ラズベリーの独白(Raspberry's Monologue)

 とうとう実現してしまった。

 まっさんとソウちゃんと三人で発足したチャットグループ。

 まっさんはやり手だ。そして後輩思いだ。そしてどんな出逢いをも大切にする。

 優しいしイケメンだ。奥手だが女好きなソウちゃんのためにお膳立てもしてくれる。

 俺らにとって憧れの存在だ。


 チャットグループ『ミックスベリー』は立ちどころに大所帯となり、しかも連日素顔は明かさなくともネット上でたわいのない話ができる。とても楽しい。正直、ベリー類の話はあまりしていなくて、仕事やプライベートにまつわる世間話や芸能に関するニュースの話題が多い。今どきの女子たちはそういう話題にセンシティブだ。


 チャットグループ上でまっさんが提案してきたのは、男であることを悟らせない、ということだ。彼曰く、女性どうしというのは垣根が低いようだ。すなわち、男だらけのチャットグループに新規の若い女性は呼び込みにくいが、女性主体であれば敷居は低くなるというのだ。それは分からなくもない。かと言って、『女性』であると公表することは、あとで真実が発覚したときに心証が悪くなる。仲良くなるまでは性別を問われても『ヒミツ』にしてはぐらかしておくのだ。あくまで『男性』であることを悟らせないようにするのだ。一人称に『僕』や『俺』は使ってはならない。とは言っても、俗に言う『オネエ口調』を使用するわけではない。ごく自然に『です・ます』調の敬体を使えば、女性っぽくマイルドになる。敬体なら一人称に『私』を使っても、あとで『男性』でも丁寧な口調で『私』を使用することがある、と言い訳できるのだ。グループ名を『ミックスベリー』にしたのも、若い女性を引き込むための作戦だ。概して、ベリー類が好きなのは女性に多いと思われるからだ。アイコンも可愛らしくした。


 しかし、参加資格を女性限定にすると、発足した俺らが男であることが発覚したときに説明に困る。下心があると思われても仕方がなくなる。それはあまりよろしくない。それこそ心証を悪くする。

 本心では女性に限定して人を集めたかったが、それは上記の理由でまっさんに反対された。苦肉の策で、年齢制限と独身であることを条件に加えてもらった。まっさんは渋々といった反応であったが。


 それでもまっさんの読みは見事に当たった。今どきのトレンドに敏感そうな若い女子たちが集まってきた。もちろんベリー類好きの男子は、俺らみたいに存在するわけで、何名か男は釣られてしまった。それは仕方がない。

 しかし、集まってきた男は幸いにもSNSにおけるマナーをしっかりわきまえていて、女性に嫌われるような言動は決して取らなかった。逆に、俺らに代わってチャットを盛り上げたり、相手を褒めたり慰めたり労ったりするような、紳士的な態度のメンバーであった。男といえどもその存在はプラスの方向へと働いたのだ。


 そして、メンバーの思惑は、是非会って話をしてみたいという風潮へと傾いた。この全国に散らばっているだろうメンバーをどうやって集結させるか、この難題にまっさんは二泊三日という大胆なスケジュールを打ち立てた。これはいくらなんでも無謀ではないかと思ったが、俺の予想に反して、十四名中十二名が喜んで参加すると表明したのだ。これには驚いた。まっさんの求心力に俺は改めて驚かされた。

 俺が舌を巻いたのはそれだけではない。集まった女性陣が、挙って美人ぞろいだったのだ。こればかりは努力の賜物たまものでも何でもないのだが、それでもまっさんの力の果てしなさを思い知らされたのだ。

 そう。なぜなら、オフ会という名目で、俺たちは素敵な女性との出逢いを楽しみにして来たのだから。

 そして同時に、これはまったくの偶然なのだが、自分の名前が『ラズベリー』そのものであることにも感謝した。


 しかし、ここに来て予想外の出来事が起きた。初日からまっさんが行方不明なのだ。まっさんの提案で、初日の食事会まで、自分がいずれのハンドルネームなのかを明かさないようにしようという、また変わった提案をしてきたが、彼のことだからきっとちゃんとした狙いがあると思っていた。でもまっさんは時間になっても現れない。試しに、俺はスマートフォンを取り出して、それとなくまっさんに電話をかけようと立ち上がった。参加者の女の子が二人ほど、その行動を見ていたが、俺のスマートフォンには数字のロゴの入った鍵の形の特注のストラップがじゃらじゃらとぶら下がっているので、それが気になったのかもしれないけど。しかし、まっさんには繋がらなかった。最初はこれも、彼の意図による演出かと思ったが、他の参加者たちがバツの悪さに痺れを切らした。とうとう、皆で探しに行くと言い出したのだ。さすがに、ここまでは彼の演出ではないだろう。


 しかしながら外に出て見えた光景は、俺の想像をはるかに超えて恐ろしい結末であった。

 まっさんが谷底で血を流して死んでいるのだ。

 さらに橋が壊れている。橋が老朽化していて、まっさんが渡っているときに崩れ落ちたのだろうか。

 まっさんの気の利いた演出であって欲しいと心から望んだ。


 そう言えば、エントランスにイチゴが散らばっていた。イチゴは踏み潰されたかのように、緋色の果汁が床に滲み出ていた。これはまっさんの末路を暗示していたのだろうか。

 しかしこの後、さらにむべきの光景が俺の視覚を刺激することになる。玄関にばらまかれ潰されたイチゴの上方、靴箱の上にいかにも意味ありげに陳列されたとある果実。それがヨーロッパキイチゴ。つまり俺のハンドルネームでもある『ラズベリー』であることなど、このときは微塵も思ってもみなかったのだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆


ラズベリー(Raspberry)

 キイチゴ属に含まれる。日本名はヨーロッパキイチゴ、西洋キイチゴ。フランスではフランボワーズ。果実の色によって赤ラズベリー、黒ラズベリー、紫ラズベリーの三群に分けられる。果肉の色と粘りや、独特の香りが好まれ、ヨーロッパ、北アメリカやオーストラリアでもさかんに栽培されている。米国のワシントン州やオレゴン州では大規模に栽培され、収穫されている。エゾキイチゴをそれから作出された多数の園芸品種をまとめて、ラズベリーと呼んでいる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る