第9話 すごいっ。一言でボクの性格を表現してる!


 お昼時の学食は、今日も騒がしかった。

「今日は丹上さんもラーメンなんだ」

「ええ。たまにはね」

 葵のテーブルの上には、神子と同じようにラーメンのどんぶりが置かれていた。

 沙織が草野球部に仮入部を決めた翌日。沙織は一昨日と同じように葵と神子と一緒に学食に来ていた。今日も沙織はお弁当持参だったが、二人の食べっぷりを見て、いつかはラーメンに挑戦してみようと思った。

「――名前」

「え?」

 問い返す沙織に、葵がラーメンのスープを掬いながら言う。

「名字じゃなくて、葵、でいいわ。チームメイトなのだし。名前気に入っているから」

「えっと、その……」

「別に深い意味はないわ。私も『横山さん』ではなく、沙織と呼ばせてもらう方が楽だからよ。その代わりのようなものね」

 なるほど、と沙織は納得する。

 さばさばとした葵の性格を考えると、確かにそんな感じだ。

「じゃあ、葵……ちゃんで……」

「ええ。それで良いわ。神子みたいに変なあだ名を付けようとしないでね」

「ぶーっ」

 神子が頬を膨らませた。

 沙織は苦笑した。神子が教室に押し寄せたとき、変なあだ名を付けられたけれど、葵も最初はそうだったようだ。

「じゃあ、ボクも神子って呼んでね。面白いあだ名でも可!」

「……えっと。とりあえず、神子ちゃん、でお願いします」

 それにしても、名前で呼び合う仲って、友達みたいだ。

 友達いない同盟同士が友達になってしまったら、なんて呼んだらいいのだろう、と変な考えが沙織の頭の中をよぎる。

 いやいや。あくまで同じ部活動の一員というだけで、友達じゃないかもしれないし。

 けど、例えただのチームメイトで友達じゃなくても、こうやって呼び合える仲間が増えて、沙織は内心嬉しかった。一人の方が楽と思っていても、そうじゃないときもあるのだ。

 名前で呼び合うことで少しだけ二人との距離感が近くなったことを感じた沙織は、思い切って自分から、気になったことを聞いてみた。

「ね、ねぇ。葵ちゃんと……神子ちゃんって、前からの……知り合いだったの?」

「うん。同じ中学でその時からの友達だよ」

「ええ。神子は中学でも男子に混ざって野球部やっていたわ。私は女子ソフト部だったのだけれど、同じ高校に進学することになって、強引に草野球部創立に関わらされたのよ」

「へぇ」

 当然ながら、沙織にはまだまだ二人のことについて分からないことが多い。だがそれは葵たちだけじゃなくて、他の草野球部のメンバーにもいえることだった。

 それを察したかのように、葵が提案する。

「さてと。沙織が加わったことだし、紹介がてらに、もう一度、メンバーの再確認をするわね」

「うん。お願い」

 昨日グラウンドいたメンバーとは、仮(ここは一応沙織としては重要)入部を決めた後、簡単な自己紹介をしたのだが、ぼっちだった沙織にとって、あの短い時間の一度きりで、いきなり何人もの顔と名前を一致させるのは、不可能な話だった。

「うん。そうだね。確認しないとボクも分からなくなっちゃうから」

「部を作った人としてそれは問題だと思う!」

 沙織はすかさずツッコミを入れてしまったが、まぁ神子だし、の一言で完結してしまいそうなところが、神子らしいと思った。

 

「じゃあまずは、ピッチャーからだね」


・投手  横山沙織(よこやま・さおり)

 左投げ左打ち。ちっちゃくて可愛いけど、負けず嫌いっぽい。


「……何このコメント?」

「ボクなりのまとめだよ。ほら、その方がさおりんもイメージしやすいかなーって」

「あたし自身のことを言われても……」

 といいつつも、負けず嫌いなところを言い当てられてちょっとドキッとしていた沙織であった。――周りにはバレバレだけれど。



「続いてキャッチャーだよ」


・捕手  丹上葵(にかみ・あおい)

 右投げ右打ち。草野球部副部長。お化けが苦手。


「どうでもいいわよ。そんな情報」

「へぇ。二か……葵ちゃんって、お化け苦手なんだ」

「……次行くわよ」



・一塁手  御代志神子(みよし・みこ)

 右投げ左打ち。草野球部部長。バカ。


 神子自身のため、今度は葵による紹介である。

「すごいっ。一言でボクの性格を表現してる!」

「……本当に、そうだね……」

「打つ方はお世辞抜きに大したものね。そのあたりは、対戦した沙織が一番よく分っているのではないかしら」

「うん」

 沙織はうなずいた。

 性格的にはお馬鹿かもしれないけど、バッティングに関しては天才的だと思う。

「守備は及第点。やや送球に難有り、と言ったところね」

「うーん。ボク投げるのは苦手なんだよねー」

 一塁を守っているのは背が高いというのもあるけれど、スローイングの問題もあるようだ。とはいえ、一塁手も送球する機会は少なくないので、沙織はそのことを頭の中で思い留めておいた。


 

・遊撃手  名賀とおる(なが・とおる)

 右投げ右打ち。デブ。


「えっと……神子ちゃん以上にストレートな表現だね……」

「ええ。でも沙織にとってはその方が分かりやすいでしょう?」

「ま、まぁ……あの横に大きい人だよね?」

 沙織は出来る限りオブラートに包みながら、昨日のことを思い出す。丸まるい体型のおっとりした感じの男子だった。

 神子と対戦したときは葵がキャッチャーをやっていたけれど、正式な捕手は彼だと思っていた。体型的に。

 ただ葵の説明だと遊撃手のようだ。

「ああ見えて、グラブ捌きは悪くないわ。ま、守備範囲はお察しだけれど。バッティングは可もなく不可もなくといったところかしら」

「とーるって、葵の幼なじみなんだよ。部活作ったとき、それで来てくれたんだ」

「へぇ」

 なるほど。親しい間柄だからこそ、葵の説明どストレートだったのだろう。

 それにしても、高校生にもなって男の子の幼なじみがいるなんて、マンガの中だけの空想の存在だと思っていた沙織にとっては衝撃だった。友達いない同盟どころか、葵は意外とリア充かもしれない。

 けど、葵ととおるの姿を思い浮かべると、まさに美女と野獣(というかマスコット?)で、ラブロマンスは起こりそうにもないかと、沙織は感じた。



・三塁手 西村銀河(にしむら・ぎんが)

 右投げ右打ち。元野球部期待の一年(自称)


「名前、銀河っていうんだ」

 とりあえず、沙織にとって一番印象に残ったのはそこだった。覚えやすいけれど、こういうのをキラキラネームと言うのだろうか。銀河だけに。

「ええ。というより、私たちと同じクラスの男子なのだけど知らなかったの? そういえば沙織、初対面のような対応していたわよね?」

「あ、ははは……そうだっけ?」

 同じクラスの教室にいれば認識できるけれど、教室を出て体操着姿だと、もう顔と名前を一致できない沙織であった。言われてみると、確かにクラスのムードメーカーみたいな男子の一人に、彼がいたような気がする。

「神子がピッチャー候補でどうしてもって言うから、神子自身を餌に勝負を持ちかけて様子をみたけれど、私の趣味に合わなかったわね。球速はそれなりに出ていたようだけれど、コントロールタイプじゃないから」

 葵がばっさりと切り捨てた。もちろん単純な葵の好みの問題だけでなく、球の伸びやキレの問題もあるのだが。

「けれど正規の元野球部員だけあって、野球の基本は出来ているようね。バッティングの方も悪くなかったわ」

「うん」

 あの後、銀河もフリーバッティングをしていたけれど、さすが男子野球部員というスイングだった。



・レフト 吉野球子(よしの・たまこ)

 右投げ右打ち。口癖は「っす」。マネージャー志望だけれど、人数の関係上メンバー入りしている、近くの学校に通う中学三年生。


「――って、同じ高校生じゃないんだっ?」

 昨日最初に話しかけてくれた子だから、沙織も彼女のことはしっかりと覚えていた。自分のことを棚に上げて、ちっちゃい子だなぁって思っていたけれど、まさか中学生だとは思わなかった。

「うん。球ちゃんの中学校の野球部は女子厳禁なんだって。だからマネージャーにもなれなくて。で、たまたまボクたち女子が野球の練習をしているのを見かけて、一緒に練習に参加したいって言ってきてくれたんだ。ウチの高校の生徒じゃないから、草野球部の『部員』じゃないけど、立派なチームのメンバーだよっ」

「それでいいのかなぁ……?」

 いい話なんだけれど、中学生が高校の部活で一緒に練習していいものなのか。まぁ神子が良いというのなら問題ないのだろう。

「あと一年したら同じ高校生だけれど、そうなったら、沙織の背を超えるかもしれないわね」

「うっ」

 自分よりちっこい子がいた、と内心ほっとしていたのは内緒にしておこうと思った。

「野球に関する技術は残念ながら、素人同然ね。運動神経もあまり良い方ではないわ」

 それは昨日のバッティングを見て分かっている。

「けど球ちゃん。野球が本当に好きなんだよ」

「うん」

 それもちょっと話しただけだけど、すごく伝わった。

「あ、そうそう。よく分んないけど、球ちゃん、大好きな野球をオカズに毎晩濡れ濡れっす、って言ってたよ♪」

「それはダメな感じっ!」

 ……ちょっと行き過ぎた変態さんなのかもしれない。



・ライト 久良あんず(くら・あんず)

 右投げ右打ち。特進クラスの生徒で無口。性格は静かで目立たない感じ。中学まで野球の経験はなし。


「えっと……この人、昨日いなかったよね?」

 覚えのない人物に沙織は昨日のことを思い出しながら尋ねる。

 昨日見たときは、女子は三人、葵・神子・球子だけだった。しかし目立たないというくらいだから、実はこっそりいたのかもしれない。そういうことに慣れていた沙織にとっては、親近感が沸くとともに、アイデンティティの危機も感じていた。

「ええ。特進クラスは、放課後に特別授業が行われる日もあるようだから」

「へぇ」

 無口で静かなタイプは秀才と思われがちだが、自分自身は全然そんなことない沙織(つまり頭良くない)にとっては、関係ない事だった。

「けれど、ボクたちが草野球部を創って部員応募のポスターを掲示板に張り出してから、一番に来てくれた子なんだよ」

「野球の経験はないけれど、見るのは好きでいつかやってみたかったそうね。既存の野球部以外の部活が出来たのを見て、問い合わせに来てくれたわ」

「そうなんだ」

 沙織自身もそうだが、無口で目立たないタイプというのは自分から話しかけるのは大変(と勝手に決めつける)なのだ。つまりそこまでするということは、あんずという女子生徒は、それだけ野球が好きということかもしれない。

「ちなみに、その部員募集のポスターで来てくれたのは彼女一人のみよ。それで私と神子で勧誘を始めた経緯があるわ」

 葵がため息をついた。どうやら苦労している様子だった。



・センター 谷尾清隆(たにお・きよたか)

 右投げ両打ち。知的メガネの皮を被った変態。


「へ、変態……っ?」

 馬鹿デブにも匹敵する一言に沙織は思わず聞き返す。消去法からすると、昨日グラウンドにいた男子二人のうち、横ではなく縦に高い方の男子のはずだ。仮入部決定後の簡単な自己紹介のとき、物静かな感じで丁寧にあいさつしてくれて、沙織のことを歓迎してくれたのは覚えている。なによりメガネの似合う美男子だった印象が強い。一応沙織も女子として、美男子には目ざといのだ。

「ええそうよ。沙織も注意した方がいいわ」

「注意って……」

 とおるのデブは一目瞭然だし、神子の馬鹿も妙に納得してしまった。けれど変態と称するのはどうなのか。

 葵の性格からすると、単なる毒舌や悪口ではなく、素直に一番分かりやすい単語を選んでいるようなだけに、余計気になる。

「まぁ、話したら分かるわ」

 葵はそれしか言わなかった。

 沙織はちらりと神子に視線を向けた。

「んーと。ボクの幼なじみで、それで一緒の部活に入ってくれたんだけど、まぁ、面白い人だよ」

 あの神子が言いにくそうに苦笑するくらいだから、かなりの性格なのだろうと、何となく想像できた。ていうかまた幼なじみか、この主人公共め。

 と心の中でつっこみを入れつつ、話題を変態から変える。

「……えっと、それで、二人の野球の実力はどうなの?」

「そうね。私としたことが、一番説明が必要なことをすっかり忘れていたわ。最初に誰かが変なことを言ったせいでつられてしまったわ」

「ああ。お化けのことだね♪」

「私は非現実的なことは信じない性質なの」

 神子の言葉をきっぱり打ち消して、葵が話を進める。

「谷尾は背も高いし運動神経は悪くないわ。ただ野球自体は未経験のためそれほど上手ではないわね。あんずの方も同じね。身長は女子にしては高くて165センチくらいあるし、中学時代は陸上部だったから足も速いわ。野球の知識はあるから呑み込みも早いけれど、やはりまだ初心者ね」

「三人の守備位置はどうやって決まったの? その……球ちゃんがレフトであんずさんがライトというのは……」

「沙織の言いたいことは分かるわ。草野球なら一番守備が苦手な人がライト、というのがセオリーよね」

 葵が言う。あんずの守備はまだ見ていななかったが、葵の言葉によって、球子とあんずの守備力の差が、沙織の想像通りだったことを示していた。

「でも右方向に飛んでくる打球って、意外と変な回転がかかっていて難しいんだよね。それにやっぱりある程度肩も要求されるし。でもね。一番の理由は、あんまり上手じゃないからって、打球が一番飛んでこないライトに置くのはどうかなーって思ったからなんだ。……変かな?」

「ううん。そんなことない。良い考え方だと思うよ」

 ちょっと不安げな顔を見せた神子に対して、沙織は笑顔で答えた。

 神子の性格からすると、みんなと一緒に野球を楽しみたい、という考え方のようなので、臭い物に蓋をするようなことはしたくなかったのだろう。それも一つの考え方であり、立派な考え方でもあると沙織は思った。

 ちなみに、少年野球の時、味方にエラーされて、「下手な守備してんじゃねーよ」とマウンドでこっそり毒づいていたことは秘密である。

 今まで紹介されたメンバーを沙織は一通り思い返してみた。

 さすがに神子のような凄腕のバッターばかりが揃っている、というわけではなく、草野球らしく素人同然のようなメンバーもいるようだ。当然ながら今の説明で全員を完璧に覚えたわけではないが、顔と一致させるよりは楽だったりする。もちろん野球をやっていた小学生のころは、一応メンバーの名前と顔は一致させていたのだから、しばらく一緒に練習すればたぶん大丈夫、のはず。

 なんてことを考えつつ、沙織は無料のお茶を飲み(これも学食のひとつの楽しみである)ふと気付く。

「あれ? そういえば、一人足りてなくない?」

 葵たちによる紹介は終わった様子だったけれど、ここにいる三人を除いて、五人しか紹介されていない。

 沙織の言葉に、葵と神子は何を今更という顔をする。

「ええ。そうよ。本人たちの希望と経験・野球の腕前から守備位置を割り振った結果、二塁手が足りないのよね」

「そうそう。だからさおりんのときみたいに、ボクと神子で生徒たちをスカウトして回ろうかと思ってるんだ」

「へぇ。そうだったんだ」

 試合をするにはまだ一人加入しなければならない。

 けれどその人は自分より後に入部するので、必然的にいわば後輩になる。

 そう考えると、いきなり見ず知らずの人がたくさんいる部活に放り込まれた沙織にとっては、少し気が楽になった。

「ピッチャーのときは、葵が捕ってボクが打って試していたけど、セカンドはどうしようかな」

「二塁手は内野の、守備の要。打力より守備力を重視したいわね」

「守備力か……。よし。じゃあ、さおりんに手当たり次第にボールを投げてもらって、キャッチした人を選んでみようか」

「それはさすがに意味不明でダメだってっ」

「むぅ。そうだよね」

 狙ったのかマジボケなのか分からないけど、沙織のツッコミに神子がしゅんとする。さすがにその点はわきまえているようだ。

「守備力を見るためには、投げたボールよりバットで打ったボールだよね! よし、じゃあさおりんが投げてボクが打ったボールを取った人が――」

「あのね、神子。ふつうの人はグラブをはめて持ち歩かないわ」

「えっ、そっち?」

 ようやく助け船かと思った葵のつっこみに、沙織は戸惑ってしまった。

 ふつう、倫理の問題とか、危険とか、そっち系のツッコミを入れるべきでは。「むぅ。そうだよね」

 でも神子は納得したようだ。

 そんな神子を黙らせた葵は、なぜか笑みを浮かべて沙織を見た。

「え? なに?」

「ふふ。沙織は投げているところを私に見せてくれて助かったわ。他の子も沙織みたいにしてくれれば、いいのにね」

「あ、あれはその……」

「グラウンドの端から、ホームベースにあるかごにボールを当てたんだってね。ボクも見たかったなぁ。さおりんたら、野球嫌いだーって言ってたのに」

 神子にもにやにやされてしまった。

「ううっ。あれはボールを持ってくのが面倒だったからで……」

「はいはい。そーいうことにしておくね」

「うーっ」

 沙織が言いくるめられていると、葵が思い出したように言った。

「あ、そうそう。それで今日の部活なんだけれど」

「うん」

「私と神子は委員会があるから」

「うん?」

「沙織だけ先に一人で行っててね」

「――えぇっ?」

 それは人見知りの激しい沙織にとっては、死刑宣告にも等しいものだった。



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