第2章 神獣襲来

01 緋月の持ち物検査

 異世界生活八日目。緋月がこの世界に来て二日目の朝が始まる。


 この日、俺は朝食を食べた後に緋月の部屋を訪ねた。午後にはエレーニアが緋月の荷物を見に来る。


 その前に緋月と話しておきたいことがあったのだ。時差ボケからか眠そうにしている緋月を起こして部屋へと入れさせてもらう。


「さてと。じゃあまずはお前が持ってきた荷物を全部見させてもらおうか」


「全部見せろとは……朝から変態だな薙阿津」


 変態じゃねぇよ。俺はこいつが何を持ってきているのか聞いていない。だが『異世界研究会』をやっていた時に異世界に何を持って行くかは議論したことがある。


 こいつは異世界に行ったら革命起こすと言ってたこともあるからな。異世界へ持ち込む物についてもろくでもないラインナップがあった気がする。



「……下着も見るのか?」


「下着はいい」


 というか下着まで異世界用の荷物に入れてたのか? これについては俺をからかっているだけの可能性もあるな。と思ったらちゃんと洋服類もあったようだ。


 登山グッズのような品々の中に小さくまとめて入れてある。


「異世界に行ってすぐ人里に着けるとは限らないだろう。それに服飾技術が劣っている可能性もある。下着は肌に一番近く着るものだからな。準備は当然だ」


 言われてみればその通りだった。そして緋月は意外とかわいい下着を所持していた。


「……よし、次に行くか」


 下着はいいとか言いつつガン見してしまったがこれは不可抗力だろう。自分の下着を広げて自慢げに解説する緋月が悪い。


 つっこまれる前に次へと移る。


 基本は登山グッズだな。緋月はこう見えて意外と現実的だった。まずは異世界でサバイバイルするための準備をしていた。世界に与える影響は少ないか。


「こういう雑貨も馬鹿にはできないぞ薙阿津。むしろ異世界で再現不能な電子機器より世界へ与える影響は大きかったはずだ」


 そういう考え方もあるか。この世界でなければ電子機器がすごいと思ったが異世界で複製したりは出来ないもんな。


「むしろこの世界で電子機器が再現できると知っていれば日本の最新機器も持ってきたのだが」


 この世界は発展しているから電子機器は無意味と思っていたが逆だった。飛ばされる前にこうなることが分かっていればと思うと後悔が絶えない。


 緋月も不満そうな顔をしていた。この世界の技術レベルが事前に分かっていれば持って来るの物も変えたのにと顔に書いてある。


 だが雑貨類でもこの世界で普及していないものがあるかも知れない。そもそも緋月ほど準備万端でやって来た人間は、何万人も飛ばされてきているこの世界ですら前代未聞だろうからな。



 緋月の特異性を再認識しながら俺は荷物のチェックを続ける。だがそれほど世界に悪影響を与えそうな物は見つからなかった。大量の野菜の種とか米麹とか、女の子らしい? 物は入っていたが。


 後は緋月がこれからどうするつもりかを確認するだけだ。


「それで……緋月はこれ全部エレーニアにも見せる気か?」


「ああ。基本的には全部見せるつもりだ。この世界は民主主義もきちんと浸透しているし、神器機関には知的財産権の概念もあるようだしな」


 神器機関……エレーニアが所属するこの世界最大の学術機関だ。緋月の荷物をエレーニアに見せるということは、神器機関に情報を開示することに等しい。


 緋月は昨日エレーニアと雑談していた中で、エレーニアと神器機関を信用に足ると判断したようだ。俺は神器機関については良く知らないがエレーニアは信じてもいいと思う。


 それにこれは緋月の荷物だからな。最後は緋月本人が決めることだ。俺は緋月の考えを支持することにした。



 その後は緋月の部屋でエレーニアが来るのを待つ。待つ間はこの異世界について事前に分かっていたら何を持ってきたかについて緋月と議論を交わした。



 議論に熱中している内にエレーニアがやってくる。パンネと綾ちゃんも一緒だ。


 地球出身の綾ちゃんはともかくパンネがいる中で緋月の荷物を開帳するのはどうかと思ったが、緋月が良さそうなので放っておいた。


 綾ちゃんは地球出身なので緋月の荷物に驚愕することはない。荷物の充実度には少し驚いていたが。


 エレーニアの方はつぶやくように「すごいですわね……」と言っていたが、こちらも驚愕まではいってない。感情を抑えているだけかも知れないが。


 そしてパンネが一番驚いていた。新しい品を見るたびに毎回驚きの声をあげる。気持ちのいい反応だ。緋月もすごく嬉しそうなドヤ顔をしていた。



 それでも比較的穏やかに持ち物検査は続いていたのだが……。大量に出てきた野菜の種を見てエレーニアの表情が変わる。


「ま、まさか……。これ……全部、異世界植物の種子ですの」


 異世界植物とか言われると違和感がすごいが、確かにその通りではある。ここからすれば地球が異世界だからな。


 しかし種子類に対するエレーニアの反応が俺が思うよりも大きい。それは緋月も同様だったようで俺達は疑問を呈した顔でエレーニアを見る。エレーニアが固まっているので緋月が先に問いかけた。


「確かにこれは全て地球に生息する食物の種だが、それほど驚くような物なのか? この世界には米も普通にあるというのに」


 そう、この世界……普通にお米があったのだ。小麦はなんとなくありそうとしても米があったのには俺も驚いていた。そこまであるなら他の野菜があっても驚くほどじゃないと思ったのだが。


「どうやら……二人はこの世界に元々米があったと思っているようですわね」


 エレーニアの顔が真剣な物へと変わる。


「結論から先に申しあげますと、この世界には元々米も麦もありませんでしたわ。それらは全て、百年の間に地球から飛んできたものなのです。そしてこの世界で生産可能となった作物は少ない。本当に米や麦くらいものですのよ」


 言われてみれば確かに米以外はこの世界独自の食べ物が出てきていた。珍しい上にうまかったので今まで疑問にすら思ってなかったが。


 どうやらこの世界において地球の植物の種子は相当に珍しい物だったらしい。


 その上でこの世界には日本人が数多くいる。この世界の食べ物がおいしいと言っても故郷の味が恋しくなるのは人として当然のことだ。


 だから地球の野菜に対する潜在需要は相当に高いはず。緋月はこの発達した世界でさえ有用となる物を持ち込んでいたようだ。――緋月の農業チート生活がここから始まる。


 と思ったのだが、話はこれだけでは終わらなかった。


「……でも残念ですけれど、これらの異世界作物を個人が勝手に育てることは法律で禁止されておりますわ」


 残念なお知らせである。やはりこの世界、現代知識系のチートはことごとくつぶされる定めのようだ。俺は初めから戦闘にしか興味がなかったのでどうでも良かったが。


 くわしく聞くと異世界作物による環境への影響が問題となっているらしい。米と麦は栽培されてはいるがこれらも環境への影響は相当あるとのこと。


 ただ米と麦は全力で日本人が作りたがったし、この世界に元からいた人々にも好評だったために栽培が許可されているそうだ。


 だがそれ以外の作物栽培については基本的に国連機関の許可が必要とのこと。でも許可がおりることは少なく、厳重に外部と隔離された植物工場でのみ生産が許可されるというのが実情だそうだ。


「…………」


 ここまでの話を聞いて少し緋月がげんなりとしていた。だが緋月はすぐに立ち直る。


「それならば、この種子類はいっそ国連機関に提供してしまおう」


 緋月の切り替えは早かった。


「元々私は異世界でずっと農業をやるつもりもなかったしな」


 確かにそうだろう。こいつは……この世界に変革をもたらすつもりなんだからな。


 農業チートはそのための手段の一つでしかない。そして農業革命自体は種子を渡された国連機関が勝手にやってくれるだろう。


「それでしたら相応の金額が国連から支払われると思いますわ」


 緋月の選択は正解だったらしい。


「ここまで種類が豊富だと……恐らく一億円はくだらないですわね」



 ……マジで?


 やはり緋月は、色々と規格外な奴だった。

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