのメールだ。『了解』というただそれだけの内容かと思っていた。しかし、そうではなく知鶴のメールに対する調査報告のようだった。しかも結構内容が長い。いかにも詳細そうだ。読む前から院長の交友関係の広さが口だけではなかったことに舌を巻く。

 皆の視線や挙動を気にしながらそのメールを読んでみると、思いも及ばないキーワードが複数羅列されている。『交通事故』、『同性愛者』、『遺書』、『ベリー類の名前を持つグループ仲間』などだ。おそらくは知鶴のまったく知らないところで、想像もつかない背景が展開されているのだ。その内容を読み進めていくうちに、知鶴は驚愕のあまり叫びそうになった。思わずその目を疑わざるを得ない。なぜなら、その事件で死んだはずの人間が、このオフ会に紛れていたからだ。

 一体どういうことだろうか。至極当然だが死者が蘇るはずはない。ということは、この人物は名前を偽って演じていることになる。なお、知鶴はこれまで一寸たりともこの人物には疑いを抱かなかった。おそらく多くの参加者達はそうであろう。

 この人には鉄壁のアリバイがある。いな、アリバイどころか犯人であるはずがないのだ。ところが、頭の中を一度リセットして一方でその人物が犯人であるということを仮定すると、不思議と説明のつくことも多いことが分かった。一見ごく普通に見えるが、参加者達を誘導する言動の数々。但し、もし犯人ならば、ものすごく巧妙な仕掛けを用意して今回の殺人に臨んでいることになる。

 一体どうやった。知鶴は、第三、第四の事件の皆の行動を仔細に思い出してみた。この二つの事件では彩峰以外の人物は一通りいた。つまり知鶴が疑うその人物は現場にいたことになる。つまりこの時点でアリバイが成立しているのだ。


 簡単な流れを振り返ってみることにした。

 昨夜、食堂に会した一同。あのときメンバーの緊張はほぐれかかっていた。訓覇、『ヒデタカ』、銀鏡、『ワカバヤシ』、知鶴は飲酒していたが、それまでの精神的疲労も相まってか訓覇は眠いと言った。千鳥足の訓覇を銀鏡が部屋に送り届け、寝たことを確認して銀鏡は戻る。次に銀鏡も眠いと言って部屋に戻る。

 二人が部屋で寝静まったのがきっかけのようになって、あのときの食事会はお開きになった。それぞれ部屋に向かうときに第三の事件が起こる。銀鏡の部屋から叫び声を聞き取り、扉から部屋に入った一同は、浴槽に沈めかけられた瀕死の銀鏡を発見し救出する。あのとき現場にいたのは『ワカバヤシ』、『ヒデタカ』、『ミホ』、川幡、『ソウマ』と知鶴だ。そして、あとから騒ぎを聞きつけて『クラタ』も現れるが一瞬で去って行く。

 そして部屋の中に置かれた果実を見て、一同は慄然りつぜんとする。ブルーベリーを黒塗りして、次は『ハックルベリー』すなわち訓覇が狙われると予告したのだ。

 このとき銀鏡の診察券から、『シルバーベリー』が銀鏡という本名だということが判明したと記憶している。

 そのあと、寝ている訓覇にこの事実を伝えに行き、注意を喚起してあげようという流れになった。このとき訓覇の部屋の鍵は施錠されていた。ノックしても応答はない。やむを得ず、外から訓覇の部屋を覗くと、床に横たわる訓覇の姿を確認した。このとき窓は開いていたので、外から入室した。

 最初は死んでいると思われた訓覇であったが、実はただ眠っているだけであり、現場に置かれた果実からスタンガンで襲われたことが示唆された。そして次なる殺人予告として『マルベリー』が置かれていた。

 しかしながら第五の事件で帰らぬ人となった人物は『マルベリー』ではなく、『グーズベリー』こと相馬であった。このとき現場に駆け付けたのは、第一発見者の『ミホ』をはじめ、『ヒデタカ』、『ワカバヤシ』、川幡、『クラタ』、訓覇、菓子オーナー、そして知鶴であった。


 一見、彩峰以外は成立しているようなアリバイ。不可能犯罪。

 そのとき再び知鶴に天啓とも呼べる情景が想起された。とある人物のちょっとしたことだが不可解な言動だ。もしや、この手法を取れば犯行は可能か。シンプルながらも大胆な方法だ。


 この一連の事件は、一人ではなく様々な人物の思惑が複雑に絡み合っている。オーナーや知鶴自身含めて十三名もの容疑者がいる。これらの人物を一人の人間が仕切るのは難しい。しかしこの大所帯の中で行われた犯行は犯人にとって、ときにその人数の多さがあだになる一方で、武器にもなり得るのだ。

 それが如実に示されたと言えよう。

 知鶴は悟ったように言い聞かせると、一つの結論を導いた。

 真犯人はあの人物で間違いない。


「あ、もう終わったから自分の部屋に戻っていいよな」と、『クラタ』が皆の同意を求めながらも、身体は廊下へ向いている。

「そうだな。死体と一緒の部屋にいるのは、あまり気分のいいもんじゃないな」『ヒデタカ』も、珍しく『クラタ』に同調した。しかし知鶴は待ったをかけるように、意を決して言葉を発した。

「み、皆さん、あのちょっと、良いですか?」

「何だ?」『クラタ』は不愉快そうな表情で知鶴を睨む。

「彩峰さんは自殺ではありません。犯人は別にいます!」

 力強く発した知鶴の大きな瞳はまっすぐ前を見据えていた。

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