02 ダウンロードデータ
それから緋月は他の物も全てエレーニア達に見せた。そしてこの世界に欲しい人間がいるなら下着などの私物以外は全て提供することに決めたようだ。
「そもそも物に頼るようでは頂点にはいけないだろう? 有効活用できる人間がいるなら活用させればよいのだ。それより手早く手に入れた資金で次のステージへと上がった方が私にとっても効率がいい」
緋月は大量の荷物をこの世界へと持ち込んでいたがそれを自分で活用することに執着してはいなかった。
緋月にはそれより上の目標があるからだろう。
こいつは世界の頂点に立つつもりだ。この高度に発達した異世界においても緋月には目標を変えるつもりが全くないようだった。
「……緋月はぶれないな。この世界がこれだけ発達してると分かってもあくまで上を目指すか」
俺は半ばあきれた口調でつぶやいた。だがその言葉に緋月が聞き返してくる。
「それはお互い様だろう? 薙阿津。貴様も目標は変えていないように見えるが?」
そんなことを言われた。俺が今この世界で目標にしようとしているもの。
「薙阿津は神獣を倒すのよねっ!」
俺が答える前にパンネが言いやがった。もちろんマグロードとの戦いで力不足を感じた今もその目標は少しも変わっていない。
「ふふ……そうだろうとも。EXランクが総動員されるという神獣を倒す、ね。実に薙阿津らしい目標ではないか」
俺と緋月は高校に入った当初『異世界研究会』を作ろうとしていた。一か月だけあった仮同好会時代には、自分が行きたい異世界やそこでやりたいことについて何度も二人で話したりしたものだ。
そして……俺と緋月は異世界に行きたいという点では一致していたが、そこでやりたいことはそれぞれ違っていた。
緋月がやりたいことは世界の変革だ。世界の頂点に立って、知恵と知識を駆使して世界に革新をもたらす。こいつがやりたいのは内政チートだった。
緋月は、世界の頂点を目指している。
俺がやりたいことはもっと単純だ。ひたすらに魔物を倒して強くなる。理想を言えば俺は迷宮があるような異世界に行きたかった。そんな異世界で迷宮の最深部に挑むのが俺のやりたいことだった。
俺は、世界最強を目指している。
世界で一番の存在になるという意味では同じでも、俺と緋月が目指すゴールは違っていた。
「……まったく。薙阿津さんにしても緋月さんにしても、とんでもない人達がこの世界にやってきたものですわね」
俺と緋月の目的を聞いてエレーニアがやれやれと言う顔をしていた。
「ですが……二人ならそれがあり得るかもと思えるから不思議ですわ。わたくしもどこか感化されているのかも知れないですわね」
そんな感じの感想を言う。
パンネは目を輝かせていた。素直に緋月をすごいと思っているようだ。パンネは素直すぎて心配な所はあるがやっぱりいい娘だと俺は思う。
「二人の目標をまとめると最終的には緋月ちゃんが世界のトップに立って、それを世界最強の薙阿津さんが守る形になるんですね」
……綾ちゃんの言うことはちょっと意味が分からなかった。
俺は世界最強になるつもりだし緋月が世界のトップに立っても俺は驚かない。だがその後俺が緋月を守る流れはどこから生まれるのかと。
ぶっちゃけ俺は緋月を守りたいとは思わない。むしろこいつだけは守りたくない。
なぜなら、こいつが俺のユニークスキルをパクっていやがるからだ!
何が悲しくて同じ能力持ってる奴を守らにゃならんのか。その辺については、後日綾ちゃんにはきちんと話をしたいと思う。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
綾ちゃんの考えに色々疑問を感じたりはしたが緋月の持ち物検査は滞りなく終了した。荷物の処遇については、雑貨類は異人会ルートでの売却が可能だったので正規ルートでの換金となる。
問題の野菜の種については、国連機関にエレーニアの知り合いがいるのでその人に回収に来てもらうこととなった。エレーニアの知り合いというか、サケマグロの森で一緒に戦った青猫君のお姉さんらしいのだが。
国連環境計画、未開領域管理局のSランク自然保護官、アイシス・アシェス。Sランク能力者だけあってかなりの強者らしい。
というか国連環境計画の未開領域管理局は、異人会の被召喚者捜索部以上の武闘派組織なのだそうだ。なんと言っても神獣のいるエリアを含む未開領域を管理する部局だからな。
だがそれよりその少女の名前がアイシス・アシェスということで、青猫君の名前がシン・アシェスであったことが判明したわけだ。うん、すごくどうでもいい話だったな。
ただアイシスさんがシンのお姉ちゃんということは、頭に猫耳がついていることは容易に想像ができるだろう。シンを初めて見たときには男の猫耳とか誰得と思ったものだが、アイシスさんにはかなり期待が持てそうだった。
こうして緋月の持ち物検査は終了したのだが、ここでエレーニアの方から緋月に質問が飛んだ。
「これは緋月さんが答えたい答えで結構なのですけど。……緋月さんは、百科事典サイトの全データダウンロード版。もしかして持っていたりしますかしら?」
この言葉に緋月は少し反応を見せる。だが正直言うとこれには俺の方がびびった。
異世界が中世的な世界なら現代知識は大きな武器となる。だから現代知識をネット接続せずに見れる状態で持っておくことは、ヘタな雑貨類を持ち込むより大きな力となるのだ。
これを緋月がやっていないわけがなかった。百科事典サイトのダウンロードデータについては実は俺も持っているしな。
「…………」
「……残念ながら、それは持っていないな」
長い間を置いた後に緋月はそう答えた。十分にあやしい間だったがそれについてエレーニアが何か言うことはない。
エレーニアはこの質問の前に、『答えたい答えでいい』と付け加えていた。初めからエレーニアも正しい答えを求めてはいなかったのだろう。
「……だが、もし持っていた場合は何か問題があるのだろうか?」
緋月が訊ねる。エレーニアの目的がデータの有無を聞くことでないなら、所持していた場合の問題点を緋月に伝えるのが目的だろう。緋月もそれに気付いて質問を投げかけていた。
「そうですわね。一応、そういう地球のデータ自体は神器機関には既に存在しておりますわ。もちろん最新ではないからデータ更新の機会は欲してますけど。でも神器機関はそれほど地球の最新データを欲しいとは思っておりませんわ」
「ただし、地球由来の技術に関するデータやその他もろもろのデータ。これが国連の管理を離れて世に出回ることを国連は良しとはしません」
「地球からのデータを悪用しようとする
そう言ってエレーニアの話は終わった。
その後少しの間話をしてエレーニアとパンネは部屋を出る。
エレーニアは情報管理の大切さについて伝えるという形に話をまとめた。だがようは百科事典サイトのデータを持つのはいいが流出はさせるなと釘を刺していた。
神器機関がそれほど情報を欲していないというのは事実だろう。実際ここまで文明が進んでいるのだ。似たデータを国連が持っているというのはむしろ当然とすら思える。
だが俺達からデータを奪おうとしないのはやはりエレーニアの人柄だろう。エレーニアは百科事典サイトのデータを得ようとしない上で、データを扱う際の注意点についても指摘してくれた。
やっぱりエレーニアは決して悪い人間などではない。
俺はそのことを再認識し、エレーニアの忠告を無駄にしないようそれぞれ気を付けようと話をしてから緋月の部屋を出た。
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