Ⅲ
34.突撃
姿を隠しながら旅すること数日、アルトたちはシュヴァルツ家の屋敷の前に立っていた。
まずフリックが、先日送った手紙の件で話がある、と伝えた。
門番は屋敷の中に消える。
しかし通してくれない。
アルトが顔を出して嘆願する。
門番がびっくらこいて再び屋敷の中に消える。
しかし通してくれない。
アルトは改めて手紙をしたためた。
「二通書くのですか?」
「うん。こっちは飛ばして、こっちは直接渡すよ」
翌日アルトは門番に一通の手紙を手渡した。
門番は憔悴したように屋敷へと消える。
しかし、通してくれない。
「ばかぁ!」
アルトは追い出された門の前で叫んだ。
「そっちの要求は飲むって言ってるのに!」
すると、パササ、と小さな伝書鳥がやってきて、もう一通の手紙の返事を渡した。
「ありがとう」
アルトはわざとフリックたちに見えないように中身を読んだ。それから首を振った。
フリックは憤りを隠せない様子だった。
「らちがあきません。私たちで正面から切り込みましょうか」
「絶対だめ」
「しかしここまで来たらば、どうでもシュヴァルツ公と会わなくては……」
くるる、とアルトの上着の中で鳴き声がした。
先ほどの小型と合体したフェリが、ひょこっと顔を出す。
「くるるる」
「え、連れて行ってくれるの?」
「くるっくー!」
「アルト様、いつのまに妖精と会話できるようになったんです?」
「え? フリックには分からない?」
「鳴き声にしか聞こえませんね……」
「そう? あのね、僕とフリックの二人なら、シュヴァルツのところに直接持って行ってあげる、だって」
「そ、そんな無茶苦茶な」
「いや、切り込むよりはマトモだと僕は思うんだよ」
フェリの能力なら、どんなに門扉をしっかり閉めていてもすり抜けてしまう。どこへ逃げようと追って行ける。
「ね、会いに行こう!」
「シュヴァルツ公と面会すること自体は、それで確かに叶いますが……。寝込みを襲いますか」
「そんなんじゃ僕が眠いし、暗くて話にならないから駄目。昼間に、もっと派手なのがいい」
「派手、ですか」
「あのね、みんなの前でね、シュヴァルツが絶対に逃げられないタイミングでね、ばーんっ!! って登場するの」
「いえ……大勢がいる場では御身が危険です。騎士よりも官吏が多い所でなくては、俺もアルト様をお守りできません」
「えー」
アルトが青い瞳でじいっと見つめると、フリックは早々と根負けして言った。
「……内政の会議の時にしましょう。軍議よりは騎士が少なく、官吏が多いので安全です」
「それ、いつやるか分かるの?」
「今晩、偵察に何人か潜り込ませて、明日、会議が始まったら合図をしてもらいます」
「わかった!」
ということで翌日の昼過ぎ、アルトとフリックは、巨大化したフェリに乗りこみ飛び立った。
ぎゅっ、と空間が縮む。
次の瞬間には、窓をするりと通り抜けて、三人は会議室に乱入していた。
アルトは目一杯に息を吸い込んで、叫んだ。
「こぉーんにぃーちはぁ──ッ!!!」
灰色の石でできた会議室は、大恐慌に陥った。
机とか椅子とか、諸々がひっくり返って、書類やインク壺が吹っ飛んだ。
「敵襲ですか!?」
「なんの妖精だ!」
「落ち着いて! おおおお落ち着けえ!」
ガシャーン、ドターン、バタバタバタ。
「静かに」
その一声で、官吏たちの動きはぴたりと止まった。
「はぁ……」
奥の席に座った男は、物憂げに溜息をついた。
「先日からこそこそと、何事かと思えば……今更、何の御用ですか。陛下」
陛下? と、家臣たちがざわめく中、よいしょ、よいしょ、とアルトはフリックの助けを借りてフェリから降りた。
「手紙に書いた通りです! 僕の家族を返して!」
「……」
「代わりに妖精を解放するし、税を軽くするし、戦争にも協力するよ」
「……」
「それが望みなんでしょ?」
「……」
「ねえ!」
シュヴァルツ様、とフリックはぴしりとした姿勢で言った。
「アルト様のお話を無視するおつもりか。無礼ですぞ」
「……無礼も何も」
やっと、シュヴァルツは声を発した。疲れ切ったような声音だった。
「私は陛下の御家族を眠らせたのですよ……今更礼を尽くす義理もない……」
「だから仲直りしようって言ってるんだよ」
アルトは一歩前に踏み出た。背後ではフェリが羽を広げて、駆けつけてきた護衛たちを牽制している。
「望みを叶えてあげるから、僕の家族を返して。それだけ!」
「……」
「僕が子供だからって馬鹿にしてるの?」
「……そうではない。しかし私は……陛下を信用していない」
「あーっまたそうやって! 話を聞かない大人だね!! 僕がこれだけ頑張ってるんだから、そろそろ助けてくれてもいいんじゃないの?」
「……何の話です?」
「シュヴァルツ様」
フリックが進み出て、これまでの経緯を説明した。
ブラウエンが敵に回ったこと。味方を集めて奔走したこと。アルトの望みは、家族に会いたいという、ただそれだけだということ。
「……本当に?」
「本当ですとも」
その時、バァン、と会議室の扉が蹴り開けられた。
「!?」
入ってきたのは、一人の妖精ダルク。
「おうおうおう、騒がしいと思って来てみりゃあ、面白いことになってんじゃねーか!」
「あ」
アルトは反射的に左腕を押さえたが、ぎこちなく笑顔を作った。
「シャーグ」
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