第46話 通貨防衛
1ダリク88モルド、87モルド……
90モルドの大台を割っても、なおダリクのレートは下がり続けます。
85モルドを切ったところで、クリオが落ち着いた声で言いました。
「買いを入れてください」
官僚たちが緊張の面持ちで、クリオの指示にうなずき、政府資金によるダリク買いを開始します。
しばらくして、急降下状態だったダリクのレートが、85モルド付近で均衡し始めました。
映像から、仮面の男の声が聞こえます。
「……そこの彼女が、異世界からやってきたという女性か。名前をなんと言ったかな?」
「初めてお目にかかります。クリオール・クリオールと申します」
クリオは律義にもそう答えましたが、目はまっすぐと相手を見据えて、不退転の意志をはっきりと示しています。
男は嘲笑するような口調で、クリオを挑発します。
「実にわかりやすい反応だ。85モルドが防衛ラインかね? しかし、我々の資金力を軽く見積もり過ぎたラインではないかな。もっとも、今回の戦費を考えれば、金欠気味の新政府にとって、弁済ギリギリのラインかもしれんが」
政府のダリク買いが継続して入り、ダリクのレートは87モルド台まで回復しています。
大型の買いが入ったことで、これまでダリク売りに走っていた投資家たちも、政府が防衛に動いたことを察知したのでしょう。85モルドという数字も、政府の防衛ラインを意識させるのに効果を発揮したようです。
いったんは売りを押し戻せたことに、官僚たちもまずは安堵の表情を見せます。
「クリオール総裁、レートは86~87モルド付近で膠着しています。追加の買いを入れますか?」
「いえ、いったん様子を見ましょう」
そのクリオの言葉に反応するように、仮面の男が再び口を開きます。
「そうかね。では、こちらの手番というわけだ」
男は手元の魔術基盤を操作すると、こう言いました。
「まずは小手調べだ。我々の資金の一部を投入しよう」
同時に、官僚たちがざわめきます。
映像に、ダリク売りを示す注文が次々と表示されます。
「お、大型の売りが大量に入っています! とんでもない数です!」
再びレートは急降下を始め、一気に85モルドを割り込みました。
クリオが声を上げます。
「買いを入れます!」
対抗するように、政府の買いが入り、レートは84モルド付近で下げ止まりました。
「ふむ。ではもう一波」
仮面の男が再び手を動かします。
さらに大量の売り注文がボコボコと浮かんできます。
「クリオール総裁!」
「買いを入れて!」
緊張した空気の中、売りと買いの押し合いが続きます。
数十分のもみ合いののち、突然、ガクリとレートが落ち始めました。
83モルド、82モルド……
「クリオール総裁……支えきれません。85モルドライン防衛予算、すべて投入しましたが、売りの勢いが止まりません……」
官僚の報告に、クリオは悔しげに答えました。
「……仕方ありません。80モルドライン防衛の準備を」
「はい!」
仮面の男の忍び笑いが聞こえます。
「ヒヒ……戦力の逐次投入というやつかな。そんなことで通貨が守れるのかね。例の、ギルモア銀行の頭取とやらに代わってもらったらどうかな?」
レートは下がり続けます。
80モルドを容易に突破し、休む間もなく再度の防衛戦が開始されました。
先ほどよりもはるかに大きな金額が投入されているにも関わらず、レートは下げ止まらず、ダリクの値段はぐいぐいと落ちていきます。
「もう遅い。85モルドという防衛ラインを設定していながら、それを突破されてしまったこと、それ自体が致命的だった。もはや政府に十分な資金が無いことを、世界中の投資家が確信している」
仮面の男が勝ち誇るように言います。
悔しいですが、急降下するダリクのレートを見ると、彼の言うことに理があるように思えてきます。
性急な変動相場制への転換、段階的な資金の投入、いずれもクリオの対応は後手に回らされていて、投資家たちの売りを促してしまっているのでした。
「クリオール総裁……80モルドライン防衛予算、終了です……」
官僚の沈痛な声が響きます。
すでに1ダリクは77モルドを割り、底値すら見えない状況です。
政府の資金が尽きたとなると、あとはもはや、何かのきっかけで買いの流れが起きることを祈るしかありません。
「ク……クリオ……何か、何か手はないんですか!?」
僕はたまらず声を上げました。
クリオは、僕の目を見て、苦し気に首を振り、うなだれます。
「さて、それでは仕上げと行こうか」
1ダリクが75モルドを割り込んだところで、仮面の男は再び手を動かしました。
これまで投入されてきた仕手筋のものと思われる資金の量にも匹敵する売りが、市場に投下されます。
ほとんど同時に、調印式を終えたレミ姉が、通信所に入ってきました。
「順調のようですわね、クリオ」
映像のレートを見るなり、レミ姉は意外なことを口にしました。
クリオが、先ほどの苦し気な面持ちから打って変わって、穏やかな表情でレミ姉の言葉に応じます。
「レミリア様、お疲れ様です。調印式は無事に?」
そうして、レミ姉の次の言葉が、絶望的な雰囲気に包まれていた通信所の空気を、一変させたのでした。
「ええ、滞りなく。それで、いつ始めるんですの?」
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