第24話 練習したくなってきちゃった

「ふぅ。冷たくて美味しいね」

「うん」

 神子がライバル宣言をしてしまったため堂々と偵察するのがはばかれるし、直射日光の下でただ見て立っているのもかなり体力を消耗するので、沙織たちは商店街チームの練習を最後まで見終えることなくグラウンドを後にした。

 そしてまた賑やかな商店街に戻った沙織たちは、喫茶店に入ってアイスクリームパフェを食べながら、一息ついていた。

 沙織がゆっくりと味わいながら食べているのに対し、神子はさくさくと、一番上に乗っているさくらんぼを器用に残しながら、食べていく。苦手なのだろうか。あまり好き嫌いがなさそうなタイプだと思っていたのに、ちょっと意外だった。

「ん、これ? 大好きだから最後まで取っておいているんだよ」

 と思っていたら、全く逆だった。

「けどそれはそれで、神子ちゃんの意外な側面を見られたような……なんとなく一番に食べそうな感じだったから」

「うーん。どうなのかなぁ。商店街のみんなとは、初戦で当たらないで決勝で勝負したい、みたいな感じかなぁ」

「あ、分かるかも。でもあたしは一回戦でも決勝でも、森屋さんたちと勝負してみたいかな」

 今度行われる野球大会には、町の内外から幅広くチームを集め、全八チームが参加予定となっている。ただ時間と場所の関係から、総当り戦ではなく、トーナメント方式だ。そのため組み合わせや勝敗次第では、商店街チームと対戦できない可能性もある。

「うん。そうだねっ」

 神子がうなずいた。

「あたし……今まで対戦相手のことを意識して試合したことなかったから、こういうのって、ちょっと新鮮なんだ」

 小学生の頃は無双していたから、対戦相手が誰であれ関係なく、意識することもなかった。

 けれど対戦相手が知っている人だと、やはり色々と意識して考えてしまう。けれどそれもまた楽しみの一つだった。

「まさきくんと勝負できるのは、ちょっと楽しみかなって」

 小六で野球をやめたとき、こんな風に考えることができるとは思ってもいなかった。

「うん。そうだね。あの正木って子は、要注意だよ」

「そ、そうなの?」

 あの神子が真面目な顔をして言うから、逆に沙織も驚いてしまった。

 全体的な練習は見ていたけれど、広樹を注意して見ていたわけではないので、その実力は分からなかった。小学校のときの記憶もあまりない。けれど神子が言うくらいだから、そんなに凄いバッターなのだろうか。

「そうだよ。だって、さおりんのボールを捕れる小学生だもん」

「あっ……そういうこと」

 言われてみれば小学生当時、鬱憤を晴らすかのように試合で全力投球できていたのも、広樹がキャッチャーをやっていたからだ。小学生レベルでは頭一つ抜けていた沙織の球をキャッチできたというのは、確かに神子の言うとおり、凄いことかもしれない。

「けれど、それを言うなら、葵ちゃんだって、凄いんだから」

 なぜか変な対抗心みたいなものが生まれて、沙織はそう言った。

 葵だって沙織のボールをしっかり受け止めてくれている。先日の試合も結果的に打たれて葵は反省していたけれど、強気のリードは沙織の性に合っていて、投げやすかった。

「うん。そうだよね。なんてたってボクが一番最初にスカウトしたんだもんっ」

 神子も同じように、自慢げに言った。その自慢の対象は最初にスカウト云々ではなく、葵が凄いということなのは沙織にも分かった。

「そういえば、今日は葵ちゃんも誘わなかったの?」

「うん。実はさおりんの後に誘ったんだけどね。なんか用事があるって」

「へぇ」

 他人の目を気にせずマイペースな葵は休日は一人でいる方が気が楽なタイプなのだろうか。

 沙織もそっち側の人間だったのでその気持ちは良く分かる。

 けれど今日は神子と一緒に出かけて凄く充実して楽しかった。毎日だと疲れてしまうかもしれないけれど、たまにはこういう日もいいなと思った。

「ところで神子ちゃんって、小学生の時からあのチームで練習してたの?」

「ううん。中学からだよ。小学校のときは別の少年野球のチームに所属してたんだ」

 そう答えた神子は、どこか照れくさそうに続けた。

「実はね、ボク、そのころ野球ってあまり好きじゃなかったんだ」

「えぇぇっ?」

「さおりん、驚きすぎ」

「だ、だって……」

 神子が野球があまり好きではないなんて、沙織に友達百人いるくらい、あり得ない話なのだ。

「小さい頃は、あんまり皆に馴染めなかったんだ。ほら、この髪だし」

「う、うん」

 今ではすっかり見慣れてしまったけれど、輝くブロンドの髪の毛。子供の目からしたら、異質の存在だ。それをプラスで捉えるかマイナスで捉えるかの話だが、沙織は躊躇なくマイナスで受け取るタイプだ。

 けれど神子は前者だと思っていたので、意外だった。

「そんなボクを見て、同年代の友達ができるようにって、おじいちゃんが野球チームを紹介してくれたんだけど、最初は嫌々だったんだ。でもそのとき凄い人に会ってね、その人を見たらボクも頑張らなくちゃって思ったんだ」

「へぇ」

「それから思い切って頑張ってみたら、みんなとも仲良くなれて、野球もどんどん楽しくなってね。中学でも野球部に入ったけれど、もっと野球がしたいから、商店街のチームに入れてもらって練習したんだ」

「そうだったんだ」

 神子を見ていると、生まれながらの天才、という感じだったので、今聞いた話は沙織にとっては意外だった。

 そんな神子を見ていたら、沙織は体がうずうずしてきているのを感じた。

「……なんか、練習したくなってきちゃった」

「うん。実はボクも。ねぇ、これから学校に寄ろうっか。部室に行けば着替えもあるし」

「え? でも部室って閉まっているんじゃ……」

 草野球部は基本的に日曜祝日の練習はない。グラウンドにも金網のフェンスで覆われていて鍵がないと入ることができないはずだ。

「ふっふっふ。こう見えても、一応ボクは部長だからね。合鍵持っているんだよ」

「そうなんだ」

 部室の合鍵を勝手に持ち歩いて良いだろうか? まぁ神子がそれを悪用するとは思えないけど。

「それじゃ、行こうか」

「うん」

 神子と一緒に席を立ちながら、たまには二人きりの練習も悪くない、と思った。


 ……のだけれど。



 草野球部は休みでも、他に活動している運動部があるので、校門は普通に開いている。校門をくぐってまっすぐに第二グラウンドまで向かう。

「あれ?」

 先に気づいたのは神子だった。

「ねぇさおりん。何か聞こえない?」

「……え?」

 言われてみると、確かにこの先にあるグラウンドから声が聞こえていた。

 沙織と神子は顔を見合わせると、早歩きでグラウンドに向かう。

「ほら。今のは取れたわよ!」

「ううっ。もう一回、お願いするっす!」

「よし。行くわよ」

 金属バットがボールを叩く音が響く。

 誰もいないはずのグラウンドに、聞き慣れた声が響きわたり、葵が放った打球を、球子が追っていた。

「あれ? 神子ちゃんに、横山さんじゃないか」

「え、名賀くんもっ?」

 グラウンドには葵や球子だけでなく、とおるまでもいた。練習があまり好きではないとおるが休日にグラウンドにいるのは驚きだった。ぼっちだった沙織が友達と遊びに出かけるくらいの珍しさである。

 葵と球子も、沙織たちに気づいたようで、練習を止めてやってきた。

「あら、神子に沙織まで。どうしたの?」

「それはこっちの台詞だよっ。練習は休みなのに。どうやってグラウンドに? それに野球の道具だって部室にあるはずなのに……」

「えーとねぇ。それは私が鍵を渡したからよ~」

「えぇっ。せ、先生までっ?」

 休日練習には無縁そうな千代美の姿まであって、沙織は驚いた。

 これは自分が友達と遊びに行くという世の中の法則に反する行為をしてしまったため、世界のバランスが崩れてしまったのかと、沙織は本気で思った。

「実は月曜日までの仕事をすーっかり忘れちゃってねぇ。家でしなくちゃいけないのに家だとやる気が出なくてね~、それで学校に来たの~」

 彼女の言うとおり、ベンチに座る千代美の前には野球とはあまり関係なさそうな資料がたくさん積まれていた。

「一人でいるのと違って~、誰かが見てくれているとやる気が出るのよね~」

「で、私も個人的な練習で部室とグラウンドを使用したかったから、お互いの利害が一致したというわけ。顧問が不在の休日に勝手に練習するのは、いちおう禁止されているから助かったわ」

「そういうことみたいだよ。で、僕は葵ちゃんの付き添いで……」

「球ちゃんは、練習があるって聞いて志願したっす」

「そうだったんだ」

 みんなの話を聞いて、沙織は納得した。

「ぶーっ。そういうことなら言ってくれたら良かったのにっ」

 神子が不満げに頬を膨らませる。

「黙っていたことは悪かったわ。けれどあなたたちは放っておいても練習し過ぎなのだから、休日くらいゆっくり身体を休ませた方がいいと思ったのよ」

「うっ」

 確かに沙織は、普段から練習を管理する葵にオーバーワークを注意されていた。

 葵は、じとっとした瞳で沙織と神子を見つめて、続けて聞いてきた。

「……で、二人はどうしてここに? まさか練習しに来たのではないでしょうね?」

「えっと……」

「あははは……」

 沙織と神子は顔を見合わせて、苦笑した。

 その反応を見て、葵は大きくため息をついた。

「仕方ないわね。三人だと練習メニューも限られていたからちょうど良いわ。時間がもったいないし早く部室に行って着替えてきなさい」

 その言葉に、神子はぱぁっと顔を輝かせると、ぱっと沙織の腕をつかんだ。

「よーし。さおりん、早く着替えに行くよ!」

「えっ。わ、分かったから、引っ張らないで」




 このあと結局、日が暮れるまで、沙織はみんなと一緒に練習をした。

 神子と歩き回り、その後に練習に参加するというハードなスケジュールにさすがに疲れは感じたけれど、それも不思議と心地よいものだった。


「ねぇねぇ~。もう少しだけ、練習していかない~?」

 なお。千代美の仕事が無事終わったかどうかは、定かではなかった。

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