13
私たちは街を案内してもらうべく、朝、家を出た。約束の場所、約束の時間。待ち合わせの場所は下宿先のすぐ近く、通り一つ隔てた地下鉄の駅の前であった。
健と部屋を出たのは二十分前。「近いけど迷ったら」とか言いながら小走りに向かい、十五分前には到着する。
十四、十三、十二、……
「来ないね、みんな」
七、六、五、……
「時間には来るだろ。もう少しだ」
二、一、……
駅前の時計は十時ちょうど、約束の時間を指し示す。
「来ないね。時間とか場所とか間違えた?」
それから七分ほど経ってやっと、隆史の姿を見ることが出来た。
「わりぃ、待たせた。あ、時間通り来たの? やだなぁ、みんな遅れるに決まっているじゃん」
垢抜けた、といった感じが適切か。ラフなようで、少なくともだらしないことはない。こういうのが流行なのか……そんなのにはめっきり疎い私たちにそんな判断は全くできないのであった。
隆史は私の横に立つなり、携帯電話を開く。
「いま、どこだ? 吉井と、それから白神さんもう来てるぞ」
そう言うなり、携帯電話を閉じる。
それから、私のほうに向き直った隆史は、身体の上から下まで舐め回すように見てから
「やっぱり、ゐすゞちゃんかわいいねぇー」
「制服なんだから、いつも見ているだろ」
健の指摘に、隆史は、チッチッ、と立てた人差し指を振り
「違うんだな、これが。蛍光灯の下と、溢れる陽光が燦々と降り注ぐその下で晒す姿とでは、その美しさが引き立つのだよ。自然な光の下のゐすゞちゃんこそ、本当に綺麗なゐすゞちゃんなんだよな。そうだよね、ゐすゞちゃん」
「あ、はい、ありがとうございます」
ま、本当の姿とはちょっと違うんだけどね。照れ隠しで、隆史のほうへ、にこっ、と笑顔を作ると、さらに隆史は興奮する。
「うわー、そこらへんのアイドルとかよりかわいいー。」
「私も陽光の下、いい感じじゃない」
そういって何らかのポーズらしきものをとりながら、ファッションショーみたいな歩き方で涼子たちがやってきた。
「ちっちっ、男みたいな涼子がどこにいようが何をしようが、“かわいい”なんて形容詞を使おうものなら言語の乱れとして糾弾されるに決まっているよな、吉井」
「いや、それよりも」
隆史の問いかけに、健が言葉を濁す。
「小田くんがぁ、『形容詞』とかぁ『糾弾』とかぁゅう言葉を知ってぃることにぃ、びっくりですぅ」
「ま、そんなところだ」
「そこまで、俺、お馬鹿キャラクター扱いされていたんだ。出会って一週間ほどで」
二人の指摘に、どんよりした表情でうなだれる、隆史。そして、じろ、と私をなにか物憂げな感じで見つめている。
「つまり、勉強しなかっただけで、頭自体は悪くない、という評価も出来ると思います。これから勉強も頑張りましょうよ、小田隆史さんっ」
そういうと、沈んでいた表情の隆史が、満点の笑みを浮かべて私に迫ってくる。
「そ、そうだよね。俺、ただ勉強しなかっただけで、頭いいんだよね!」
私の手を、ぎゅっ、ぎゅっ、と強く強く両手で握りしめる隆史。よほど”馬鹿じゃない”と言われたことがうれしいのだろう。
「ま、まぁ。昔の偉人でも、実際の知識量……特に科学的なものというのは現代の学生以下、と言えますし」
「あー、白神さんはやっぱり神様だ。」
と、その言葉に、私はふと顔を背ける。
「どうしたの、白神さん。隆史が変なことやったの?」
涼子が少し不安げな表情でこちらを見る。
「あ、えーっと」
「何もなかった。あったと言えば、少し不審な目で同級生を凝視していたことぐらいだ」
と言うなり、涼子が顔を真っ赤にして
「セクハラじゃないのよ、アンタ!」
そのまま、隆史に迫り、蹴飛ばす涼子。隆史の身体が一瞬宙に浮くと、どさっ、という大きな音を立てて地に崩れる。
「フンっ! 女の敵め!!」
始終を見ていた健の顔が青ざめ、小刻みにふるわせながら私のほうに顔を向ける。私、そんなに凶暴じゃないですよ!!
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