第34話 過去と未来
帝国への反逆。その思いもよらぬ宣言。
戸惑う僕たちを落ち着かせるように、ルキアは自分の過去を語りました。
「我が故国トルメキアの国名が地図から消えたのは、20年前のことだ。帝国の侵攻に対し、トルメキア軍は頑強に抵抗したが、衆寡敵せず、王家はついに降伏を決断した。しかし、帝国は降伏を許さなかった。周辺国が抵抗しないよう、見せしめとするためだ」
感情を抑制するように、ルキアは胸元から酒の小瓶を取り出して一口呷ると、穏やかな声で言葉を続けます。
「徹底抗戦を余儀なくされたトルメキア王家は、国王以下、ほとんどすべての王族が軍船に乗り込み、戦場に赴いた。そして誰一人還らなかった。王家の血を引く者は、当時十歳だった私を除いて皆死んだ。私は、トルメキアの至宝である剣と鎧、そしてこの“パラベラム”を託され、残った臣下たちとともに落ち延びた」
僕も、エテルナ様も、言葉を挟むことはしませんでした。
ルキアが、何か大切なことを伝えようとしているのがわかったのです。
「海賊の真似事をして、7年逃げた。当時の皇帝が死に、恩赦が行われ、私たちは帝国に降った。帝国軍として辺境を転戦し、10年。時代は変わっても、故国への想いは消えない。一方、帝国は腐敗を始めた」
「帝国の腐敗? 宰相リューベックの辣腕によって厳しく統制されているのでは?」
エテルナ様が身を起こし、そう聞きました。
「リューベックは有能な宰相だが、あまりにも長く権力を握り過ぎた。彼が魔物の国やエルフの大同盟と通じるようになったのは、国内の政治勢力を、彼だけの力ではコントロールしきれなくなってきたからだ。彼の保守的な政治思想に反発する者も多い。私と同じように、併合された周辺国出身の人間たちは特にな。それに」
ルキアは苦い顔をして、付言します。
「もとより多人種国家である魔物の国からすれば奇妙なことのように思えるだろうが、帝国では人間同士の間で階層が形づくられ、固定化されている。富貴な家に生まれた者は一流の教育を受け、高い官職に就くのに対し、貧民の子は一生貧民のままだ。それが帝国にとっての、そしてリューベックにとっての秩序なのだ」
これは僕たちにとっても耳の痛い話でした。
魔物の国の内部にも、オークやドワーフといったかつての被支配人種が力をつけることに批判的な人々はいまだに多く、政治的にも無視できない勢力を誇っているのです。
そうした人たちの代表例がギルモア伯であり、エテルナ様の施政方針と彼の政治的立場とのズレが、あの反乱を招いたともいえるのでした。
「そんな中で、私は異世界から来た人間と出会った。彼女は自分の命を守るために異世界の技術を提供し、この国の政治には努めて興味を持たないようにしていた」
異世界から来た人間。
帝国側にも一人いることはわかっていましたが、それが女性であることは、初めて知りました。
「私は彼女に接近し、彼女もまた私に応えてくれた。そうして、私たちは計画を立てた。この“パラベラム”を世界で最強の船にして、魔物の国と帝国の両海軍を無力化する計画だ」
帝国にも反乱分子が多数いるのは、本当のことでしょう。
しかし、ルキアの計画は、あまりにも無謀に思えました。
エテルナ様が反論します。
「仮に海軍を押さえたところで、陸軍はどうする。八個師団から成る帝国陸軍は、世界最強の軍事力だ。これを排除することなしに、国家の転覆など不可能だ」
ルキアは、この問いにあっさりと答えました。
「帝国陸軍はもう無い」
「なんだと?」
「本日未明、帝国陸軍のうち三個師団が帝国に対し反旗を翻した。さらに二個師団が離脱兵多数により機能停止。残る三個師団も、エルフの大同盟による急襲で防戦に追われている。」
「エルフの大同盟が?」
思わず、僕は声を上げてしまいました。
「ああ、そうだ。私がシンダール公に要請したが、初めに接触してきたのはシンダール公のほうからだった。リューベックが魔物の国の中にギルモア伯という毒を育てていたように、彼女も帝国の中に私を育てていたというわけだ」
僕たちがルキアの言葉の真偽を確かめる術は、今のところ無いのですが、ルキアが嘘を言っているようには見えませんでした。
エテルナ様は瞑目して、さまざまな要素に思いを巡らせているようでしたが、やがて静かに言いました。
「……それで、同盟の条件は? 私たちに何をさせる気だ?」
「我が艦隊はこれより帝国海軍の第一艦隊と決戦に向かう。あなたたちはこれを静観していてくれ。帝都占領が完了し、新国家が樹立した暁には、正式に魔物の国と同盟を結ぼう。これで戦争は完全に終わる」
「帝国海軍第一艦隊は、帝国軍最大の海軍戦力だ。第一艦隊に蒸気船は配備されていないのか?」
「第一艦隊には、“パラベラム”と同じ排水量の“オライオン”がある。蒸気機関の開発計画に対し、リューベックが出した条件は、三つある艦隊のそれぞれにひとつずつ、同排水量の蒸気船を配備することだった。どの艦隊が裏切っても、残るふたつがそれを阻止する。しかし、第三艦隊に配備予定だった船の蒸気機関は、オルシュテインに放棄してきたので、完成していない。“オライオン”を破れば、我らの勝利だ」
「戦力比は?」
「小規模な軍船まで含めると、こちらの艦隊は33隻。第一艦隊は41隻となる」
「無謀な戦いだ」
「ハハ、国王自ら乗り込んできたあなたのほうが、はるかに無謀だ」
ルキアは笑顔から一転、真剣な表情で言いました。
「私は必ず勝つ。見ていてくれ。私と手を組むかどうか、判断はそのあとでいい」
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