第6話

 帰る方向が同じだったので、途中まで半林と一緒に帰った。その間、ギャルゲーや美少女アニメの話に熱弁を振るう半林。時々だがゲームこそするものの、その手の話題にとんと疎い俺は適当に相槌を打ちながら連れ立って歩く。


「それで、その子がかわいいのよ。あの原画師のキャラで最高だわ」


「そうなんだ」


 そんな、俺にとってはたわいのない話を続けながら、別れ際の交差点に差し掛かったとき、中林はやたらと神妙な顔つきでいてきた。


「オタクの女の子ってどう思う」


 俺は思うがままを言った。


「母数の過多だけの話で、ファッションやスポーツと同じじゃないかな。好きなものがたまたまゲームだった」


 その答えに彼女は、首を横に振る。


「でも、ただの趣味じゃ人生が変わるような影響ってないはずだよね」


 傍らの小石を軽く小突きながら、うつむく。


「答えは宿題、ってことで」


 信号が変わり、彼女は手を振りながら去っていく。その姿を、俺はずっと見ていた。


 再び信号が変わり、流れる車列が目の前を覆っていく。


「お兄ちゃん?」


「千歌?」


 振り返ると、そこに小学生のような中学生がいた。淡いピンク色のシャツに赤いスカートを穿いた彼女は、まじまじと俺を見上げる。


 妹の千歌だ。


「どうしたの?」


「そこのスーパーまで夕食の買い出し。お兄ちゃんもついてきてよ」


 満面に笑みを浮かべる千歌。


 一つむこうの通りにある、わずか3店舗の地場チェーン店。家から近いこともあって、大概の買い物はそこへ行く。


 まっ、いいか。


「わかった。無駄なものは買うんじゃないぞ」


「当然だよ。主婦だもの」


 両親が家を空けることが多く、帰ってきても深夜。翌朝、目が覚める頃には家を出て行く。


 従って、家事のほとんどは俺と千歌によって担われていた。


 るんるん、と鼻唄を歌いながら歩く千歌を、俺は後ろからゆっくりと追いかける。揺れるツインテール、未発達な幼児体型。


 ふと、さっきまでそばにいた、対照的な半林の容姿が頭をよぎる。


「お兄ちゃん」


 妹の声で我に返ると、腰に手を当て仁王立ちし、低い背をさらにかがめて俺を睨む。


「女の人のニオイがする」


「何言ってるんだ、千歌。男子校じゃないんだから、少しはにおいが移ることだってあるさ」


「オンナのカンって鋭いんだよ! 騙されないよ!」


 まるで警察犬のように鼻をヒクヒクさせ迫ってくる。


「別に俺が誰かと付き合っても、千歌が口出しすることはないだろ」


 ただ、いつも二人きりだったので、千歌が俺に依存……お兄ちゃんっ子になってしまったのだが、さすがに悠木が妄想するような兄弟関係では断じて、ない。


「あるよ。恋にうつつを抜かして家事も勉強もおろそかになったら千歌も困るんだからね」


「そんなことしないよ」


「じゃあ、恋人ができたのは認める?」


 俺の右手首を、千歌は小さな両手で拘束する。


「千歌は鋭いな。そうだよ」


「うそっ、お兄ちゃんに恋人ができたの?」


 目を大きく見開き、何度も瞬きをしていたかと思うと、やがてきびすを返しスーパーの敷地へ入る。


「今日はお兄ちゃんの恋人記念日。ご馳走だね」


 自動ドアをくぐり店内へ駆けだした千歌。


「おいおい、走るなよ」


 入り口に近い惣菜コーナーとパンのコーナーを歩き回ったかと思うと、いくつかの商品をカゴに詰める。


「今日はケーキ、いいでしょ」


「ああ、記念日だ」


 カゴの中の商品にはしっかりと割引シールが貼ってあった。しっかりしている。


 ただ、妹の祝福がデザート目的の方便だったことを、俺はこの後に身をもって知るのであった。

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