15.探検隊がゆく



 たまには遊んでおけ、アルト。


 そんなことをスーザンは言ってきた。晩御飯の時のことだ。


「遊んでなんかいられないよ。僕は忙しいもの」

「とかいって、本当は遊びたいんだろ?」

「遊びたくないよ」

「ははは。まさか」

 スーザンは持ち前の鋭い目つきでアルトを見た。

「アル坊の嘘は、まだまだだな」

「……むう」


 確かに、「遊びたくない」は言い過ぎた。ただ実際問題として、遊ぶ暇はないし、おもちゃもない。


「おもちゃ? ブラウエンのを借りればいいだろ。あとは買ってもらうとかさ」

「それはなんか……言いづらい」

「ふうん?」


 スーザンは肉をもぐもぐやりながら、何か考える素振りを見せた。


「そんなら、あたしがいる間、責任持ってもてなしてくれないか。昼休みとかでいいからさ」

「え、いいけど……」

「よろしく」


 こうしてアルトの日課が一つ増えた。


 ***


 もてなす、とは何をするのかと身構えていたが、「屋敷の探検に行こう!」という礼儀もへったくれもないものだった。

「アルトが探検隊長で、あたしが書記な」

 というわけで数日に渡って屋敷の中を案内する。それが終わると彼女は「外行こうぜ!」とアルトを庭へ引っ張り出した。


 “もてなし”と称しつつも“遊んでもらっている”のが実態であることは明らかだったが、アルトはありがたくスーザンの厚意を受け取ることにした。

 思わぬ恩恵もあった。屋敷に隠し通路が見つかったのだ。

 部屋の壁の一角に、仕掛けはあった。


「いやぁ、うちにも似たような隠し扉があってさ……。って、姉さんとサムエルには内緒な」

「うん」

「つーか、ちょっと狭いなコレ」

 小声でそうぼやきながらもスーザンは薄暗い階段をするすると先へ進む。アルトは言うまでもなく余裕である。

 やがて行き止まりになった。

「また隠し扉とか無いの?」

「ちょっと待ちな」

 スーザンは壁に耳を押し当てた。

 それからまた、壁を叩き始めた。十回も探ると、扉らしきものが音もなく開いた。

「わ、眩し」

 目を細めて前を窺う。遠くに見える冬枯れの森、踏みならされた土──つまり、アルトが外周を走る時に通る場所だ。

「ふわあ……」

 大した距離を移動したわけではないのに、冒険した気分だ。

「な、面白いだろ、探検」

「うん」

 アルトの頰は自然と緩んでいた。


 ***


 そんな感じで、アルトの日常は充実し始めていたのだが、戦の出発の日にちは着々と近づいてきていた。

 アルトは王様だし、サムエルも成人していないので、今回は見送る側である。二人で稽古をしながら、会話といえば先輩方を案ずることだった。

 決して、全員が無事では帰れないだろうと思うと、胸の内が暗い靄に包まれる。


 フリックは、アルトのそばを離れてしまうことを気にしていた。

「僕、フリックにはここに残ってもらえるように、伯父様に言ってみたんだけど……」

 人手が足りない折、優秀な騎士長をおめおめと置き去りにはできない。アルトに残された数少ない直属の騎士たちも、多くが戦地へ向かう。

「このフリック、きっと手柄を上げ、生きてアルト様のもとへ帰ります」

 彼は毎日のように励ましてくれる。だがこの頃はアルトも戦争へ行くことの意味が身にしみてきて、申し訳なさで全身が竦む思いだった。

「ごめんね。フリックが、し……死んじゃったら、僕のせいだ」

「死んだりなぞしませんよ、アルト様。それに、そいつは言わない約束です」

 フリックは跪いて、俯いた主人の目を見上げた。

「気にかけて下さるだけで、兵士たちとっては支えになりましょう。みな、アルト様の国づくりのために、命をかけてるんですから。きっと喜びます」

「国づくり?」

「いかにも」


 アルトは、考え込んでしまった。


(僕は国のためじゃなくて、黒い森に仕返しをしたいだけじゃ……?)


 いやいや、死地に向かう騎士に対して、とてもそんなことは言えない。

 だからアルトは“もてなし”中に、こっそりスーザンに相談した。


「ふむ」

 スーザンは別の通路を探すために、書斎の本棚を点検していた。

「それ、兵士には言うなよ」

「言わないよ」

「ならいい。アルトの本心がどうかってのは、ひとまずおいとこう」

「え?」

「知りたがりのアル坊は、キッチリ説明しねーと納得してくれそうにないからな。よっと!」


 スーザンは本棚から二冊の本を取り出して、くるりと振り返った。


「いいか。国王の政治を邪魔する奴を懲らしめる、というのは、立派な国政だ」

 ……まあ、確かにその通りかも知れない。アルトが頷いたのを見て、スーザンは続けた。

「今ソルラントの政治は新しくなってる。新しい国王がナメられないためにも、ここで一丁、見せしめに政敵をぶっ潰す。これが今回の戦の目的だろ?」

「そう、かも」

「大げさなことを言うと、世間一般でいう道徳だとかは気にしない方がいい。政治のためには意地悪をしなきゃならない時もあるんだし、仕方がない。──みたいなことが、この本には書いてある」


 スーザンが右手に持った書物を投げてよこしたので、アルトは大慌てで受け止めた。

 大きい。中身をめくってみたが、読める単語がそもそも少ない。困り果ててスーザンを見上げると、彼女はまた別のことを言い始めた。


「で、アルトの感情が政治に影響するのもやっぱり仕方ない。この国はアルトのものだから。だいたい何をやっても、成功すればアルトが善になるんだよ」


 アルトは首をかしげた。

 そんな話をどこかで聞いた気がした。気のせいだろうか。

 だがそんなことより、スーザンの話には腑に落ちない点があった。


「それって、例えばスッゴク悪い人が王様になっちゃったら、みんな大変な思いをするよね」

 スーザンは細い目をやや見開いた。

「アルトは、賢いなあ。そんでもって、優しい」

 そう言われて悪い気はしない。が、照れ笑いをする間も無く、彼女はもう一方の書物を、幾分そうっと放り投げた。

「わわわ」

 手加減とかいう問題ではなく投げないで欲しいのだが。アルトの非難の視線に気づかぬふりで、スーザンはまたも口を開いた。

「うん、悪い奴が王様になることもある。良い奴だって、無茶苦茶をやることはありえる。感情に任せすぎるのも、道徳に背きすぎるのもよくない。無茶苦茶な政治を防ぐために、会議を開いて色んな奴の意見を聞くんだ。って、その本には書いてある」

「ふうん……」

 二冊は同じ政治の話なのに、違うことが書いてあるらしかった。ずしりとした重みが、腕にのしかかってくる。

「難しくて読めそうにないや」

「今はいいんだよ。大きくなったら読みな」

「分かった」

「で!」

 スーザンが急に大きな声を出したので、アルトは危うく本を落っことしかけた。

「今回の戦も、会議で決めたんだろ? だからこれは、アルトの感情だけで決めちゃいない。アルトばかりに責任があるわけじゃないんだよ」


 アルトはよく記憶を掘り返してみた。

 フリックやシュロットは、それぞれの理由から、戦争をした方がいいと言っていた。ヴァシリーも、熱心に戦争を勧めていた。


「なるほど……」

「だから、あんまり気負いすぎるなよ」

「うん……」

 スーザンは、アルトが抱えたものを本棚に戻した。と思ったら、棚が、蝶番のついた扉のようにガコンと傾いた。

「あ」

 奥の方に、薄暗い空間が見える。

 おいで、とスーザンはアルトを招き寄せた。

「アルトはさ、いい王様になると思うよ」

 彼女は言って、棚をぐいっと押しやった。

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