ブルーベリーの独白(Blueberry's Monologue)
私には血縁の家族がいない。
いや、ただ『いない』と言ってしまっては語弊があるのかもしれない。正確には『いた』のだが、唯一の母親は病死した。そして実父の消息は知れない。幼少の頃に両親が離婚したからだ。今は母親が生前に再婚した苗字が私のファミリーネームだ。再婚した血の繋がらない父親は、母が逝去したのを機に疎遠になった。
兄弟姉妹はどうか──。
これについてはさらに悲しい事実を語らなければならない。
と言うのは、私には姉がいたのだ。ただし、複雑なことに父親違いの姉だ。その姉とは別々に暮らし育てられてきたため、一人っ子として私は生きてきた。
それでも私は兄弟あるいは姉妹という響きに
一人っ子というのは実に寂しいものだった。家に帰っても一緒に遊ぶ友達はいないし、話し相手は母のみだった。その母もシングルマザーでは当然働きに出ていることがほとんどで、学校にいる時間以外は大抵孤独に過ごしてきた。
そんな独りぼっちの私を勇気づけてくれたのは、ラジオだった。
テレビではダメだった。テレビでは、その画面の中のスタジオでもドラマの舞台でも、それらが映像化されると、明らかにこちらとは世界を異としているという現実を突き付けられるような気がしたのだ。
その点ラジオは、流れてくるのは音声だけだ。音声だけが聞こえてくるのは、同じ空間に自分以外の家族がいるように錯覚させてくれる。つまり寂しさから解放してくれるような気がするのだ。
そして、成長していつの間にかラジオの世界を夢見るようになる。たくさんの音楽を聴き、たくさん英語を学び、たくさんのニュースから雑学までを身につけていく。自分の声を搬送波に乗せて、一人でも多くのリスナーに聴いてもらいたい。そして若かりし自分のような孤独な子供たちに勇気を与えたい。そう切望し、その念願を見事叶えたのだ。ラジオパーソナリティーとしての人生の幕開けである。
その裏で、異父の姉を探し出す夢は諦めなかった。ラジオ局は様々な情報が舞い込んで来るところでもある。また不特定多数のリスナーからの応募もある。どこかで姉に繋がる有力情報は得られないか、とささやかな期待も抱いていた。
そんな私に飛び込んだ、姉に関するはじめてにして唯一の情報は極めて有力なものであり、そして非常に悲しいものだった。
焦がれ続けた姉は、投身自殺したという。そんな信じられないニュースが私の耳を
私は永久に、血の繋がりから絶たれた運命のもとに生まれてきたのだろうか。自分の定めを憎んだ。どうしてこんなことがあろうか。
そのニュースを深く掘り下げようとした。納得がいくわけがなかった。自殺なんて穏やかな話ではない。絶対に何かその原因があるはずだ。そして辿り着いた背景には、自分の宿命以上に忌むべき事件が潜んでいた。
キーワードは『ミックスベリー』。これはSNSのとあるコミュニティーの名らしい。この凶事とは一見無縁そうなフレーズが調査のカギだった。偶然なことに、私はそのコミュニティーの参加条件をばっちり満たしている。満たしているどころか、私の好物であり奇しくもブログのタイトルと一緒の『ブルーベリー』を名乗ることを許される環境だった。迷わずそこに飛び込んだ。私の姉に死を決意させたキーパーソンがそこに入るのではないかと睨んだ。しかし、あくまでも私はウェブ上では良好な人間関係を築き上げるべく、メンバーたちには友好的に接した。そちらの方が後々調査に有利に働くと思ったからだ。そして待ちに待ったオフ会という言葉。私の仕事は土日も関係なく入ることが多かったが、その連休だけは何としても休みをもらえるようにお願いした。いよいよ真相に近付くとき。私は武者震いしていたほどだ。
しかし、そこで見た世界は、死の連鎖であった。
これは起こるべくして起こった事件なのだろうか。怨念が渦巻いている。
オカルトや占いは信用しない性分だが、これは死んだ姉の
そんな邪念を払拭して現実的に考えてみる。これは閉鎖空間での出来事である。私はあまり読んだことはないが、ミステリー小説や漫画などで出てくるような、犯人が自分たちの中にいるとしか考えられない状況が
さらには、その死の連鎖は続くらしいというのだ。それは被害者に自分がなるかもしれないことを指す。
これまで絶息していった者たちは、死んだ姉と関係を持つ者たちだろうか。もちろん私は誰かの恨みを買った覚えなどない。姉の恨みだって買っていないはずだ。逢ったことすらないのだから当然だ。
しかし、ニュースなどを観ると、動機のはっきりしない無差別的なものや猟奇的なものもある。皆殺しだってあり得る。そうすればあれこれ考えても仕方がない。自分自身も殺害されるかもしれないという可能性も加わった以上、とにかく自分を守っていくしかない。誰一人信用のおけるものなどいないのだ。むしろ、画面上で心を許してきた仲間が、実は善人の仮面を被っていたことになるのだ。
今のところどうやら予告として、現場に置かれた果実のハンドルネームを持つ者が、次の被害者に選ばれる、という仮説が生まれている。それは第二の犯行を目撃する前から、その可能性もあるとして、『メグ』と名乗る女性から提唱されており、各々は、自分の身分を開示することを徹底的に拒んだ。中にはうっかり吐露してしまう者もいるが、それはアクシデントである。そして、いくら私自身が秘密にしてきたとしても、犯人にそれが分かってしまっては、次のターゲットに私が選ばれる可能性もあるのだ。
私の『ブルーベリー』というハンドルネームは、本名に因んでいる。そして実名も公開している自身のブログのタイトルは『ブルーベリーのハッピー備忘録』という。それなりの閲覧人数がいると思われるが、こちらは『ミックスベリー』の仲間には秘密にしていた。公私混同はあまり好きではない。それが今では幸いしている。
同じく、私がメディアに出てくる仕事を持っていることも内緒にしている。明からさまにテレビに出演したりするような売れっ子ではない。それでも、自分の声は聴く者を勇気づけると評判らしく、応援の手紙を頂いたりしている。
私がここに来て無口を貫いているのは、敢えてそうしているのである。もともとこんなに寡黙ではなく
できることなら、私のブログを削除してしまいたい。しかし、決して少なくないだろうファンの方々に予告なくそんなことはできない。しかも、幸か不幸か、私はローカルタレントだ。全国ネットなら危険極まりないが、私の声をスピーカー越しに聴いたことがあるのは、この中でもごく一部であろう。
とにかく、今は慎重になるべきだ。ぼろを出さないように最大限の注意を払わなければならない。一部の参加者たちは、警察が来られない状況で、何とか打開策を練ろうと頑張って、推理を展開しているが、私にはそれは
部屋に戻ってそんなことを考えていると、ドアをノックする音が聞こえた。私は恐怖で心臓が跳ね上がる。まだブルーベリーは次なる予告殺人のネクストバッターサークルに陳列されてはいないはずだが、それでもこの状況でいかなる出来事も百パーセント安心できるものではない。しかしノックの主は自分の名を名乗った。
「『ヒデタカ』です。失礼ですが──」『ヒデタカ』は私のオフ会での呼称を呼んで確かめている。
私はドアスコープで、その声の主が『ヒデタカ』であることを確かめた。もちろん凶器などを持っているような様子もない。もっとも、彼の声は高いので特徴的だ。今となれば良い意味で、緊迫感から解放してくれる、ちょっとした癒し効果があるのかもしれない。私の仕事に必要な性質であり、羨ましくも思える。
しかし、ここで居留守を決め込むか否かは迷うところだ。彼に悪意がなければ、出て応対したい。でもそれは分からないし、そうでなくても応対すれば、私の素性が判明してしまうかもしれない。でも居留守は本意ではない。迷った挙句、彼を信じた。正直『クラタ』なら応対したくない(と言っては失礼だ)が、『ヒデタカ』は悪い人には見えない。
解錠して、そっとドアを開けた。
「ごめんなさいね。どうしても確認したいことがあって……」
「何でしょう?」私がひそひそ声で応対すると、『ヒデタカ』も小声で言った。
「あなた、
私は、ドアを開けて応対してしまったことを心底後悔した。
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ブルーベリー(Blueberry)
ジャム、ヨーグルト、アイスクリームや菓子などに利用され、最近すっかりお馴染みとなったブルーベリーは、スノキ族の植物の仲で果樹として栽培されている数種の総称である。栽培品種の成木の樹高は1.5〜3m。春に白色の釣鐘状の花を咲かせ、花後に0.5〜1.5cmほどの青紫色の小果実が生る。果樹としての品種改良が進み、ハイブッシュ系、ラビットアイ系、ハーフハイブッシュ系、ローブッシュ系の交配により多くの品種が作出された。一部の品種にはアントシアニンが豊富に含まれている。
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