マルベリーの独白(Mulberry's Monologue)

 勝った。

 俺は独りごちた。

 内心震えていた。しかし、ついにあざむき通すことができた。

 まんと猜疑心に満ちたこの『ミックスベリー・オフ会』。正直者が泣きを見る苛酷な世界なのだ。綺麗事など言ってはいられないのだ。

 彼には本当に悪いが身代わりになってもらったことに感謝せねばならない。信仰心などかけらもない俺だが、一回くらい供養はしてあげようと思う。

 しかし意外な結末を迎えたものだ。

 あの女が自害を謀るとは。

 俺にとっては誰が真犯人だろうが構わない。生きて帰った者が勝ちだと思っている。

 ただ、犯人の動機には心当たりがないわけではない。それはまっさんが何者かに殺されたときに薄々勘付いていた。だから俺はおのれを守る策を講じた。と言ってもこれは単なる偶然の産物である。それに気付いた俺はただ機転を利かせただけだ。

 しかし、この女は一体、あいつとどんな関係なのか。

 チャット上ではこの女は、俺らと同じで排他的な意見を述べていたではないか。

 しかも、自害するのなら何故、死神にふんして皆の前に現れたのか。俺はともかくとして、『メグ』と名乗った女をも襲った。

 そしてそもそも『メグ』や医者の先生を同列に襲う理由が見当たらない。もしこの殺人がフェイクで、油断させる目的でまだ犠牲者が増える可能性だってある。

 もしそうなら新たにカモフラージュする策を講じなければならない。俺は、ここに真犯人が誰かということよりも、他に犠牲者が出ることよりも、俺自身が生き延びることの方が大事なのだ。

 人は醜い。極限のシチュエーションでは、人は赤の他人の命の行方などまつな問題なのだ。こいつらだって善人ぶっているが、心の奥底ではいかに自分だけを守る方法を暗中模索しているはずだ。『タチカワ』は何か使命感のようなものを感じて謎解きごっこに興じているようだ。先ほどから再三再四考え込む仕草を見せている。

 でも、この事件は一人で解決できるほど単純ではない。きっと俺の知らないところで複雑な思惑が交錯し合っていると思う。俺は『タチカワ』が犯人ではないことを知っている。万が一『タチカワ』が真相に辿り着いても、それで俺の身が危なくなる可能性があればそれを阻んでやる。

 そう、この事件には絶対に秘匿されなければならない事実があるのだ。俺は肉体的にも社会的にも無傷で生還しなければならないのだ。それが俺の信念である。そのためにいかなる犠牲が払われることも、真相が百八十度げられることも、冤罪えんざいで誰かがあらぬ罪を被ることも厭わない。

 俺だけが助かれば良いのだ……。俺だけが……。

 そう、俺は心の中で呪文を唱えるように自分に言い聞かせていたんだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆


マルベリー(Mulberry)

 くわの実として知られる。地方によっては桑酒として果実酒の原料となる。その果実は甘酸っぱく、美味であり、高い抗酸化作用で知られる色素、アントシアニンをはじめとする、ポリフェノールを多く含有する。旬は4月~5月である。キイチゴの実を細長くしたような姿で、赤黒くなる。の幼虫が好み、その体毛が抜け落ちて付着するので食する際には十分な水洗いを行う必要がある。クワは落葉性の高木で、大きいものは15メートルに達するが、普段見かけるのは数メートル程度のものが多い。

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