第十九話 攪乱(Destabilizing effect)
知鶴は腰が抜けたように
不審者の出現に対し川上犬のシンの鳴き声すら聞こえなかったことに一瞬疑問がよぎったが、今はそれどころではなかった。
異変に気付いたのか、眠りについていた(あるいは閉目していただけかもしれないが)銀鏡、『クラタ』、『ワカバヤシ』、訓覇の四名も当然目を覚ます。
「誰なの!? あれ!」銀鏡も驚きの声を上げる。
死神は鎌を両手で縦に持ちながら、八名が身を寄せるロビーの中央へと無言でゆっくりと近寄ってきた。
「ちょっと、嘘やろ!?」男である訓覇もまた
一同は当然、
ただ、死神は明らかに特定の人間を見据えているようだ。鎌を持って再び近寄っていった先には、『クラタ』、『ヒデタカ』、川幡がいた。『ヒデタカ』は暖炉の近くにあった火かき棒を手に持って、果敢にも応戦する構えを見せた。
「アオイ! 俺の後ろに隠れておけ!」『ヒデタカ』はおそらく川幡に声をかけたのだろう。下の名前で呼んでいるあたり、『ヒデタカ』にも余裕がない。そして彼は彼女の正体を知っている。『ヒデタカ』は川幡の追っかけか何かだろうか。それにしては馴れ馴れしい呼び方だ。
しかし応戦しようとする『ヒデタカ』を無視し、その右方にいる『クラタ』に近寄る。
「お、俺は違う!」『クラタ』は死神に懇願するように情けない声を上げながら逃げる。死神は『クラタ』を狙っているのか、その衣裳ゆえ
「させるものか!」『ヒデタカ』は後ろから火かき棒を振り回すも死神に一歩届かず、その反動で転んでしまい床に伏してしまった。
「『ヒデタカ』さん! 危ない!」今度は知鶴が声を出した。思わず声が出たと言った方が正確だろうか。このままでは『ヒデタカ』が殺される。
しかし死神は『ヒデタカ』を
「ひゃあああ!」『クラタ』の叫び声が聞こえ、思わず知鶴は目を閉じた。しかし、なおも『クラタ』の声が聞こえる。間一髪で
「やめろ!」『ヒデタカ』は火かき棒を構えて、死神の向かうだろう先に遮るように対峙する。その眼光は死神を突き刺すほど鋭い。この男は、不気味な死神と命がけで張り合うつもりか。
しかしながら、死神は『ヒデタカ』に急に背を向けると、今度は逃げて行った『クラタ』に代わって近くにいた銀鏡の方に近付いていき鎌を振り上げた。
「『メグ』さん! 逃げろ!」訓覇が叫ぶ。死神の次の動きは明らかに銀鏡を狙っていた。
「させるか! この野郎!」
またしても『ヒデタカ』は立ち上がって今度は火かき棒で死神の足を狙った。火かき棒が死神の足に強く当たり、倒れ込みはしなかったが
逃げるつもりならなぜ客室の方に向かうのだろう。そんな疑問が知鶴の脳内をかすめる。と同時に、部屋の鍵は施錠しただろうかと、この期に及んで貴重品が盗まれないだろうかなどという不純な心配事をしてしまう。
客室へ繋がる廊下と食堂や厨房とを隔てる半自動の引き戸を抜ける。『ヒデタカ』と知鶴は廊下を走り、L字に折れる曲がり角を曲がったときだった。
T字路の分岐の先の方からガチャリと扉の締まる音が聞こえた。
「非常口か!?」『ヒデタカ』が咄嗟に判断をする。そしてほぼ同時に、分岐の向こうから菓子オーナーが出てきて顔を覗かせた。
T字路の非常口へと伸びる分岐の先に、先ほど死神が所持していた鎌が落ちていた。そして非常口の扉は閉まっていた。状況から死神はここから外へ出て行ったことが示唆された。非常口の外開きの扉を開けて確認した。開けた直後に、死神が襲ってきたらどうしようと、我ながら迂闊な冒険心に肝を冷やしたが、幸い待ち伏せされている様子はなかった。それどころか
あとからぞろぞろと先ほどまでロビーにいた残りの六名と菓子オーナーが集まってくる。
「だ、大丈夫でしたか?」銀鏡が心配そうな目で問いかける。
「大丈夫です。それより……逃げられた」『ヒデタカ』は苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
「でも、えっと、ここには1、2、3……、9。オーナーも含めて全員いるみたいやな」訓覇が人数を確認する。そして一つの可能性を提示した。「外部犯やったってことか!?」
確かにここには全員がいる。ロビーにいたときもそうだったと記憶している。状況から明らかに外部犯であることを示していた。知鶴は混乱した。
「いや、一人いない人間がいるぜ」と発言したのは『クラタ』だ。先ほど死神から逃げ惑っていたときとは異なり、冷徹かつ冷血な彼に戻っていた。
「──彩峰さんですか」銀鏡が淡々と答えた。
確かに彩峰は起こしにいったものの、その姿を現すことはなかった。確かにあと残るは彼女しかいない。
「彩峰さんが犯人?」知鶴は懐疑の念を抱かざるを得ず、思わず呟いた。それは先刻、知鶴の部屋を訪れたときの彩峰の発言から、到底そのように思えないからだ。
あのときの彩峰は、自分は殺されるのではないかと怯えており、その恐怖心ゆえ知鶴の部屋を訪れたのだ。
非常口から外に出る。先ほどは気が付かなかったが、よくよく見ると足跡が小刻みにしっかり残っている。その足跡は彩峰の部屋の窓の方へ向かって付いていた。瞬時にどこか違和感を感じた知鶴は、足跡に沿って彩峰の部屋の窓の方へと向かう一同を呼び止めた。
「この上を歩いてしまうと、犯人の残した痕跡がよく分からなくなります。この足跡を
「た、確かに『タチカワ』さんの言う通りやな」訓覇は同調してくれた。
一同は足跡から一、二メートルほど離れたところをぞろぞろと歩いた。でも死神の残したと思われる痕跡をあくまでも辿るように。足下は微かにぬかるんでいた。死神の足跡は、客室のいちばん先にある彩峰の部屋へと
「やっぱり、あの女か」と呟く『クラタ』はどこかしたり顔だ。
「窓、開いてます?」『ヒデタカ』が問う。
「はい、開いてます」『ワカバヤシ』が窓に手をかけることもなく答えた。どうやら窓が開けっ放しになっていたらしい。部屋のカーテンは閉まっていた。それをおそるおそる開けてみると、そこには信じられない光景が見られた。
変わり果てた姿の『ブラックベリー』こと黒岩彩峰の姿があった。彼女は首を吊っており、窓の付近の床には死神の装束が落ちていた。
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