第21話 百パーセント脂肪だもん。無駄乳だよっ!
※ 今回は小ネタ集になります。
「……ここはこうした方がいいかしら」
「お、何してんの?」
練習の合間の休憩中、ベンチに座ってノートを見ながら悩んでいる葵に、銀河が声をかけた。
「練習メニューを考えているの。目標の大会までの時間は限られているから、効率の良い練習をしないとね」
「はー。なるほど。意外とめんどくさそうだな」
そんな葵と銀河の会話に、神子と沙織が加わる。
「やっぱり、階段をウサギ跳びが一番だよっ」
「えっと……タイヤ付けた紐を腰に巻いてグラウンドを走るとか、どうかな」
「精神論の体力馬鹿共は黙ってて」
「ていうか、神子ちんはともかく、横山もそっち系の人間なのか……」
☆☆☆
「……ここはこうした方がいいかしら」
「何してるの?」
練習の合間の休憩中、ベンチに座ってノートを見ながら悩んでいる葵に、沙織が声をかけた。
「個別の練習メニューも考えているのよ。チーム全体としてだけでなく、個々のレベルアップも必要でしょう。けれど人って苦手なことは自主的にしないものだから、私から提案しようと思って」
「なるほど……そうかも」
沙織はちらりと葵が書いている練習ノートに目をやった。沙織の項目は「バント練習」となっていた。
沙織は苦い顔をした。確かに、葵の言うとおりである。
とりあえずその案から目を背けて他の人を見る。
「あの、これって……」
沙織が気になったのは、とおるの項目だった。
「ええ。ショートより動きは少ないとはいえ、三塁手はバント処理もあるし、とおるにはもう少し動きがよくなってもらわないと困るわ。で、腹筋のメニューを組み込んだの。これで少しはあの腹が引っ込むのではないかしら」
「それをすてるなんてとんでもない」
「え?」
「ソレヲステルナンテトンデモナイ」
沙織の目はマジだった。
「あはは。さおりんって、柔らかいものが好きだよねー」
先日のとおるの練習メニューのエピソードを聞いて、神子が笑った。
「とーるだったら、頼めばいくらでも触らせてくれるよ?」
「う、うん……」
確かに神子の言うとおりかもしれない。
けれど女子として男子の身体に触れることは、意識してしまうのだ。
ぼっちで男性接触経験が少ない上に、むっつりな沙織ならではの悩みである。
「異性を意識してしまうんなら、女子の胸でも触っていればいいんじゃない?」
椿姫が会話に加わってそんなことを提案した。
「……え?」
「た、例えばその……み、神子のとか……っ。べ、別に後で感想聞かせてねってわけじゃなくって……」
椿姫がキョドりながら、具体例を挙げる。
「うーん……」
「おー。よーし。さおりん、こーい」
椿姫の提案を聞いた神子が腕を広げて沙織を待つ。練習後でティシャツ姿の神子の胸元には、大きなたわわが揺れていた。
だが、当の沙織はいまいち乗り気ではなかった。
「どうしたの?」
「何となくだけど、神子ちゃんのおっぱいって、筋肉で出来ていそうな気がして……」
沙織的には、ぷにぷに感に欠けるのだ。
「そんなことないよ! 百パーセント脂肪だもん。無駄乳だよっ!」
普段はあまり見られないが、神子にも女性としてのプライドがあったのか、躊躇する沙織に対し、逆にそのまま迫って抱きついた。
「むぎゅぅ」
身長170センチ越えの神子が150センチちょいの沙織を真正面から頭ごと抱きしめると、ちょうど沙織の顔が神子の胸に埋まる体勢になるのだ。
「ねっ? ぷにぷにでしょ? 筋肉じゃないよね?」
神子の言うとおり、胸は柔らかかった。ブラの感触が邪魔だったけれど。
神子の熱い抱擁(ヘッドロック)から解放されて、沙織は膝から崩れ落ちた。
そんな沙織の様子を、椿姫が羨ましそうに見ていた。
その羨望込みのねっとりとした視線に、さすがの神子も戸惑った様子を見せる。
「えっと……つーちゃんも触ってみる?」
「そ、そんなの別に、思う存分揉みしだきたいわけないじゃない。でっ、でも、神子がどうしてもって言……」
「あ、じゃ、いいや」
椿姫が砂のように崩れて溶けた。
このあと、沙織は椿姫につき合わされて、滅茶苦茶トスバッティングさせられた。
☆☆☆
「お疲れさまでしたっ」
練習終了。日が長い季節とはいえ、空はだいぶ薄暗くなっている。
「それじゃ、後は球ちゃんに任せるっす」
グラウンドのトンボ掛けは、球子が一人で行う。これが日課である。
最初沙織が入部したときは、一人で作業する球子を見かねて手伝おうとしたのだが、彼女が断ったのだ。
「ま、足腰のいい運動になるし、本人がやりたいのならいいのではないかしら」
球子がする作業のことは、葵も了承している。
それにしても練習後のグラウンド整備を、よくあの小さな身体でできると沙織は感心する。
葵の言うとおり、グラウンド整備のおかげか実際球子の体力の成長は著しく、打撃に関しては沙織より良い打球を飛ばすようになってきていた。打力の上昇はチームとしてはいいいことである。
ただ身長まで成長されたら、背の高さを抜かれてしまいそうで、沙織密かに心配していたりする。
球子がグラウンドを効率よくならしていく。
あの手際を見ると、下手に手伝うのがためらわれる位だ。
グラウンドが綺麗になるのはすばらしいことなのだが……
「ふっふっふ……っす」
球子のにやけた笑みをベンチで見ながら、沙織はぽつりと呟いた。
「でも、何かグラウンドに頬ずりしそう」
「野球のスパイクやボール以外で跡を付けたら、怒られそうね」
☆☆☆
「うーむ。悩みます」
部室でノートを見ながら清隆がつぶやく。
「……何してるんですか?」
何となく気になって、沙織が聞いてみた。
彼の口調にあわせて「です・ます調」になってしまうのはいつものことだが、それは彼に影響されているというより、一定の距離を置きたい意味でもある。
「部費の帳簿をつけておりまして」
「へぇ。そういうの葵ちゃんの仕事だと思ってた」
「さすがに私でもそこまで手が回らないわ」
葵がさらりと言った。その様子だと、本当に清隆に仕事を任せているようだ。
「うんうん。葵、忙しそうだもんねー」
「ええ。部長が部長の仕事をしてくれないからね」
「おぉっ、それは大変だっ」
神子がマジで言っているのか、うんうんとうなずいた。
葵が大きくため息をついた。
「まぁそういうわけで、神子さんに代わって、事務作業を請け負っているのです」
「へぇ」
「部費は限られていますので、用具・備品の発注も、ただ購入すれば良いというわけではありません。少しでも経費を浮かせるために、払い下げなど活用しているのですよ」
「払い下げ先は、やっぱり女子野球部なんですよね?」
「さすが、さおりん。世の中の常識が分かっていらっしゃる」
「……いえ。谷尾さんの考えそうなことを言っただけで、世の中の非常識ですから。あと、さおりん止めて」
☆☆☆
「沙織さんって……つっこみ体質なのね……」
「そ、そうかな?」
あんずに話しかけられて沙織は考えた。
確かに一日一回は、神子か清隆のボケにつっこみを入れているような気がする。
そんな沙織の反応に、あんずがにやりとどこか勝ち誇った表情で笑った。
「……ふ。本当のコミ障につっこみは至難の技。普通は反応できないわ……」
「うっ」
あんずの指摘に、沙織はどこか負けたような気持ちになった。
本来ならばコミュ障扱いから外されるのは喜ばしいことなのだが、同士のあんずの台詞からは、沙織を偽ぼっち、もしくは低レベルぼっちと見下されたような感じが含まれていたからだ。
自慢じゃないが、沙織にはぼっちとしてのプライドがあった。しかも結構高レベルだと自負している。本当に自慢じゃないが。
そこで沙織は、すぐに反撃に出た。
「そういえば、あんずちゃんって、草野球部には募集のポスターを見て、入部したんだよね」
「……うん。そうだけど……?」
沙織は先ほどのあんずのようににやりと笑みを浮かべて言い放つ。
「本当にぼっちなら、一人で入部なんて、できるわけない!」
「……うっ……」
あんずががくっと下を向いた。
「なにやってるのやら……」
「あはは。でも何だかんだで、くららもさおりんも最近はよく話すようになって、明るくなったよね」
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