6
巨大迷路さながらの東京駅でしこたま迷った挙句、俺と葵条はなんとか新幹線乗り場に辿り着く。途中から手をつないでいたがこれははぐれるとまずいからであって他意はない。断じて。
京都行きの新幹線は七時十分発。口座から引き出した金で乗車券を買い、乗り込むとすぐ発車した。あぶねー。二つ並んだ席に座り、俺は碧い瞳を期待で輝かせる葵条に自分のことをどう話したものかと悩む。
いや、どう話すもクソも俺はほんとうのことを言うつもりでいるのだ。この状況を説明する筋の通った嘘なんか用意できない。ただ真実はあまりに荒唐無稽で、悪質な冗談だと思われても仕方なかった。魔法少女? 戒獣? ノーウェイ。
それでも結局、俺は自分がホラ吹き野郎と看做されることについて覚悟を決める。人の世の理を外れた力を用いる者として、これは当然払うべき代償なのだろう。万理は社会に認められた異能者だったが、あいつはあいつで別の代償を払い続けた。それも自ら進んで。俺も少しはその崇高さを見習わなければならない。
「それじゃ、玄野先輩。あなたの正体を教えていただけますね」
人に話すことなどないと思っていた記憶。
「……夢か、創作だと思って聞いてくれればいいけど……」
言い訳がましい前置きがつい口をついて出る。しっかりしろ俺。さっそくヘタレてんじゃねえよ。
「実を言うと俺は、この世界の人間じゃない」
「いきなりものすごい展開で始まりましたね」
「どうする? 興味がなければやめてもいい」
「興味あります。ぜひ続けてください」
意外と聞き上手な葵条に促され、俺は話した。
迷い、悩み、自分を省みながら、話した。
「俺の主観では、五年前のことになる――」
戒獣のいた世界。
「人間の恐怖を喰って、自分の存在確率に変える奴らだ――」
家族を喪い、空っぽの冷笑家に成り下がった玄野一宇。
「あいつは――魔法少女だった――」
顕月万理との出会い。オラクルという存在。
「利用されて、消費されながら、万理は戦い続けた――」
激化する戒獣との戦い。政治。壊れゆく魔法少女。
「それから最後の日まで、あいつは泣かなかった――」
プロフェテスについてはどこまで話すべきか迷ったが、結局は葵条新葉その人であったことも含めて洗いざらいぶちまける。胎児が出てくるくだりで葵条は一度だけ身を震わせた。しかしすぐに「続けてください」と言ったので俺はそうする。
葵条はずっと真摯に聞いてくれているように見えた。実際どう思っていたかは解らないが、その態度が俺を少し勇気付けたのは事実だ。
新幹線はそのスピードに比して信じがたいほど静かに走る。窓外は既に関東を遠く離れて、見知らぬ丘陵と田園の中。時計を見ると乗車から一時間以上が過ぎていた。車両が加速するのと一緒に時の流れまで加速したみたいだ。相対論的速度のロケットで飛んでいる人間は外界の時間から取り残されるという話を思い出す。教えてくれたのはたしか父だった。
「あいつは言った。今度こそ、選択を迫られるかもしれない――」
つっかえたり時系列を前後させたりしつつ、今年一月の戦いが終わったあとのことまで、休憩なしに喋り続けた。俺の話というより万理の話だ。あまり感傷的に語らないよう気をつけてはいたが、思った以上にキツい。ただ記憶を語ることがこんなにも胸を締め付けるのだと知る。
「玄野先輩……」
「ああ、ごめん、待って。笑っていい。呆れてもいい。けど、最後まで話させてくれ。頼む」
人に自分の話をする、とりわけ秘密を話すというのは気持ちがいい。カタルシスがある。だからこそ日常生活では自重しなきゃならない。自分のことばかり話してる奴は他人にとってたいてい不快だ。万理の秘密でさえ時々俺を暗鬱な気分にさせた。それでも聞き続けたのはあいつのためにそうしたいと思ったからで、他に何もできなかったからでもある。
自重。自制。解っているつもりだったのに、いざ自分がこうして話す立場になると俺はノーカットノンストップで暴走してしまっている。葵条が大人しく聞いてくれるのをいいことに甘えているのだ。助けたいと思った後輩に。まったく。
「もうすこしで終わりだから」
「だいじょうぶです。ぜんぶ、話して……」
葵条の声に励まされて、俺はまた小さな勇気をふるい起こすことができる。
思い出さないようにしてきた。
あえて思い出すまでもなかった。
脳裏にこびりついた、最後の夏。白い光の中に消えた笑顔を思い出しながら、俺は他人を受け皿にして、語る。
「八月六日、九番目の戒獣が
戒獣“アインシュタイン”は軌道から降りてこなかった。
あまりにデカすぎて、軌道上に留まった方が地表からよく見えるのだ。降りる意味がなかった。
アインシュタインの外観は鉛直長およそ二千キロメートルの円錐二つ。頂点を向け合い、一個の砂時計となって地球の周囲を公転している。透き通る円錐の内側には星雲だか銀河団だかのような光が無数に渦巻きながら対流していて、非常に美しい。
月を凌ぐスケールの割に質量は小さいらしく、地球に潮汐力で影響を及ぼすようなことはなかった。それどころか八月六日の
地上での被害らしいものと言えば、第九戒獣のあまりの巨大さ(見かけ上)に今度こそ世界が終わると思い込んだ人々が世界各地でパニックを起こして死傷者や廃墟やスクラップを量産したことくらいだが、これを戒獣の攻撃と主張する真似はどんな恥知らずもさすがにしなかった。他には――アインシュタインが太陽の前を横切るせいで、一日に数十分程度、円錐を透過してきた太陽光が変な色に散乱するのを日照権の侵害と言うことは可能かもしれない。この件で戒獣を訴えた奴がいるかどうか俺は知らないが。
そのうち、もしかしたらあのデカブツはやたらと目立つだけで実は無害なのでは? とみんなが考え始める。理屈には合っていそうだった。戒獣が存在確率を維持するためには、観測者つまり人間の注意を惹きさえすればいい。何もしなくとも存在を意識させられるなら、別に人間を怖がらせる必要はないしそのために都市を襲撃する必要もない。
希望的観測が出始める。あいつは放っといてもいいんじゃないか、ひょっとすると共存さえできるんじゃないかという楽観視。もちろん何かされるまえに先制攻撃で叩き潰すべきだと主張する向きも多かった。防衛省には連日メールや電話が殺到し、オラクルを出動させてあれを殲滅しろだの早まるな静観しろだのと哀願から脅迫まで様々な市民の声がオペレーターたちを苦しめた。
そして何事もなく迎えた八月十五日。
終戦記念日に、政府はアインシュタインへの攻撃を決定する。主戦論が勝った形だ。第八戒獣ローゼンのやりたい放題は世界中にパラノイアックな恐怖と憎悪を植えつけていた。万理自身は静観論者だったが、強硬に反対する理由も持ち合わせていないので結局は民意に従う。つまりは“空気”に。ヒーローは空気を読むのだ。
万理は飛んだ。世界が見守る中、不気味に沈黙する砂時計へと肉薄し、必殺魔法エーテル・デストロイヤーを放つ。
永遠が世界をとらえた。
気がつくと朝になっていた。
人々は奇妙な既視感を覚えつつベッドから起き出す。外で犬が吠えている。窓の外、空を見上げる。砂時計。――なんだ、オラクルの攻撃は失敗したのか? それにしても自分はいつ寝たんだろう?
誰もかれも記憶が飛んでいる。夢でも見ていたのだろうかと訝る。そしてテレビを見る。あるいはカレンダーを、新聞を、携帯電話を、時計の日付表示を見る。
八月六日。
外が騒がしくなる。衝突音。破壊音。車のクラクションと人間の悲鳴。テレビ画面の中でニュースキャスターたちが呆然としている。一週間前に読んだはずの新聞をポストから取り出し、人々はわけもわからず右往左往する。――どうなっているんだ。さっきまで八月十五日だったのに。これはまだ夢の中なのか?
正常な記憶力を持つ全人類が、八月十五日までの記憶を持っていた。
だが人間たちの記憶以外すべてが、その日を八月六日だと語っていた。
官給の自宅で目覚めた万理はさっそく日付の異常に気付く。窓から飛び立ってそのまま新宿の防衛省庁舎へ出頭し、こちらも慌ててやってきた統合幕僚監部の面々と門前で鉢合わせた。椅子と机のセッティングもままならず緊急会議が行われるが、情報が足りなさすぎるので漠然とした方向性ぐらいしか決められない。この混乱は敵の攻撃によるものなのか? だとしたらどういう性質の攻撃か?
最終的には作戦責任者の村瀬陸将が攻撃の一時中断を提案し、一同のコンセンサスを得る。地上の状況も敵の能力もまったく把握できていない現状では、戒獣の殲滅よりも事態の収拾を優先すべきという判断だった。万理もその場で再攻撃なんかするよりはそっちを支持した。
警察や自衛隊がそれぞれ出動していって治安回復にあたる。そして首相官邸に情報が集まり始める。地球上から、どうやら八月六日の朝以降に生み出された印刷物や映像や雑貨や食品や命さえもが消え失せていた。ネット上の書き込みはある時点からのログが残っていない。陶芸家の捏ね上げた傑作は土塊に還った。生後十日以内の新生児は母親の胎内に戻っている。のみならず、壊れたものは復元され死んだ生き物は命を取り戻していた。空けてしまった五十年物のワイン。広島市の平和祈念式典特設会場。車の運転中に子供を避けようとして事故死した老人。すべて六日朝の状態に戻っている。
これだけでも充分パニックに値する。そこへ、地球の夜の側にある天文台や衛星軌道上の宇宙望遠鏡からの報告が上がった。
地球から見た全天体の配置が、十日分過去にずれている。
天球上の星の位置関係は、地球の公転だけでなく惑星の摂動や太陽系自体の運動にも影響されて決定する。その法則は複雑をきわめ、厳密に同じ星配置というものは二度と巡ってこないと言ってもいい。少なくとも十日や一カ月や一年以内に再現されることは絶対にない。時が未来へ向けて進む限りは。
否定のしようがなかった。
集団幻覚でもなければ単なる情報改竄でもない。実際に、世界は二度目の八月六日を迎えていたのだ。
時空回帰。
戒獣アインシュタインの固有能力はそう呼ばれることになる。時間軸を捻じ曲げ、過去のある一点へと「現在」を繋げる能力。森羅万象の運動を、自分が
生物の記憶の連続性だけを残して、宇宙の時間が戻っている。科学者たちが確信をもって結論するころには、世界はもう二十回以上にわたって八月六日の朝を迎えてしまっていた。経過日数は正確には不明だが、二百日以上は確実に経った。長すぎる八月。しかしこれすら幕開けに過ぎない。
万理は幾度となく内閣総理大臣の命を受けてアインシュタインに攻撃を仕掛けた。様々な作戦が立てられ、この異常事態に諸国の軍隊、企業、その他法人が協力を惜しまなかった。が、一度として成功はなく、万理がエーテル・デストロイヤーを発動しようとするたび世界はリセットされた。
じゃあ攻撃しなければいいのか、と人類は静観を決め込んでもみる。が、八月三十日の午後になると今度は何もしていないのに結局時空回帰が起こる。これも同様のループを数回経て、完全に同一のタイミングすなわち八月三十日午後二時四十三分五十一秒に回帰が発生していることが確かめられ、楽観主義者たちが抱いていた共存の希望を見事に打ち砕いた。タイムリミットがあるのだ。ついでにあらゆる平和的意思疎通の試みも徒労に終わる。巨大な砂時計はただ超然と地上を睥睨するのみで、徹底的に没交渉だった。
結論、攻撃すればその場で六日朝まで時間を戻される。攻撃しなくとも三十日の午後になれば、やはり六日朝まで時間を戻される。殲滅不可能。マトモな意味での共存も不可能。全宇宙を二十五日間のループに
それがアインシュタインという戒獣だった。
何度目だかわからない八月六日。俺は駅前のカフェ“フォン・ノイマン”で、無限にあり余る時間を潰していた。
わからない、と言ったのはもう真面目にカウントしてる奴がほとんどいなくて、そいつらの間でも回数に食い違いが出ていたからだ。なにしろ電子メモリーにもペーパーメディアにも時空回帰の瞬間を超えては情報を記録しておけない。世界が何度六日からの時間を繰り返したか、人間の記憶だけが頼りでは確定しようがなかった。
人間。
アインシュタインは人間を生きたまま皆殺しにしつつある。奴が物理的に攻撃してくるわけじゃない。人間の方が勝手に狂っていくのだ。世界は同じ時間を繰り返しているのに、アインシュタインが観測者の記憶だけ保存したまま回帰を発動するせいで、社会は刻一刻と崩壊し変質していた。
はじめに混沌がやってきた。二十周目を過ぎたあたりから、圧倒的なカオスのうねりが地球上を席捲し始めた。法は無化され倫理は否定される。ローゼンのせいで人類文明は半壊していたようなもんだが、アインシュタインがそこにとどめを刺した。奴はまったく完璧メタクソに人間の人間性をぶち壊したと言っていい。万理曰く最強の戒獣はローゼンだったが、最悪の戒獣は間違いなくアインシュタインだった。
定期的に時が巻き戻る世界というのは「取り返しのつかないこと」が存在しない世界を意味する。既存の秩序はすべて時間の不可逆性と一回性を前提にしていたのであって、時が戻るし何度でも繰り返すとなったらそれまでの秩序が通用する道理はない。人を殺したって記憶の連続性が失われるだけでまた三十日になればそいつは蘇る。新たな八月六日とともに。
あらゆる不満、あらゆる反社会的欲望、あらゆる対立を抑え込んでいた無形の力が失われた。すべてにリセットが効くことで何かのスイッチが入ってしまったのか、犯罪は激増。殺人、強盗、レイプから不法投棄や器物破損といったショボい事件までまんべんなく。あらゆる国で、警察組織も軍隊も当初はこれを抑え込もうとしたが、どこも全体としての秩序回復には成功しなかった。組織を維持できなかったのだ。精強をもって鳴る日本の自衛隊さえ、その構成員が人間である以上歪められた時空に精神が影響されることは避け得ない。訓練された武官がそんなんだから文官どもは推して知るべし。内閣官房長官が公式会見の場でキレてしまい、「私は悪くない――やれることはすべてやった――」「仕方なかった――国家のためだ――その大義を政治家が否定するわけにはいかん――」「最大多数の最大幸福――」「犠牲になったのだ――」とか喚き散らしたあげく赤ん坊みたいに泣き出したのは致命的だったように思う。あれで日本という国家の終わりを印象付けてしまった。あとは世紀末へ一直線。
モラルの支柱を外された大衆はまずフラストレーションを暴力と快楽の際限ない爆発に注ぎ込んだ。初めは一部の通り魔みたいな奴らが散発的に事件を起こしていたのが、SNSなどを通してどんどん燃え広がりついに全世界的混乱にまで達した。とばっちりを喰って肉体なり精神なりを傷つけられた人々にも自殺コンティニューという救済手段がしっかり用意されている。なにしろ死んでも次の六日が来ればループ開始以前の状態からまたやり直すだけだ。元々自殺志願者だった奴らは自分がいつまで経ってもほんとうの意味で死ねないことに絶望した。某動画サイトでは「いちばんスタイリッシュに自殺した奴が優勝」なるコミュニティが生まれて猟奇的な映像を量産した。サイト運営側もとっくにそれを止めるだけの気力とか倫理観みたいなものを喪失している。末法の世。死と破壊と再生とまた死。これが第一の地獄。
しかしさらに数サイクルを経ると、人々は乱痴気騒ぎに飽きた。結局何の成果も残せない点では創造も破壊も等しく空しい。悪を極めようとしたクライム・アーティストたちも、正義を守ろうと抵抗し続けた良心の人々も、どこかでこの状況を一時的なものと考えている節があった。だがそう思うにも限界があって、血祭り騒ぎの収束に伴ってとうとうその限界が訪れたのだ。
もしかしてほんとうに、自分たちは永遠にこのまま同じ夏を生き続けるのか?
ところが救いがたいことに、人類はこの小康期から第二の地獄へ転げ落ちていく。ニュートンのリンゴが重力に引かれるように落ちていく。魔法少女さえその揺り戻しを止めることはできない。
大衆は結局、八月の繰り返しを無意味にしないために本やネットから知識を吸収し続けた結果、脳ミソに情報を詰め込む作業にも飽いてしまった。暴力衝動はとうに使い果たし、快楽を求めるのにも疲れたが、さりとて知識を手に入れても使うべき明日が来ない。つまり八月三十一日が。
誰にとっても帰結すべき問題はそこなのだった。九月を迎えられる見通しが立つまで働かないことに決める労働者は数を増し続け、この頃にはもう世界の経済システムが完全に息絶えている。八月三十日より後の存在しない世界で働いていったい何になる? 循環しなくなった金を稼いでも意味がない。そもそも給料を払う奴や振込先の銀行が仕事をしていない。
そして訪れる汎人類的無気力状態。
大多数の人間はただ二十五日間を生き延びるためだけの活動しかしなくなった。今度は暴力のための暴力ではなく、生存本能の奴隷となって行われる狩猟。食糧食糧食糧。いや違う。最初は確かに水と食糧を奪い合う原始的地獄絵図が繰り広げられもしたが、終いにはそれすらしないで勝手にくたばる人間が増えてきた。これまた第一次自殺ブームとは様相を異にする。人間性の全面的壊乱に耐えかねて意志の力で死を選ぶ奴もいれば、能動的に自殺するのではなくただぼんやりしているうちに動く体力さえなくなってそのまま餓死する奴もいた。
想像を絶する日々。知性ある生き物が自ら生存を放棄するってことは本来異常であるはずなのに、いつの間にか俺の周りでは生きようとする人間の方が少なくなっている。路傍には死体がゴロゴロ。八月の暑熱と湿気が彼らを速やかに腐乱死体へと進化せしめる。三十日を迎える頃には腐り果てて耐えがたい悪臭と蝿の群れを纏う死者たちだが、来たる次の八・六にはまた記憶を失くしておはようございます。でも周りの連中がみんな生きながら死んでいるのでやっぱり彼らは死ぬことに決める。そしておはよう。さよなら。エタニティ。これが第二の地獄。現在進行形で空転し続ける世界の終末。
万理は終始こうした事態の推移に無力だった。暴力と恐怖が支配する世紀末ループ群から、反動的にやってきたインテリ化時代、そしていま地球を覆う虚無のサイクルに至るまで、一度として一時たりとも流れを押し留めることができなかった。むべなるかな。人々は事ここにいたってようやくオラクルに失望したのだ。アインシュタインが作り出した時の牢獄を破れなかったことで、不敗神話は終わり魔法少女の絶対性は失われた。そして万理も本格的に武断統治を実行しようとは考えられない奴だったから、せいぜいが警察や自衛隊の生き残りに加勢して食糧の奪い合いをやめさせようとする程度に留めた。だけど全世界で起きている同種の争いを鎮圧できるわけはない。魔法少女はひとりだ。ミクロな状況に対応するので精一杯な万理はマクロ視点で叩かれる。匿名性の高いネットなんかは電力が生きてる間ずっと凄まじい罵言で溢れかえっていて、それを覗いた俺は魔法少女だって一回ぐらいキレてもいいんじゃないかと思う。でもあいつはそうしない。掲示板を埋め尽くした自分への中傷や嘲弄を眺めて、嬉しそうに言うだけだった。
「やっとみんな、あたしが全能じゃないって気付いたみたいよ」
大馬鹿野郎の万理。このときに限ってはヒーローの精神なんか忘れればよかったのだ。犯罪も自殺も二十五日周期でリセットされるんだから放っておけばよかった。それなのにあいつは何度も同じ殺人犯をとっ捕まえたし、ヤケを起こした航空機パイロットの特攻テロを止めたし紛争地域の子供を不発弾の爆発から守った。アンチ魔法少女派はそういう万理の行動を知るや「場当たり的」「アタマ悪い」「無駄」「偽善者」などと罵り、「そんなことよりあのクソ戒獣どうにかする方法探せよ」と一方的に命じる。俺はこういう恩知らずどもを心底軽蔑するが、いちおうこれは正論なのかもしれない。
でも一方で俺は万理を信じている。だから万理を責めたりしない。どうにかする方法? あるわけがない。打てる手があるならどんなに馬鹿げていても打つのが顕月万理だ。あいつが何もしないというのはもはや何もできないと同義に決まっている。
日本政府が機能しなくなる前の二十数サイクルで、思い付く限りの対アインシュタイン作戦は決行された。部分的核実験禁止条約を一時凍結、核保有国がありったけの核ミサイルで目晦ましを行い、その隙に万理が月の裏側から最大出力のエーテル・デストロイヤーで狙撃する〈
別の数サイクルを費やし、万理が外宇宙を走査して異星人を探したこともある。地球より進んだ科学力を持った文明があれば打開策を知っているかもしれない、というアホみたいな発想。残念なことにこれは実を結ばなかった。万理はいくつもの惑星で興味深い生物圏を見つけたし原始的な文明種族を発見しさえしたが、いま地球人が探しているのはそんなもんではない。たとえばタイムマシンを持っていたりパラレルワールドに移動できたり、そういう神にも近しい芸当の可能な奴らを探していたのだ。でも見つからなかった。そんなもんはどこにもいなかったか、いてもさっさと自分たちだけでこのループ宇宙を脱出してしまったのだろう。
つまりは万策尽きている。
いや、嘘だ。ほんとうはひとつだけ手が残っている。だが万理がそれを使うくらいなら、俺はこのまま世界がゆっくり壊死していく方を選んだ。五年前すべてを失って、もう失うものなど持たないと幼稚な自閉に逃げた俺を、もう一度世界に繋ぎとめてくれたのが万理だ。万理だけが俺と世界の接点なのだ。万理ひとりの存在が俺の中では全宇宙の未来より重い。三流RPGの主人公はヒロインの命と世界の命運をたやすく天秤にかけるが、俺は可愛げのないガキだからその愚行をいつも嗤っていた。まったく愚かなのは俺の方だった。いまならあいつらの気持ちが解る気がする。
だけど万理は俺じゃない。万理は決して全人類の心中なんて結末を選ばない。なぜならあいつは正義の味方で、正義の味方は最後には私情より公益を優先するからだ。公益って言葉が胡散臭ければ「みんなの幸せ」と言ってもいい。「人類の未来」でもなんでもいい。俺があいつにとってどんな存在であるとしても、俺がひとりの人間に過ぎなくて俺たちの関係が私的なものでしかない以上、万理は世界を救うことを選ぶだろう。俺の願いに反して。自分を犠牲にして。RPGの主人公たちはだいたいヒロインも世界も救う第三の道を見つけるわけだが、俺の前にそんな都合のいい可能性はなかった。
解り切っていたのに。
その日が来てみれば、俺はまるで覚悟ができていなかったと知る。
カフェ“フォン・ノイマン”は世界がこんな状態のときでも営業を続けているすごい店だ。眼鏡と短い顎鬚がトレードマークのマスターは「もう三十年続けてきたからね、時間が戻ろうと店に立たなきゃ落ち着かないんだ」と言って豆を挽く。貨幣制度が崩壊してからは全品無料になっているが、そもそも客が減ったので三十日まで品切れにはならないらしい。
店内は一見すると倉庫のように雑然としていて、きれいとはまったく言えなかったが逆にその倉庫っぷりが客にはウケている。あともう関係なくなったけどココアが安い。二百円。
カウンター奥のテレビで化粧品のCMとかニュースとかACとかバラエティ番組とかにそれぞれ万理が出て笑顔をふりまいているのを二百円のココアと共に眺めるのが俺は好きだった。変態っぽいので誰にも言えない密やかな趣味。そんな俺のマル秘スポットが、数十億人の運命を歪めた張本人との対談の場になるとは夢にも思っていなかったが。
アーツマン・サルスティス。
カフェのカウンター席でテレビを見ていたらちっこい爺さんに突然声をかけられ、私が諸悪の根源だ、とばかり名を告げられたときの俺の精神状態はカオス以外の言葉で表し得ない。まずその場で殺そうと思った。こいつのせいで俺の家族は死んで、万理は魂を削りながら戦う羽目になったのだ。殺意が心臓から送り出されて両腕の血管に流れ込む。鈍器か刃物が手元にあれば俺はその瞬間サルスティスを殺っていたに違いない。だが店の備品を使うのはどうかと思って首を絞めようかとか考えている隙に疑問が滑り込んできた。アメリカから亡命した天才物理学者がいったい俺に何の用だ?
「顕月万理はリライトを実行する」
名乗るときもそうだったが、サルスティスはやや早口ながら流暢な日本語を話した。リライト、と言ったところだけネイティブのくせに発音が怪しかった。Rewriteと言いたかったんだろうがあれじゃRelightだ。ふたたび光。意味が解らない。
「何を実行だって?」
「リライトだ。ソウカイ魔法――とも彼女は呼んでいる」
爽快? 掃海? 文脈不明瞭で話が見えん。とりあえずこいつには言いたいことがいくらでもある。この場で全部叩きつけてやるべく俺は腹の奥の罵詈雑言ジェネレーターを起動する。何から言おうか迷っているとサルスティスの方から自分の話を始めた。
「私が何者であるかは、顕月くんから聞いていると思う」
「あんたさ、あいつの名前呼ぶ資格、あると思ってんのか」
カウンターの角を挟んで斜めに向かい合う。俺がまばたきせずに睨んでいると、サルスティスはブラウンの目を伏せた。
「……ないな。ではオラクルと呼ぼう。構わないかね?」
「で、俺に何の用だ」
「発表が始まる。まず、彼女の決意を聞いて欲しい」
決意?
サルスティスが指差した先で、万理がテレビに映し出されていた。昼のニュース番組のスタジオで、カメラの前に陣取っている。発表ってこれか? たぶん放送計画にはないだろうがいまさら文句を言う局員もいないらしい。
そして万理は開口いちばんこんな科白を吐く。
「はいどーもこんにちは、魔法少女でーす。今日はみなさんに、お別れを言いに来ました」
俺はその瞬間、リライトの意味と、万理が何を決意したかを悟った。
万理は原稿もなしに語り始めた。ほとんど一方的な演説だった。
「またまた八月六日がやってきましたねぇみなさん。長すぎる夏休みにすっかり怠け癖ついちゃったかもしれませんが、ちょっとばかしテレビの前にいてくれるとうれしいです。
これからあたしはかなりとんでもないことを言います。でもほんとうなので、どうか落ち着いて聞いてくださいね。どうしても信じられないって人は新世代のジャパニーズジョークだと思ってくれてもいいけど、あとで泣かないように。
戒獣にはそれぞれ固有能力ってのがあります。これも、知ってますよね。たとえば五番目に
あ、本題はこれじゃないです。もうちょっと待ってね。これは予備知識ない人とか、最近死んじゃってこれまでの経緯を覚えてない人のための説明なので。
さて仕切りなおして。戒獣には固有能力がある。じゃあ今回のアインシュタインくんはどんな能力か? もちろんこれも、みなさんご周知の通り。あのでっかい砂時計は時間を巻き戻せます。
よく聞こえなかった方います? もう一回言いますよ。アインシュタインの固有能力は、過去のある一点へと時間を戻す力です。
攻撃を受けるか、一定の期間が過ぎると、アインシュタインは自分が
当然、攻撃してもその攻撃自体がなかったことになるので、あたしを含めて誰もアインシュタインを倒すことができません。実際あたし、何回もあいつにエーテル・デストロイヤーぶち込みに行ったんですけど、そのたびに気付けば六日の朝。完全にお手上げ。かといって攻撃しなくてもおんなじで、八月三十日の午後、必ず時間は巻き戻されます。何十回も試したから間違いなし。
つまりあたしたちは、ていうかこう言ってよければ全宇宙が、八月六日から三十日までの間に閉じ込められてるわけです。このままだと世界は永遠に八月をくり返して、未来へ進みません。
だけどたったひとつだけ、この無限ループから脱け出す方法が残ってます。ここからが新しい話で、本題。
創界魔法“リライト”――っていうのはまあ、あたしがそれっぽく付けただけの名前なんですけど。これは、あたしが使える最大最後の魔法です。使うとあたしは現実を好き勝手に『書き直す』ことができちゃいます。だからリライト。世界を創る魔法。
……なんかテレビ局の人がポカンとしてる。あれ、わかんない? うーん、だから、『世界がこうだったらいいなー』って思うことあるでしょ。ありますよね? 働かなくても生きていけたらいいなーとか、死んだ人といつでも会えたらいいなーとか、地球上から戦争がなくなったらいいなーとか。そういうのを、困難な過程や手段もろもろぜんぶすっ飛ばして、魔法で強引に実現するのがリライトだと思ってください。理想の世界をいきなり現実にする、なんでもアリのスーパー魔法です。OK? ドゥーユーアンダスタン?
これを使ってあたしは、サブ・プランクスケールの物理定数をちょっとだけ
つまり〈
そんな大規模な変更しなくても、アインシュタインだけを消せば時間は元に戻るじゃん、と話の解る人は思うかもしれません。ところがそれだと最後の戒獣に対処できないんですね。なんでかというと、リライトされた世界にあたしはいないから。
現実を丸ごと改変するためには、自分の全存在確率をエネルギーに変えて消費しなきゃならなくて、結果として魔法少女オラクルは消えちゃうのです。正確には、『最初からいなかった』ことになる。そーなると十体目の戒獣を誰が倒すんだ、って話になります。
アインシュタインと一緒に〈門〉も消しちゃえばこの問題は解決なんですけど、それでも後に残る世界は大混乱に陥らざるを得ない。なぜってあたしはみんなの記憶からも消えちゃってるのに、いままで戒獣をどうやって倒してきたんだとか、二年前に北米を襲った超大型ハリケーンがいきなり消えたのはどうしてだとか、魔法少女オラクルの存在なしじゃ説明できないたくさんの事実だけが、抜け殻みたいに残されることになるからです。ある程度はつじつまが合うように因果関係を書き直せても、ぜんぶは無理。こういう矛盾や綻びがありすぎると、最悪の場合タイムパラドックスってのが起きて、リライト自体が失敗するかもしれません。あたしはここ三年くらいの間、良くも悪くも世界の歴史に影響力を持ちすぎました。いまから突然ポッと消えるわけにはいかなくなっちゃったのです。
それなら一気に五年前まで遡って、戒獣そのものを存在確率ごと完全に消し去ってやろう、とゆーのがあたしの戦略です。これなら世界は、スムーズで自然な新しい歴史を刻むことができる。パラドックスなし。魔法少女がいなくても。これ重要ですよ。個人としてのあたしが消えることで、ちょっとした違和感が残る人はいるかもしれません。でも大した問題は起きない。世界が綻ぶほどには。
……と、ながなが説明してきましたが。
あたしが世界を書き換える大魔法を使えるってこと、みなさんに納得させられる形で証明する方法はありません。実際にリライトが終わったあとには、誰もそのことを覚えてないわけですから。
にもかかわらずこんな会見を開いて、こうして自分がやろうとしていることを公表するのは、個人の独断で全世界を別のレールに飛び移らせるっていう、とっても非民主的な最終手段に対するケジメのつもりです。
ほんとうなら、みんなに選択の権利をあげるべきでしょう。世界をいまのまま、永遠にループする二十五日間に封じ込めておいて、人類の歴史をここで終わりにするか。それとも十四歳の小娘ひとりに世界の再編を任せて、戒獣や魔法少女のいない、新しい未来へ踏み出すか。投票とかでどっちか決められたら、いちばんいい。
だけど、いま世界の人口はだいたい七十三億人。意見がまとまるわけないし、多数決だってどうやって取るんだって話です。それは多様性の表れってことでいいんですけどね? でも決まらないままタイムリミットを過ぎれば世界はまたループして、いつまでも繰り返す。三十日の明日は来ません。永遠に来ません。
……あたしは、いやです。
ごめんなさい。いまがずっと続けばいいって人もいると思うし、子供が勝手に世界の命運を左右するなって言う人もいるはずです。だけどあたしは、こんな形で世界が生きたまま終わっていくなんて絶対いや。走馬灯みたいに同じところで回り続ける八月――ヒトが紡いできた歴史の結末として、それは悲しすぎると思うから。
人間は不完全です。どうしようもなく、バカで醜くて弱い生きものです。犯罪も戦争も、そのほかいろんな悪が有史以前から今日までずーっと残ってます。んなこたーわかってるんです。あたしみたいな中学二年生にだってわかり切ってる。だけどあたしは、そんな人間が過去を積み上げて、ちょっとずつ、迷ったり足踏みしたりしながらでも、いまよりマシな未来を目指して一歩ずつ進んでいく、その歩みを信じたい。
ううん――そんなスケールのでかい話じゃなくたって、あたしにも守りたい未来があるんです。ちゃんと季節が巡ってくる世界で、平和に幸せに生きていける。そういう当たり前の可能性が、九月も十月もその先もずっと、ずっと大好きな人の人生にあってほしい。そう願うことが許される世界であってほしい。すべての次元の過去と未来で、世界中の人の記憶から、あたしの存在が消えるとしても。
……だからあたしは、この世界を
決行は次の八月三十日、午後二時四十一分。アインシュタインが時間を戻す直前です。ギリギリまで待ちますから、この世界でやっておきたいことがある人は、リライトの前に済ませといてください。
ただし! 歴史が書き換わるからって、最後の二十日間を悪事に費やしちゃうような人はアレですよ。リライトのとき、新世界の神たるあたしの不興を買って、ちょっとばかり来世で苦労することになるかもしれません。くれぐれも落ち着いて、人に迷惑をかけないよう過ごしてくださいね。不平不満はどうぞあたしにぶつけて。どうせいなくなるし。ではみなさん、ふっふっふ、せいぜい残り少ない日々を有意義に過ごすがよかろうなのだ……お話は以上!
あ、スタッフさん、この映像リピートお願いできますか。放送が続く限りエンドレスで……」
カメラの後ろの誰かと話しつつ万理が画面から消える。会見だか演説だかはそれで終わって、しばらくすると同じ映像が最初から流れはじめた。「この映像は録画されたものです」のテロップが追加されている。仕事速いな。放送局はまたNHKだった。
予測していなかったわけじゃない。
俺は万理がいつまでも世界の惨状を見過ごしておけないであろうことを知っていた。いつかこういう日が来ると知っていた。でも俺はその日が永遠に来なければいいとも思っていたのだ。
「リライトが理論的には可能であると、彼女に教えたのは私だ」
沈痛な表情で言うサルスティス。どんな顔でも同じだったと思うが俺はまた殺意が沸騰するのを感じる。こいつは他に方法がなければ万理が実際にリライトをやると知っていたはずだ。知っててそんな選択肢を与えた。こいつはまた万理にすべてを背負わせている。
このジジイ。殺してやりたい。
でもそんなことより俺は、さっさと万理に会いに行きたい。
「そうか。あんたのおかげでまた世界は救われるわけだ。めでたしめでたし」
「……それだけかね? 私は、君に殺される覚悟をしてきたのだが。最低でも、殴られるか罵られるかはするものとね」
覚悟というより、こいつは俺に殺されたがっているな、とわかる物言いだった。そういえば万理を魔法少女にしたことも後悔してるっつってたか。良心の呵責に耐えかねて、万理の代わりに俺に裁かれに来たってとこだろう。
だが俺はこいつの願いを叶えてなどやらない。
「ふざけてんじゃねーぞスカム野郎。最後の日まで、てめーで勝手に後悔し続けろ。どうせあんたの罪も、万理が連れて行ってくれる」
だいたい命を差し出したところで何の誠意が示せるってんだ? アインシュタインのせいで唯一性や一回性といったものが根こそぎ失われ、いまや生命の価値は大暴落している。万理が取り戻したかったものはそれなのだ。命を尊いと当たり前に思える世界。
俺は施設へ戻ることにする。もしかしたら万理から電話があるかもしれない。マスターにごちそうさまを言って店から出る前に、サルスティスに最後の質問を投げる。
「アリストテレスの宿主は誰でもよかったんだろう。あんたが自分で戦わなかったのはなんでだ?
いや……あんたじゃなくてもいい。自衛官でも、警察官でも、総理大臣でも誰でも、どうして大人がやらなかったんだよ」
「君はその答えを知っているはずだ、玄野一宇」
老科学者はわずかの間にますます老け込んで、乾燥させたキノコみたいに見えた。老いの残酷さってものは打ちひしがれた人間にこそ突き刺さるらしい。
「私では、巨大すぎる力に呑まれていた。心の強さが足りぬ者に力を与えても、新たな災厄を招くだけのこと。
むろん、データ上の適性があるからといって子供を戦わせることに、反対意見がなかったわけではない。しかし結果を見れば、それが正しかったのは明らかだ。顕月万理でなければならなかった……他の誰であっても、彼女のようには力を振るい得なかっただろう。
それをいちばん知っているのは、君ではないのか」
予想通りの答えだった。サルスティスが二体目以降の人造戒獣を作らなかったのも、つまりは万理ほど都合のいい人材が見つからなかったからに違いない。
「
皺だらけの目から、海水みたいに塩辛そうな涙が数滴落ちた。あいつにとってほんとうに残酷だったのはそんなことじゃねえんだよ、と言いたかったがどうせいまのこいつには聞こえないだろう。嗚咽をかみ殺して震えながら、サルスティスは頭を下げる。
「すまない。責を負うべき大人が、弱かったばかりに」
俺に謝ってどうすんだ。ボケ爺が。他にもいろいろ言いたいことはあったはずだが、そのすべてが無意味に思えてきて、俺はしょぼくれた乾燥キノコをカウンターに残して今度こそ店を出る。
確認したかっただけだ――万理が魔法少女になったことにはほんとうに必然性があったのかどうか。情けない話だが俺は俺以外の誰かにイエスと言ってほしかった。あいつだけが魔法少女オラクルであり得たのだと認めてほしかった。望みの科白を言ってくれたサルスティスにもう用はない。それにしても聞きたい言葉を聞けたはずなのにまったく嬉しくないのはなぜなんだろうね。
「いや~ごめんごめん、相談したら絶対反対されると思ってさ~」
施設へ戻る途中の俺を上空から見つけた万理が、降りてきて早速こんなことを言う。ええそりゃ反対いたしますとも。万理様は俺のことをほんとうによく解ってらっしゃる。
「怒んないでよぉ。玄野くんにガチで反対されたら覚悟が揺らいじゃうと思ったから、先に決意表明したんだよ」
「ふーん。俺なんかの反対を押し切る自信もないのに、大それた決断をしたもんだな」
俺はどうしようもなく五歳児以下の駄々をこねている。万理は芝居がかったため息をひとつ吐いて、どうにか困った顔を見せないように笑おうとした。失敗してるけど。
「理解してってば~。そんだけヘヴィな二択だったんだぜ。世界を背負って、愛と正義のどっちに殉じるかはさ……
しかしあたしは腐っても正義の味方! 結局、みんなの不幸から目を背けたまま自分の幸せを追うなんて、できないんだよね。きみが好きになってくれたのも、そういうあたしだったんじゃないの」
「俺はそんなことを言った覚えはござらん」
「げ、うわ、ひっでー! アンダーソン事件のあとだよ! 商店街であたしのおまんこ眺めながら『おまえが好きだ! おまえが欲しい!』とか言ってたじゃん」
「言ってねーよ。マジに言ってねーよしかも変なディテール追加しやがって。俺はおまえが正義の味方じゃなくてもいいって言ったんだ。魔法少女オラクルじゃなくて、顕月万理って人間を……」
好きになったんだよ。
いまさら恥じらいを覚えた俺は最後まで言えない。なんてこった。まるで健全な十四歳の少年みたいじゃないか? でも延々と八月をくり返した俺の実年齢は最低でも大学生ぐらいにはなっていそうだ。あるいはもっとループが累積してて実はもう老人なのかもしれない。あのサルスティスのように。乾燥キノコのように。
「覚えてるよ。でもね、オラクルはあたしなんだ。こういう道しか歩けないのが、顕月万理って人間なんだ。きみが好きなあたしのままで、幕を引かせてほしいな。人はみんな、いつか死ぬわけだし」
「勝手すぎんだよ。人が死ぬのはそいつ自身より遺される人間の問題じゃねーか。だいたい、おまえは死ぬんじゃなくて、生きも死にもできないようになるんだろ」
「……やっぱ、許してくれない?」
「ああ赦さんね。でもやるんだろう。俺にゃ止められもしねーよ」
ふて腐れる俺の手を引いて、万理はどこかへ歩き出す。空を飛べるようになってから、前より歩くのが好きになったと万理は言っていた。あれはいつのことだっただろう。去年の夏ぐらいか。十年も昔のような気もする。
でも万理の靴は底が全然磨り減っていなくて、せっかく歩くのが好きになっても歩く機会は多くなかったらしいと解ってしまう。こいつが地に足付けてられる時間はあと二十五日しかないのに。どうして世界はこうなんだ? どうしてもっとこいつに地面を歩かせてやれなかった? 俺たちがその働きに万分の一も報いられないまま、万理は永遠の夜に去っていこうとしている。
「ね、見てよ。さっき飛んでくるときに見つけたんだけどさ……」
公園の前に来ていた。噴水で遊ぶ子供たちが見える。あの元気さからして、前のループで死んで記憶が吹っ飛んでるのかもしれない。俺は今朝すでに施設の廊下で生きたまま死んでいる別のチビどもを何人も見てきた。幼稚園児くらいの歳のやつらが絶望と倦怠に瞳を濁らせ切っている光景は、ハートのねじれた俺さえ胸が痛んだ。
「子供って、かわいいよね」
「俺たちも子供じゃねーのかよ」
「そうなんだけど。ちっちゃい子のこと」
「……まあ、自分が世話するんでなければ、かわいいかもな」
「えー、子供はふれあってこそだよ」
「施設の荒んだ悪ガキどもを思い出して、どうもね」
俺は余計な言葉が口から出ないように努力する。おまえの子供だったら世話してもいい、とかだ。誰かと結婚して家庭を持つことなんて考えてこなかった俺にしてはあまりに大それすぎた妄想。でもそういう未来ならあってもよかった。
未来。
その瞬間、俺は万理がここまで一緒に来た意味を悟った。完璧に読み取ることができた。――卑怯だ。
具体的でありすぎる。説得的でありすぎる。
「ねえ、玄野くん」
「……なに」
「あたしは、この子たちの未来を取り戻したいんだ」
噴水をはさんで水を掛け合い、笑み交わす幼子たち。
それは未来だった。しかも、俺にとっては過去でもあった。家族がいて、幸せで、何もかもが簡単な世界に生きていたあの頃。もちろん噴水で遊んでるあいつらが実際にどういう境遇かなんて見てても解りゃしない。ひょっとしたら俺よりよほど過酷な家庭環境にあったりするかもしれない。でも施設では見ない顔だったし、身なりもボロかったり汚かったりしてないから普通の子供だろうと俺は思う。そもそもそうじゃなかったらあんなふうに笑えない。
俺がもう失くしてしまった未来をまだ持ち続けている、まばゆい可能性の塊たち。だから、解る。未来そのものと引き換えにその価値を知った俺には、万理の思いを理解することができてしまう。
「この子たちがいつか大きくなって、たくさんの友達を作って、恋をして結婚してさ。そのまた子供たちが、またいつかこうして、夏に公園で水遊びをする。そういう可能性を、あたしは守りたいんだよ」
守れるもんなら守りたいだろう。解るとも。解るんだ。
それでも、俺は。
「その未来に、おまえがいないのは、いやだよ……」
言いながら、俺は夏の終わりを確信する。万理が決意した以上は、永遠の夏だって必ず終わるのだ。それを覆すことはできない。
「きみはすんごく恥ずかしいことを言うなあ」
「けっこう本気だ」
「わかってる。あたしだって、ほんとなら将来ある子供だもん。
自分のおなかにも、未来を宿してみたかったな。あの赤い子がそうだったように、必ずしも幸せなこととは限らないけど……命が始まる場所になれるってのは、やっぱ女の特権だからさ」
私服の上から腹をさする万理。妄想を見透かされていたような気がして俺は恥じ入る。万理は自分が手にかけた魔法少女のことをいまでも気にしているのに。
そんな俺の沈黙からほんとうに心を読んでしまったのか、ニヤつきながら万理は言う。
「……もちろん、きみがお父さんになってくれたらいいな、と思ってた」
「中学生同士の恋愛なんて、現実的に考えて大人になるまで続かねえだろ」
「ふっふふ。魔法少女に現実的な発想など通用しないのだ」
空しい。俺たちはとっくに潰えてしまった可能性を弄んでいる。流産した子供の名前を考えるくらいには空しい。
万理の希望が叶ったらいいと心底思う。現実的でなかろうと、それは俺の願いでもあったのだから。
しかし、叶わない。
もう叶わないのだ。
「……ごめんね、玄野くん。最後の夏は、ずっと一緒にいよ」
んなもん当たり前だ、と言いたかった。この夏が終わっても、世界が終わっても、俺たちはずっと一緒なんだ。そういう馬鹿みたいな科白を、俺は本気で言いたくて、言えなかった。
これまで無制限にだらだら続いてきた八月は、最後の一回だけ音が後ろから聞こえてきそうな超スピードで過ぎていった。時の流れというものはどうも人間に悪意を持っているらしい。その結実がアインシュタインだとしたら実に納得がいく。
戒獣の気まぐれでいきなり時間が戻らないだろうかとか、万理がいまからでも臆病風に吹かれて翻意してくれないだろうかとか、俺のあらゆる情けない願望を裏切って時は最短距離を突き進んだ。その間世界は、悪の働き納めと言わんばかりに犯罪率がまた跳ね上がったりループ継続派の暴動があちこちで起きたりしたが、全体としては活気を取り戻していくようだった。奇跡だと思う。これはつまり魔法少女の影響力がまだ世界レベルで残っていたってことを意味する。俺は大衆が最後の日まで生ける屍のまま過ごす可能性が大きいと踏んでいたのだけれど。
しかしこの世界の大局的な動静なんぞもうどうでもいい。いまの俺にとっては比喩でもなんでもなく万理がすべてだ。万理の言葉通り俺たちはあれからずっと一緒にいた。一個の生命体みたいにくっついて、視て聴いて感じるものから体温や思考まで共有しようとしていた。もちろんそんなのは無理な話で、人間は死ぬまでひとりでしかない。肉体的にも精神的にも、誰かと一体化することなんかできない。それでも俺たちは、埋めがたい存在論的孤独の壁越しに近づこうとあがくことをやめなかった。なにしろこれが最後になる。
万理は普通の女の子として残された時間を過ごしたいとも言った。俺もあいつの望みは可能な限り叶えてやりたいと思ったから、俺たちは一見してつまらないことに日々を費やした。スタッフの奮起で復活した某テーマパークに行って朝からアトラクションをハシゴしたり、誰もいない学校の体育館で倉庫を荒らして素人同士グダグダの卓球に興じたり、営業再開した市民プールでチビっ子たちに熱い視線を注ぐ危ない二人組と化したり。
この際だからやってみようか、ということで無人化したラブホテルに侵入してお互いの処女と童貞を捨てようとも試みたのだが、これは万理が「ちょ……ちょっタンマ! 待ってあー駄目これ痛い痛い無理ぃぃ!」とか騒ぐので未遂に終わった。俺のチンポがデカいという話では全然なくて、むしろ万理の穴が狭すぎたからだと俺は思う。考えてみれば当たり前だ。あいつはまだ十四歳で、同年代でも身体は小さい方なのだ。その後、回転ベッドの上でしょんぼりする万理を励まして手とか口とか備え付けの道具とかを使っていろいろ試してみたが、解ったのはエロ本に書いてあるようなプレイはたとえ簡単そうに見えても初心者には難易度が高すぎるってことだった。誰だ女のアソコは甘いとか大ボラこいた奴。苦えよ。
愛の営みというよりは外科手術もしくはエクストリームスポーツに近い一連の戦闘行為が終わると、汗だくになった万理がこんなことを言う。
「……これはひょっとしてオナニーの方が気持ちいいですね?
アレだね玄野くん。時間のないあたしたちはもっとこう、プラトニックな方向での発展を追求してみちゃどうかと思うんだよ」
概ね同意だったので、それからはときどき不器用な愛撫を交換するぐらいに留めてセックスは試みなかった。残念でなかったと言えばそりゃ嘘だが、万理だって同じだったに決まっているので口には出さない。魔法を使えば痛覚ぐらい遮断できるんじゃないか、とも思ったがこれも言わない。それは「普通の女の子」がやることじゃないから。
しかし万理がアリストテレスの力をまったく使わなかったというわけでもなくて、残り日数が半分を切るとあいつは俺を連れて地球のあちこちへ飛んだ。行き先の選出基準がよく解らなかったがそんなことは重要じゃない。ナスカの地上絵を上空から見下ろして「あたしさ、よくテレビとかで見る『ハチドリ』の絵より、あそこの『フクロウ男』の方が好きなんだよね。なんかガチャピンみたいでかわいい」とうれしそうに語ったり、ノルウェーで山の上からフィヨルドを一望して「ここはほんとうにきれいだよねえ! ……あれ、『おまえの方がきれいだよ』とか言ってくれないの?」などとふざけくさったことをのたまう万理がいとおしかった。こいつがいてくれれば俺は結局ロケーションがいつのどんな場所でも構わなかったのだ。万理のいない天国より万理とともにいる地獄を俺は選んだだろう。選び得たならば。そして俺の手に選択肢はなかった。
超音速爆撃機よりも非情な速度で三十日がやってくる。
世界中で人々が思い思いに最後の時を過ごしている。大切な人と静かにその瞬間を待つ者。自分の趣味に残り時間を捧げる者。己の信仰する神に祈る者。
渦巻く万感を眼下に望み、俺と万理は学校の屋上にいた。あの貯水タンクの裏。ここからは美砂の町並みと夏の蒼空、そしていまは銀河のきらめきを双円錐に対流させるアインシュタインまでもが、一枚の壮大なパノラマとして見渡せる。ここで世界が終わり、そして始まるのだと思うと、いまさらながら時間切れの実感が俺を襲う。
あっさりとこの日がやって来てしまった。
ほんとうにあっさり。
もっとやれたことがあるんじゃないか。こんな結末が待っているならせめて、旅立つ万理にもっと多くの幸せを持たせてやれるような男であれなかっただろうか。不定形の後悔。抽象的な自責。何の慰めにもならない。俺は何もできなかったし、いまもそうだ。
「――それじゃ、世界の終わりを始めるとしますか。腐れ人造戒獣め、パワーぜんぶ搾り出してやるぜフッフフ。ま、世界中のみんなにもらった力だから、返すって言った方がいいかもだけど。
いよいよお別れだね、玄野くん。楽しかった。きみと同じ学校に行けて、ほんとによかった。この偶然は、運命だったって信じたいな」
背を向けたまま、肩越しに万理は言う。別れを告げる。
「この一年ちょっと、きみが支えてくれなかったら、あたしは途中で投げ出してたかもしれない。ぶち切れて悪者に転向したり、重責に耐えかねて自殺したり。本気で考えたこと、あるんだよ」
嘘だ。あったとしても考えただけだ。本気で考えても実行できない奴が世の中にはいくらだっている。でもそんなこと言えるか。
「そういうとき、心の中で最後にあたしを止めるのは、いつも玄野くんだった。きみが好きでいてくれる自分でいようって、何度でも強くなれた」
幻想だ。実際の俺は、万理がほんとうに望むことなんてほとんどしてやれなかった。たったひとりで戦う万理を支えるだけの力もなかった。万理を思い留まらせたのは万理自身の心であって俺じゃあない。でもそんなこと言えるか。言えるはずがあるか。
「はじめて学校で会った日もね、正直うんざりしてたんだ。みんなしてオラクルオラクルって、うっせーよあたしは普通の生徒になりてーんだよ! とか内心思っててね。なんか、オラクルじゃないあたしはこの世に必要ないって言われてるみたいで、いやだった。
そんな教室できみだけは、あたしのこと、オラクルじゃなくて『顕月』って呼んでくれた。あたしはひとりの人間でもいいんだって、教えてくれてるみたいで、うれしかった。……うん、わかってる、あたしの勝手な思い込み。でも、自分が何になるかは選べるんだってこと、思い出せたのはきみのおかげなんだ。強制されてじゃなく、自分の意志でやるんだって思ったら、なくしかけてた誇らしさみたいなのが、胸ん中に戻ってきた。いまもあたし、それを大事に持ってる。
だから……ありがとう、玄野くん。あたしを正義の味方でいさせてくれて。小さいころからの夢、叶えさせてくれて――」
「万理、俺は……」
おまえをこんな結末に導きたかったわけじゃない。これも、やっぱり言えなかった。
誰かが万理を犠牲にして世界を救おうと考えているんだったら、俺はその誰かを殺して、この世界を滅びるに任せておけただろう。だがそうじゃなかった。万理は誰に強いられたのでもなく、自らの意思で犠牲になろうとしている。自己犠牲。この上もなく崇高な行為。だから俺には止められない。
それでも、俺の中のいちばん弱い部分が未練がましく口を開く。
「忘れたく、ないんだ……」
万理は振り返って、あきらめと、無限のやさしさを顔に滲ませる。俺はこの光景をずっと目に焼き付けておきたかった。薄く翳った万理の笑顔。鮮やかな蒼に幾筋かの白を流した空。そして遥か天の彼方、残酷なまでに美しく輝く、巨大な星辰の砂時計。
しかし俺はこの眺めを忘れてしまうだろう。この世界で五年前から積み重ねてきたすべての希望と絶望を。光と影を。悔恨と祈りを。そして愛を、万理を。みんな忘れてしまう。いまの俺が到底耐えられないと思うその喪失さえ、明日の俺は覚えていない。
「おまえだけが、俺に世界との接点をくれた。おまえがいれば、こんな世界でも俺は生きていけるって思った。なのに……」
万理は消える。いなくなる。神さえ手の届かない、不可能性の彼岸へ去っていく。残された世界で、俺はどう生きればいい?
「えへへ、ありがと。でもだいじょうぶだよ。新しい世界はいまよりきっと、玄野くんにとって、やさしい世界になるから」
それじゃあ意味がないんだ。
万理がいない世界で、自分が失くしたものにも気付かないまま幸せに生きていけることがやさしさなら、俺はそんなものいらない。
喚き出したくなる無数の言葉を、俺は結局口にしない。万理はもう覚悟を決めたのだ。いまさらそれを鈍らせるようなことを言うのは、要するに俺のエゴでしかない。
「きみが忘れたくないって言ってくれる、その思い出があたしの力になる。世界を書き換える力に。だから、ね。信じて」
そして万理は、魔法少女は、告げる。
「それじゃあ、いくよ――」
もう一度、光あれと。
「リライト!」
万色の白が爆ぜた。
世界の終わりに呑まれる寸前、俺は万理の唇が動くのを見た。その声は発音される端から消滅して、俺の耳へは届かない。
「 」
何だよ聞こえねえよ、とか思っているうちに何もわからなくなる。最後の瞬間、微笑む万理の眦から、光の滴が飛んだ気がした。
――平和な世界がやって来た。
ラプラスとの契約、家族との再会、新たな世界での学校生活。そして葵条と出会った保健室の日までを語り終え、ようやく俺は現実に追いつく。
新幹線はまだ走っているが、窓外の風景は田園から再び都市部へと移り変わっていた。たぶん京都は近い。
「……とまあ、こんな感じだ。お疲れさん。もう笑っていいぞ。気持ち悪いですとかそういうコメントでもいいし、聞かなかったことにしてくれても」
「先輩」
葵条は笑わなかった。
蔑むでもなく、憐れむでもなく、口先だけで信じるとか言うのでもなかった。
ただ、俺の手に自分の細い手を重ねて、
「話してくれて、ありがとうございます」
そう言うのだった。
「……また、感謝の安売りをしやがって」
葵条は小さく、ゆるやかに首を振る。
「安売りじゃありません。先輩がわたしのこと、この話をしてもいい相手だって信じてくれた。それが、うれしいんです」
言われてもまだ何が感謝に値するんだか解らない俺は、ライトブルーの瞳から言外の意味を読み取ろうと努力する。真剣なまなざし。だが俺はエスパーじゃないので葵条の心を読むことなんかできない。人がそんなに便利になれるわけはない。
それでもひとつ、思ったことがある。
万理が守った未来に、こいつがいてくれて、よかった。
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