第26話 内乱のとき

 シンダール公の浄化と治癒の魔法により、クリオはなんとか一命をとりとめることができました。

 僕たちは、意識不明のクリオと、バルトルディ候の亡骸を魔王城に運び、エテルナ様に一部始終を報告します。


 エテルナ様は、シンダール公の面前、取り乱すことはありませんでしたが、バルトルディ候の遺体を前に、がくりと膝を突き、一筋の涙がその頬を伝うのを、隠すことができませんでした。

 シンダール公は、エテルナ様の手を取り、言いました。


「……魔王エテルナ、心中お察しいたします。まさかリューベックがこのような行動に出るとは、予想もしませんでしたが、責任の一端は私にあります。エルフの連盟諸国は帝国と同盟関係にありますが、この場で、私の責任のもと、魔物の国との間に緊急の不戦条約を結びましょう。もしリューベックが魔物の国への侵攻を決めたとしても、エルフは誇りにかけて不戦を貫きます」


 僕がシンダール公にクリオの容体について聞くと、公はクリオの胸を指し、弾丸の軌道を示します。


「ひとまず危機は脱しました。もう間もなく意識も戻るでしょう。ただ、魔弾が肋骨を砕き、彼女の心臓に傷をつけていました。心臓の修復から行ったため、不安定な状態です。数週間は安静が必要です」


 即死でもおかしくないほどの重症からの蘇生。おそらく、魔物の国のどんな高位魔術者が対応しても、助かる確率はとんでもなく低かったはずです、僕がシンダール公に厚く礼を述べると、公は悲し気な表情をして言いました。


「バルトルディ候のこと、悔やんでも悔やみきれません。エルンスト・バルトルディ、あなたの父上を二度も奪ってしまいました。あなたにこの指輪を差し上げます。父上の代わりにとは言えませんが、あなたを守る助けになるでしょう。今は、これくらいしか、してあげられることがありません」


 それからシンダール公は、美しい宝石の埋め込まれた指輪を渡し、僕たちに向けて言います。


「三者会合がこんな形で決裂した以上、帝国はどのような動きに出るか、予想がつきません。私は、国に戻り体制を整える必要があります。ただ、これだけは信じていてください。私はあなたちの味方です。いつか、平和な世であなたたちとまた会えることを、信じております」


 シンダール公はそう言って、部屋の一隅に魔法陣を描くと、指輪の魔力を使って転移の魔法を唱え、消え去りました。


 魔物の国を震撼させる報告が届いたのは、それから間もなくのことでした。

 魔王執務室への緊急回線が開かれ、魔王府の諜報担当官の震える声が届きます。


「ネグロス島海軍総司令部より緊急通信が入っております! か、海軍の一部将兵が武力蜂起、総司令部の基地は大部分が制圧されたとのことです。クーデターの首謀者は、ギルモア伯との情報が入っております!」


 この急報を受けて、エテルナ様は涙を拭って立ち上がると、急遽閣僚を招集し、議場を緊急の司令部とされました。




 魔王城に詰めていた閣僚たちが、続々と議場に集まってきます。


「まさか、バルトルディ候の死に続いて、ギルモア伯が反乱とは……にわかには信じられん」


 オルシュテインから一時帰還していたゴリテア候は、巨体を震わせて海軍司令部からの報告を読みます。

 僕は、閣僚たちの前で再度、大納骨堂で起こったことを報告しました。


「地下の大納骨堂に、ギルモア伯の姿がありました。帝国との内通を疑われたと思い、反乱を決意したのかもしれません。僕たちが引き金を引いてしまったようなもので、申し開きの余地もありません」


 僕の言葉に、エテルナ様は決然として答えます。


「海軍総司令部での反乱は、まさしく国家の危機である。今この時にあっては、責任の所在を問うている暇はない。それよりも、目の前の事態にどう対処するかだ」


 エテルナ様の言葉に、ゴリテア候が賛同の声を上げます。


「うむ、事態は予断を許さんものだ。ネグロス島には現在、我が国の海軍戦力の大部分が集結しておる。もし総司令部の艦隊がまるごと帝国に降るようなことになれば、我が国は制海権を完全に失うことになる。これだけはなんとしても避けねばならない。まずはギルモア伯との対話を試みるべきであろう」


 間もなく、魔王府の担当官が、クーデター軍との魔力回線がつながったことを告げます。


 議場に映し出された映像には、海軍の旗艦ミョルニルの艦橋と、そこに立つギルモア伯の姿が映し出されました。


「……ギルモア伯、なぜだ。なぜあなたが反乱など」


 エテルナ様が、怒りを抑えながら語りかけます。

 対するギルモア伯の言葉は、心無いものでした。


「エルフと共謀して大恩あるバルトルディ候を暗殺し、独裁を目論む魔王よ、聞くがいい。我々は貴様の陰謀に断固として抵抗する。これより私はダークエルフの盟主として、ここに新国家の樹立を宣言する」


 その言葉に、エテルナ様が反論します。


「私がバルトルディ候を暗殺することなどありえない。何を根拠にそのように魔王を誹謗するのか」


 ギルモア伯がこれに応えます。


「異世界から来たという女を使い、国政を壟断し、我が国の伝統と秩序を破壊することで大衆からの支持を集めてきたて貴様にとって、伝統と秩序を重んじるバルトルディ候は目の上の瘤。うまうまとその排除に成功したつもりだろうが、我々はそのような企みに屈しはしない」


 ギルモア伯の言葉は、もはや対話を目的としたものではなく、自らの新国家樹立に向けたアジテーションとでもいうべきものでした。

 ゴリテア候が、たまらず声を上げます。


「そのようなたわごとに、国民がなびくものかよ! 新国家など、たちまち瓦解してしまうぞ」


 これにギルモア伯は乾いた笑いで答えます。


「どうかな? 私には選択肢がふたつある。まず、このまま艦隊を連れて帝国に亡命を申し出る道。そうなれば、海軍戦力の無い魔物の国など、帝国に蹂躙されるがままよ。そしてもうひとつは、帝国への亡命をしない代わりに、魔王エテルナから私に東部諸島の領有権を認めさせる道だ」


 議場が一斉にざわめき始めました。

 ギルモア伯は続けます。


「悪い取り引きではあるまい。海軍がこの手にある以上、いずれにせよ貴様らに制海権はないのだ。国の4分の1を失うか、それともすべてを失うか。考えるまでもないと思うがね。3日待とう。それまでに、国としての回答を用意してくれよ」


 議場は騒然となり、一部にはギルモア伯の提案を考慮すべきだという声まで上がりました。


「静かに。明日までに魔王府で基本方針をまとめる。いったん閉会だ」


 そう宣言して議場を閉じると、エテルナ様は僕にこう命じられました。


「レミリアを呼ぶんだ。兵は使うな」


「もし、彼女が出頭を拒んだら? あるいは、逃亡を図ったら?」


 僕がそう聞くと、エテルナ様はつらそうな表情でこう言いました。


「だからお前に頼むんだ。レミリアがギルモア伯につくことだけはなんとしても避けてくれ。協力してくれれば罪には問わないと約束しろ。エル、お前にしかできない」


「……わかりました。必ず」


 僕はそう答えて、早馬を駆り、一路ギルモア銀行を目指したのでした。

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