34.突撃


 姿を隠しながら旅すること数日、アルトたちはシュヴァルツ家の屋敷の前に立っていた。


 まずフリックが、先日送った手紙の件で話がある、と伝えた。

 門番は屋敷の中に消える。

 しかし通してくれない。


 アルトが顔を出して嘆願する。

 門番がびっくらこいて再び屋敷の中に消える。

 しかし通してくれない。


 アルトは改めて手紙をしたためた。


「二通書くのですか?」

「うん。こっちは飛ばして、こっちは直接渡すよ」


 翌日アルトは門番に一通の手紙を手渡した。

 門番は憔悴したように屋敷へと消える。

 しかし、通してくれない。


「ばかぁ!」


 アルトは追い出された門の前で叫んだ。


「そっちの要求は飲むって言ってるのに!」


 すると、パササ、と小さな伝書鳥がやってきて、もう一通の手紙の返事を渡した。


「ありがとう」


 アルトはわざとフリックたちに見えないように中身を読んだ。それから首を振った。

 フリックは憤りを隠せない様子だった。


「らちがあきません。私たちで正面から切り込みましょうか」

「絶対だめ」

「しかしここまで来たらば、どうでもシュヴァルツ公と会わなくては……」


 くるる、とアルトの上着の中で鳴き声がした。

 先ほどの小型と合体したフェリが、ひょこっと顔を出す。


「くるるる」

「え、連れて行ってくれるの?」

「くるっくー!」

「アルト様、いつのまに妖精と会話できるようになったんです?」

「え? フリックには分からない?」

「鳴き声にしか聞こえませんね……」

「そう? あのね、僕とフリックの二人なら、シュヴァルツのところに直接持って行ってあげる、だって」

「そ、そんな無茶苦茶な」

「いや、切り込むよりはマトモだと僕は思うんだよ」


 フェリの能力なら、どんなに門扉をしっかり閉めていてもすり抜けてしまう。どこへ逃げようと追って行ける。


「ね、会いに行こう!」

「シュヴァルツ公と面会すること自体は、それで確かに叶いますが……。寝込みを襲いますか」

「そんなんじゃ僕が眠いし、暗くて話にならないから駄目。昼間に、もっと派手なのがいい」

「派手、ですか」

「あのね、みんなの前でね、シュヴァルツが絶対に逃げられないタイミングでね、ばーんっ!! って登場するの」

「いえ……大勢がいる場では御身が危険です。騎士よりも官吏が多い所でなくては、俺もアルト様をお守りできません」

「えー」


 アルトが青い瞳でじいっと見つめると、フリックは早々と根負けして言った。


「……内政の会議の時にしましょう。軍議よりは騎士が少なく、官吏が多いので安全です」

「それ、いつやるか分かるの?」

「今晩、偵察に何人か潜り込ませて、明日、会議が始まったら合図をしてもらいます」

「わかった!」



 ということで翌日の昼過ぎ、アルトとフリックは、巨大化したフェリに乗りこみ飛び立った。

 ぎゅっ、と空間が縮む。

 次の瞬間には、窓をするりと通り抜けて、三人は会議室に乱入していた。


 アルトは目一杯に息を吸い込んで、叫んだ。



「こぉーんにぃーちはぁ──ッ!!!」



 灰色の石でできた会議室は、大恐慌に陥った。

 机とか椅子とか、諸々がひっくり返って、書類やインク壺が吹っ飛んだ。


「敵襲ですか!?」

「なんの妖精だ!」

「落ち着いて! おおおお落ち着けえ!」


 ガシャーン、ドターン、バタバタバタ。


「静かに」


 その一声で、官吏たちの動きはぴたりと止まった。


「はぁ……」


 奥の席に座った男は、物憂げに溜息をついた。


「先日からこそこそと、何事かと思えば……今更、何の御用ですか。陛下」


 陛下? と、家臣たちがざわめく中、よいしょ、よいしょ、とアルトはフリックの助けを借りてフェリから降りた。


「手紙に書いた通りです! 僕の家族を返して!」

「……」

「代わりに妖精を解放するし、税を軽くするし、戦争にも協力するよ」

「……」

「それが望みなんでしょ?」

「……」

「ねえ!」


 シュヴァルツ様、とフリックはぴしりとした姿勢で言った。


「アルト様のお話を無視するおつもりか。無礼ですぞ」

「……無礼も何も」


 やっと、シュヴァルツは声を発した。疲れ切ったような声音だった。


「私は陛下の御家族を眠らせたのですよ……今更礼を尽くす義理もない……」

「だから仲直りしようって言ってるんだよ」


 アルトは一歩前に踏み出た。背後ではフェリが羽を広げて、駆けつけてきた護衛たちを牽制している。


「望みを叶えてあげるから、僕の家族を返して。それだけ!」

「……」

「僕が子供だからって馬鹿にしてるの?」

「……そうではない。しかし私は……陛下を信用していない」

「あーっまたそうやって! 話を聞かない大人だね!! 僕がこれだけ頑張ってるんだから、そろそろ助けてくれてもいいんじゃないの?」

「……何の話です?」

「シュヴァルツ様」


 フリックが進み出て、これまでの経緯を説明した。

 ブラウエンが敵に回ったこと。味方を集めて奔走したこと。アルトの望みは、家族に会いたいという、ただそれだけだということ。


「……本当に?」

「本当ですとも」


 その時、バァン、と会議室の扉が蹴り開けられた。


「!?」


 入ってきたのは、一人の妖精ダルク。


「おうおうおう、騒がしいと思って来てみりゃあ、面白いことになってんじゃねーか!」

「あ」

 アルトは反射的に左腕を押さえたが、ぎこちなく笑顔を作った。

「シャーグ」

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