あと九十一本... 「トンネル」

 俺は掲示板のカキコミを見ながら、思わず反応しそうになった。


 俺が見ていたのはネット掲示板の一つで、オカルト専門の話をするところだ。その中でも、実際に心霊スポットに行ってみた人が書き込むというスレッドだった。

 身元を特定されないために少し設定を変えているようだが、俺の住んでいる地域でも同じような事があったからだ。心霊スポットにいった四人組が、暴行された女性だったか女の子だったかを発見して騒ぎになったとかいうものだった。噂ではそこは井戸から助けてと声がするとかいう噂があったと思う。

 とはいっても、全国は広い。似たような話は色々あって、中には実際に死体を見つけたとか、それこそ幽霊に脅かされたなんて話もある。廃墟もまだ住めるような状態だと、ホームレスの人たちが勝手に住み着くこともあるらしく、そういう住人とばったり出会ってしまうこともあるようだ。彼らの死体も然り。もっとも、大半は創作か眉唾ものだと思っているので、たいていはそういう現住民と邂逅したのが間違って広まったりしたんだろう。


 それにしても、この話は俺の知っているその井戸の話とよく似ている。

 書き込んだのは男のようで、動画担当と書いてあった。それ以上の事は何もわからなかったし、当時新聞の片隅に載った時も名前が出ていなかったからわからない。さすがにそこまで突っ込むことはできない。

 俺はそれを読みながら、少し考えた後にコメント欄にカーソルをあわせた。


『俺んちの近所でも、似たような事あって新聞に載ったよ。

 肝試しに行ったらたまたま暴行された女の子がいたって奴。

 これだけじゃなんなので、聞きたい人いるなら俺の遭遇したの書く』


 俺はそれだけ書き込んで、何か他に書き込まれるのを待った。

 俺が遭遇したのは……今考えても、創作だと言われても仕方ない。

 なんというか、今でも人に話してもそれは盛りすぎだろうと言われるようなものなのだ。

 だけどとにかく、誰か知らない人でもいいから話しておきたかったのだと思う。

 夕飯を食ってから再びスレッドを開くと、他の体験談への反応が二、三件あった。その中の一つに、詳しく聞きたい、と書かれていた。

 俺はメモ帳を開くと、当時の事を思い出しながらゆっくりとまとめていった。


『本当に偶然なんだけど、その新聞の事件の近くで起きた奴。

 国道から続いてるトンネルで起こった体験談。

 ひょっとしたら場所知ってるかも。


 山を通ってる国道か知らんけど、小さい山を越えるためのトンネルがあるんだよ。

 そこに出るって話があるんだけど、普通に利用されてるし通行もあるから、

 出るとか言われてもそうかなぁって感じ。

 でも本当に出るのはそこじゃなくて、近くにある旧トンネルの方。

 既に使われてない道だし名前が同じだし、で勘違いしてる奴がけっこういる。


 夜だし、電気とか無いからかなり暗くて迫力があったよ。

 出口の方に行けばそのまま現行の道に戻れるから、一直線で通ってやろうと。

 入った直後からなんか凄く嫌な予感がして、もう戻ろうかと思ったくらい。

 俺、そういうのまったく感じないのに。

 でも入った以上は……と思って、そのまま出口まで走らせた。


 真ん中まで来た時、なんか後ろからバン!って叩く音がした。

 古いトンネルだし、やべー何か落ちてきた? と思ったんだけど、その途端急に冷や汗。

 止まろうかと思ったけど、これはやばい!と思ってそのまま突っ走った。

 その時にふっとバックミラー見たら、後ろにべたーっと女が張り付いてきて、ぞっとした。

 とにかく振り落とさなきゃ、と思ってアクセル踏んで突っ走った。


 後ろから、ぜったいみつけてやる、とか聞こえてきて、幻聴である事を祈りながら外に出たら止んだ。

 町の方に戻ってコンビニで降りたら、車の外側にびっしり手形がついてた。

 泣く泣く次の日洗車したら落ちたけど、もうあんなのは勘弁。


 あれ以来旧トンネルの方には行ってないし、現行の方通るのも嫌でわざわざ遠回りしている。


 おしまい。』


 俺は全てをスレッドに書き終わると、反応を見る事なく、席を立った。

 恐ろしいのはこの話なんじゃない。こんなにも近い場所で色々あることだ。


 そういえば数日前にも同じ市内で作家が行方不明になった事件があった。あの作家も、何かホラー小説だかを書いていたという。俺が通っていた大学には不幸だか不運だか自転車が駅にあるという話が転がっていたし、子供のころは自分たちの地区に七不思議があることは至極当たり前だった。霧歩市七不思議とか称して、区や町じゃなく市単位で何か作ってやろうとしたこともある。まぁ学校の七不思議と違って、みんなホラーというわけでもないけれど。

 ホラー話でも案外似たような話は転がっているのかもしれない。

 もちろん他の県や市で起こった怖い話というのもよく聞くし、都市伝説なんかは発生した場所は特定のところでも、広がるうちにそういったものに縛られなくなるってところなんだろうな。


 ふらふらとペットボトルを冷蔵庫まで取りに行き、PCの前に戻ると、スレの更新ボタンをクリックした。けっこう反応があったらしく、ペットボトルを開けながらそれを読んだ。


『トンネルの話もけっこう聞くなぁ。

 昔は作ってる最中の事故が多かったとか聞くから、

 そのせいかもしれないけど』

『さすがに創作だろ』

『高速を全力疾走するババァとかいなかった?』

『高速ババァとかシュールすぎ』


 ……などなど。同意するもの、創作断定するもの、違う方向に話を逸らしたうえで茶化すもの。

 まぁ、反応は色々だ。反応が無いときもあれば、今回のように反応してくれる時もある。俺はそのまま何となく、スレッドの一番下を見た。


『やっとみつけた』


 こういう風に、オカルト現象を装ってカキコミする奴もたまにはいる。

 俺は苦笑して、何か反応してやろうとコメント欄にポインタを合わせた。


『やめろよ、マジで怖いんだからさ』


 面白がっているのもわかるように、笑いを意味するマークもつけておく。とりあえずこれで話は終わりになるだろう。そのうち誰かが新しい話でも書き込むに違いない。夜も遅いし、そろそろ寝ようかとページを閉じて、シャットダウンを押そうとした。

 その時急に、バン、と窓から何かを叩き付ける音がした。

 反射的に窓を見る。

 そこには、あの日のように窓にべったりと両腕と顔面を擦りつけてこちらを見る、あの女がいた。


「やっとみつけた」


 女の口元は、にやりと笑ってそう動いた。

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