第7話

 翌朝。


「ふあぁぁぁぁ」


 目が覚めてカーテンを開けると、快晴の空の下、一人の美少女が家の前をうろうろしていた。寝ぼけ眼をこすり、凝視すると、それは忘れもしないあの美少女であった。


「半林さん」


 おれが寝間着のまま、窓を開けて声を掛けると、彼女は、おはよう、といってこちらに手を振る。


 今日はいい一日になりそうだ。


 そうそう、待たせちゃ恋人失格だよな。パンを掻き込んで速攻で制服に着替えると、カバンと弁当を忘れたことにも気づかず、外へ駆けだした。


 そこにいたのは、まさに天使だ。


「和之くんっ、おっはよ!」


 もう、俺の頬は緩みっぱなしだ。半林さんみたいなかわいい女の子が俺のために、朝、俺より早く起きて、家の前まで来て待っていてくれる。何よりも、最高じゃないか。


 心の中ではうきうきしながら彼女の元へ駆け寄ると、彼女は次の言葉を口にした。


「恋人だもの、しっかり監視しないとね。」


そういって、舌をペロリと出してほほえむ。なんか、俺がさっきまで抱いていた気持ちがガラガラと音を立てて崩れていった。


「じゃ。遅刻しないように出発しましょ。あと、夏奈加様でしょ」


「はい……」


 肩を落とした。気持ちが冷静になった時、俺は持ち物が異常に軽いことに気がついた。ま、何も持たずに飛び出したわけだが。


「お兄ちゃん、忘れ物だよ」


 タイミング良く、妹の千歌がカバンと弁当の入った手提げ袋を持って俺を追いかけてきたのだった。


「おにいちゃん、手ぶらでどこへ行くつもりだったの? もう、手間をかけさせないでよね、お兄ちゃん」


「ああ、悪ィ」


 突き出した妹の手からその二つを少し乱暴に奪う。さあ、行こうかときびすを返すと、半林さんがヨダレをダラダラ垂らしながら妹の方をのぞき込んでいた。


「攻略ヒロインね。同居している非血縁妹」


 そういって、俺の妹をこれでもかといわんばかりにまじまじと見つめる。


「お兄ちゃん、この人こわい……」


 俺の陰に隠れるようにちぢこまりながら、妹は、震える細い声で俺に助けを求めるのであった。


「このゲーム、百合展開はあるのか?」


 ……は、と口をぽかんと空けて宙を追う瞳の半林さん。


「お前が、俺の恋人を演じて、それで義理の妹に萌える……」


「ち、違うわよ。私は、妹もの的シチュエーションがいいな、って思っているだけよ」


 俺の言葉をあわてて否定する。返す刀で


「血は繋がってないんでしょ!」


 なにを言い出すんだ、この女は。


「いや、正真正銘、血の繋がった妹だが……な、千歌。同級生の半林夏奈加さんだ。あいさつしろ」


 俺が妹に促す。


「槇嶋の妹の、槇嶋千歌です」


「あ、半林夏奈伽です」


 半林さんともども、頭を下げる。妹は頭を上げるなり、


「私のお兄ちゃん、とらないでよね。この前も、お兄ちゃんと一緒にお風呂、入ったんだから」と。


 あの、半林がちょっと引いたぞ。


「こ、これは手強いライバルね」


と言うなり、俺に駆け寄り、胸ぐらをつかみ


「なに、これ本当にヤバくない!? マジ、マジなの?」


と迫る彼女に俺はまっすぐ目を向けることも出来ず、虚空に視線を浮かべながら弱々しく回答した。


「あ、ああ。俺が風呂に入っていたら妹が闖入してきた。」


「じゃ、私が今夜、和之君を襲いに行く!」


「対抗しなくていい!」


「そうよ、お兄ちゃんは私のモノなんだから、邪魔しないでよね」


「違うだろ、千歌。俺は俺、千歌は千歌。所有物じゃない」


 そう俺が指摘すると、千歌は拗ねたように口を尖らせ抗議する。


「お兄ちゃんは、千歌のこと嫌い?」


 俺は、慌てて首を振る。


「嫌いじゃない……けど、『好き』という言葉の指し示す意味が違うんだ。兄妹だからな。家族として、お前のことは大好きだ」


「そーよね、千歌ちゃんの言う、和之の『好き』の感情は、この私に向いているんだよね!」


 そう言いながら、俺をぐいぐい引っ張っていく半林。あっけにとられたままの妹との距離はどんどん離れていく。


「手強い妹キャラだったわ」


「キャラ、とかいうなよ。ま、変わった妹ではあるが」


 半林の顔がなんかマジっぽい感じの険しい表情のまま、後ろの、千歌の方向へと振り返ることなく、ずんずん歩みを進める。ただただ、学校へ行くというよりも、美少女キャラクターにおけるメインヒロインという地位を脅かされつつある、という脅威が、彼女を突き動かしていた。


「槇嶋、何考えてたの……?」


「えーっと、俺の妹に負けた」


「負けてないわよ! 私は、最強のメインヒロインよ!!」

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Girl’s Game! ままかり @_mamakari

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