戦いのとき

第28話 国家の存亡



 敵艦の進路が魔王城に向けられていることがわかってから、エテルナ様はいったんその場を解散し、改めて少数を集め、会議を開きました。


「まず思いつくのは、ベセスダの港を封鎖し、奴らの上陸を防ぐ作戦だが……」


 会議の席上で、ゴリテア候がまず口を開きます。


「陸軍にて先の映像を分析したところ、この策は使えんということがわかった。ミョルニルが砲撃を受けた位置と、別の使い魔が捉えた敵艦のおおよその位置から距離を計測すると、敵の艦砲は驚くべき射程を有していることがわかる。ベセスダに配備された固定砲台の射程の外から、敵は市街を叩くことができる」


 エテルナ様がこめかみに指を当て、悔しそうにつぶやきます。


「ネグロス島に配備した新式砲台をベセスダにも備えておくべきだったか? 海軍本部から魔王城までの間に、海軍の壁が一枚も存在しなくなる状況など、想定外もいいところだ」


 ゴリテア候がうなずいて言います。


「まことに想定外の事態。ことここに至った以上、まずわしの立場としては、取りうる最悪の手段を具申しておかねばなりません」


「聞こう。最悪の手段とは?」


 エテルナ様の問いに、ゴリテア候が答えます。


「即座にネクロム隧道を封鎖し、魔王城の現存兵力のみで籠城戦を行うのです。先手を打って籠れば、ひと月は耐えられるでしょう。その間に、各地に散っている海軍の残存戦力を糾合し、外から敵艦隊を包囲して叩けば、勝機はある」


「……その場合、ベセスダの市民はどうなる?」


 エテルナ様が、当然の疑問を口にします。ゴリテア候はよどみなく答えました。


「見捨てることにあいなる。ベセスダの市民をすべて魔王城に迎え入れるとなれば、どれだけ急いでも5日はかかりましょう。ネグロス島からベセスダまでは3日の航路。市民を収容してから隧道を封鎖したのでは、到底間に合いませぬ。また、魔王城の備蓄も、市民の食まで賄えるほど多くはありませんぞ」


「なるほど、最悪の作戦だ。しかし、誰かが考えねばならない作戦でもある。あえてこの作戦を検討してくれたゴリテア候に感謝しよう」


 エテルナ様はそう言いつつも、その“最悪の作戦”を実行せざるを得ないという空気に抗うように、問いました。


「エル、例のリストに載っている帝国の政治家どもを動かして、あの艦隊を退かせることはできないか?」


 これには、残念ながら難しいと答えるほかありませんでした。


「リストの中の主要な人物にはすでに当たってみましたが、今回の作戦はリューベック氏や彼の派閥のあずかり知らぬところで計画され、実施までほとんど極秘で進められたようです。議会にゆさぶりをかけることはできても、艦隊が戦果を上げているうちは、政治で退かせるのは難しいでしょう。それこそ議員たちは魔物の国への利益供与を疑われることになります」


 表情にこそ出さないものの、エテルナ様は相当に焦っているように思われました。


「他に、策はないのか」


 その問いに、魔王府の参謀たちがうつむいてしまいます。

 彼らも必死にほかの可能性を模索しているのですが、陸軍の立てた作戦以上の成功が見込めるものは、未だ見出せていないのでした。


 議場が重苦しい沈黙に支配される中、やや遠慮がちな声で、シメオンが言いました。


「あー、5年ほど前、南部で私掠船が活発化したころ、海軍の陸戦隊に出向したことがあるんだが、海賊どもが軍艦相手によく使う作戦がある。まあ、作戦と言えるほどの大したもんじゃあないんだが……」


 シメオンの発言を促すように、ゴリテア候がうなずきます。


「海賊どもは、規模に差がありすぎる軍艦が攻めてくると、小型の速い船に精鋭の戦士たちを満載して、夜陰に乗じて敵の旗艦に近づく。首尾よく近づけたら、杭のついたロープを投げて、無理やり接舷する。あとは敵艦に乗り込んで、無茶苦茶に白兵戦をやり、艦を乗っ取る。俺たちも、あの馬鹿でかい船を乗っ取ることができれば、戦況は逆転するんじゃあないか?」


 シメオンの言葉に、議場がざわめきます。

 僕は、参謀たちが言い淀んでいることを、あえて聞いてみることにしました。


「シメオン、その作戦で最も難しいのは、敵の旗艦に密かに近づくことだと思います。単艦で行動することも多い対私掠船の軍艦ならともかく、今回の敵は大艦隊です。おそらく、夜通しで魔術的な索敵を行っているはず。これに見つからずに、接舷できるほど接近するのは……」


 そこで、エテルナ様が僕の言葉をさえぎり、言いました。


「私なら可能だ。そうだろう、エル」


 僕は、驚きのあまり、聞き返しました。


「まさか、魔王自ら出陣を……?」


 たしかに、それはエテルナ様ならば可能なのでした。


 もともとヴァンパイアは隠遁術に長けた種族。特に月の無い夜にヴァンパイアの隠遁術を破るには、術者の三倍の魔力量が必要になると言われています。そうして明後日の晩は、ちょうど新月。

 世界最強のヴァンパイア・ロードであるエテルナ様が、その権能を最大限行使するならば、あの艦隊がどのような索敵術を用いていようと、かなりの距離まで発見されずに近づくことができるはずです。


「馬鹿な! 最高指揮官が自ら、劣った戦力の中、敵中に飛び込むなどありえん! 戦略戦術以前の問題だ!」


 ゴリテア候が青ざめて叫びます。

 エテルナ様は立ち上がり、冷静な、しかし強い意志を感じさせる声でこれに応じます。


「候よ、今一度考えてみてほしい」


 そして、議場を見渡し、一同に語りかけます。


「諸君もだ。聞いてくれ」


 場の空気が一変するのを、誰もが感じていました。


「先王グラムがこの地に城を築いてから30年のときが経った。我が国は幾度となく危機に晒され、そのたびに魔王と閣僚たちは下しがたい決断を下してきたが、民を見捨てて王が逃げたことは一度もない」


 そうして、エテルナ様は一層力を込めて、言葉を続けました。


「確かに魔王城に籠れば、最悪でも私と閣僚たちくらいは、転移魔法によって逃れることができるだろう。しかし、王府の膝元に住む国民を見殺しにして逃げた王を、国民はなお支え続けてくれるだろうか? その時にはすでに、この国は壊れてしまっているのではないだろうか? この決断に、国の興亡がかかっている。つべきときは今をおいてほかにない。私は戦う。王として、この国を守るために。諸君らの命を、私に預けてほしい」


 議場は再び静まり返りました。


 理路も政略も要らない。ただ誰もが、ここに改めて、新しい、真の王が生まれたことを知ったのです。

 ゴリテア候は、ゆっくりと立ち上がると、膝を折って地に着け、魔王に向かい静かに首を垂れました。まるで、仕えるべき主君に初めて出会った騎士のように。

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