グーズベリーの独白(Gooseberry's Monologue)

 殺人事件なんてはじめて遭遇する。しかも連続殺人事件に。

 こんな体験を実際にした人間は、世界にどれだけいるのだろうか。めちゃめちゃ貴重な経験をさせてもらっているのは間違いない。

 しかもクローズド・サークル。小説や漫画で読んだ世界そのままだ。

 ぞくぞくする。残念ならが僕は凡才だから、名探偵にはなれないけど。

 何とか、生き証人として元の世界に帰還したら、この体験談を綴ってやろう。

 今までの人生地味に生きてきたけど、脚光を浴びるときがやってくるのだ。

 被害者は四人、うち二人は死んでいる。犯人の目的は分からないが、少なくとも僕は今まで人の恨みを買うような人生は送ってこなかったはずだ。次の標的は『マルベリー』。一体それが誰なのかは分からない。分からないが、きっといつか行動に出るはずだ。

 死者が出るのは怖いが、連続殺人事件の生き証人として世間に語りたい。僕は元来自己顕示欲が強い人間なのだ。今までは残念ながら、自己顕示欲を満たすには程遠い人生を送ってきたけど。でも、これで念願が叶うのだ。

 今のうちに、これまでの事件の経緯を、記憶が定かなうちに書き留めておこうか。いつ証言を求められても正確に語れるように。

 おもむろに僕はパソコンを取り出した。まず、最初は『ストロベリー』が転落死するところからである。あのときは確か玄関にイチゴとラズベリーが置かれていた。

 僕は心の中で自問自答して確認するようにノートパソコンにタイプしている。

 大学で課せられるレポートはまったくはかどらないのに、このときは驚くほどスムーズに書き進められる。事件を後世に伝えなければ。使命感に取り憑かれたように僕はキーボードを叩いていく。

 しかし犯人は誰なのだ。それは全然分からない。

 僕は探偵を気取ることはしないし、そもそもそんな頭脳も持ち合わせていないが、やっぱり気になる。

 被害者は『ストロベリー』、『ラズベリー』、『シルバーベリー』、『ハックルベリー』。予定では次は『マルベリー』。少なくともこの五人は外すことができる。

 そして、襲撃された方法が今まですべて異なるのだ。これが犯人の美学なのか。僕は犯罪心理学を学んだことはないが、何かこだわりがあるのかもしれない。

 さらに、理解できないのは、襲撃方法がだんだん穏やかになっているのだ。最初は高所から谷底に突き落としたり、首を絞めたりという残忍な方法を採っている。結果として昨日の二人の被害者は死の転帰を辿たどっている。

 しかし今日の二人の被害者は死んではいない。浴槽で沈められた『シルバーベリー』は放置すれば死んでいただろうが、『ハックルベリー』に至ってはスタンガンだ。何のために襲ったのか分からないくらいだ。

 『マルベリー』はどうだろう。もっと優しい方法なのだろうか。

 アリバイだけで考えると犯行可能な人物は、今日現場にいなかった『クラタ』と彩峰だ。この二人のどちらかなのだろうか。しかしそれにしては納得のいかないことがある。

 お酒に酔って寝ていた『ハックルベリー』を襲撃するのは容易だが、他の犯行は少なくともパワーが必要だ。

 『シルバーベリー』の襲撃は、彼女を縛って浴槽に運び込まなければならない。いくら疲れて眠たいとはいえ、いきなりそんなことをされたら誰だって抵抗する。女性とはいえ全力で抵抗されたら簡単には実行できない。まさか眠らされていたのだろうか。

 『ストロベリー』の襲撃は、崖の近くまで行って突き落とさなければならない。でもあのときはまだ殺人事件の予兆などなかったので無警戒なら、油断させてそれをすることができるかもしれないが。しかし抵抗されたら、逆に『ストロベリー』に返り討ちに遭う可能性だってあるのだ。

 極めつけは『ラズベリー』の襲撃だ。体格のいい彼を絞殺するのは、華奢な人では不可能だろう。

 『クラタ』も男性にしては小柄であるし、彩峰は女性だ。二人が共犯であれば可能かもしれないが、そんな風には見えないし、それならば二人が揃ってアリバイがないのは不自然だ。

 やはり、オーナーが口走った外部の不審人物の仕業だろうか。あの菓子オーナーがわざわざ宿泊客を不安におとしいれる作り話をするとは思えない。あのオーナーだからこそ信憑性があるのだ。

 でもそれを否定する要素として、現場に果実が並べられていることだ。これはハンドルネームを知っていないとできない所業だ。

 まさか、今回来ていない『タイベリー』か『ヒマラヤンブラックベリー』が実はペンションに来ていて、内部犯に見せかけた犯行を行っているのか。それならアリバイは関係ない。もし屈強な男性なら、いずれの犯行も可能かもしれない。そしてハンドルネームの件も説明できるかもしれない。

 ちょっと試しに外を見てみようか。そう思ったとき窓をコツコツと叩く音が聞こえた。何だろうと思い、僕はカーテンを開ける。

 そこにはある意外な人物が立っていた。何でこの人が。しかもドアをノックするのではなくて窓を開けさせようとしているのか。さらに白い手袋をしているように見えた。

 せない気持ちを抱きながらも、その人物は屈託のない笑みを浮かべていたので、窓のクレセント錠を開けて、窓を開いた。

「ごめん、良いかな?」と言いながら、僕の返答を待つことなくその人は窓のサッシに足をかけてきた。しかもよく見ると小さなトートバックを肩にかけている。

 中に入るや否や、その人物は僕に簡単な質問をした。それは僕の呼称が本当にそれで正しいのかというものだった。質問の意図がよく分からなかったが熟考する暇もなく、正しいですと頷いた。

 すると、おもむろにトートバッグの中から何かを取り出した。ガラス製の大きな灰皿のようだ。不思議に思ったがそれについて思索にふける余裕も与えられず、結果的にそれが僕の人生の最期になった。

 なぜかその人物は思いきりその灰皿を振り上げて、僕の側頭部を殴打してきたのだ。しかも何度も何度も。

 すべてが信じられなかった。なぜ僕が狙われるのかも、その人が犯人であることも。

 薄れゆく意識の中、僕が最期に聞いた言葉は「さよなら。『マルベリー』さん」であった。


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グーズベリー(Gooseberry)


 日本名はセイヨウスグリ、マルスグリ、タマスグリ。大粒のヨーロッパ産をセイヨウスグリ(オオスグリ)、小粒のアメリカ産をアメリカスグリ(アメリカングーズベリー)、野生種をマルスグリなどとよんでいる。フランスではグロゼイユ・ベルト。ユーラシア大陸、北アフリカ原産でユキノシタ科スグリ属。樹高1メートル。果実が緑白色、暗赤紫色、大粒、小粒の種類がある。果実は他のスグリに比べて甘味があるので生食でも美味。サラダ、ジャム、アイスクリーム、シャーベットに果実酒と用途は広い。

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