第27話 シンプルで結構

 草野球部の第二グラウンドに威勢の良い声が響きわたる。

 中間テストが終わった。自己採点では、何とか赤点は免れそうな感じだった。

 テスト結果がどうあれ、終わったという事実だけで、沙織と神子は完全復活していた。それは二人に限ったことでなく、他の部員たちも同様だった。

「元気ね~」

 ベンチに座ってその様子を眺めながら、千代美が呆れつつも、どこか羨ましそうに呟いた。

 教師としては、テスト期間中授業がなくて楽だった時が終わって、また忙しい日々が続くわけで、対照的に憂鬱だったりする。

「そうですね」

 千代美の言葉に、休憩のためいったんベンチに戻っていた椿姫が適当に相槌を打った。

「中間テストの反動で~、御代志さんと横山さんがオーバーペースみたいだから、ちゃんと見てあげてね~」

「え? ま、まぁ……」

 千代美がまともなことを言っていて驚いた椿姫だった。

「ふふふ。一応ちゃんと見てるのよ~。それに、こうやって打順もちゃんと考えているんだから~」

 そんな椿姫の視線を受けて、千代美は誇らしげに胸を張りながら、ノートを取り出した。

 ノートには千代美の、思ったより整った手書きの文字で、部員の名前と打順・ポジションが記されていた。



1、春日椿姫  二塁手

2、久良あんず 右翼手

3、御代志神子 一塁手

4、西村銀河  遊撃手

5、名賀とおる 三塁手

6、丹上葵   捕手

7、吉野球子  左翼手

8、七尾清隆  中堅手

9、横山沙織  投手



「へぇ。前と変えてきたのね」

 椿姫がのぞき込んで率直な感想を口にした。

 前の練習試合のオーダーから、クリーンナップとラストバッターの沙織以外は入れ替わっていた。

 一番を打っていった葵が六番になり、繰り上がりのような形で椿姫が先頭打者に。椿姫の打順だった二番には下位打線に名を連ねていたあんずが入った。そして八番だった球子が七番に上がり、清隆が代わりに八番打者になっている。

「いちおう理由を聞いておきたいんだけど。まさか適当に決めたって分けじゃないですよね?」

「ええ。ちゃーんと、それなりにがんばって考えてみたのよ~」

 千代美が意図を解説する。

 葵は中学のソフト部では主軸を打っていたバッターだ。足もあまり速くなく、好打タイプではない。見た目や性格に似合わず、打撃に関してはあまり器用な方ではないのだ。

 それを考えある程度制約のない六番打者に変更。

 一方で、器用で粘って四球を選ぶこともできる椿姫を先頭打者に任せる。

 二番打者には、椿姫が塁に出たとき、強硬策に出てもゲッツーの可能性が低い俊足のあんずを起用する。

 下位打線は八・九番と自動アウトが二つ並んでいたので、その間に清隆を挟むことによって、攻撃のバリエーションを増やす。球子の打撃力が上がってきたことも多少、打順の変動に関係していた。

「ふぅん。いろいろ考えているんだ」

 神子が相変わらずの三番で、椿姫の打順がその隣じゃなくても、椿姫は文句を言わなかった。

 椿姫も自分の感情だけでなく、チームとしての勝利を意識するようになっていたのだ。もちろん、一番打者というのも魅力だったし。

「私も賛成です。美少女二人に囲まれるとさすがに気分が高揚します」

「あんたは黙ってて」

 突然現れた清隆に、顔を向けることなく椿姫が一喝した。

「って、あんた、用があるから遅れるんじゃなかったっけ」

「はい。業者に発注したユニフォームが本日届く予定でしたので、受け取って問題ないか確認しておりました」

「ユニフォーム?」

「あっ、ついに出来たんだ!」

 清隆の声が聞こえたわけではないだろうけれど、彼がそれを持ってくるのは知っていたのか、神子が早速寄ってきた。そして神子につられるようにして、部員たちも集まる。

 みなの注目が集まる中、清隆が畳まれたユニフォームを見せるように広げた。

 白から青へとグラデーションでプリントされたユニフォームだった。黄色の縁取りで、高校名のアルファベットが斜体で記されていた。

 高校野球のユニフォームとしては派手かもしれないが、性別・年齢と多様な選手が集まる草野球ではちょうどよさそうなデザインである。

「本当はもっとかわいらしくスカート姿にしたかったのですが、とおるが穿いているシーンを想像して、やめました」

「あー、そっか……。そりゃそうだな。俺も神子ちんの可愛いユニフォーム姿を見たかったけれど、これに妥協するか」

 銀河がうんうんとうなずいた。

 ていうか、二人ともとおるはともかく自分が着ることになるのはいいのだろうか、と沙織は余計なことを考えていた。

「それじゃ~、みんな揃ったことだし、大会のことを説明するね~」

 千代美が言う。

 といっても説明会兼抽選会に参加したのが、説明下手な神子と千代美だったので、大半は葵が補足することになったが。



 第一回みなと町商店街草野球大会。

 主催は、みなと町商店街。協賛は神子の家である御代志グループが中心となっている。

 優勝チームには参加者全員に温泉旅行チケットがプレゼントされる。ほかにも色々賞品が用意されているとのこと。


「あれ? 確かハワイ旅行じゃなかったっけ?」

「うーん。いろいろ不況だからみたいだよ」

「まぁ温泉旅行も商店街っぽいけど」


 出場チームは八チーム。町外市外からも参加しているチームもある。

 以下が参加チームである(順不同)


 ・北海ベアーズ

 ・粟生野野球倶楽部

 ・みなとフェアリーズ

 ・出見高等学校草野球部

 ・六郷レディース

 ・サキガワ野球愛好会

 ・株式会社八丁野球部

 ・式雑町青年団

 

 試合は七回制。制限時間がもうけてあり、越えると試合終了。コールドルールあり。出見高の草野球部に限らず、他のチームもメンバーはぎりぎりなので、登録メンバー以外の参加も可。別チームの選手が助っ人として加わってもいいことになっている。試合を勝ちぬけば、敗退したチームの選手を加えることも可能だが、目的はあくまで不慮の事態の時に試合を成立させるための物である。

 なお一回戦を勝ったチーム同士で、もう一度抽選が行われるため、二回戦、そして決勝の相手がどこになるかは、まだ分からない。

「こうやって周りのチームを見ていると、ボクたちも格好良いチーム名を付ければ良かったなぁって思うよね?」

「シンプルで結構」

 葵がさらりと言った。神子に任せたら、どんな名前になるのか、想像付かなかった。ユニフォームのデザインを決めるときも、いろいろ大変だったのだ。

「初戦の当たる、みなとフェアリーズって、実力的にはどうなの?」

「どうだろうな。お互い、くみやすい相手だと思ってるんじゃないか?」

「そうね。実際にプレーを見た訳じゃないけれど、出場チームのメンバーの年齢・男女比を参考にすると、企業の野球部である株式会社八丁チームと、式雑町青年団チームあたりが優勝候補で、商店街チームはその下じゃないかしら」

 葵が言う。

 確かに高校生(一部中学生)の女子と、二十代三十代の男性の筋力や運動能力を単純に比べれば、後者の方が一般的に上だ。

「そうだ。粟生野野球倶楽部には、すごいピッチャーがいるみたいだよ」

 多少参加チームの事情を知っている神子が言った。

 プロ野球でもそうだが、草野球では特にピッチャーにかかる比重が大きい。その点、好投手がいるチームも要注意かもしれない。

「レディースって、女性だけのチームもあるっすね」

「女性と言っても、全員が神子ちゃんみたいだったら、お手上げだよね~」

「そうね。いろいろな意味でね」

 とおるの言葉に、葵が苦笑する。実力面は申し分ないが、チーム運営は大変だろうと、実際体験している葵としては切実なのだろう。

 とにかくメンバー構成上、商店街チームも、出見高等学校草野球部も出場チームの中では決して強い方ではない。

 大きな野球大会にも出場するようなチームといきなり当たらなかったことは、双方にとって朗報かもしれない。

「うー。去年までなら、ボクもあっちのチームで出場できたのになぁ」

「あら、いいじゃない? せっかくだから商店街のチームで出場してみたら? 沙織と対戦できるわよ」

「あ、それいいかも」

「だめだめっ。負けたら大変なんだから」

 沙織としても、神子との対戦は望むところでもあるのだけれど、この大会は草野球部の存続が掛かっている試合でもあるのだ。負けられない戦いでの勝負はできれば遠慮したかった。

「でも試合が始まったら、案外あんたの方からやりたがるかもね」

「ううっ」

 沙織は赤面してうつむいた。

 実際に勝負することはなくても、マウンド上でボールを手にしたら、椿姫の言う通り、そうなるのも否定できない沙織だった。



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