第4話 審問会前夜

 さて、クリオの意向は定まったものの、問題は明日の審問会です。


 今回の臨時審問会は、まさに臨時も臨時。

 現在の状況から、当日参加できる大臣は、オークの農商務相ボンディ伯と、ヴァンパイアの法相ギルモア伯、オーガの陸相ゴリテア侯、そしてダークエルフで僕の義父でもある財相兼海相バルトルディ侯の4名と見られます。


 これに加えて、魔法学院の学長であるダークエルフの古老リヒテル氏と、エテルナ様が、議決権を持った参加者として会議に参加します。


 このうち、魔法学院の学長リヒテル老と、農商務相ボンディ伯は、もとより穏健派です。

 この二人は、よほどのことがない限り、エテルナ様のお考えを支持してくださるでしょう。


 しかし、法相ギルモア伯と陸相ゴリテア侯は違います。彼らは対人間の戦争における主戦派であり、エテルナ様の施政方針に対しても、ときに懐疑的な態度を取っているのです。


 例えば、以前エテルナ様が、捕虜として捕らえた人間の学者について、魔物の国側の学者で捕虜になっているものとの優先的捕虜交換を人間側に提案したことがありました。ここで特に痛烈な批判を展開したのは、ゴリテア侯でした。


 彼によれば、捕虜の学者は前線の兵士が獲得した貴重な“戦果”であり、捕虜交換をするにしても、拷問その他の方法でその知識を取り込んだ後にするのが当然であるというのです。


 また、国際法で禁じられている捕虜への拷問も、異種間では事実上無視されていることを指摘し、ゴリテア侯の案を支持したのが、ギルモア伯でした。


 この二人を抑えてクリオを守るためには、統一戦争の元勲として他の大臣とは隔絶した発言力をもつ、バルトルディ侯の協力が不可欠です。侯の支持を取り付けるべく、エテルナ様はこの夜、バルトルディ邸に赴くことを決められました。





 日が暮れてからのバルトルディ邸は、現役大臣が住む侯爵家とは思えないほど静かです。

 侯は執務のほとんどを省内で済まされますし、奢侈を嫌うため、晩餐も使用人が同席して、一般家庭とほぼ変わらない内容のものをいただきます。


 それでも今夜は、魔王様がご来賓ということで、わが家にしては食卓が豪華です。

 メインには年の瀬のお祝いくらいにしか出ないシャンタク鳥の丸焼きに、イチジクのソテーが添えられていて、僕の目にはご馳走に見えますが、エテルナ様にとっては、これでも質素と感じられるかもしれません。


 エテルナ様はクリオとの面会の後、明日の審問会の準備を整えてから、一度ご自室に戻られ、装いを改めて、バルトルディ家を訪問されました。


 そして今、食卓には、いつも通りの威厳を払ったバルトルディ侯と、魔王として貴族を訪問する際の公式の衣装に身を包んだエテルナ様と、お仕着せのような正装を着て縮こまっている僕とが、座っています。


 さすがに魔王様ご来席ということで、使用人達は同席していません。

 バルトルディ候も何事かを深く憂慮されておられるような雰囲気で、エテルナ様がお屋敷に入られてから、これまでお二人とも、事務的な内容を二言三言交わされただけ。まったく会話が弾みません。


 そんなぎこちない雰囲気の中、会食は始まりました。


「……懐かしいです、この味。まだゾラに厨房を任されているのですね」


 エテルナ様が、レバーのパテを口にして、そうつぶやかれました。


「ああ、後で顔を見せてやれ。あれも喜ぶ」


 答える侯の口調は、それまでとは打って変わって、いつになく優しいものでした。

 エテルナ様は勢いを得て、言葉を繋ぎます。


「今も、お屋敷に入れる使用人の数は、増やさないのですね。家具や調度も、お父様が生きてらしたころのまま。ご不便ではないのですか?」


「……政治家が富を追い求めれば、政治は際限もなく腐敗していく。私は、統一戦争の元勲として、この国の政治家たちに範を垂れる立場だ。虚飾は慎まねばならない」


「叔父(おじ)様らしいお言葉です。まさしく国家の柱石であられて、そして……私は、未だに叔父様のお力なしには、なにをすることもできない」


 エテルナ様は、そう言ってうつむいてしまわれました。どうも、エテルナ様はバルトルディ侯の前では、思うように自分が出せていないように見えます。


「……エテルナ、お前はまだ若い。国王としては若すぎる。グラムの死はあまりに早かった。お前を支えるのは、臣下として、義弟として以上に、グラムの友として私の本懐だ。しかし」


 侯は、少しの間言葉を切って、エテルナ様を見つめます。それから、再び語り始めました。


「しかし、何もかもお前の好きにさせるわけにもいかない。あの異世界から来た女をどう使うか、お前の考えは聞かなくてもわかる。人間の側にいるもう一人の異人と、あの女とを引き合わせ、和平のきっかけを作ろうというのだろう」


 僕はその言葉に驚き、つい手にしたナイフを取り落としてしまいました。金属音が、室内に響きます。


 確かに、人間の帝国と魔物の国が互いに異世界の技術や知識を使って全面戦争を継続していくとなれば、戦争はこれまで以上に泥沼化し、両国ともに際限もなく摩耗してしまう危険があります。


 であればこそ、魔物の国の側に異世界の人材が現れた今、これを“てこ”にして停戦の契機とするのは、ある意味で自然な考え方ともいえるでしょう。


 しかしまさか、エテルナ様がそんなことを考えておられるなんて。


「……いけないのですか? 叔父様も、人間との全面戦争には反対のはず」


 エテルナ様は、候の言葉を否定せず、さらに踏み込みます。

 候は、首を横に振りました。


「今、国内は人間の脅威に対抗する必要からまとまっているが、人種間の対立は依然根深い。和平を強行すれば、内から不満が噴出し、内乱が起こるだろう。お前にはまだこの国をまとめ上げるだけの求心力がない。焦らず、力を蓄え、時を待つのだ。和平の件は諦めろ。私が審問会でお前を支持するのは、それが条件だ」


 侯の厳しい口調に、エテルナ様はただうなずくしかありませんでした。


「さて、私は少し出る。ネグロス島周辺海域に、また性懲りもなく“鉄の心のルキア”が現れたらしい。海軍本部に防衛方針を示しておかなくてはならない。エル、あとは頼んだぞ」


 侯はそう言って、席を立たれました。





「エテルナ様、もし失礼でなければ、ここからはいつものわが家のしきたりに従い、使用人を同席させていただきたいのですが、いかがでしょうか?」


 僕は、侯を見送るエテルナ様に、そう伺います。


「エル……ありがとう。久しぶりに、ゾラやマックスの顔を見たいな」


 食卓に皆を呼ぶと、厨房のおかみゾラは、肥えた体を震わせながら、真っ先にエテルナ様のもとに駆け寄り、涙を浮かべて話し出しました。


「ああ、おい様、こんなに立派になられて……」


「ゾラ、なかなか顔を見せられなくてすまない。今日の食事、おいしかったよ」


「もったいない、もったいないお言葉です、お姫い様。あたしゃ、お姫い様があのだだっぴろいお城に、一人で暮らしてらっしゃるのかと思うと、心配で心配で」


 エテルナ様はゾラの手を取ると、優しく言います。


「城のみんなはよくしてくれているよ。ゾラほどの料理人はいないけれど」


 それから、ゾラの後ろに立つ老紳士にも、エテルナ様は声をかけました。


「ああ、マックス。あなたも変わらないな」


「姫様、お懐かしゅうございます。マックスもすっかり衰えまして、今では帳簿の整理もエルンスト坊ちゃまにお手伝いいただく始末で……」


 マックスは、戦争当時からのバルトルディ家の執事で、もう30年以上にわたってこの家の出納一切を取り仕切っています。


「エルもマックスの手伝いができるようになったのか? それはすごいな。叔父上の管理は厳しいだろう」


 エテルナ様の言葉に、僕は苦笑いして答えます。


「嘘ですよ、エテルナ様。マックスは僕に帳簿のつけ方を教えてくれているんです。将来官僚になるからには、計数に強くないといけないって、うるさいんだ」


 そうして思い出話に花を咲かせながらの夕食となり、エテルナ様の表情もやわらいだものとなりました。

 侯からの条件で和平の思惑を潰されはしたものの、ひとまずクリオの命を守ることはできるでしょう。あとは、明日の審問会を待つだけです。

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