28.呪いの真実

「望みを聞いてくれるのですか?」


 アルトは恐る恐る尋ねた。


「わらわはもとは悪神。敗者の味方」


 ティラさまの声は落ち着いていて、聞くと安堵させられるような何かがあった。


「そなたはシュヴァルツにもブラウエンにも負けた。とうとうヴァイスフリューク家がわらわを恃む時が訪れたというわけじゃ」


「……」

「アルト様」

 フリックは珍しくおろおろしている。 


「わらわと愚兄が揃ってそなたを助けるなぞ、今しか無いかもしれぬぞ。早う、望みを申してみよ」


 ……ティラさまの言う通り、善神と悪神が双方ともアルトに協力してくれるというのは、いかにも奇妙な事態だった。

 そして滅多にないチャンスに違いなかった。


「僕の望みは、家族を取り戻すことです」

 アルトははっきりと奏上した。


「ふむ」

 ティラさまは笑んだ。

「素直で無欲だ。悪くない」


 それから、アルトが思いもかけなかったことを言い出した。


「ヴァイスフリューク家は、シュヴァルツ家と組むが良かろう」


 ?????


 はい?


 仇敵と組む?


 家族を呪った張本人と?


「嫌ですよ!」


 アルトは叫んだ。ティラさまは笑ったままだが、アルトにはその笑みが得体の知れないものに見えて来た。


「シュヴァルツは敵です。カタキです」

「──それで?」

「だから、反乱を鎮圧して」

「それで呪いが解けるのか?」


 アルトは固まったし、フリックもそうだった。


「シュヴァルツを誅伐することと、呪いを解いてもらうことは、あまり関係が無いように思うがの」

「……かっ、勝てば、言うことを聞かせることができます」

「奴らを誅伐しても、そなたの家族は戻って来ない」


 ばっさり言われた。


「そんな」

「そなたは何故シュヴァルツが起ったか知らんのか。何故、呪いなどという方法を取ったのか、考えなかったか」

「何故って、ヴァイスフリューク家の支配を揺るがそうと」

「まあ、それも多分にあろうが、それ以前の問題じゃ」


 以前? アルトは首を傾げた。

 反逆に他の目的があるとでも?


「幼いそなたの耳には入らなかったか。奴らにはがある」


「……要求」


「黒い森は王家に対し、とある要求を続けてきた。王家はその要求を論外とみなし、頑として受け入れなかった。ただただ要求を退けさせようと、税をきつくし、労役を課し、特定の者を差別した。黒い森はそれをやめさせようと抗議する。王家はそれを押さえ込む。泥沼じゃ。遂に黒い森は非常手段に出ることにした」

「それが呪いですか」

「そう──ただしその呪いには発動までに猶予が設けられていた。王家は、、要求を飲み、税を軽くすること。そうでなければ眠らせる、と。そうやって、強引に交渉する手に出たのだよ」


 アルトは、指先が震えるのを感じた。


 父上は、それでも黒い森の要求を却下し、自力で呪いを退けようとした。そして失敗したのだ。


 どれほど酷い要求だったのだろうか。

 でも、眠りの呪いよりはマシな内容のはず。そうでないと脅しの意味がないもの。


 父上──。


「その要求とは、まさか」

 フリックが口を開いた。ティラさまは頷いた。

「そのまさかじゃな」

「え、なあに、フリック」

「俺は下っ端だったから、少ししか事情を知らなかったんだが……フェリクス様……何ということを」

「何、教えて」

「その話は後じゃ。今はわらわの話を聞けい」


 命令された。

 アルトはフリックに縋りついていた手を下ろし、姿勢を正した。


「……はい」

「呪いは発動した。この時、黒い森の計画は第二段階に移った……ふふ」


 ティラさまは何故か小さく笑った。


「?」

「元々シュヴァルツはブラウエンと密通していたのだが」


 ??????


 はい??


 アルトの混乱を他所に、ティラさまは話を続ける。


「有力諸侯であるブラウエンを後ろ盾に、政権を握るつもりだった。そなたが生まれてからは、そなたも眠らせるか、或いは傀儡の王として操るかするつもりだった。

 しかしブラウエンはシュヴァルツを裏切って戦争を始め、更にはそなたの暗殺計画まで企ておった。

 ブラウエンにとってシュヴァルツは、王家を蹴落として自らがのし上がるための道具に過ぎなかったという訳じゃ。シュヴァルツの二つ目の計画も、こうして崩れ去った」


「待ってください、ブラウエン家が……密通? そして裏切った……?」


 ティラさまは軽く首肯した。


「二重の裏切りじゃな。ヴァシリー・ブラウエンは、フェルナンド・ブラウエンの容態の悪化を理由に、そなたの姉の十八の誕生祝いに参列しなかった。しかしそれは建前じゃ。予めシュヴァルツと示し合わせて、自分は呪いにかからないように動いていたのじゃよ」

「……!」

「他にもシュヴァルツと通じていた者はおるぞ。生き残りの中の何名かはそれじゃ」

「……ティラさま」

「何じゃ?」

「ちょっと、座っても、いいですか」


 衝撃が大きすぎて立っていられない。

 許可を得てそばにあった岩に腰掛けた。フリックは律儀に立っていようとしていたが、ティラさまに頭の怪我を指摘され、結局アルトの隣に座った。


「あのう、ティラさま。緑の丘の公爵たちも、もしかして」

「あぁ、ヴェルティス家とその取り巻きか。そうじゃな。彼らがシュヴァルツと通じていたことは、そなたも知っておろう」

「知ってましたけど……まさかそんなことだったとは」


 アルトは長い溜息をついた。頭がくらくらする。


「何で僕は知らなかったんだろう」

「そりゃあ、王家を裏切るなどという情報は念入りに秘匿されるものじゃよ。それにそなたは子供じゃからの。そして愚兄は情けのないことに力を無くし、わらわのように喋れなくなっておった。しかもわらわのようにシュヴァルツ側の事情に詳しくない。こやつは勝者の側にしか通じておらんのじゃ。役に立たん神じゃな」


 途端、ティラさまの後ろから、ピィピィと何かを抗議する声が聞こえてきたが、アルトには何を言っているのか聞き取れなかった。


「だからこの間抜けな兄は、わらわを頼るようにとそなたに伝えたのじゃな」

「セウェルさま……」


 ピィピィ。


「さて、本題に戻ろう。話は簡単じゃ。家族を取り戻したくば、シュヴァルツと組め。奴らの要求を聞き入れ、その代わりとして呪いを解いてもらうのじゃ」

「……はい」

「あとは好きにすれば良い。丁度そなたもシュヴァルツも、ブラウエンを敵としておる。都合が良かろうな」

「あ……」


 確かに。シュヴァルツと組めば、アルトはたちまち勝ち組になる。


「さて、わらわもちと喋りすぎたな。休むとするか」

「待ってください。結局、要求とは……」

「ああ、その話か」


 ティラさまはフェリの背中に手を置いた。


「妖精の解放および待遇改善。もしくは黒い森の独立じゃ」

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